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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


家出息子の捜索

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OPENING

「宜しく御願い致します…」
ハンカチで目元を押さえながら言う婦人。
婦人はとある依頼をする為、興信所を尋ねていた。
涙ながらに婦人が頼んだのは、息子の捜索。
一人息子が、一昨日から行方不明だという。
息子の自室には『家出します』と書かれたメモが残されていたとのこと。
婦人は都内でも有名な資産家の娘で、夫は去年他界している。
何不自由ない生活をしてきた。
息子には、何でも与えてきた。
それなのに、どうして…と婦人はすすり泣く。
残された、かけがえのない宝物。
婦人の息子は、一体どこへ行ってしまったのか。
彼が家出した理由とは…。

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「こいつぁ、すげぇ…」
部屋を見回して苦笑する武彦。
シュラインと共に依頼人宅を訪れ、
ひととおりの説明を聞き終え、今二人は失踪した息子の部屋を調査している。
興信所のリビング、およそ五つ分に相当するであろう部屋。
置いてある家具や飾られている絵など、
部屋にあるものは、全て目ン玉が飛び出すくらい高額なものばかり。
失踪した息子は、まだ十八歳だという。
こんな立派な部屋を与える必要は…ないように思えた。
息子の名前は、ハヤテ。
都内有数の資産家である神田家の一人息子だ。
ハヤテは、自室にメモを残している。
ただ一言『家出します』とだけ書かれたメモ。
生理整頓された机の上にポツンと置いてあったメモを発見し、
依頼主である母親は、慌てて興信所に駆け込んだ。
欲しいものは何でも与え、異常だと言われるほどに愛してきた。
何不自由ない生活の中、何故家出なんて…泣きはらした母親の目は赤い。
「これ…本当に、息子さんの字ですか?」
メモを手にとり尋ねるシュライン。
「えぇ。間違いないです」
「そうですか(…うーん)」
メモに書かれた一文に、シュラインは思い耽る。
シュラインは職業柄、少しだけ筆跡鑑定のスキルを備えている。
専門家ではないのでハッキリと言えるわけではないが、
ハヤテが綴った文字に”悲しみ”を、シュラインは感じ取っていた。

シュラインと武彦は依頼人から様々な情報を聞き出す。
失踪時、一昨日の服装や、彼の好む場所などなど…。
その中で一つ。二人は気になる情報を得た。
約束。
婦人と、息子の間で交わされた約束。
婦人の夫であり息子の父親である神田家の主。
彼は去年、病気で他界している。
婦人と息子は、一緒に彼の墓参りへ行こうと約束を交わしていた。
約束したのは一週間前。そして実行するはずだったのは一昨日だという。
ハヤテが失踪した日と、ちょうど重なる約束の日。
シュラインはメモを取りつつ婦人に尋ねていく。
「お墓参りは…行けなかったんですか?」
「えぇ…どうしても外せない仕事が入ってしまって…」
「その日の夜に、息子さんは失踪したんですね」
「はい…来週、日を改めて行こうと言ったんですが…」
「そうですか…」
息子、ハヤテにとって父親は雲の上のような存在だった。
いつも仕事に追われていて、遊んでくれたことは数えるくらいしか。
不満や寂しさを感じなかったわけではないけれど、
ハヤテは一度も、その類を口にすることはなかった。
理解していたのだ。父親の立場や仕事、その難しさと大変さを。
遊んで欲しいとも言わなかったし、我侭なんて勿論言ったことがない。
ハヤテは毎日忙しなく働く父親の背中に、自分の目標を刻んだ。
いつか父親の手伝いができるよう、立派に支えられるよう。
そういう存在になりたい、と心から思っていた。
けれど現実と運命は過酷。
何の前触れもなく、父親はフッと姿を消してしまう。
言葉を交わした回数は少なくても、ハヤテの耳には鮮明に。
父親の、優しく深く強い声が、残っていた。
ただ一度だけ、自分の名前を呼んでくれた日のことを。
ハヤテは決して忘れない。


