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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】



 草間興信所内にあった奇妙な貼紙。それに興味が出て、こんなところまで来てしまった。
 寂れた、と表現してもおかしくない場所。あまり賑わっている雰囲気もなければ、通りかかる人も少ない。本当にこんなところで商売をしているのだろうか?
 草間興信所はそこそこ人も出入りしているが……こんなところまでやって来る者はよほどの物好きではないか。
(そういう私も、物好き、なのかしらね)
 でも、わくわくする。
 狭い通りを進んだ先に、目的の建物を見つけた。表には何も書いていない、簡素な四階建て。看板すらないというのはどういうことだ?
(あそこで間違ってないわよね)



 二階へと進み、事務室らしきところに入るドアを発見した。
 ドアをそっと開けて中をうかがう。それほど汚くはない。それどころか綺麗だ。建物の外と、内側は釣り合ってはいないようだった。
 衝立があって室内をじっくり見ることはできないので、由良皐月は足を踏み入れる。
「ようこそ妖撃社へ。ご依頼の方でいらっしゃいますか?」
 左横から声が響き、由良はびくっと身をすくませた。顔をそちらに遣ると、いつの間にか現れたメイド服姿の西洋人の娘が立っているではないか。
 勘のいい自分にしては珍しい……いつ来たのか気づかなかった。
「いや、依頼じゃなくて、バイトの面接に来たんですけど」
「あら。少々お待ちください。支部長を呼んで参ります。こちらにおかけください」
 娘は皐月の横を通り過ぎ、歩いていく。ついて行くと、衝立で囲まれた来客用のソファとテーブルのある場所に通された。
 座って待っていろということらしいので、皐月はソファに腰掛ける。それほど悪いソファではない。だが高価というわけでもない。
 しばらく待っていると、足音が一つ、こちらに向かってくるのがわかる。
「こんにちは。ようこそ妖撃社へ。私が日本支部の支部長を勤めています、葦原双羽です」
 そう言いながら現れたのは、制服姿の女子高生だった。
 呆気にとられる皐月の、向かい側のソファに腰をおろした彼女は愛想のいい笑みを浮かべている。どこからどう見ても、普通の女子高生だ。
 平均的な女子高校生と言われれば、誰もが納得するだろう。模範的、と言ってもいいくらいだ。
(若い……。これは意外)
 ハッと我に返った皐月は、持っていたバッグから履歴書を取り出す。そして双羽に差し出した。
「バイト希望の由良皐月です」
「……ありがとうございます。では、お預かりしておきます。不採用になった場合、これは厳重にこちらで処分しますから、ご安心ください。
 うちのことをどこで知られたのですか?」
 受け取った彼女は履歴書に目を通しつつ、訊いてくる。なかなか頭の回転の速そうな娘だ。
「興信所の貼紙を見てバイト希望、というつもりなんですけど……正直、ちょっと勘が良い、幽霊が見える、といった程度なので、事務作業や事前調査ならできると思います。それでもよろしければこちらで雇ってもらえればと」
 履歴書から目を離し、双羽はこちらを見遣る。
「興信所……。あぁ、草間さんのところの。
 多少の勘の良さでも構いませんよ。霊が見えるというのはどの程度でしょう?」
「気配を感じるのと、あとはぼんやり。はっきり見える時もあります」
「なるほど」
 と、彼女は頷く。
 皐月は沈黙する前にと自ら口を開いた。
「志望動機は、興信所で怪奇に関わりはしても、それを仕事として請け負っているというのは身近になくて興味……ですね」
「興味、ですか」
「不快に思われるかもしれませんけど」
「不快なんて思いませんよ。一般の方にはうちのような商売は珍しいでしょうし、詐欺師みたいに言う方もいますから」
 そこで皐月は「言わなくては」と思っていたことを思い出した。
「あの、ここのお仕事は掛け持ちとか可能ですか?」
「え?」
「本来の仕事の、家事手伝いの仕事と並行してここでの仕事もできたらと思って……。そういう意味でも、好ましくないかしら? 責任を持って仕事はするつもりですが」
 双羽はぽかんとした表情だったが、くすくす笑う。
「失礼。掛け持ちに関して面接の時に言われるとは思ってもみなくて……。隠していてもよかったでしょうに」
「本業のことを考えると言わないわけにはいかないと思って。……やはり不快になった?」
「そんなことは。正直な方だと思いました」
 笑みを引っ込めた双羽に、皐月は少し顔を俯かせる。
 正直に言い過ぎたかもしれない。でも、嘘をつくよりいい。事情を察してもらっていれば、いざという時に対応してもらえるだろう。
「あの、一つ訊いてもいいです?」
 皐月が顔をあげると彼女は「なんです?」と声を返してくる。
「不採用になっても、ここに見学に来るなんてことは出来るのかしら、支部長さん」
「出来ますよ。見学、といってもたいしたものはないですけどね、ここは。そうですね、差し入れとかあって……仕事の邪魔さえしなければ構いませんよ」
「本当?」
「業務の邪魔さえしなければお客様扱いですから、遠慮はいりません。ただし、うちではお茶しか出てきませんけど」
 微笑む少女のほうに皐月は少し身を乗り出す。
「口調は丁寧なほうがいいですか?」
「え?」
「使い慣れていないから、どうも難しくて」
 困ったような顔をする皐月に、双羽は苦笑した。
「そうですね……。雇用関係にあるなら、常識の範囲で接して欲しいものですが」
「あ、やっぱり」
「友達感覚で接されてはこちらとしても困りますので」
 きちんと線引きしろということだろう。だが逆に言えば、プライベートでは丁寧な口調でなくてもいいということだ。
 もしもバイトでここに来るなら、双羽が自分の上司だ。雇い主になる。
(う〜ん、しっかりした子なのね。年下だって思って油断してたらこっちが痛い目に遭いそう)
 今は面接中なのだし、口調はこのままにしよう。彼女はこちらを値踏みしているのだ。
「由良さんは、草間興信所にはよく行かれるのですか?」
「よく行くってほどじゃないですけどね。でもあそこは、グダグダのグチャグチャだから、どうやって怪奇な依頼を片付けているのかなんて、わからないじゃないですか」
「……そんなにひどいんですか、あそこ」
「いつも貧乏なイメージはありますし、怪奇事件なんて持ってくるなって言ってますし」
「ふぅん」
 双羽はちょっと考えるような仕草をする。
 勢いよく喋りすぎたことに皐月はちょっと反省しつつ、肩をすくめた。
「ごめんなさい、本当にまず自分の興味がきっかけなのよ」
「うちとしては別に興味本位でも構いませんよ、仕事さえしてくだされば。まぁでも、あまりにも自己中心的では困りますけど」
 開いていた履歴書を閉じて、双羽は立ち上がろうとする。そこに皐月は問いかけた。
「日本支部、ってことですけど」
「はい?」
「ということは他支部もある、ってことですよね?」
「まぁ……そうですね。本部である中央部もありますし、上海にも支部はありますが」
「……凄いのねえ。頑張ってくださいね、お仕事!」
 張り切って立ちあがった皐月に、慌てて双羽も立つ。
「お忙しい中、お時間割いていただき、ありがとうございました」
 深々とお辞儀をする。顔をあげると双羽もにっこり微笑んだ。
「お疲れ様です。結果は後ほどご連絡いたしますので」



