コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


海が呼んでいる



1.
「この前、絵を売ったんだ」
「へぇ、キミの絵が売れたのか」
 増沢の言葉に黒川がそう茶々を入れたのには理由がある。
 増沢は本人曰く『見えたものを描いているだけ』の絵を描くことが主なのだが、その見えたものというのが問題で、彼の目に映っている者や世界は他のものとはまったく違うものである場合がほとんどなのだ。
 それを理解していない増沢は黒川に憮然とした顔を向けたが黒川は気にしたふうでもない。
「それで、絵が返されてきたのかい?」
「馬鹿を言うな。ちゃんと買い主が持ってるさ。ただ」
 予想はしていたがやはり何かあったらしいと察した黒川はにやにやと笑いながら先を促す。
「ただ、なんだい?」
「妙なことを言ってくるんだ。絵を買ってから誰かに呼ばれている気がするとか何とか」
「その絵には人か何か描いてあるのかい?」
「いや、ただの風景画だ。だいたい絵が人を呼ぶなんてことあるわけがないだろう」
 怪奇画を描きながら自身は怪奇現象に疎い増沢の言葉には黒川も流石に僅かに肩を竦めてしまう。
「買い主は返すと言っているのかい?」
「いや。聞き覚えのある声の気がするから誰なのか気になる。描いた俺なら知ってるだろうから教えてくれと言うんだが、俺がそんなこと知るわけないだろう?」
 どうやら増沢は買い主のそんな頼みのために動きは一切ないらしく、酒の肴程度に話しただけのようだ。
 ふむ、と黒川は僅かに考えてから増沢にもうひとつ尋ねた。
「それは、どんな風景画なんだい?」
 黒川の意図に気付いてか気付かないままか、増沢はその問いにあっさりと答えた。
「海の絵だ」
 その言葉に黒川はふむと僅かに考えているようなポーズをとって見せてからゆっくりと立ち上がった。
「では、その絵の何に呼ばれたのか少し探ってみることにしようか」
「おいおい。絵はただの絵だぞ、別に呼んだりなんかしない」
 増沢の言葉は無視し、黒川はひらひらと手を振ってから黒猫亭を後にした。


2.
 屋敷の書斎にあるで椅子に腰掛けていたセレスティは、ふといつの間にか傍らに存在している気配に気付いた。
 視力が極端に弱いためどのような姿をしているものかはわからないが、そこに何者かがいるということははっきりと感じ取れる。
「どなたですか」
「やぁ、突然訪問して申し訳ない。忙しいところでないと良かったんだけどね」
 何処か意地の悪い響きを持った、けれど悪意は感じ取れない男の声がセレスティの耳に届く。
「忙しいところを無理やり訪れるような方とは思えませんね。隙を見計らってということのほうがキミは得意そうだと推察しますが」
「おや、見抜かれてしまったか」
 セレスティの言葉に男はくつくつと笑って返す。
「それで、今日はいったい私にどんなご用件で訪問されたのでしょう」
「なに、僕の知り合いに絵描きがいるんだが、その絵にまつわる奇妙なことが起こってね。まぁ、奇妙なことが起こるのはいつものことなんだが、その絵についてキミの助力がいただけたらと思ってね」
「私の、ですか?」
 いま傍らにいる男とセレスティは面識がない。だが、男はそれを気にしたふうでもなくくつりと笑ったまま言葉を続けた。
「その絵は海の絵でね、それを買ったものがその海から何かに呼ばれている気がするというんだ。キミなら何かを読み取れるのではないと思ってこうして無礼を承知でやってきたというわけさ」
 海、という単語にセレスティは何故この男が自分の元へとやってきたのかという理由が多少はわかった。本性が人魚であるセレスティならば確かに海にまつわることを調べるには打ってつけだろう。
「私はあまり遠出は苦手なのですが」
「なに、そこは僕が案内するさ。僕も遠出はあまり好きではないんでね、近道を知っている」
 言いながら男はゆっくりとセレスティを普段使っている車椅子に誘導し、その後ろに立つと車椅子を押し始めた。
 ゆっくりとした歩調だったがセレスティは周囲の気配が奇妙なものへ変化したのを感じ取った。
 自分がいま何処にいるのか、何処にもいないのではないか、そんな感覚を覚えるそれはしばらくすると消えた。
「いまのは何処です?」
「何処でもあって何処でもない。さっき言った近道さ。動くことがあまり好きではないので楽をすることにしてるんだ」
 言いながら、男と共に進んでいる道は先程までセレスティたちがいた屋敷とはまったく違う場所のようだ。
 しばらくすると、軋んだ音と扉が開く音が同時にセレスティの耳に届く。どうやら何かの建物の中に入ったようであり、その中には別の男が待っていた。
「ここは僕が馴染みにしている店なんだ。しばらく此処で待っていてくれないかな。僕はその絵をちょっと借り受けてくるよ」
 その男にセレスティを紹介するでもなく突然見知らぬ場所へと案内しておきながら身勝手にそんなことを言ったかと思うと、男はまた扉から外へと出て行った。
「……絵のことであいつに連れてこられたのか?」
「どうやら、そのようです」
 ぶっきらぼうにそう尋ねてきた声に、セレスティはそう答えた。
「あれはただの絵なんだ。絵が人を呼ぶなんてことはないと思うがね」
 自分の描いたものに奇妙なことが起こるということをどうやら信じていないらしい男の言葉には答えず、セレスティは男を待ちながらいったい自分に見せようとしているのはどのような絵なのだろうと考えを巡らすことにした。


