コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


アイドル護衛 (後編)

------------------------------------------------------

OPENING

ライブ終了とほぼ同時に、
突如、姿を消した、人気アイドル・リュシル。
いまだに熱気冷めやらぬファンと裏腹に、関係者は大混乱。
総出で探しているが、どこにも、いない。
一体リュシルは、どこへ行ってしまったのか…。

------------------------------------------------------

何か手掛かりはないかと、楽屋を調べるディテクターとシュライン。
クローゼットやテーブル、棚、ソファなど、楽屋内をしらみつぶしに調査していく。
けれど、特に何の手掛かりも得られない。
こういう時、大抵大きな手掛かりは身近にあるものなのだが…。
経験上、そう思うディテクターは、ふと…あるものに目を留めた。
ただ一つだけ、まだ調べていないものがある。
それは、リュシルが置いていった鞄だ。
楽屋を調べると許可を貰った直後から、
リュシルの鞄は、マネージャーの手にある。
ソファの上にあったものを、慌てて持ったマネージャーに、
ディテクターもシュラインも違和感は感じていた。
「おい。それ、調べさせてくれ」
鞄を示してディテクターが言う。
しかしマネージャーは、躊躇いながらフルフルと首を左右に振った。
まぁ、わからなくもない。アイドルの私物だ。
だが、この現状。そんなことを言っている場合ではない。
調査を始めると同時に鞄を自分の手に収め、
調べさせてくれと言っても、頑なに拒むマネージャー。
そこに、何らかの手掛かりがあることは、明らかだ。
それを隠そうとするマネージャーも…何というか、浅はかなものだ。
自分で、手掛かりはここです、と言っているようなものなのだから。
ディテクターはハァ、と一つ溜息を落とすと、
ツカツカとマネージャーに歩み寄り、鞄を強引に奪う。
「………」
シュラインに腕を押さえられたまま、マネージャーは神妙な面持ちで俯いた。
鞄の中を漁るディテクター。手掛かりは、すぐに見つかった。
一枚の写真。映っているのは、リュシルと…青い肌の青年だ。
写真には日付と、甘い愛の言葉が綴られている。
「ただでさえ恋愛は御法度だろうに。相手が魚人とは…困ったもんだな」
クックッと笑いつつ言うディテクター。
リュシルと共に写真に写り、彼女の肩を抱いている蒼い肌の青年。
おそらく、いや間違いなく、彼はリュシルの恋人であろう。
青い肌は、魚人の証。人間と魚の妖との間に生まれた半妖だ。
マネージャーが必死に隠そうとしていたのは、この事実。
自分が世話を焼き大切にしている人気アイドルが、
半妖の青年と恋愛しているという、事実。
露呈してしまった事実に、マネージャーは目を伏せ深い溜息を落とす。
相手が一般人というか人間でない為に、
IO2に依頼せざるをえなかったのだとマネージャーは呟いた。
ライブ前日の昨日、準備に忙しなく駆け回っていたところ、
マネージャーは、楽屋で一人、小声で誰かと電話しているリュシルを見かける。
彼女の声のトーンや嬉しそうな表情を見れば、
話している相手が誰かは、すぐに理解った。
半妖の恋人と会話するリュシルの様子を、マネージャーは息を潜めて伺った。
そして、聞いてしまった。リュシルの『明日から、ずっと一緒ね』という言葉を。
大人気アイドルに、自由な時間など、ほとんどない。
ゆえに、恋人と一緒に過ごす時間も、かなり限られる。
その状況で、ずっと一緒だね、と発言することは…。
すなわち”逃亡”を意味するものだとマネージャーは瞬時に悟った。
すぐにでも駆け寄り、電話を奪って叱りたかった。
そんなことが許されると思っているのか、と。
けれどライブを明日に控えている状態で、
マネージャーという立場の彼に、それを実行することは不可能だった。
ライブを成功させることは、当然のこと。
だから、誰よりも気を配っていた。彼女が姿を晦まさないように、
今日は朝からずっと、リュシルの傍にいた。だが、
何事もなくライブが終了し、立場上安心してしまったことが…アダとなる。
ライブ終了と、ほぼ同時に…リュシルは失踪した。
「この彼と…一緒にいると考えて間違いないのね?」
写真を見やりながらシュラインが言うと、
マネージャーは、ゆっくりと首を縦に振った。
「探偵さん。魚人って…どうだったかしら?」
「人に危害を加えることは、ないな。確実に」
煙草に火をつけて言うディテクター。
彼が言うように、魚人が人に危害を加えることはない。
そもそも、人前にでることを極端に嫌がる妖だ。
一部では、恥ずかしがりやな妖と言われているし、絵本になったこともある。
一緒にいるからといって、今リュシルの身に危険が及んでいるかと言えば、
それはない、と言い切っても過言ではないだろう。
リュシルが、この魚人の青年とどこで知り合ったのか…。
そこは、ものすごく気になるところだが、突っ込むのは野暮というもの。
写真を見れば、二人が惹かれあっていることは一目瞭然なのだから。
例え、祝福されることがなくとも。
「ねぇ。マネージャーさんは…どうしたいの?」
シュラインは優しく微笑んで尋ねる。
二人が惹かれあっていることは紛れもない事実。
二人の想いは、他人がどうこうできるものではない。
それくらいは、マネージャーだって理解しているはず。
理解した上で…今、どうしたいと思っているのかが聞きたい。
リュシルを、すぐにでも連れ戻して、
隔離とまではいかなくても、恋人と会わせないようにしたいのか、
仕事を続けてさえくれれば、二人の関係は黙認するのか、
それとも。もっと別に思うことがあるのか…。
シュラインの問いにマネージャーは沈黙し、ジッと床を見つめたまま思いに耽る。
どうしたいのか…そう尋ねられて、すぐに言葉を返せないことで、
彼は一時的に自分を見失ってしまったのだろう。
(どうしたい…んだろう)
自らにそう、問いかけた時だった。
マネージャーの懐で、携帯がブルブルと揺れる。
ハッと我に返り携帯を取り出し見やると、
ディスプレイには、リュシルの名前が表示されていた。
「もしもしっ!リュシルか!?今、どこにいるんだ!?」
即座に通話ボタンを押して声を張り上げるマネージャー。
タイミングが悪い。マネージャーは、更に混乱してしまっている。
電話の向こうでリュシルが何を言っているのかはわからないが、
どこにいるんだ、戻って来い、早く、今すぐに…などと捲し立てるように叫ばれては、
自分の気持ちを伝えることが出来ないだろう。
きっと、口篭ってしまっているはずだ。
「探れるか?」
ディテクターは、シュラインの耳元で囁いた。
「勿論」
シュラインは自信たっぷりに微笑む。
(………)
スッと目を閉じて意識を集中して、不要な音をシャットアウト。
欲しい音だけを選らんで、聴き取る。
マネージャーの大声も、スタッフ達の騒々しい声も、
いまだに熱気冷めやらぬファンの声も、窓を揺らす風の音も、全てを無に。
シュラインは、能力”サイレンス”を発動。
聴こえるのは、電話の向こう…リュシルの声と、その付近の音だけ。
やはりリュシルは口篭ってしまっている。
何かを言おうとしても、マネージャーの声が、それを遮ってしまう。
リュシルの呼吸と鼓動は、もどかしさに溢れていた。
(せっかく連絡してきたのに…)
失踪したリュシルが連絡してきたのは、何か伝えたいことがあるから。
叱られても、呆れられても、それでも伝えねばならないことがあるから。
それなのに、このままでは…。
シュラインは聴き取った、とある音にウン、と頷くと、
ディテクターに小声でボソボソッと告げた。
リュシルの居所が、判明したから。


