コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible 2nd ―震―



 渡されたダイス・バイブルはいつでも自分の身近に置いておきたくて……部屋の机の上に常置してある。
 養父と養母は部屋には無断で入ってこないので、嘉手那蒼衣はベッドの上に転がったまま、本を見つめていた。
 頭の中で、断片的な知識が舞う。その欠片を掻き集めることはできない。遠い。手を伸ばしても届かないのだ。
(フェイ……)
 そう思った時、机の上にある本が開かれた。そこから吐き出されるようにフェイが飛び出してくる。
 目を見開く蒼衣。彼は机の上に軽く着地すると、すぐに床に降りてきた。土足だ。
「……出てきたってことは、『敵』?」
 起き上がる蒼衣を見て、フェイは頷く。
(フェイはあたしを運命共同体と言った……。なら、あたしも)
「あたしもついて行くべきよね……?」
「もちろんだ」
 彼ははっきりと言い放った――。



 パジャマから私服に着替えて、蒼衣はフェイと共に夜の街へと出かけた。とは言っても、彼に抱えられて、だが。
 荷物のように脇に抱えられている蒼衣は、夜風に息が詰まりそうになる。
(戦う覚悟……まだ理解には遠いけど)
 そっと自分を抱えるフェイを見上げた。暗闇の中、青色の瞳だけが妙に輝いている。
(戦闘意欲が削がれる、って言われたことは、気をつけなくちゃ)
 鏡を見て笑う練習はしているが、なかなか難しい。
 彼は建物の上を軽やかに、だがしっかりと跳躍する。やはり人間ではない。
「この先だ」
 彼の囁きは、はっきりと聞こえた。
 やがて彼は着地する。その着地も、穏やかとは言い難い。蒼衣のことに気を遣ってはいないのだ。
 身体にかかった重力に蒼衣は思わず手で口を覆う。
「ここだ。近いぞ」
 蒼衣をそのまま地面に落とす。
 受身もとれなかった蒼衣は痛みに顔をしかめつつ、頭をあげて周囲を見回した。
 そこは寂れた街中だった。看板も汚く、道も狭い。こんなところに本当に敵が?
 立ち上がった蒼衣はフェイを見遣った。
「あの……」
「ん?」
「ここで待ち伏せするの?」
「そうだ。やってくるだろう。感じる。我が敵だ」
 彼は一度瞼を閉じ、それから開いた。戦士の瞳だ。
 蒼衣はぎゅっと胸の前で拳を握る。これから自分の知らない戦いが起こるのだ。
「……フェイ」
「なんだ?」
「少しでも感染を防ぐ手立て……してはいけないこと、したほうがいいこと、何かある?」
「手立て?」
「何かあるなら、力の及ぶ限りそれをするから、教えて。死ぬ覚悟はできたけど、すぐ死んでもいいってことじゃないから」
 できるなら……少しでも長く彼と関わりたいという気持ちがあるのだ。
 じっと見るが、フェイは表情を崩さない。
「感染しない方法は一つ。『敵』の近くに居ないこと」
「……それだけ?」
「それだけだ。
 自分と共に戦うなら、感染を防ぐことはできない」
「何かないの?」
「何もない。予防接種などは存在していない。ワクチンがダイス。ウィルスが『敵』。
 すぐに死にたくないというなら、家に帰るしかない」
 きっぱりと彼は言い放った。そして目を細める。
「死にたくないというのは、生き物ならば誰もが持っている感情だ。理解できる。だが」
 フェイは少し目を伏せた。
「ダイスの主は、死ぬことが前提になる。長いはずの寿命を、一瞬で使い果たすのだ」
「……使い果たす?」
「運も力も、生きるための全てを。悲しいことに、彼らは望んでそうなったわけではない。それはご主人、あんたにも言える」
「…………」
「ダイスと出会ったことと、選ばれたことはかなり運の悪いことだ。感染しない方法があるというなら、ダイスは存在していない」
 それは、死刑宣告のようだった。
 防ぐ手立てはない。もしかしたら、今日にも死んでしまうかもしれない。
 蒼衣は深呼吸して唾を喉の奥へ押し込む。
「わかった。覚悟を決める」
「そうだ。それでこそ、自分の主だ」
 二人は真っ直ぐ、道の先を見る。誰もやって来ない。昨日の雨の名残である、水溜りがあちこちにある。
 どんな敵なのか蒼衣に知るすべはない。フェイの横に居るだけ。本当に、それでいいのだろうか?
(フェイの主として、何かすることはないの……?)
「フェイ……あたし」
「来た」
 何かが道の向こうから現れる。すぐ横のビルの壁に手をつき、荒い息を吐き出している女。見た感じは20代後半。平凡的な顔立ちの女はゆっくりと歩いてくる。
(どう見ても普通の人だけど……)
「ご主人、今回は『適合者』のようだ」
「テキゴウシャ……?」
「ウィルスが身体に合っているんだろ。いや……だが、少し拒絶しているか」
 静かに言う彼は蒼衣を視線だけで見る。
「あまり近づくとすぐに感染してしまう。自分からあまり離れすぎないように退がっていろ」
「わ、わかった」
 難しいことを言うなぁと蒼衣はじりじりと後退した。それとは逆にフェイは前へと進む。
 女はフェイに気づき、怪訝そうにした。
「あ、あの……すみません。救急車、ちょっと呼んで……もらえ、ますか……?」
 瞳の色が白くなっていく。いや、眼球が灰色に染まっていっているのだ。その気持ち悪さに蒼衣は思わず喉を鳴らす。
「頭が痛い……んです。なんか……」
「それはもう治らない」
 はっきりとフェイは言い放つ。彼女は顔を歪めた。
「なんだか変なニオイ……。お兄さん、なんか、なんか……………………ムカつく」
「だろうな」
 そう言い放ったフェイは、一瞬で間合いを詰め、女の前に立つ。そして、腰を軽く低め、拳を前に突き出した。
 だがそれが当たる前に女は物凄い勢いで後方へと跳躍した。濁った瞳でフェイを凝視する。
「敵……あなた、敵、ね。私を殺しに来たのね。わかる。わかるわ」
「…………」
「冗談じゃないわ。なんでこんなことに。死にたくない……死にたくないわ!」
 彼女はそう叫んでこちらに背を向け、そのまま走り出した。その速度は走行する車並みで、追いつけるものではない。
 フェイは蒼衣を振り向き、言う。
「追って破壊する! ご主人、できるだけでいい。自分を追って来るんだ!」
「え、ええっ!?」
 蒼衣の答えを聞かずにフェイは女を追いかけるために走る。彼の速度ではすぐに追いつけそうだ。
 残された蒼衣はどうしようかと悩んでから、決意して足を踏み出した。彼の主である以上、追いかけなくては。傍に居なくては。



