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<東京怪談・PCゲームノベル>


休日限定地球防衛隊


「わかった、お、俺でよければ協力するよ。するから……とりあえず、場所を変えないか?」
 なおも色々まくしたてる相手を軽く制し、響谷玲人(きょうたに・れいじ)は提案した。
 休日とあって公園にはそこそこ人がいる。明らかに自分達に向けられている視線がちょっと、いやかなり痛い。職業柄、人を見る目はあると自負している。変人ではあっても悪人ではなさそうだ。“ダニエルサツマ”のどこを略したら“ジロー”になるのか、陰謀って何なのか等々突っ込みどころ山の如しではあるが、誰かが駅前交番に駆け込む前にどうにかした方がいいだろう――
 実際、彼らは目立っていた。
 玲人の発言はあくまで見境なく声を掛けているジローの身を慮ってのものだったが、野次馬が増えてきた理由は彼自身にもあったのだ。なにしろ現役のモデルである。洗いざらしのシャツにジーンズというラフな格好をしていても、醸し出す雰囲気はそんじょそこらの兄ちゃんとは訳が違う。人の輪の中には彼に携帯を掲げる者もちらほら出てきていた。
「ゴ協力感謝致しマス!……ええと」
「響谷玲人、モデルをやってる。俺も怪しい者ではありませんので安心――」
 挨拶半ばでがっしり両手を掴まれ、玲人は目を瞬いた。
「モチロンですトモ、レイジ隊員!」
「たい、いん……」
「デハ参りまショウ、危機ノ現場へGOデス!」
「あ、ああ」
 背広ネクタイの金髪リーマンと連れ立って公園を後にしながら、むしろ悪人の方が対処しやすかったかも、と軽く後悔する玲人であった。


