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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


神の剣 宿命の双子 不浄なる業火・誘惑の言葉

 鳳凰院紀嗣はうなされていた。
 悪夢に。
「我が手に来い……。破壊の権能。」
「だれだ! おまえ!」
 彼は逃げる。
 目の前には炎の壁。後ろには、大きな影。姿形、あの「フィーンド」であるならば、敵だ。
 しかし、其れは恐怖という威圧に、紀嗣は太刀打ちできない。
「くそ!」
 彼が炎の壁をすり抜ける。不死鳥の神格であるかれが、焼かれることはない。
 転がると、自分の体が激痛が走った。
「!?」
 見渡すと、激しく吹雪く雪原。そう、極寒の地。
「うう、いつう。しかし、これであいつもここまでは。」
 しかし、向こうは……。
 影は追いついていた。この極寒の雪原はまるで庭だという……。
「うそだろ?」
「無駄だ。我が手に炎は僕である。また……氷も……。ここは我が界・矛盾の地……。」
 大きな手が、紀嗣を掴もうと……そのとき。
 其処に光。 
「紀嗣!」
 誰かに手を握られる。
 いつも感じる暖かい光を持った人。


「良かった、起きて。」
 加登脇美雪が彼の額に手を当てる。
「熱は……うん、大丈夫ね。」
「先生? お、織田さん。」
「ああ、何かあったかと思ってな。」
 保健室。
 どうも、自分はいきなり倒れたらしい。
「紀嗣大丈夫か!」
 姉の美香が急いでやってきた。
「姉ちゃん……。」
 紀嗣の意識は混濁している。
「大丈夫のようね。では」
「ええ。」
 影斬と加登脇は2人きりにすることにした。


 草間を呼び、第14音楽室で加登脇と影斬が話し始める。
 草間は煙草をくわえるが、ここ学校と言うことで、火を付けず、くわえるだけに留まる。
「で、紀嗣が倒れた理由とは?」
「5階位呪の『悪夢』をつかいさらに、彼の魂を、他の……」
「いや、単純に言ってくれ。」
「済みません。今回彼を狙う『悪』が直接秘術によって魂を狙おうとしたみたいです。」
「……。」
「私は急いで駆けつけて、彼の夢の意識を開けて、影斬さんにその悪夢の世界を『斬って』頂きました。」
「そこで、加登脇医師がさしのべた、と」
「はい。深層心理は私の専門なので。」
 さて、ここから問題だ。
 悪夢からでも干渉してくる『悪』。
「ここで分かるのは、加登脇医師が介入した時の夢の話だな。しかし、実際……。」
「敵がこうも大胆に攻めてくる以上、2人を守らないと行けません。」
「そこで俺か……。」
 草間はため息を吐いた。
 神秘関連はこりごりというのに、しかし、あの双子を放ってはおけない……そういう気分にさせるのだ。
「守り、敵を知ることだな?」



 矛盾した世界がある。
 血と憎悪、毒素とあらゆる罪業が流れる河と、極寒の平野と、灼熱の業火が混合する世界。地獄の第八階層。
「む、抑止が動くか。慎重にせねば。」
 あの影であった者の声がする。その声は常に“怒”をあらわにする。そして威圧的であった。周りにいる列強の悪魔は震えるしかない。
「『界王』……。“業火の王”、ここは私に任せられますかね?」
 落ち着いた声がする。しかし飄々と、彼の“怒”を流している気配。
「……“誘惑の魔”……。貴様はなぜ、“あいつ”の側近では?」
「なに、秩序の中にも秩序に良き変化を望みます。公爵よ。あなたの野望のために、密約ぐらいはこの世界で当たり前ですよ?」
 その言葉に、公爵は黙る。
「よい。許す。ただ、あまり出過ぎると、あの世界の抑止が動く。気を付けろ……抑止を動かさないように。」
「は。」
 気配は消える。
「アレさえ手を掴めば。我が野望は。」
 公爵はもう一歩の所で、目的を逃したことに苦虫をかみつぶしていた。