3.
 待っていたのはさほど長い時間ではなかったように感じられたが正確な時間というものが不思議なことにこの店の中では計ることが難しい。
 時間を刻む時計が存在していないらしい店内からは物音ひとつせず、何かが隠れている気配さえない。店と男は言っていたが主が現れる気配さえもなかった。
「やぁ、待たせたかい?」
 間もなくして悪びれもせず男が戻ってきたことに気付くとセレスティは微笑みながらそちらに顔を向けた。
「待っていたといえば随分と待たされたようなきもするのだけれども、この店はあまりそういうことが気にならないように作られているようですね」
「時間を忘れて長居をする客が多いのでね。店もそれに合わせてくれているのさ」
 くつくつと笑いながら男の手に先程までは存在していなかったものがあることをセレスティはすでに感じていた。同時に、そこから漂う潮の香りにも。
「それが、海の絵ですか」
「あぁ。一応汚さないように配慮はしたのでちょっとまってくれ」
 言いながら、男はガサガサと包み紙を解き、その絵をセレスティの前に置いた。
 穏やかな海の絵がそこにはあった。深い青の色が印象的で、長く見ていても気疲れすることなくむしろ安らぎを与えてくれそうな空気を持っている。
「海以外のものは描かれていますか?」
 触れる前から漂ってくる潮の香りと海の存在を感じながら、セレスティは男に尋ねた。
「主だったものは海だけだね。それ以外は空と、こちらは小さな島らしきものかな」
 海だけと男は言ったが海の中には様々な生き物がおり、空にも鳥などの生き物がいるはずだ。だが、買い求めたものが強い呼びかけを感じたというのならば呼んでいる主は何らかの強い意志を持っていると考えられる。
「この絵を描いたのはキミでしたね?」
「あぁ、そうだが」
 セレスティが突然そちらへ話を振っても、男──増沢は憮然とした態度のまま素っ気無く答えた。
「これはいったい何処の海で描いたんですか?」
「さぁ、何処だったかな。こいつと違って俺は気が向いた場所へは適当に歩くことがあってね、そういうとき絵にしたいものを見かけることも多い。多分、何処かの海を通りかかってスケッチしたのが元だろうな」
「写真などは」
「撮らない。目で見たものだけで十分だ」
 どうやら増沢は絵を描くことに対してしか興味がなく、その場所がどういった場所なのかということに関しては非常に無頓着のようだ。
 有益な情報はどうやら聞かせてはもらえないようだと判断したセレスティは思案した後、ゆっくりと絵のほうを向いた。
「触れても構いませんか?」
「ご随意に」
 にやにやと笑っている気配がする男の言葉にセレスティはすっとその絵に手を触れた。
 まず聞こえてきたのは波の音、そしていっそう強い潮の香り、そしてそこに生きている様々なものたちの気配が絵から伝わってくる。
 海に住む生き物や空を飛ぶ鳥たちからは明確な意思は感じない。海も穏やかなままだ。
 と、ひとつの方向にセレスティは何かを感じ取った。
 小さな島が書かれているといった場所。確かにそこに島がある。だが、それだけではない何かを感じ取った。
 この絵には描かれていないが、絵のもととなった場所には存在したものらしき気配。
 それが外に、セレスティに向かった何かを訴えている。
(これは……)
 更にその部分を中心にセレスティは絵に触れてみる。
 うっすらとした人影。生きているものかすでに死んでいるものかはわからないが、間違いなく人らしき気配がそこにはあった。
 ひとり、これは女性だろうか。まるで何かを探しているようにも感じられる。
