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コノメドキ
「ぴえっくしょ!」
妙なくしゃみをしてから、サンタ娘・ステラは鼻水をすする。体調はすこぶる悪い。
「まさかと思いますけど……風邪とかひいちゃったんですかね」
あれだけ完全防寒をしていたというのに。
「はくしょ! はくしょっ」
二連続でくしゃみ。
彼女は荷物の入った袋をそりから降ろす。
「後は草間さんへ配って……そんで、えっと……」
くらり、と目眩がした。
もうすぐ、目の前だというのに……草間興信所の一歩手前でステラは倒れてしまったのだ。
***
「……?」
窓から外を凝視する。目を細めてうかがうシュライン・エマは、呟く。
「赤い物体が落ちてる……」
アレはなんだろう?
(赤?)
え、とシュラインは窓に近づいて身を乗り出した。
「うそ。ステラちゃん??」
*
今日は珍しく別の場所に買い物。十種巴は手に入れた可愛いバッグに気分がかなりいい。
「ふふふ〜ん。ん?」
遠目に赤いものが地面に落ちているのが見えた。巴はきょとんとしてしまうが、ごしごしと瞼を擦る。
いや、もしかしてじゃなくてまさか!
「ステラ!?」
巴は青ざめ、駆け出す。人にぶつかるのも気にせずに。
倒れているステラに近づき、屈む。
「こんなところで倒れるなんて……! えっと、どうしよう」
きょろきょろと周囲を見回した巴は、え、と呟く。すぐ前にある建物に記されている文字が目に入った。
「くさまこうしんじょ?
いや、そんなことは今はどうでもいいわ! とにかく誰かに来てもらわなきゃ!」
「ステラちゃん!」
巴がステラの腕を掴んで起き上がらせようとした時、くさまこうしんじょから誰かが飛び出してきた。
黒髪の女性がステラのところまで一直線に駆け寄り、様子をうかがってくる。
「ひどい汗……。ちょっと武彦さん、早く! 零ちゃんも!」
「あ、あの?」
だれ? と巴が動揺する。
黒髪を一つに括っている女は巴を見つめ、尋ねてきた。
「ステラちゃんのお知り合い?」
「友達ですけど」
「そうなの。とりあえず興信所に運びましょ」
「は、はい」
勢いに負けて巴は頷く。
興信所からは面倒そうに後頭部を掻く男と、若い娘が出てくる。
ステラは彼らの力を借りて、興信所内へと運ばれたのであった。
*
興信所内の仮眠用ベッドに寝かされたステラは、額に汗を浮かばせてうなされている。そんなステラの傍には心配そうについている巴の姿があった。
シュラインはステラの落ちていた荷物を回収し、事務所内に戻ってきた。ちょうどそこに、響谷玲人が訪ねてきた。
「こんにちは。美味しそうな紅茶をたくさんもらったから、おすそ分けに……」
「あ、ごめんなさい。今ちょっと病人が居て」
シュラインはステラのカバンをソファに置きつつ玲人に苦笑する。玲人は「病人?」と首を傾げた。
「うちによく来てくれてる配達業の子で……」
「疫病神が風邪ひいてんだよ」
「もう武彦さんたら! ステラちゃんが可哀想でしょ!」
シュラインの言葉に武彦はつーんとそっぽを向く。玲人は「ステラ」という名前に反応した。
(え? ステラちゃんて、まさか)
以前、モデルの仕事を懸命に手伝ってくれた女の子。まさかそんな。
「あの、その子って、金髪のこう、くるくるした髪型の?」
玲人のほうを、シュラインは驚いたように見遣った。その表情からわかる。病人とはステラのことだ。
「ステラちゃんはどこ!?」
*
……なぜだろう。珍しくあの疫病神が静かだというのに。
仮眠用ベッドを占領しているステラの周囲には、心配そうにうかがっている巴と玲人がいる。
タオルを濡らして絞ってきたシュラインが、玲人と武彦に「見るな」と指示を出した。玲人はすぐに背を向ける。
武彦が動かずにいると、零によって強制的に目隠しをされた。