〈14音楽室〉
 重い空気に包まれていた。
「此をどうぞ。」
 榊船亜真知が紅茶とケーキを草間と加登脇、美香と影斬に差し出した。
「亜真知が動くのか?」
 いつの間にか居る彼女に驚きもせず影斬が尋ねる。
「ええ、お菓子作りの時に、よからぬ気配を感じた物でして。」
「そうか」
「どこまでお手伝いできるかは分かりませんが」
 そして、1時間もすると人が集まってきた。
 御柳紅麗と御影蓮也は同時にきた。
「紀嗣が襲われたって?」
「かなり厄介な相手のようだな。」
「ああ、色々なところから干渉してきたからな。」
 そのあとに天薙撫子がくる。
「おじゃまします。あれ? 亜真知様!?」
「お姉様。遅いですよ。」
 にこやかに亜真知は言う。

「影斬からの情報は前の通りに、少ない。全てを知っているわけではないからな。だから、お前達に“業火の王”の事を調べて欲しい。」
 草間が紅茶を飲んでから言う。
「地獄の界王を調べるのか? 俺調べるのは、苦手なんだがね。」
 紅麗が頭を掻く。
「死神貴族なのによく言うな。」
 蓮也がため息を吐いた。
「まてまて、俺は調査・隠密を得意にしてないんだよ。それだけだ! しかし、守りには敵を知る事が必要だから、可能なことをする」
「単に面倒なことが嫌なだけだろ。」
「るせー!」
 紅麗は蓮也に向かって叫ぶ。
「喧嘩は良いから、とにかく頼む。」
 影斬が落ち着くようにと言う口調で言う。
 落ち着いた紅麗は影斬にこう尋ねた。
「所で、現世でそう言う記述ってあるのか?」
「普通に歴史書か宗教学関連でありそう……と考えてみると。パズルだな。」
「むむ。」
 紅麗は考え込む。
「紀嗣は?」
 蓮也が影斬に尋ねた。
「まだ、眠ってる。結界を張って、な。」
「そうか。『悪夢』の内容を具体的に聞きたかったが。もう少し後にしよう」
 蓮也が、紅茶を飲んでケーキを食べる。
 考えるとやはり、糖分を欲しくなる物だ。
「では、わたくしは、亜真知様と一緒に調べてみます。」
 撫子が亜真知とのアイコンタクトで決めたようだ。
「すぐ戻ってきますから。」
 と言うことらしい。
「あ、あのさ。」
「?」
 全員が紅麗を見る。
「おれ、図書案を回りたいんだけど、一緒について来テクダサイ。最低でも1人……。」
 頬を掻いて、恥ずかしそうに言う少年であった。


〈図書館〉
 紅麗と一緒になったのは美香であった。
 紅麗は内心歓喜である。
「お前はお子様か? 図書館ぐらい、1人で行けるであろう。どうしてお前と。」
 美香はため息を吐いている。
「な、いや……、それは……、異様な威圧感で圧倒されるから……。」
 紅麗は、美香のジト目に、詰まりながら答える。
「まあ、脳みそ筋肉で猪なお前が、図書館か……。」
「猪は余計ですヨ。俺はクールなんだ。」
 紅麗は言い返す。
「……そう見えない。」
「何?」
「確かに、黙っていればお前は良いかもしれない。」
 じっと美香が見る。
「……だろ?」
「!?」
 にこりと笑う紅麗に、美香は、すこし退いた。
「美香ちゃん、どうしたの……?」
 小動物が威嚇するような、そんな仕草で、美香は離れている。
「一寸、びっくりしただけだ。図書館では静かにな。それと、慣れ慣れしく、『ちゃん』を付けるな。」
 美香はそっぽを向いて、中に入る。
「いいじゃんか〜。待ってくれ〜。」