 印象としては、草間興信所とは違って、しっかりしているということ。
 建物も、外観はともかく、室内は綺麗にされていた。社員がどんな人なのか見ることができなかったのは残念だ。
(葦原双羽さん、か)
 あの年齢で支部長ということだが、特別な何かを感じたりはしなかった。本当にごくごく普通の少女だ。
(しっかり者みたいだし、草間さんのところとは大違いね)
 今日は一日休みをとっているので午後はゆっくり過ごせそうだ。結果の連絡はいつ頃になるだろう?
(不採用だったら手紙とか郵送されてくるのかしら……。う。できるなら採用して欲しいけど、難しいかしらね)
 床を掃除しながら皐月は嘆息した。やはり正直に言ったのは失敗だったか?
(うぅん、でも不採用になったとしても見学に来てもいいって言われたし、落ち込むことないわよね)
 そもそもまだ不採用が決まったわけではない。

 夜の7時を回った頃、皐月の家の電話が鳴り響いた。
「あ〜、はいはい。今出るから〜」
 ぱたぱたと駆け寄って受話器を取る。
「はいもしもし」
<妖撃社・日本支部の葦原という者ですが、由良皐月さんのお宅でしょうか?>
「あ、私です、支部長!」
<採用に関してのお電話をさせていただきました。バイトなのですが、採用させていただくことになりましたので>
「……本当?」
<本当ですよ>
 双羽が笑いを少し含んで応えてくる。
「退治のお仕事とか、できないけど……本当に?」
<別に退治のお仕事だけをして欲しくて募集しているわけではありません。
 本業のお仕事と掛け持ちで頑張ってください。ただ、こちらの仕事の手を抜いたらその分減給となりますけど>
 掛け持ちするのも容認ということだ! 嬉しい!
 皐月は目の前に人がいないというのに、頭をさげてしまった。
「ありがとう! 頑張るわ!
 あ、しゃ、喋り方……。ごめんなさい」
<きちんと上司と認識してくださるなら、口調はそれほど気にしなくても構いませんよ、由良さん>
「え……でも」
<それでは夜分遅くに失礼しました。これから頑張ってくださいね>
 通話を切られて、皐月は受話器を耳から離して凝視する。
 採用、された。ほんとに?
 受話器を戻して皐月は思わず拳を握った。
 これで堂々とあそこに入り浸れる! いや、仕事ができる!
「う〜ん、支部長ってケーキとか好きかしら?」
 暇さえあれば好奇心を満たそうということで、皐月は差し入れを何にするか考え始めた。室内を軽やかに横切る。
 支部長と、あとはあのメイドの女の子。他にはどんな人が居るんだろう? あそこが取り扱っている怪奇事件はどんなものだろう?
 これからのことを考えるとわくわくして、たまらない……!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、由良様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 妖撃社へようこそ。バイト採用、おめでとうございます。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。