ライブ会場の裏にある、小さな倉庫。
機材などが所狭しと置かれているそこに、
シュラインはリュシルの呼吸音を感じ取った。
倉庫に鍵は…かかっていない。
ディテクターは極力音を立てぬように扉を開け、中へと入っていく。
シュラインも、辺りを見回し警戒しつつ、それに続いた。
薄暗い倉庫の中、人が入ってきたことに気付き、
リュシルはビクリと肩を揺らし、携帯を落としてしまう。
カタン―
倉庫に響く音。ディテクターとシュラインは顔を見合わせ、
音のした方へ、ゆっくりと歩み寄った。
ギターアンプに隠れるようにして、身を屈めているリュシル。
そんな彼女を包み込むように、青い肌の青年も…一緒にいた。
「………」
怯えた表情の二人を見て、ディテクターは肩を揺らして苦笑。
失踪でも何でもない。叱られて拗ねた子供が、どこかに隠れたりするのと一緒。
こんな所に隠れていては、いずれ必ず見つかってしまう。
元々、遠くへ失踪する気なんて、なかったのだろう。
いや…そうするつもりだったけれど、出来なかったと言った方が正しいか。
シュラインは微笑んでしゃがむと、二人の頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。あなた達は、悪いことなんて…してないもの」
スタッフなど関係者に多大な心配をかけたことはあるけれど、彼等に悪意はない。
彼等はただ、好きな人と一緒にいたかっただけ。
声を聞いて、触れて、抱き合っていたかっただけ。
惹かれあう二人なら、必ず、そう願うもの。
「で…。どうしたいんだ。お前さんたちは」
ポリポリと頭を掻いて尋ねるディテクター。
リュシルと、魚人の青年は見つめあい頷くと、
「一緒にいたい」と口を揃えて言った。
「仕事は、どうするんだ?」
ジッと見据えて言うディテクター。
リュシルは無言のまま、俯いてしまう。
理解ってはいるのだ。自分は、アイドル。
好きな人と一緒にいたいから、もうやめます、なんて許されることではないことを。
でも、それでも…リュシルは。彼と一緒にいることを強く望む。
望んではいけないと理解っていても、止めることが出来ない。
ディテクターは、フゥと息を吐くと、シュラインの腕を掴み、少々強引に立ち上がらせる。
「?…探偵さん?」
キョトンとしているシュラインに、ディテクターは一言。
「帰るぞ」
「えっ?でも…」
「無駄だ。もう、何を言っても」
「でも…」
「好きにさせてやればいいさ」
シュラインの手を引き、ディテクターはツカツカと歩いていく。
決して、呆れているわけでも怒っているわけでもない。
ディテクターは、ただ、純粋に無駄だと判断した。
戻れと言って素直に従うことはないだろうし、戻りたくないだろうし。
これから二人で、どうやって生きていくのか。
先のことなんて考えずに、勢いだけで二人は動いている。若さゆえ。
いつか、理解る日がくる。嫌でも、その日は訪れる。
二人で生きていくことの難しさに気付く日が。

