|
ネームレス・ラブレター
------------------------------------------------------
OPENING
「………」
自分宛てに届いた手紙。
手紙を読み終えた武彦は、
封筒と便箋を四方八方から見やる。
けれど、見当たらない。
差出人の名前が、どこにも見当たらない。
「…どうしろってんだ」
頭を掻きつつ、困り顔の武彦。
届いたのは、甘い甘い、ラブレター。
------------------------------------------------------
自室で読書していたシュライン。
つい夢中になってしまった。もうすぐ正午。
零は出掛けているため、不在。
お昼ご飯の支度をしなくちゃ…とシュラインは階段を降り、リビングへ向かった。
リビングでは、武彦が煙草を吸いながら、ドキュメンタリー番組を観ている。
何の変哲もない、いつもの光景だ。
その”いつも通り”の光景に何故か嬉しくなり、
シュラインはふふふ、と笑ってキッチンへ向かう。
と、その途中で、シュラインの目に、とあるものが留まる。
キッチンの傍にある棚の上に、ピンク色の封筒。
武彦宛ての手紙のようだ。とても可愛らしい文字…。
シュラインは手紙を見つつ、武彦に尋ねてみた。
「武彦さん。これ、なぁに?」
「ん?あぁ、手紙」
「うん。それはね、見ればわかるよ」
「はは。ん〜…何て言えば言いんだろうな。ラブレターか、一応」
クリンと目を丸くして少し驚くシュライン。
シュラインはエプロンを着け、昼食を準備しながら続けた。
「一応って、どういうこと?」
「差出人の名前がないんだよ。どこにも」
武彦宛てに届いた手紙。明らかにラブレター内容のそれには、
どこを探しても、差出人の名前がなかった。
武彦いわく、かなり情熱的なラブレターで、
こんなのを貰ったのは久しぶり、だそうだ。
かといって想いに応える気はないが、
このまま放っておくのも、何だか微妙だ。
けれど断るにしても、差出人がわからなければ、返事を書くことは出来ない。
何だか申し訳ないなぁと思いつつも、成す術なしの為、
武彦は「どうしようもない」と判断し、手紙を棚の上に置いたという。
誰が書いたのかわからない、情熱的なラブレター。
ここまでは、少しロマンチックな展開だ。
映画やドラマなら、ここから盛り上がっていくだろう。
けれど、そうはいかない。
手紙を棚に置いて、自由気侭にいつもどおり煙草を吸ったり、
新聞を読んだり、テレビを観たりしている武彦だが、
何だか、何をしていても、どこにいても、妙な視線を感じるらしい。
背筋がゾクリとするような感覚はなく、
くすぐったいような…そんな視線だという。
「相変わらず、モテますねぇ」
からかうように笑いつつ、サッと作り終えたエビピラフを武彦に渡して言うシュライン。
武彦は料理を受け取り、何とも言えぬ苦笑を浮かべた。
「何か…スッキリしないわよねぇ」
美味しそうにガツガツとピラフを食べる武彦を見つつ呟くシュライン。
確かにどうしようもないのだが、何だか引っかかる。
この手紙を書いた人物は、きっとドキドキしながら一生懸命書いたのだろう。
内容はわからないけれど、情熱的な内容だったと聞くし…。
このままで、良いのだろうか。
このまま、何事もなかったかのように過ごして良いのだろうか。
差出人は…それで満足なのだろうか。シュラインは自分に置き換える。
この手紙を書いたのが自分だったら…。決して満足ではない。
うっかり名前を書き忘れたのだとしたら、すごく後悔するだろう。
自分も、武彦を大切に愛しく想っている。
それゆえに、置き換えて考えてみると胸に妙な痛みが走った。
「どうしようもねぇんだから、仕方ねぇだろ」
自分のことのように思い悩んでいるシュラインを見て、
彼女が今、どんなことを考えているかを悟った武彦は笑って言った。
「そうだけど…」
頬杖をついたまま、シュラインは仕方がないことだということを、頭では理解する。
(何だろう。何か…引っかかるのよね…)
胸につかえる”何か”が理解らないまま、プゥと頬を膨らませるシュライン。
と、その時だった。
(!)