何不自由ない暮らし。どこから見ても、そう見える。
けれど、自分にとって総てでもあった存在を失ったことにより、
恵まれた環境は、彼の寂しさを増徴させる。
孤独感。彼は、それから逃げるように、家を飛び出したのだろう。
自分が恵まれた人間だと理解すればするほど、
彼は自分の不安や悲しみを口にすることができなかった。
口にすることは ”我侭” なのだと思っていたから。
「息子さんの、交友関係ですけど…」
どこか、気の知れた友人の家にいるかもしれない。
そう思ったシュラインが婦人に彼の交友関係を詳しく訊こうとしたとき。
「ん?」
窓の外を見やっていた武彦が何かを見つける。
「どうしたの?」
シュラインが尋ねると、武彦は何も返さずに、しばらく、一点をジーッと見つめた。
武彦が見やる先は、屋敷の庭。
とても美しい庭園の茂みが、ガサガサと揺れている。
ジッと見やっていると、やがて、茂みから少年が姿を現す。
キョロキョロと辺りを伺いながら、館を見上げる少年。
武彦は見つからぬように、とサッと身を引いた。
「もしかして…」
シュラインが言うと、武彦は苦笑しつつ返す。
「いるよ。そこに」
失踪したハヤテが屋敷に戻ってきた。
その事実に喜ぶ婦人だったが、ハヤテの様子がおかしい。
茂みや木に隠れて屋敷を見上げるだけで、入ってくる気配がないのだ。
今にも泣きそうな顔をしているハヤテ。
母親はいてもたってもいられず、彼の元へと急いだ。

けれど庭に到着したとき、そこにはもうハヤテの姿はなかった。
自分から逃げるように去っていった息子。
婦人の頬を、ハラハラと涙が伝う。
屋敷に来て様子を伺っていたのは、婦人を気にしている証拠。
悲しみから逃げたことは、彼が初めて身をもってした我侭にほかならない。
自分の所為で、母親に心配うぃかけている。それは明らかだ。
けれど屋敷に入って来なかった。いや、来れなかった。
その理由は、ただ一つ。もう一つだけ、我侭を言いたいから。
逃げるように去っていった彼の向かう先もまた…一つしかない。
シュラインと武彦は頼りない足取りの婦人を支えつつ、霊園へと向かった。


広大な霊園にある墓。色とりどりの花が供えられている墓前に、
依頼人は捜し求めた愛しい息子の背中を確認する。
ダッと駆け出し、時々フラつき転びそうになりながら、
婦人は息子を後ろからギュッと強く抱きしめた。
母親の温もりを感じ、息子の瞳からは自然と涙が溢れる。
母親の涙は息子の肩を、息子の涙は墓標を滲ませた。
「ごめんね。ハヤテ…もっと早く、一緒に来れれば…」
「ううん…ごめんなさい…僕が…僕が我侭なんだ…」
震えた声で、数日振りに言葉を交わす母子。
聞き飽きるほどに、二人は自分を省みて謝罪を述べ続ける。

「…くすん」
抱き合う母子を遠くから見やりつつ、ポロポロと涙を落とすシュライン。
武彦はシュラインの頭をくしゃくしゃと撫でて言った。
「泣き虫」
かけがえのない存在だった父親。
核ともいえるべき存在を失って、その寂しさから逃亡を試みた少年。
けれど、少年は逃亡して、すぐに気付く。
悲しいのは、寂しいのは、母親とて同じこと。
父親がいなくなった今、母親を護り支えるのは、自分の役目なのだと。
二日遅れで、果たされた約束。
ハヤテは、母親の胸の中で泣く。赤ん坊のように。

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【 CAST 】

0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂ / 30歳 / 草間興信所所長、探偵


【 WRITING 】

2008.03.12 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)