「報酬は…ナシになっちゃうのよね。これって」
「そうだな。ほぼ任務放棄だからな」
「いいの?」
「いいよ。別に」
「そっか、なら…いいね」
クスクスと笑うシュライン。
IO2から指示されたのは、アイドルの護衛。
リュシルに危害が及ばぬよう、細心の注意を払うこと。
魚人という妖と関わりはしたものの、
彼がリュシルに危害を加えることは、まずないと考えて間違いない。
そもそも、リュシル本人が一緒にいたいと言っているのだ。
無理矢理連れ戻す必要はない。
これは、依頼主の願いに反する行為。
当然、報酬を受け取ることはできない。
けれど、ディテクターは悔やんでなどいない。
逆に、無理矢理連れ戻していたら悔やんでいただろう。
惹かれあう二人を無理くり引き裂く権利は…自分にはないのだから。
IO2本部に戻ったら、こっぴどく叱られるんだろうな…と、ディテクターはボヤきつつ笑う。
シュラインはクスクス笑い「一緒に叱られてあげる」そう言ってディテクターの背中をポンと叩いた。
この後、リュシルがどうなるのかは、わからない。
何事もなかったかのように雑誌やテレビに姿を見せるかもしれないし、
新聞一面に”失踪”の文字がデカデカと綴られるかもしれない。
どんな形になるかはわからないけれど、
再び声や言葉、名前を耳や目にしたとき、
リュシルの決断を理解することになるだろう。

------------------------------------------------------


■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / ディテクター(草間・武彦) / ♂ / 30歳 / IO2:エージェント(草間興信所の所長)
NPC / リュシル・ファートン / ♀ / 17歳 / 異界で大人気のアイドル

■■■■■ WRITING ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

2008.03.09 / 櫻井 くろ(Kuro Sakurai)