 紙の匂い。静寂。書物という形で知識が集結される場所、図書館。紅麗は、自分の故郷にある図書館しか印象がないため、現世でもそうだと思いこんでいた。届きそうもない天井までくっついている本棚。異様な雰囲気を持つ司書が居るとばかりだったのだ。
 しかし、現実は違う。
 確かに日本でもそういう異界じみた場所はあるだろうが、公共の施設故、2mあるかないかの本棚と、ゆとりのある道、そして、プレイルーム(子供達の一寸した遊び場)もあり、少し賑やかであった。確かに会議室のような場所には、鉛筆で紙に何かを書くあの音がするが。
「レポートなど調べるときに、行かないのか?」
「ああ、俺それ放置。」
「……。」
「そんな軽蔑した目で見ナイデ下サイ。」
 軽蔑のまなざしが痛い。
 本棚の壁に手を置いて、所謂『反省』のポーズで泣く紅麗が其処にいた。
 適当な場所を取り、2人は色々歴史や逸話などを調べ始める。本を開けたとたん、欠伸が出る紅麗に美香は、彼の足を思いっきり踏んづける。
「うぎゃ!」
「静かにしてください。」
「ゴメンナイサイ。」
 涙目の紅麗であった。
 此が本当に天才少年なのかと疑わしくなる美香であった。


〈無限書庫〉
 星船のある次元。底のない塔の空洞で、壁一面は、本棚。
「これが……」
 撫子は圧巻される。
「此が今までの歴史・知識を貯めている無限書庫です。お姉様。」
 亜真知は、箒に乗って、移動している。
 撫子は、キックボードの様な乗り物だ。
 重力が一応存在しているようだが、そこかしこに、無重力がある。
「このところ片づけていないから、探すのに手間はかかります。でも、継承者のあなたには見つけることが出来るでしょう。天薙撫子。」
 亜真知は、少し威厳を込めて継承者に言う。
「本来、わたくしが、関わるべき事ではないと、義明様は思っていることでしょうが……。厄介なことは、やはり見逃せません。」
「わたくしも、そうです。あの2人を守らないといけませんから。」
「どういう意味で?」
「妹のような存在ですし、わたくしも、また天位保持者故。」
「良い答えです。」
 亜真知は此処の検索方法は、ほぼパソコンとネットと同じだとは言う者の、撫子はその辺疎い。似ているが、デバイスが違うのだ。キーボードとマウスなのだが、現実世界の其れとは異なる。たとえば1つのボタンでクリックするマウスを使用する、パソコンを愛用する人にとって、2〜5つもあるマウスでは勝手が違い、慣れない物だ。
「あの、いくら現代に合わせて設定されておられても……。」
「『習うより、慣れよ』ですわ。」
「うう。」
 しかたなく、まずは整頓から始めないと行けないらしい。
「間に合わせないと。」
 撫子は必死にこの書庫の整理から始めた。
「わたくしは、一度戻りますね。」
 亜真知は去っていく。

 不思議な空間のなかで撫子は、まずは軽く整頓してから、『王』『業火』『地獄』などを検索して、それらしい物を集め始めた。


〈夢の中〉
 紀嗣が起きる。
「また寝ていたんだ。」
 精神的な疲労で気を失うように寝ていた。
 寝るのは疲れをとるために在る行動なのに、寝て疲れるというのは矛盾している。と、思うぐらい体が重たかった。
「起きたか?」
 蓮也と影斬、加登脇に草間が其処にいた。
 加登脇が入り口から入ってくる。
「気分はどう?」
「ああ、幾分かマシになりました。ありがとうございます。」
「安定剤が効いたようね。」
 加登脇が微笑む。
「こんな、ことは初めてだ……。」
 少し彼は震えていた。
 暫くしてから、紀嗣が落ち着きを取り戻し、全員を見渡し、安堵と心配をかけた自分の弱さに対して、ため息を吐いた。
「皆さんごめんなさい。」
 謝る。
「大丈夫だ。」
 影斬が謝らなくて良いという感じで答える。
「紀嗣、お前に訊きたいことがある。夢の内容、教えてくれ。」
 蓮也が尋ねた。
「……蓮也さん。……はっきり覚えているから……いうよ。役に立つかは分からない。」
 夢の中での出来事。
 業火の荒野から極寒の大地が混合する世界。
 あり得ないと言うことだと。
 其処にいる、いかにも悪魔という影……。
「業火の王を直で見た様な気がする。」
 話し終えたあっと全員は黙っていた。
「……。夢というのは神秘論もの精神世界ですから。紀嗣君の治療は引き続きします。」
 加登脇が言う。
「はい、お願いします。」
 大人しく紀嗣は従うようだ。
「蓮也一寸こい。」
 影斬は、やおら立ち上がって、蓮也を呼び外に出る。
「なんだ?」
「糸は繰れるか? 蓮也。」
 問い。
「いや、見えない。」
 蓮也は、首を振る。
「占術阻害ありか……厄介な。」
「しかし、義明。お前は既に分かるだろ? 敵が。」
 蓮也は逆に尋ねた。
「業火の王というのは間違いないが……私とて其れは自信がない。まだ分からないことがある。」
「?」
「悪魔が関係することは大抵、策略がある。しかし、前に出てきた運命繰りを阻害する輩が要ることだ。」
「何か他に居ると言うことか?」
「ああ、私にも見えない……。」

