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春風は唐突に
【オープニング】
身にしみる寒さからもいくらか解放され、穏やかな陽気が背から心をも暖めだす今日この頃。
草間興信所の主、草間武彦は、ぐしゃり、完全に火の消えた煙草を握り潰しながら、机に突っ伏していた。
眠っている……わけでは、ない。
端的にいうならば、くたばっているのだ。
「っ、ぐしゅん！」
くぐもったくしゃみが聞こえ、がたん。机が揺れる。
煙草を手放し、その手でゆるゆると机の上をまさぐり、空に近いティッシュ箱を掴むと、ようやく顔を上げて、ずず、と鼻を啜った。
酷い有様。それだけで形容できてしまうのが今の草間で。
掃除に勤しんでいた手を止めた零は、心配そうに眉を寄せた。
「大丈夫、ですか……？」
「あー……まぁ、なんとかな……」
完璧な鼻声。次いで、二度目の盛大なくしゃみ。これが正確には本日二度目程度でないことは、語らずとも悟られよう。
ともあれ、とにもかくにも酷いとしか言いようのない草間は、ちらりと時計に目をやってから、机の上に放り出したままだった薬を、水と一緒に流し込むと、大きく、溜め息を付いた。
「今年の花粉は、酷いな……」
「そうですね……でも、まだ少し早いような気がするんですけど……」
「ずれ込むもんさ。こういうものは」
「いやいや。そういうわけでもないようだぞ」
はた、とした。
唐突に会話に混ざった第三者に、草間は非常に怪訝な顔で声のほうへと視線をやる。
締め切られたままの扉の前に立っていたのは、黒い着流しの男。
「何の厄介事だ」
「随分な挨拶をしてくれる。折角そいつを治すいい話を持ってきてやったというのに」
くく、と、小さく笑った男は、零に軽く会釈をすると、草間の机に歩み寄り。今しがた彼が飲み下したばかりの薬の瓶を、手に取った。
「鼻炎の薬など、効かんだろうに。いいか。こいつはただの花粉ではないぞ。一度吸えば見る間に精気を奪い取られるとんでもない代物……の、試作だ」
「試作かよ」
思わず突っ込みを入れた草間だが、試作というそれでこれだけ辛い思いをさせられている現状を考えれば、なかなか侮れたものではない。
「街外れに二人の魔女が住み着いていてな。開放的な気持ちに伴って屋外行動が増えつつあるこの期に乗じてそいつをばら撒いたのだ。まぁ所詮は試作だからな、何らかの強い力があれば効かんようだが……」
ちらり。草間の様子を確かめるように見やって。男は肩をすくめた。
「完成品を撒かれる前に早々に対処せんと、おぬしとて困るだろう？」
「つーか……お前、やたら詳しいな」
更に怪訝に眉を寄せた草間の問いに。男はまた、小さく笑って。
「現場を見てきたからな。だがわしが魔女に敵うはずもあるまいて。だからこそ、おぬしに話を振りに来たのだぞ？」
うんざりした顔で見上げる草間に、そっとティッシュを差し出してやるのであった。
【本文】
「情けない」
それが、黒・冥月の第一声だった。
とは言うが、これでも興信所を訪れ、零に笑みを見せ、草間の様子を窺い、その発端を伝えに来た男、宿世・縁の話を聞くまでの間は置いた。
置いたが、それさえも全くの無にしてしまうほどの両断っぷりを見せた冥月は、呆れた顔のまま続けた。
「聞くに力があれば効かないんだろう。効いてるお前は無力だと言う証明にしかなっとらん」
「俺は普通の探偵なんでね。むしろ光栄だよっ」
負けじと言い返すが、いかんせん状態が状態なだけに、子供の文句にしかなっていない。
くく、と縁が小さな笑いで示すように、どことなく微笑ましげで、まぁ、険悪な雰囲気が出来ているわけではない。
やれやれ、と、もう一度、瞳を眇めて草間を見やると、冥月は零へと視線を移し。
「台所を貸してくれるか？」
「あ、はい、どうぞ」
快い承諾を受け、暫し、その場から姿を消して。
やがて戻ってきたと思えば、どん、と、草間の机に湯飲みを置いた。
「……なんだ、こりゃ」
「麻黄湯という漢方薬だ。魔女の品でも体への影響の仕方は花粉と似たものだろう。飲め、少しは楽になる筈だ」
ふん、とぶっきらぼうに鼻を鳴らして言うが、つまりは、草間に対する労わりの現れであることには間違いはなくて。
珍しく優しい冥月の姿に、思わず、湯飲みと彼女とをまじまじと見比べていた。