 追いかけるフェイは逃げる女を視界にとらえた。
 建物の上を跳ぶ彼女目掛けて、必殺の攻撃を加える。この女は……自分の主と同じくただ、運が悪かっただけだ。だが逃がすわけにはいかない。
 振り向く女。視線が一瞬だけ交錯する。
 腹部に直撃した一撃に女は苦痛を感じることなく破壊された。粉微塵、だ。
 破壊したフェイはびくっとして背後を見る。
 なびくのは黒い衣服。あれは……!
(ダイス……? いや、だが気配など感じなかった。今の自分は契約して日が浅い。力もそれほど消耗してない。それなのに、どういうこ――)
 フェイは気づかないうちに間合いを詰められ、攻撃された。寸でのところで両腕で、防御する。
 こんな街中で、しかもそれほど力に差のないダイス同士で戦うなど!
(本当にダイスなのか? だが)
 ダイス同士が戦うのは仕方ないとはいえ……。
 攻撃を受けたフェイは吹っ飛びながら身体の向きを変える。
 違和感、だ。
 金色の髪をなびかせる西洋人の娘は漆黒の修道女姿だ。黒い衣服はダイスの証。
「おまえは、何者、だ」
 これは恐怖? 恐れることなどないはずの相手に、なぜ?
 不審に思うフェイに、彼女はワラッタ。そのひび割れたような歪な笑みにフェイは顔を強張らせる。
 ナンダ? コイツは、ナンダ?
 そいつはぴくりと反応すると、きびすを返して去っていった。
 残されたフェイは呆然とビルの屋上に佇むしかない。



 迎えに来たフェイに連れられて、蒼衣は自宅に帰って来ていた。
「……フェイ」
「ん?」
 彼は蒼衣を部屋の床に降ろし、邪気のない瞳でこちらを見つめてくる。
「家を出る気っていうのは……一人暮らし?」
「む?」
「それとも、旅に出るとか?」
 もしもそうなら……養ってもらっている身としては、養父たちに申し出なければならない。自活したいと言えば、許してもらえるだろうか? いや……それはかなり難しいだろう。
(旅に出るとなると、家出みたいになるかな、やっぱり。でも……死ぬのがそう遠くないなら、いっそ家を出たほうが……)
「いや、しばらくはここに居たほうがいい」
「え?」
「……我々が追うべき『敵』とは違うものが、この町に入り込んでいる」
「違う? え? どうして?」
「…………ダイスに似ているが、違う」
「ダイス? 似てるって、どういうこと?」
 嫌な……空気。
 どうしてフェイは難しい顔をしているの?
「ダイスは、出会うと潰し合うんだ」
「なぜ……」
「それは、ダイスが本を持っているからだ」
「本って、ダイス・バイブル?」
「ダイス・バイブルは、保菌場所なのだ。破壊したウィルスを保存している。本を破壊するために、ダイス同士が戦うのだ」
「え…………」
「だが、違う。アレは違うのだ」
 フェイは困惑したように囁く。
「あんなものはダイスではない。まるで、まるで亡霊のようだ。あんなものは違う」
 フェイの様子がおかしいのは明らかだった。
「今までとは違う何かが起こっている……。動くのは危険だ」
「フェイ……おびえてるの?」
 彼の身体が微かに震えているのがわかる。そんな……。
 フェイは瞳を伏せた。
「わからないのだ、ご主人。自分は混乱している。ストリゴイならば倒せる。だがアレは……あんなものは知らない」
 知らないから、彼はコワイのだろう。
 フェイは蒼衣の手を掴み、握り締めた。適度に力を抜いた、けれども真摯な握り方だ。
「ご主人……この戦いは恐ろしいものになるかもしれない。だが、自分と共に戦って欲しい……」
「……あたしはあなたの主よ。だから、一緒に戦う」
「……感謝する。そろそろ自分は本で休む」
 彼はそう言って姿を消した。残された蒼衣は不穏な空気に身を震わせる。
 机の上のダイス・バイブルに視線を遣り、蒼衣は軽く息を吐き出したのだった――。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】

NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、嘉手那様。ライターのともやいずみです。
 なんだか怪しげな人物が登場しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。