シュラインはステラをゆっくりと起こして、背中にタオルを入れる。
「大丈夫? ステラ」
「う、うぅー……十種さん、だ、だいじょーびえっくしょ!」
「これはどうみても風邪ね……」
シュラインはそう言いながら丁寧にステラを横に戻し、額に濡らしたタオルを乗せた。
「私たちと同じ薬で効果があるならいいんだけど」
「でも、薬に頼るのはよくないです」
巴はシュラインを見つめた後、ステラに視線を遣る。ステラは「はくちょ!」と今度は小さなくしゃみをしていた。
「あのね、本当は風邪は自然に治すのが一番なの」
「ほえ〜? そうなんですかぁ?」
「うん。病院に行っても長い待ち時間と高いお薬をもらって終わり。冷たい待合室で待つよりも、暖かい布団の中で休んでいたほうがずっといいのよ?」
「そうなんですかぁ」
ぼんやりした瞳のステラに、巴は顔をしかめて立ち上がる。
「あの! 氷枕はどこですか?」
「あ。えっと」
シュラインは巴に場所を教える。巴はぺこっと頭をさげてその場所に向かった。
ちら、とステラに視線を遣ると、彼女はずずっと鼻をすすっている。見慣れた光景だが、今日は顔が赤い。
「ステラちゃん、仕事中だったんでしょう? どこか連絡入れたほうがいい?」
「いえ、だいじょーぶれす。へへへ」
……うまく喋れていない……。
(ご飯食べれなくて体力落ちてたのかしら……)
そうでなくては説明がつかないような気さえした。
*
ステラの為にと買い物に出かけたシュラインに付き添っているのは、玲人だ。彼はステラが心配でならないらしい。自ら荷物持ちに立候補した。
「料理もできないし……これくらいしか俺にはできないから」
そう言ってついて来た彼は、スーパーで購入した荷物を両手に持って興信所に帰還した。
興信所内では、氷枕をタオルに包み、頭と両脇へ挟んだりと献身的な動きをしている巴がしっかりとステラを看ている。
「じゃあ私はお粥を作るから。響谷さんはこれとこれとこれ、ステラちゃんのところへ持っていって」
シュラインにジュースや果物を渡され、玲人はステラの元に駆け寄る。
「あれぇ、響谷さんまた背ぇ伸びましたぁ〜?」
とろんとした目のステラはへらへら笑っている。そして「ぶえくしょ!」と、くしゃみをした。
「これ、水分補給用のスポーツドリンク。あと、ジュースと、果物。リンゴくらいなら剥けるよ? 食べる?」
「そうよ。ステラ、何か飲む? それとも食べる?」
「うぅー……頭痛いので今はいいですぅ……」
鼻声の彼女は「はひ」と荒い息を吐いた。
巴は玲人と顔を見合わせた。玲人も巴と同じような気持ちだ。
「あぁー、えっとぉ、この風邪、たぶんうつらないと思いますからだいじょーぶれすよぉ」
「そんなこと心配しなくていいわよ!」
思わず怒鳴ってしまう巴に、玲人が驚く。しぃ、と静かにするようにジェスチャーをすると、巴はハッとして落ち込んだ。
「……ちょっとお粥のほう、みてくる」
彼女が立ち上がっていなくなると、玲人はここぞとばかりにステラの近くに陣取って覗き込んだ。小声で尋ねる。
「ステラちゃん、大丈夫……じゃないよね」
「らいじょーぶですよお。このくらい平気平気。寝てれば治りますぅ。おおげさですよぉ」
「…………」
声の端々に「ぜっ、ぜっ」と荒い息が混じっていた。かなり辛いだろうに……。
(ステラちゃんの自然治癒力を弱めたくはないけど……)
少しだけなら……いいんじゃないだろうか。
「少しは気分が楽になれるように、何か歌うよ。リクエストある?」
「うた?」
「音痴じゃないから安心してね」
本当は歌手なんだけど……恥ずかしいのでナイショだ。少しくらいなら力を込めて歌ってもいいだろう。呼吸が楽になるように。そして、頭痛が和らぐようにって。
ステラは目を泳がせ、うー、と唸る。
「そうですねぇ……じゃあ、えっとぉ……えっとぉ、思いつきません〜。なんか頭がぐるぐるしてますぅ」