シュラインと武彦は、同時に気付く。
見られている…と。
二人はバッと視線を感じた方向を同時に見やった。
少し開いた窓、揺れるカーテン。二人の目が捉えるのは、
セーラー服を着た、可愛らしい少女。
シュラインはガタンと席を立ち、玄関へ向かう。
自然と体が、そう動いてしまった。
あの少女が、差出人だ。何故か、そう確信して。
一人、取り残された武彦は、スプーンを咥えたままポリポリと頭を掻いた。
(何だかな。…フクザツ)
玄関から勢い良く飛び出して、シュラインはキョロキョロと辺りを見回す。
そして、少女の背中を確認すると、躊躇うことなく、タタタッと少女を追いかけた。
「待って!」
「きゃ…」
少女の腕を掴んで言うシュライン。
少女はビクリと肩を揺らし、立ち止まって俯いた。
長い黒髪がサラリと垂れて、少女の表情は…伺えない。
シュラインは、ゆっくりと言葉を選びつつ、少女に告げる。
「このままで…いいの?」
「………」
少女は俯いたまま、言葉を発さない。
シュラインは待った。腕を掴む手は離さずに。
少女が言葉を発してくれるのを待った。
例え日が暮れても、決して離さない。そんな心構えで。
「私に好かれても…困るだけだから…」
しばらくして、ポツリポツリと少女が話し出す。
「どうして?そんなことないわ」
「だって私…」
パタリと地面に涙が落ちた。
と同時に、少女がボンヤリと、陽炎のように揺れる。
少女は…彷徨う魂だった。シュラインは理解っていた。
聞かずとも、彼女を見た瞬間に。
少女が着ているセーラー服は、もう存在していない中学校のもの。
彼女が生者ではないことを理解するには、それだけで十分だ。
少女が落とす涙の理由。それは、悲しみとは少し違う。
悲しい気持ちもあるけれど、それ以上に…悔しい気持ちの方が強い。
自分は、もう、この世に存在していない人間。
存在していられない、存在していてはいけない人間。
こんな自分に好かれて、困らない男性はいない。
何度も思った。思い止まった。
この想いは、伝えるべきではないのだと。
けれど…想いは膨らむばかりで、どうしようもなかった。
悩んで悩んで、悩み抜いた結果。手紙を送った。
名前は書かずに。ただ、想いだけを綴って。
それだけで、十分だと思ったから。
「本当に…満足?満足できるの?」
少女の頭を撫でながらシュラインは優しい声で諭す。
できるわけがない。これで満足だなんて…思えるわけがない。
満足できているなら、様子を見に行ったりしない。
「…っふ」
少女は俯いたまま、声を殺して泣いた。
死して尚、欲張りな自分が許せなくて。
「武彦さん」
興信所に戻ってきたシュラインは、背に少女をかくまいながら武彦に声をかけた。
ソファで車の雑誌を読んでいた武彦はクルリと振り返る。
そして、すぐに気付く。シュラインの背に隠れている人物に。
武彦は苦笑し、まるで気付いていないかのように、自然に振る舞った。
「んー?」
シュラインはクスリと笑うと、
少女の背中をポンと叩いて、少女を武彦の前へと移動させる。
顔を真っ赤に染めて、もじもじと俯く少女。
どうしていいか、わからない。当然だ。
少女の頭はパンク寸前。お湯が沸かせそうなくらい沸騰している。
目の前で困惑している少女をチラリと見やって、
武彦はクックッと笑い、少女に尋ねた。
「お嬢さん、お名前は?」
「!!ひっ…日阪っ…日阪・朱里ですっ」
ピシッと姿勢を正して、名乗る少女。
手紙に書けなかった自分の名前を、
少女は直接、口で、声にして、武彦に伝えた。
武彦は微笑み、スッと立ち上がると少女の頭にぱふっと手を乗せ、
「煙草買ってくるわ」
そう言って、スタスタと歩き出した。
少女は今にも飛び出しそうな心臓に呼吸を乱されながら、
その場にヘタリと座り込んでしまう。
すれ違いざまに、武彦はシュラインのオデコをぺしっと叩いて言った。
「怪奇探偵冥利につきますわ」
「相変わらず、モテますねぇ」
シュラインはクスクス笑い、少女に駆け寄って彼女を抱き起こした。
貴方と、話したい…―
ラブレターの最後に書かれた一文。
少女が、最も願ったこと。叶わぬだろうと思っていた、その願いは。
いとも容易く、叶ってしまった。
少女は、この日を境に興信所へ”遊びに”来るようになった。
もう、影からコッソリ見ることはない。
堂々と、玄関から。「おじゃまします」
------------------------------------------------------
■■■■■ THE CAST ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂ / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 日阪・朱里 (ひさか・あかり) / ♀ / ??歳 / 武彦に想いを寄せる幽霊少女
■■■■■ ONE TALK ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
こんにちは!いつも、発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。
気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ宜しく御願いします。
-----------------------------------------------------
2008.03.09 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
-----------------------------------------------------
|
|
|