 手詰まり感に、焦りが見える。

「『力という物と、心に呼びかける』業。あらゆる手を尽くすが、なにか関わっていそうだ。」
「……権力闘争の匂いもしている訳か。」
 草間が出てきた。
「そう言うことです。」
「そのへん、御柳なら分かるんじゃ?」
「彼の世界の地獄とは違います。」
「どういう事だ?」
 2人は首をかしげる。
「一つの世界に様々な宗教と逸話、神話などがあり、同一の物が別物と扱われたりその逆に括り付けられたり、様々です。別個の物として感がえることが良いのですよ。」
「ふむ。」
 何となく分かる。
 おおざっぱに言えば、様々な話があるのだが、まず原典は1つである。しかし、
「帰昔線の結果、原典は常に一つというわけではないのです。この混在した(と私は解釈する)世界により多くの原典が有るわけです。」
「ああ、なるほど。」
 蓮也が閃いた。
「紅麗からのメールで、こう言うのがあったな。」
 影斬はメールを見せる。
『権力闘争とかに関わると、上に怒られるんだけど^^;』
 と、正直な悩み。
「で、返答は?」
「こうした。」
 影斬は送信済みのフォルダを開く。
『お前の世界と関係ない『地獄』だ。気にするな』
「まあ、無難だな。」
「全体の地獄を管理しているというなら別だけどな。」
 草間が苦笑した。
『悪』がはびこり、社会が構築されている地獄か、『悪』が封印されている何か別の存在により、秩序を保たれている地獄かで、地獄という立ち位置が異なるのだ。


〈誘惑から……〉
 紅麗が立ち上がる。
 しかし、人間の器は気持ちよく眠っている。
 美香はその異常な光景に、何かを察した。勿論、嫌な気配も。
「何か来たんだな?」
「ああ。」
 今の姿の紅麗は美香以外の人に見えない。
 美香は、拳を握りしめる。
「どうするんだ?」
「迎撃するまでだよ。」
 美香が立ち上がり、気配を探る。

「!? 見えた。」
 蓮也が、糸を見る。
「やばい、いま美香と紅麗が……。何者かと接触している!」
 蓮也が走り出す。
「其れは大変だ。」
 草間も影斬も走り出した。

 美香が、走る。紅麗が追いかけている。
「どこに!?」
 図書館の裏。
「私を呼び出すだけか?」
 目の前には、蠅だけだった。
「そうですよ、再生の姫君。」
「色々な名前で呼ぶのだな。」
 彼女は震えている。しかし毅然として立ち向かう。
 手に、亜真知という少女から貰ったお守りがある。
「美香ちゃん……。こいつは?」
 死神の紅麗は、蠅を見て、警戒を強めた。
「此処は公平に取引ですよ? 死神の皇子も考えるべきです。」
「……断る。どこが公平だ。というか俺は皇子じゃない。」
 紅麗が美香の前に立って答えた。
 蠅は、腕を組んで、考える。
「ふむ。そうお考えになるのですね。まあ、そうなるでしょうか。しかし考えてみてください。あなたの体は、いずれ朽ちる。先天性神格保持者が延命できるのは、なにか? すでにあの忌々しき影斬から聞き及んでいるでしょう。」
「……。」
「そして、死神の皇子。あなたも、本当の力をだすには一度人間の器からでないと行けない。強くなりたい。また安定した物になりたいとは思いませんか?」
「おいおい、俺にもそう言うお誘いか? 俺は『禍』を討つ兵だ。力がある故に……。」
「影斬に勝てていないでは?」
「……それはいうな。アレは俺の修行不足だ。」
 すこし、詰まる。
「しかし、あなたの世界の権力者はその制限はない。不公平でしょう?」
「……。」
「我らならすぐに解放できるわけです。」
 蠅は言う。
「……それは……。」
 美香が震えていた……。
「あたしも、なにかが……できるのか?」
 言葉は単調だったはず。しかし、何か惹かれるものがあった。
 死神化している紅麗は、その『嫌』な部分を感じ取り、
「黙れ、蠅!」
 と怒鳴った。
 一気に霊気が出る。蠅はびくともしなくその場で飛び続けている。
「あ、あたしは……。」
 美香が膝をつく。
 体が震えていた。お守りを握りしめ過ぎ、血が出ている。砕けたのだろうか?
「!?美香ちゃん!! ダメだ! 誘惑に惑わされては!」
 美香に叫ぶ。
「そうです。苦労するより……む!?」
 蠅は、何か異様な気配を美香から感じた。
 紅麗もすぐに気が付いた。
 近くの雑草が生い茂り、枯れていくのだ。