「そ、そっか。じゃあ適当に歌ってもいい?」
「はい〜」
へにゃぁ、と顔を緩めるステラを見つめ、玲人はこちらを誰も見ていないな、注目していないなと確認して、耳元で歌いだす。
子守唄を聞かせるようにと、童謡を歌う玲人はどうも照れくさい。
「はひ〜……響谷さん、お歌が上手ですぅ〜……はひゃ〜」
「そ、そう?」
それは本物だからですとは言えない。ステラにはモデルをしていることしか伝えていないのだ。
「お粥できたわよ〜」
背後からシュラインの声がかかり、玲人はビクッと背中を震わせて歌を止めた。調子に乗って5曲も歌った頃のことだ。
*
できた。我ながらいい出来だ。
背後から覗き込んでいる巴も、シュラインの作ったお粥が美味しそうなのはわかっているようだ。
粉にしたお餅と、生姜に玉子入りのトロトロ粥……。どうだ! と言いたくなるほどに美味しそうな匂いを漂わせていた。
小さな鍋に入れて、お盆に乗せる。シュラインはそれをステラのもとまで運んだ。巴もついてくる。
「お粥できたわよ〜」
声をかけると、ステラを覗き込んでいた玲人がバネ仕掛けのオモチャのようにピンと背筋を立てて、こちらをぎこちなく振り向いた。
(……なにしてたのかしら)
そんなシュラインの心中を感じたのか、玲人は頬を染めて視線を逸らす。怪しい。
巴はステラに近寄って様子をうかがった。
「さっきより顔色がいいわね?」
「はい〜。響谷さんのおかげで少し楽になりました〜」
てへへと照れ笑いをするステラを見て、巴も頭に疑問符を浮かべる。
玲人は立ち上がり、自分の座っていた席をシュラインに譲った。シュラインはそこに腰掛けてお粥をステラに披露する。
「どう? 食べれそう、ステラちゃん?」
「おいしそうなお粥ですぅ〜」
だが起きられないようだ。巴が手伝ってやっと起き上がることができたステラに、シュラインがスプーンを使って少しずつ食べさせてあげることになった。
「大丈夫。すぐによくなるからね」
「はい〜。なんていうか、その……」
ステラはもじもじして全員を見渡す。
「こんなに心配してもらえて……うれしいですけど、申し訳なくって」
「いいのよそんなこと」と、シュライン。
「そうよ! 友達が倒れたらこれくらいするわよっ」
シュラインと巴の言葉にステラはぽろぽろと涙を零し始めた。
「うぅ〜……うれしいですぅ……。響谷さんもありがとうございますぅ」
「いや、ステラちゃんには早く元気になって欲しいから」
にっこりと微笑む玲人はハンカチを出してステラに渡す。彼女はそれでごしごしと目元を拭った。
「ステラちゃん、あ〜ん」
「あーん」
大きく開くステラの口の中に、お粥を運ぶ。もぐもぐと食べるステラはきらきらと瞳を輝かせた。ついさっき泣いていたというのに、現金なことだ。
「おいひ〜! んまんま」
嬉しそうに口を動かすステラの様子に、全員がほっと安堵の息を吐き出した。
ただ一人、面白くなさそうな顔をしている者がいる。草間武彦だ。
「……なんだこの疎外感は」
「お兄さんが素直にならないせいです」
妹の突っ込みに、武彦は大きくため息をついた。とっとと治して早く出て行けばいい、あんな疫病神。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
【7361/響谷・玲人(きょうたに・れいじ)/男/23/モデル&ボーカル】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
美味しそうなお粥を作っていただき、ステラは大感激! いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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