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<東京怪談・PCゲームノベル>


夜長の出来事




どこにいるのかしら?
…まあ、どこに隠れたって、無駄だけど。



…深夜の事だ。街は眠り、人も車も、野良猫だって通らない時間。街灯が辛うじて、闇にグラデーションを掛けて空間を保たせている。そこを駆け抜ける一つの影。街灯が苦労して作り出した空間の隙間を縫うように走る。猫のようにしなやかで、足音だって微かな物。それは段々と、地下鉄の入り口へと近付いていった。

「……」

地下鉄の入り口にいるのは一人の男。身形からして…ホームレスだろう、髭を生やし肌は何日も湯を浴びていないのか、煤けている様に所々黒い。穴だらけの軍手を着けた手で、何かを持ちそれを凝視している。確認するように、視線をちらちらと何かに満遍なく当てている。

「完了だ…」

影はすぐそこまで、迫っている。



一方、その影にだって気づく事無く、入り口の男に厳しい視線を頂戴し、屋根のある地下鉄入り口から尻尾を巻いて立ち去ったもう一人の男…新垣嬰児が、辺りを見回しながらゆっくりと地下鉄の入り口へと近付いていた。

「煙草、煙草ー…っと…何処に落としたんだ…」

ぽり、後頭部を軽く掻いて、入り口付近まで来る。…男の一瞥を思い出したのか、新垣は苦い顔をして少々隠れながら入り口を覗き見遣った。

ん?

新垣は思わず首を傾ぐ。目の前の光景を良く見るために、もう少し目を開いた。


・・・・・・
・・・・
・・



「さあ、渡してもらいましょうか」

「…さすがに、早いな」


一体、これは何て映画だ。

そんな言葉が新垣の頭を巡る。目の前の光景に目を何度も瞬かせ、息を潜めて其の様子を見た。
…長い髪を二つに結わえたロングコートの少女が、ホームレスへと手を差し出している。そして、そのホームレスはといえば、何かを持っているらしい手をぐっと握り締め、握り締めたそれを胸ポケットへとぐっと押し込んだ、汚れた顔に不敵な笑みを湛えながら。

「簡単に渡すわけにはいかない」

「でしょうね」

「物分りの良いお嬢さんだ…嫌いじゃない!」


ッキィン

派手な音が地下へと下りる階段に木霊した。新垣の方からは何が起こったのかは判らない。だが、鋭い金属音は最初よりは小さなものの、何度も繰り返し繰り返し、階段に響く。狭いだろう階段の中で、金のしなやかな髪を振るう少女がホームレスと格闘している。




「いい加減、諦めたらどうだい!」

「任務を諦めろなんて、スパイが言う台詞かしら…ッ」

少女…エリィの目の前で、火花が散った。きつい閃光に、瞳を閉じはしなかったものの瞬きを数回。…目の前に、ホームレスはいない。瞬間的な移動手段として、考えられるのは跳躍。エリィはすぐさま天を仰いだ。…薄汚れたコートを翻し、屋根すれすれに飛び上がり、階段入り口へと着地しようとする姿が大きな瞳に映る。考えるよりもまず先に、身体が動く。大した距離ではない、すぐに追いつける。階段を四段飛ばしで駆け上がった。ホームレスは着地地点から今まさに一歩踏み出そうとした所。さあ、これからが本番だと、エリィは大きな目の瞳孔を大きく開いて男の後姿に照準を合わせた。

ひゅひゅん、と、何かが空を裂く。素早すぎて目には見えない、細長いものが男の背中目掛けて飛んで――――……

カン、キン、キィン

落ちた。
落ちてやっと解った飛行物体の正体は投げナイフ、棒手裏剣にも似たタイプだ。
エリィの瞳孔は収縮を繰り返すが、表情は無表情のまま現状を見つめていた。大きな、一対の刃物が男の背にかぶさっている。