「――で?」
 商店街を突っ切り、閑静というより深閑とした住宅街を抜けて、遂に立ち止まった地球の危機とやらを憂う男に玲人が問いかける。
「ここがその……」
「危機ノ現場デス」 
 霊園であった。
 何々家代々の墓と刻まれたトラディショナル系あり十字架あり彫像あり前衛芸術的オブジェあり、広い敷地のそこかしこに形状様々な墓碑、記念碑が建っており、宗旨宗派不問にもほどがあるカオスっぷりだ。奥にそびえる捩れた塔などは、童話の豆の木めいていた。
「ターゲットはココを根城にしてイルとの情報を得たのデス」
 ジローはベルトから初期の携帯電話のような器械を外すと、辺りに向けた。
「奴らはいきなり現れマス。油断しないでクダさい、レイジ隊員」
「その“隊員”ってのはちょっと……」
「オオ、では今後は“同志レイジ”と」
「ごめん、やっぱり隊員で」
 話題を戻そうと、玲人は先程渡されたスナップ写真に視線を落とした。
「だけど、ターゲットったって、この子達だろう?」
 喫茶店らしき室内で、シュークリームの銀盆とティーポットを手にした女の子が二人、カメラ目線でポーズをとっている。年頃は十六、七。一卵性双生児なのか、まったく同じ顔だ。
「ディーラとカーラねぇ……多少派手めだけど、普通に可愛い子で、怪しいところなんてないと思うけど」
 かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテールという視覚に優しくない髪色も、モーターショーのコンパニオンばりの非日常デザインのコスチュームも、業界人たる彼の目にはさして奇異に映らない。確かにフリルとリボンとレース満載の少女趣味な内装の中では果てしなく異質なのだが、それでも、
 ジローさんの怪しさに比べたら、なあ……
 であった。
 と、故人を象った胸像に器械をかざしていたジローがぱっと振り返った。 
「甘イ! 糖蜜がけチョコレートキャラメルハニーパイより甘いデスよレイジ隊員! 外見に惑わサレてはなりマセン! 奴らコソは悪の枢軸、暗黒の彼方ヨリ飛来せし悪夢ノ具現――」
「わかったわかった、わかったから落ち着こう。な?」
 そのとき、ジローの持つ機器がピヨピヨと間の抜けた電子音を発した。
「ム、近いゾ、ハバネロ値が300を越えてイル!」
「単位の定義を聞きたいような聞きたくないような微妙な気分だよ、俺は……」
「ソコだ!」
 玲人の突っ込みを受け流し、芝居がかった仕草で示す約二十メートル前方には、墓石の上にすっくと立つシルエットが二つ。
「現れタナ、ピッパ姉妹!」
「え、ちょ、待てよ!」
 背広の下にホルスターのような物が見えた気がして、玲人は慌ててジローの腕を押さえた。
「まさかいきなり戦ったりしないよな? 相手は女の子、しかも年下なんだぞ!?」
「放してクダさいレイジ隊員! ボクよりは年下ですがキミよりはズット上デス!」
「そんなバ……」
 バカな、と言いかけ、不意にさした影に玲人は言葉を飲み込んだ。
 数秒前まで彼方にいた双子娘が、目の前の十字架の横棒両端に片足爪先立ちで、彼らを見下ろしているではないか。写真そのままのド派手ないでたち、しかも器用に組体操の二人技めいた左右対称のポーズをとった上、同じ角度で首をかしげて、
「何でしょうー?」
「ご用ですかー?」
 なまじ笑顔なだけに些か不気味だ。
「ああ……うん、その、ちょっと聞きたいことが」
 どう切り出したものかと言いよどむ玲人に、双子は一瞬うつろな目つきになった後、ぱっと顔を輝かせた。
「声紋チェック終了、メモリーデータと一致、おぉう、ディーラ達あなた知ってますよー!」
「正確には3分32秒の信号パターンを知ってまーす、一昨日お店の有線で聴きましたー!」
「……ええと」
 予想外の反応にやや混乱して、玲人は口ごもった。どうやら彼が歌っている曲を指しているようだが、モデルとしての「顔」を知っているならともかく、顔出しなしでやっているバンドの「声」をたった一言から聞き分けるなど、あり得るだろうか。
 いやその前に、声紋? 信号?
 正直なところ、ジローと双子達の間には何かちょっとした誤解があるだけで、前者には筋道をたてて話し、後者は怖がらせないように優しく諭せば解決の糸口はきっと見つかると思っていた。もしも拗れるようなら、当初の承諾を反故にしてでも「年上は年下を守る義務がある」というポリシーを貫こう――とそこまで決意していたのに、いざ蓋を開けたらどちらも甲乙つけ難くうさんくさいとは何事だ!
「トリあえず放してクダさい、レイジ隊員」
 ジローの口振りが意外と冷静だったので、玲人は言う通りにした。懐から出た手が掴んでいたのは、薄型のデジタルカメラであった。
「あ……」
 早合点だったか、と赤面する玲人をよそに、姉妹は今度はジローに指を突きつけた。
「あ、この人も知ってる、ストーカーの人!」
「ストーカーかつカメラ小僧のお客様だー!」
「ヒ、人聞きの悪イこと言ウな!」
 思わぬ成り行きに、緩みかけていた玲人の表情が引き締まる。
