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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】



 いきなり行っても、驚くだろうし。
 宵守桜華は携帯電話を手に取り、目の前に広げられている分厚い情報誌の1ページを見ながら番号を押す。
 コール音が数回。相手が出た。
<はい。こちら妖撃社、日本支部になります>
「其方ではまだバイトの募集をしているでしょうか」
<バイト希望の方ですか。募集はまだしております。えぇと……本日の午後は空いておりますが、いかがでしょう?>
「午後で良いです」
 声が微妙に強張るのは、こういうことに慣れていないせいだ。
<ではお待ちしております。お名前をうかがってもよろしいですか?>
 可愛らしい声に、受付嬢か何かだろうかと桜華は考えた。
「宵守桜華……です」



 バイト面接とはいえ気が抜けない。桜華はスーツを着込み、履歴書、印鑑、身分証明になる免許証と携帯電話を持って妖撃社にやって来た。
(持つべき物はきちんと持った。後は挨拶はしっかり、物腰丁寧に……。うむ、見事に苦手分野だが頑張ろう)
 コンクリートの四階建て。そこに桜華は足を踏み入れる。
 一階は人の気配がなく、桜華は天井を見上げた。二階は人が居るようだ。
(二階?)
 階段とエレベーターがある。階段のほうが近いので、そちらから二階にあがった。
 二階に来ると、一階よりも廊下が明るく綺麗だ。やはりこちらがいつも使われている場所なのだろう。
 事務所らしきドアがある。近づいて中を見ると、衝立があって室内が覗けないようになっていた。
「失礼します」
 桜華はドアをそっと開けながら、声をかける。おそらくここで間違っていないと思うが……。
「本日アルバイトの面接に伺った宵守桜華で……」
「いらっしゃいませ。ようこそ妖撃社へ」
 衝立の向こうから姿を現したのは、電話で聞いた声の主だった。金色の髪の、西洋人の娘。見た感じだと女子高生くらいに若い。
「支部長がお待ちです。こちらへどうぞ」
 滑らかな日本語に桜華は感心しつつ、少女の後について奥へと進んだ。
 メイド服姿のことを気にしつつも、今日の用件はバイトなのだからと何も言わないでおく。
 事務所の一番奥の右の壁にドアがあり、そこから先が支部長室らしい。わざわざ別室にする意味があるのだろうか。
 ノックをしたメイドの娘が、ドアの向こうに声をかけた。
「フタバ様、面接にいらしたヨイモリオウカ様です」
「わかった。通して」
 中から返ってきたのも若い娘の声だ。桜華の頭上には疑問符が数個浮かぶ。
 ドアを開けたメイド娘に促され、桜華は中に踏み入れた。室内にあるのは支部長用らしい大きな机と椅子。その席に腰掛けているのは女子高生らしい少女だ。
 机と3メートルほどの距離をとったところに、折りたたみのパイプイスが設置されている。おそらくあそこに座るのだろう、自分が。
 机の上に広げていたファイルを閉じ、彼女は顔をあげてこちらを見た。どこにでも居そうな、平凡的な娘だった。
 背後でドアが閉まる。
「ようこそ妖撃社へ。バイトの面接に来られたヨイモリさんですね」
「はい」
「どうぞそちらへ座ってください」
 少女がパイプイスのほうを手で示す。桜華はそちらに近づき、少女に軽く頭をさげる。そして履歴書を渡してから腰掛けた。
 彼女はこちらを上から下まで眺める。履歴書を見遣ったあと、再度こちらを見てきた。
「私が妖撃社、日本支部の支部長をしています、葦原双羽です。うちでバイトをしたいということですが」
「此方には広告を拝見しまして。嗚呼、業務形態の方も確認がてら調べさせて頂きました。ある程度仕事が選べるそうで、出来る出来ないを当人に判断させるという事は、報酬面を含めて相応の仕事が『在る』という風に判断致しました」
「まぁこちらは会社ですのでそれなりのお仕事はありますけど。ですが、あまり過剰な期待をされてもお応えできませんよ?」
 少女は堅苦しく喋る桜華に苦笑を向ける。
「それで、宵守さんは現在は何をされているんですか?」
「現在はフリーターです。それに蝕師も」
「……一度も就職されていないようですね。ショクシ……というのは、マッサージか何かですか? 整体でもされているんですか?」
「否。そのような意味ではないのです。蝕むという漢字の方で、触るではないのですが」
「…………そうですか」
 不審そうな表情の彼女は納得していない様子だ。桜華は続けて言う。
「今まではフリーで仕事を請けてましたが、大したコネも無いので如何にもね……そんな訳で安定した収入源を求めて伺った次第です」
「なるほど」
 今度は納得したようだ。
 双羽は表情を引き締め、尋ねてきた。
「それで、こちらの仕事内容をお調べになったということですが……うちは一般人の手に負えないような仕事も多く請け負っています。それを承知で来られたということは、宵守さんには何か特殊な能力があるということでしょうか?」
「はい。頑丈な身体と、対神秘格闘術と言ったところです」
「頑丈とは、どのくらいですか」
「そうですね、回復や再生に関してはかなり一般人を上回っているかと」
「……タイシンピ格闘術というのは?」
「え?」
 そこで桜華が瞬きをする。
 こんな会社の支部長が……わからないのか?
(あ、いや……違うのかな。対神秘と言えどかなりの種類も有るし)
 桜華の「対神秘」がなんなのか知りたいということだろう。