「邪魔をするのは何方?」

あと一息、と言うところで計画が狂った。不機嫌さを隠すように淡々とした口調で、刃物の持ち主へと言葉を放る。シャキンと音を立てて、一対の刃が開かれた。鋏のような刃物だ。エリィは小首を傾いだ。あんな大きな物、持っていれば目立つ、すぐに目に付いたはずなのに。

「…あなた、仲間でも呼んだの?」

そう投げ掛けたのは、ホームレスへ。ホームレスの男は助かったとばかりに、体勢を立て直してしまっている。その様子には、無表情だったエリィも少しばかり口元をゆがめてしまう。しかし、ホームレスの雰囲気からして、どうやら仲間ではないようだ。しきりに、刃物の根元に気を配っている。しかし、エリィ側にも目をやらねばならないためか、突然の来訪者に途惑っている男は集中も途切れがちだ。

「女の子が、ホームレス相手に…何やってるんだ?因みに、俺は何の関係も無い一般市民だ」

やっと、刃物の持ち主が声を出した。現した姿は、いかにも安物のコートに、根元が黒くなっている金髪と、胡散臭い容姿。…新垣だ。一般市民といっているが…、左手だけは異様な、大きな鋏の形を模している。明らかに異様な姿に、エリィは口元を上げて笑った。

「それじゃあ、一般市民は巻き込まれないよう、下がっている事をお奨めするわ」

エリィの大きな目に、薄汚れたコートの背中が見えた。地下鉄出入り口の隙間に、見えないラインを見る。

  ここなら、通り抜けられる。

立ちはだかった新垣の肩に足を掛け、驚異的なジャンプ力でホームレスの背中目掛けて着地する。きれいな髣髴線を描いた軌跡を、エリィの金の髪が追った。
どしゃっと音がする。あまりにも早すぎて、新垣の目には追いついていけなかったようで、新垣が背後を振り向いたのは数秒後の事だった。

「返してもらうわね、ご苦労様…」

男の胸ポケットへと、無理やり手を突っ込み引きずり出したのは薬ビン。

「…そんな、風邪薬みたいな奴を取り返すために、ここまでやってたのか?」

「…ただの風邪薬、って思っておいたほうが、良い事だってあるのよ」

知らなかった?と、付け足され、新垣は鋏を模している左腕で頭をかいた。どうやら、本当に薬の効能や価値を知らない新垣に、エリィは新垣と同じく腑に落ちない表情で薬ビンを見つめた。

「この薬を飲んだと言う事では無かったのかしら…」

…天然の能力者、かもしれない。そんな事を分析されているとは露知らず、新垣は左腕を振るって鋏から元の人間の手へと戻していた。

「ただの風邪薬にしちゃあ、好奇心をそそる薬だな」

素直な新垣の言葉に、エリィは目だけ細めて新垣を見る。

「黙秘を。知らない方が良い事もある、って言ったでしょ?」

たん、と地面を蹴って、エリィは高く飛び上がる。地下鉄出入り口の屋根の上へ、すたりと着地した。

「もしも、守れない時は…また会う事になるでしょうね」

「…今度は、俺がこいつの立場になるかも…って、事か?」

新垣は地面に転がって気絶している男を見遣り、またエリィの方向へと視線を戻したが…既にその場にエリィの姿はなく。街は少女の言いつけを守り、何事も無かったように、いつもの静けさで人の流れを見つめていた。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 5588 / エリィ・ルー / 女性 / 17歳 / 情報屋】

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■         ライター通信          ■
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■エリィ・ルー 様
初めまして、ライターのひだりのです。此度は発注有難う御座います!
戦闘と言うよりは、逃げる標的をどうやって捕まえ奪還するか、と言う流れで進めて行きました。
戦闘や追跡を描写できて楽しかったです。
楽しんでいただけれたら幸いです!

これからも精進して行きますので、機会がありましたら
是非、宜しくお願い致します!

ひだりの