「どういうことだ、ジローさん?」
 金髪リーマンが答えるより早く、双子はひらりと降り立ち、追い打ちをかけた。
「だってシュークリーム1個で3時間粘りまーす!」
「だってカーラ達のバイトの日はいつもいまーす!」
「ジローさん……」
「イヤ待ってクダさい誤解デス、ボクはストーキングなんかしてまセン! オーダーが少ナイのは薄給なセイ、いつもカチ合ウのはコイツらがいると異常上昇するハバネロ値の計測のためデス!……て言ウかレイジ隊員、キミには」
 憤懣やるかたないといった風情で、ジローはカメラを持った手で姉妹を指し示した。
「アレがストーカー被害に悩む態度に見えマスカ!?」
「うぅん、まあ、そう言われるとなあ……」
 当の双子はきゃらきゃらとお喋りしながら、特撮ヒーローっぽい決めポーズに興じている。非常に脳天気、もとい、楽しそうだ。
 何だかもう、ばかばかしくて笑うしかない。
「結局なに、ジローさん達って友達なわけ?」
「ジョ、冗談じゃありマセン! 奴らは邪悪な――」
「はいはーい、ディーラ達は宇宙人でーす!」
「ビブラートかけて『ワレワレハ』でーす!」
「ソンな、昔の小学生ガ夏休みニ扇風機の前デ喋ッてるみタイなネタはボクには通じナイぞ!」
「しっかり通じてるじゃないか、ジローさん」
 わかっちゃう俺も何だかなぁ、と苦笑いする玲人である。
 もしかして全部マネージャーが勝手に請けたドッキリじゃなかろうか、この人は劇団員で、あの子らは雑技団かなんかで、どこかに隠しカメラが仕込まれてるんじゃないか、ならばこちらの事情を知っていても不思議はない。むしろそういうことにしておきたい――霊園の地面にのびる双子の影が、ときおり人間にあるまじき形に歪むことには触れない方がいい気がする。
 少なくとも、今はまだ。
「まあ、いきなり火を噴くってわけでもないし、いいんじゃない? 見た目は普通に可愛いもんな」
 事ここに至ってなお、年下にはつい甘くなってしまう玲人である。得たりとばかりに双子は大仰に見得を切る。
「定説によれば『地球人の男性は――!」
「――可愛い女の子に弱い』ものです!」
「うん。でも、だからって自分で可愛い呼ばわりはどうかと思うけどな」
「ソノ通り! 己ガ美貌を隠れ蓑に悪行三昧ナド、我々イケメン男児が許しはしナイ!」
「ジローさんまで自己申告組か」
「イヤ、それホドでも」
「褒めてないから、俺」
 協力すると言った手前当然とはいえ、我々という複数形が地味にショックだ。“レイジ隊員”の称号は返上不可なのだろうか……
 と、またもピヨピヨアラームが、今度は三方から響き渡った。ジロー、ディーラ、カーラが各々手元に目をやる。
「わあ大変、もうバイトの時間だよカーラ!」
「遅刻したらクビになっちゃうよディーラ!」
「ま、待テ、オマエ達の陰謀はマルッとお見通シ――」
「お話の続きはまた今度ねストーカーのお客様!」
「たまには二個以上注文してねストーカーの人!」
 素早く手足を動かしカンフー映画風にポーズを決めた姿が、あたかも見えざる怪獣が一口に飲み込んでしまったかのように掻き消え、そんな連想をした自分を不思議に思う玲人の傍らで、ジローが依然カメラを握りしめたまま虚空に吼えた。
「ボクはストーカーじゃナァァイ!」
「ジローさん……」
 よくわからないが何やら気の毒な感じがして、肩を叩いて慰めのひとつもかけようと一歩踏み出したとたん、ジローが勢いよく振り向いた。
「ボクらの戦いは始マッタばかりデス! 頑張りまショウ、レイジ隊員!」
 やっぱり頭数に入ってるのか俺……
 誓いのシェイクハンドを一方的に交わされつつ、遠い目になる玲人であった。


 この日を境に、玲人のロケ先やらスタジオやらにうさんくさい金髪眼鏡や怪しい双子姉妹が出没するようになったとか、ならなかったとか――




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7361/響谷・玲人(きょうたに・れいじ)/男/23/モデル&ボーカル】

NPC
【ジロー(ダニエル・薩摩)/男/777/サラリーマン】
【ディーラ(モルディラ・ピッパ)/女/666/『あのシュークリーム屋』売り子】
【カーラ(スカララ・ピッパ)/女/666/『あのシュークリーム屋』売り子】

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■         ライター通信          ■
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響谷玲人様

はじめまして、三芭ロウです。
お待たせして相済みませんでした。
この度はジローにおつきあいくださり、ありがとうございました。
年下は守る!という響谷様のポリシーに反するような姉妹ですが、
友好度はまずまずのようです。
それでは、ご縁がありましたらまた宜しくお願い致します。