 と、その人影がセレスティのほうへと向かってはっきりとした声でそれを伝えた。
『あの人は、何処』
 その声と共にセレスティの脳裏を過ぎったのはひとりの初老の男性の姿、だが絵にはそんな男性は存在していない。
「増沢さんでしたね」
「なんだ?」
「この絵を買い求められた人は初老の男性ではないですか? 特徴は……」
 いま見えた姿をそのまま伝えたところ、増沢は驚いたようにセレスティを見た。
「確かに、俺の絵を買ったのはそいつだが、なんでわかる?」
「彼女が呼んでいたからですよ」
「彼女だぁ?」
 そちらの容姿ははっきりとはわからないものの、セレスティは島にひとりの女性がいること、どうやら彼女が買い主を呼んでいたらしいことを増沢と男に伝えた。
「もしかすると、買われた男性は以前この島か海にやって来たことがあるのかもしれませんね。ただ、本人はそのことを覚えていない」
 更に推測するのならばあの女性はそのとき共に島にいた連れ合いなのかもしれない。もっとも、それがいまの細君なのかそれと出会う前の女性なのかはわからないが。
「おそらく、この島は彼女にとってふたりで訪れた思い出の場所なのかもしれませんね。だから、またその男性と一緒にここを訪れたかった。そういうところでしょうか」
 そして仮にそうであった場合、女性はすでに死亡している可能性が低くはないともセレスティは考えてからひとつの提案を増沢にすることにした。
「この島に、恋人たちの姿を描き加えてもらえませんか? 姿がはっきりと見える必要はありません。ただ、彼らが此処に一緒にいるということがきっと必要なのでしょう」
「……よくわからないが、それで妙なことを言われなくなるっていうのならお安い御用だ」
「見たものをそのまま描くがモットーのキミとしては珍しい手抜きじゃないか」
 と、そこで思い出したように男が口を開き、増沢は煩わしそうに男に言い返した。
「俺がこのとき描きたかったのは海だけだったんだ。他のものは見えてなかった。そういうことだ」
 言い訳じみた言葉に男はにやにやと笑っているようで、セレスティはそのことに特に口を挟むことはせず再び海の絵のほうを向いた。
 気のせいだろうか、先程までよりもその絵は穏やかでいっそう安らぎを与えてくれるものになるような予感がセレスティにはした。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

1883 / セレスティ・カーニンガム / 725歳 / 男性 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
NPC / 黒川夢人
NPC / 増沢柳之介

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信                    ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

セレスティ・カーニンガム様

初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
絵の中に住人として描き加えて欲しかったものがおり、それが呼びかけていたということからこのような形とさせていただきました。
絵解きを絵の買い主の元ではなく黒猫亭で行わせていただきましたがよろしかったでしょうか。お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