「俺の場合、霊的急所を突き、物質、非物質、術式の種類を問わず霊格を帯びたモノを効率的に崩す技術の事です」
「…………そうですか」
 さらりと言われて桜華の頭上に再び疑問符が飛ぶ。
 畏怖、されるのかと思ったのだが。
「……何か無いのですか?」
「何かとは?」
「いえ、すみません」
 怖がりもしないし、何も言わない。しかもリアクションなし。予想外だ。
 桜華は少し視線を伏せてから、双羽を見る。彼女は何か力を持っている様子もない。ただの人間の娘だ。
「宵守さんは人間の方なんですよね?」
 唐突に言われて桜華は「へ?」と呟く。
「人間ですが」
 前世は四桁を超えるほど長生きをしていた……。考えれば、その時点でもう『人間』ではない。異形だ。
 だが今は違う。今は宵守桜華という個人だ。きちんとした人間だ。寿命が来れば死ぬ、どこにでも居る人間なのだ。
「そうですか」
「…………」
 なんだろう。もしかして自分は、気づかぬうちに何か怪しげな気配でも醸し出しているのだろうか?
(折角バイトの面接に来たのに、落ちたりしたら……)
 気合いを入れてスーツまで着たというのに、その結果は情けなくなる。
 ここでアピールをしなければマズいことになる。そう思って桜華は口を開いた。
「人並みに調査や交渉は出来るとは思いますが、飽く迄人並みです。荒事のほうが向いているとは思います」
「…………」
 双羽は黙ってこちらを観察していたが、少し困ったように視線を逸らした。こ、これは危険だ!
 外見に関して彼女は怖がる様子もないし、安定した収入も、ここなら確実に得られそうだ。できるなら、バイトに採用して欲しい。
「宵守さん」
 声をかけられ、桜華はぴくりと反応する。
「荒事のお仕事は、ご期待に副えないかもしれないですよ? 大暴れできる、という類いのお仕事はどちらかというと少ないですしね」
「…………」
 ほ、っと安堵した。なんだ。不採用を言い渡されるわけではなかったのか。
「暴れるだけ暴れておしまい、というわけではないですし……。仕事が終わったら報告書をこちらに提出してもらうことになります。
 かなり制約されてしまうこともありますけど、それでもうちで仕事がしたいですか?」
「制約とは具体的にどの様な?」
「例えば、民間人に気づかれないように行動することとか。うちにも奇怪な格好の者は数名いますが、あれはあれで、コスプレと勘違いされて民間人は寄ってこないですしね。別の人に受けてはいるみたいですけど。
 廃墟に入って退治をしてもらうのも、場合によっては建物に傷をつけないように注意してもらうとか」
「はぁ……変わっていますね、此処は」
「私の目からすれば、当たり前のことなんですけど。一般人の考え方は、超常の力を持つ方には理解されにくいんでしょうかね」
 双羽の言葉に桜華はどきりとしてしまう。一般人より力が強い、持てるはずのない力を得た者は……それによって何かの特権を得たわけではない。
 ごく当たり前のことを言われて桜華は目の前の少女が支部長だということに違和感を受けなくなった。
 力の強い者は弱い者に合わせる。弱い者が強い者のところまで来れるわけはないのだから、強い者が合わせなくてはならない。『並んで歩く』には、方法はそれしかないのだ。
「我が社の方針は、困っている人を助けること。化け物退治をすることも、些細な災いから守ることも同等のお仕事です。
 依頼人の生活を守ることを第一に考え、彼らの生活を脅かすことは極力避けます。窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんけど、それでもうちで働く気がありますか?」
 二度目の問いかけ。
 桜華は膝の上の拳を握り締めた。
 ココでは、『宵守桜華』としての生き方が肯定されそうな気がする。それは過去世の蘇る前の、ごく普通で当たり前だった頃の「自分」の在り方だ。



 採用の電話がかかってきたのはその日の19時過ぎだった。
 電話を切って、桜華はベッドに転がる。過去は過去と割り切ってはいた。それまでの「自分」とはあまりにも違い過ぎて、理解し難くて。
 転生前の人生のせいで、台無しにされてしまった「普通」の自分。良い面もあれば、悪い面もある。それまで付き合っていた平凡な友人とは付き合いにくくなったことや、学校に関して。知識は豊富にあるからそれほど勉強しなくても良かったけれど……。
 過去の負担を全て受け入れられるほど、今の桜華の「器」が大きいとはいえない。なにせ、まだ25年しか生きていないのだ。まだまだ若造である。
 期待していたような会社ではないと、今では思う。血みどろのかなり危険な仕事や、自分に釣り合った高度なやり取りは……それほどないだろう。
 裏の世界特有のやましく、歪んだ気配があそこにはなかった。だから珍しい。
(妖撃社、か……)
 桜華は寝返りを打った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4663/宵守・桜華(よいもり・おうか)/男/25/フリーター・蝕師】


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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、宵守様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 妖撃社へようこそ。バイト採用はされたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。