〈再生の暴走〉
 火は温かい。火は全ての生命を育む。太陽も火だ。『燃える』という言葉に込められている意味はどれほどにあるだろう?
 美香――御火――はその熱、はぐくみ育てる繁栄を権能にもつ。そして弟の破壊と対極である再生も。その後に起こる物とは、破壊ではない衰退だ。しかしその権能は破壊(紀嗣)が持っている。
 なら、権能無しで、暴走するとどうなるか?
 その繁栄し続ける異常な状態が、恐ろしいスピードで起こるのである。
 蠅は一瞬朽ち果てて、その体かからウジが湧く。しかし、そのウジから蠅になるため、其れを繰り返し群が出来てしまうのだ。結果、それが繁栄・再生の暴走になっているわけだ。
「む、おかしい蠅になってきましたね。」
 蠅はその加速度に耐えきれず、様々な奇形となって存在していく。
「後で調整がきくかな? 年をとってしまったようだ。それより!」
 紅麗は、死神化しているため、その現象に対抗できているが、肉体年齢が27歳ぐらいに成長した気もする。
「落ち着いて!」
 紅麗は美香に大声で平静を取り戻すように声をかけ続ける。
 異形となった蠅は、笑うばかり。
「ははは! これはすばらしい! おっと、今回はこの辺で一度退きますか。」
 異形になった蠅の群はある神秘力に気付き、飛び去っていった。
 影斬と、亜真知、草間に蓮也が来たのである。

「影斬! 早く『鎮』を!」
「蓮也の封印3分限定解除! 思念域を張れ!」
 影斬は叫んだ。
「草間さんは下がって! あの空間にはいるとすぐに草間さんの体が朽ちる!」
 蓮也がとまって、地面に『絶対停滞』というメモを張った。美香から発生する再生と繁栄の『波』がその地点で止まる。
 亜真知が理力を持って、結界をはり。影斬にもある理力を付与する。
 紅麗は、残っている蠅のことなど構わず、美香を揺すっていた。自分の精神と肉体が離れていくような感覚に耐えながら。
「しっかりしろ! 今はダメだ!」
「あ、あああ。」
 彼女の力が暴走している。彼女自体の体は止まったまま。停滞が代償なのだろうか?
 只の誘いなのになぜに? 紅麗は思った。
 ああ、馬鹿な俺でも分かる。彼女の心は、常に危険だったのだ、と。
 人を避ける理由。
 弟の過去と、なにかある罪と思っていること。
 影斬のように、運良く師匠や友人に恵まれていなかった双子。

 影斬が『鎮』の準備にはいった。『水晶』が具現化される。

 ――さて、俺はどうなんだ?
 俺は、屈しないつもりだ。
 でも、あいつに勝ててない。
 からかわれるばかりだし、変な目に遭っているし。というか、俺はおもちゃみたいにされている。
 ああ、それはどうでも良い。楽しいからさ。
 でもよ、俺が、俺である為って何だよ?
 あと、人の力を借りて、勝ってどうするんだ?
 彼の中での思考。先ほどの蠅の誘惑。
 純粋に、あのライバルの少年に勝ちたいのだ。それが……。

「ええい! 俺は、俺だけの力で、彼奴に勝ちたいんだ!」
 と、【氷姫閻】の霊威と自分の霊威を高める。
「【氷姫降臨】!」
 紅麗は美しい氷の女性になって、周りを凍らせた。
 そこで、再生の嵐が止まる。木や生き物は凍り付き、砕け散っていく。
 その、影斬の『鎮』が、美香の額に極まる。
「後一歩遅かったら……、私も老化で朽ちていただろう……。」
 氷が砕け、美香が倒れ込んだ。
 女性の状態の紅麗が彼女を抱きかかえる。
「間に合った……。」
「あ、あなたは? だ……。」
 美香が氷姫の姿を見て尋ねるが、そのまま気を失った。
 その直後に紅麗は元の姿に戻る。
「義明、美香ちゃんのことは……、頼んだゼ。」
 紅麗は影斬に言うと、そのまま気を失った。
「ああ、幸い『灰化』が始まっていない……。お前は休め。」
 影斬は答えた。


〈その後〉
 かなりの時間、無限書庫に閉じこもっていた撫子は、一冊の書物を見つける。
『地獄・第八階層 獄炎と極寒の地『矛盾獄』……その界王・業火の王……について』
「これです! おそらくこれです!」
 よく分からない言語のもあるために、解読に時間が食いそうだが確実な一歩であった。
 しかし、無限書庫の大きさのために、迷宮まであった。
「このごろ、わたくし……義明さんと一緒にいる機会がないですね……。」
 一寸寂しい。
「でも、大丈夫。今度は思いっきり甘えます……。絶対。」
 なぜ、そんなことを言ったかというと。
 その迷宮に迷ったので、亜真知が来るまで待っているのだ。
「早くきてぇ! 亜真知さまぁ!」
 此処を使いこなすのに時間が食うようである。

 撫子も救出し、ひとまず美香が無事だった事で今回の事件はひとまず収まったようだ。また嘘のような平穏な生活になった。

 神聖都学園、屋上。
 美香がぼうっとしていた。紀嗣が
「凄い美しい女性が、あたしを助けてくれた。」
「はい? だれよ?」
 そんな話を影斬達から聞いたことがない。
「わからない。でも、お礼を言わなきゃ行かないと思う。」
「だよね。うん。」
 うむ、それは必要だね、と相槌をうつ弟。
 もしかして、憧れみたいな物だろうか? と、彼は思う。
「姉ちゃん、体の方は大丈夫?」
「ああ、なんとか。しかし、師匠に顔を合わすことは……。」
 暗い顔をした。
「悔やんでちゃ……、ダメだと思う。」
 紀嗣が言う。
「何のために、強くあろうとしたか……。其れが無駄に……。あたしは、恥ずかしい。」
 今自分を責めている。
 紀嗣は黙っていた。
 だから守りたいと思うのだ。
「俺思うけどさ。人間って……、失敗して、失敗して、強くなるんだと思う。」
 と。
 美香はその言葉に目を丸くした。
「まだ、俺たちって人間じゃん。ギリシャ神話のデウス・エクス・マキナ(Deus ex machina)のように、ご都合じゃないだから。」
「……。」
「みんなに謝りと、お礼言いにいこう。姉ちゃん。」
「……ああ……、そうだな。」
 笑顔を見せる美香。
 弟は其れを見てにこりと笑った。
 2人は屋上から去っていった。


 どこかのファーストフードショップ。
「で、お前の隠し業についてだが……。」
 脱力状態の影斬……つまり織田義明が、テーブルにあごを着いて、紅麗を見る。
「義明、クールな対応に疲れたのか?」
「かなりの頻度で、『鎮』を使うと、緊張がとけるんだ。眠いし。」
 昔に見た天然剣客のまんまだった。
 おそらく、彼の力も枯渇しているからだろう。
「抑止も枯渇するんだな。」
 紅麗が、言う。
「それの権利発動の時でも、復活しないぐらい疲れた。しばらくは織田義明だね……。ああ、一寸お休みってところさ。デウス・エクス・マキナで、『回復しました〜♪』とかないさ。」
「なんじゃそりゃ?」
「ギリシャの演劇で使われたご都合主義表現はおきないし。機械仕掛けの神だ。勉強しろ。」
「……むう。」
 勉強という言葉に苦い顔をする。
「話を戻そう。私が見る限り、美香は『氷姫=お前』と思っていないようだ。」
「マジですか?」
 紅麗は驚く。
「ああ、先日、稽古の時に尋ねてきた。彼女は誰だって? 紅麗が居なかったから逃げたのか? その人を呼びに言ったのか? とか色々な事を訊いてきた。」
「で、まさか。」
 紅麗は、寒気が走る。
「嘘は言えないが、亜真知のおかげでなんとか黙っていられた。おかげで美香のレアなときめき顔で、癒されたネ。あれは、憧れだな。美香は、命の恩人にはとても素直な子だ。恋愛ではどうか知らないがな。」
 影斬コーラの入ったコップにストローをさして飲む。
「よかった。というか、妹を持った気分で萌えるってやつか? 義明。」
 紅麗は安堵する。
「んー、つっけんどんな弟子の可愛い姿は、子を見るようで嬉しい物だよ。純粋にそれだ。」
 今の義明は、何となく年寄り臭い。
「言って欲しかったのですか?」
 沢山のアップルパイを積んだトレイを持ってきたのは亜真知だった。
「おおいなぁ。亜真知ちゃん。」
「此処のアップルパイの味付けが謎で見極めようと。通算3650回も自分で作っても、再現できませんでした。」
 お菓子作りの神様でも知らないことがあるらしい。
「とりあえず、私から見ると、あの変身は……危険だな。」
「ああ、まあ、そうだけど。暫く力が使えない……。」
「威力ではなく、お前の立場だよ。」
「なに?」
 紅麗の反応に、義明はニコニコする。
「知ってみろ。たぶん、秘術構築の説得で理解を間違えたら、お前に女装癖・女装趣味があると思って好感度激落ちだな、と。」
 色々シミュレートして、喜劇になるからだろう。紅麗にとっては悲劇だ。同情するかもしれないが、実際の美香の反応も予想が付かない。
「……いやだ! それだけは絶対、い・や・だ! そんな誤解、されたくなーい!」
「今度変身するときは、凍り付かない衣装で、着飾ってくださいね。」
「そのために、だまっていたんスか!」
 紅麗の明日はどうなるのだろう?

 草間興信所。
 本を眺め続けるのは草間。
 撫子が見つけたその書物。それに何があるか。流し読みで見ている。言語自体が『この世』ではない。
「分かりましたか?」
 蓮也が尋ねる。
「解るわけ、ないだろう。しかし、感覚で、意味が分かりそうな不思議な感じなんだ。」
 草間は本を、無造作にデスクに置く。
「どうするつもりだ? 影斬は。俺たちに地獄まで行けというのか? それとも……。」
「高峰さんの考えていることさえ分かれば……。」
「彼奴がいうかよ。」
 草間は、吸い尽くした煙草をもみ消し、
「影斬に今後のことを聞きに行ってくる。」
 と、出かけていった。
「俺も行きます。」
 蓮也も着いていく。
「行ってらっしゃい。」
 零が見送ってくれた。

 この先に何があるのか?
 今は分からない……。

END

■登場人物紹介■
【0328 天薙・撫子 18 女 大学生・巫女・天位覚醒者】
【1593 榊船・亜真知 999 女 超高位次元知的生命体…神さま!?】
【1703 御柳・紅麗 16 男 死神】
【2276 御影・蓮也 18 男 大学生 概念操者「文字」】

 NPC
【草間・武彦  30 男 探偵】
【影斬(織田・義明)? 男 剣士/学生/装填抑止】
【加登脇 美雪 ? 女 医師】
【鳳凰院・紀嗣 16 男 神聖都学園高等部】
【鳳凰院・美香 16 女 神聖都学園高等部】

■ライター通信■
 こんにちは、滝照直樹です。
 今回、『神の剣 宿命の双子 不浄なる業火・誘惑の言葉』に参加して頂きありがとうございます。
 戦闘と言うより精神戦と情報収集シーンのようなものでした。
 今後どうなるか、それは次回と言うことで。
 平凡な日々の話と、この『悪』との戦いなどが展開していくと思います。
 では、また次回や、他のお話しでお会いしましょう。

滝照直樹
2008/04/04