じ、と、そんな視線を見返して。冥月は、はぁ、と、呆れたような――ごまかすようにも見える溜め息を付くと、眉間にかすかに皺を寄せ、不機嫌そうな表情で、見下ろす。
「阿呆、それでは仕事にならん。それにずっと零に心配させておく気か」
「へいへい、判ってるっつの。大人しく飲ませてもらいますよー」
漢方と言われると、やたら苦かったり匂いがきつかったりする印象もあるためか、すん、と鼻を寄せて匂いをかいでみて。けれど、もう匂いも味も関係ない状況に陥っていることを思い出したらしく、ゆるゆると口にする草間。
その様子を見届けてから、困ったように掃除道具を握り締めて窺っていた零を振り返ると。
先とは一転して、ふ、と穏やかな笑みを見せ、そ、と頭を撫でた。
「もし奴が本当の花粉症になったら言え。いいの紹介してやるから」
今回は、私に任せろ。そう続けられた言葉に、零は安心したように表情を緩め、「はい」とにこり、微笑んで見せた。
その笑顔もまた、きちんと見届けて。冥月は興信所を後にした。
「魔女か……まぁ何とかなろう」
独り言の、様な呟き。
けれど、いつの間にか背後に縁がついてきていたのには、気付いていた。
別に自分にかけられた言葉ではないと理解していながらも、縁はくすりと笑って、同じように独り言じみた言葉を、呟く。
「成らねばわしも手を貸すさ」
そうでもしなければまたあの男に疎ましがられよう。そう付け加えて笑う縁を横目だけで見て。
今頃、少しは薬が効いて楽になっているであろう草間をちらりとだけ過ぎらせると、呆れたように、笑みを零す。
「まぁ、何とかなろう」
繰り返した言葉には確かな自信を灯し。冥月は魔女の住む工場跡へと強襲をかけた。
ガシャン――！
ガラスが派手に割れる音がして、太く、幾重にも編み込まれた蔦が、ずるり、そこから勢いよく飛び出た。
――それは一瞬の光景だったのだ。
工場跡に辿り着いた冥月は、何も言わない縁を連れ、実質一人きりにも似た状況のまま、準備もなく踏み込んだのだ。
温室と化したその場所は、む、と纏わり突くような熱気に一瞬晒されたが、外気と織り交ざって、すぐに穏やかな陽気へと転じる。
そこには色鮮やかでいながら、明らかに人の手に負えるようなものではない花が幾つも、幾つも、それこそ森に等しい勢いで咲き誇っていて。
それらが一様に、冥月を捉えるや、襲い掛かってきたのだ。
「ふん……主の命という奴か？」
魔女の命令で、誰も通すなとでも言われているのだろうか。
それとも、単純に彼奴らが肉食で、冥月という餌に群がろうとしているだけなのか。
どちらでも、変わらなかった。
現状、敵対する対象が全て自分へと向かってくるのなら。
全て、叩き潰すだけなのだから。
空気を切るような勢いで、植物の葉や棘が襲い掛かってくるのを、ぐるり、一瞥だけ、して。
冥月は、自分の、彼らの、足元に値する地面一体から、無数の棘――剣と称した方が相応しいほどに鋭利で雄々しくさえある形状の影を、生やした。
それらは植物の肉体に当たる茎や葉、花のいたる部位を貫き、瞬く間に、切り裂いた。
断末魔さえ上げない植物らは、それでも、与えられた苦痛から逃れるようにのた打ち回り、壁を、天井を、床を打ち、終いには、がしゃん、とガラスを突き破って、なお、暴れる。
冥月がそちらへと視線を遣り、ほんの少し何かを操る仕草をして見せれば、追いかけるように伸びた影が、やはり一瞬で、掻っ捌く。
「……まさに、瞬殺だな」
感心しているらしい声。手を貸すと言っては見たものの、これにどう手を貸せというのだと、自嘲にも似た笑みで、くつり、縁は笑っていた。
一通り、とりあえず、目に見える範囲の植物は駆逐し終えた冥月は、一呼吸たりとも乱れを見せることもせず、冷めた視線を温室内に巡らせた。
と――。
「や……あああぁあぁっ！？」
悲鳴……にしては、幾分幼く、ただの泣き声にも聞こえる、声。
その方へと視線を遣れば、フランス人形にも似た、実に愛らしい容姿の少女が、蒼白した顔でこちらを見ていた。
いや、正確にはこちらを見てはいない。彼女の目は、ぐるぐると温室中を巡るように動いている。
そうして、この惨状を見て、叫んだのだ。
この場にいて、怯えでない声を上げるものなど、主たる魔女本人以外、考えられない。
「あれが、魔女か？」
一応、確認はして。ゆるりと視線を遣った縁が頷くのを見止めると、躊躇う暇さえないまま、肉薄した。
冥月自身、影を操る能力と暗殺者としての体術を有してはいるが、魔女の持つ魔法の類に対する耐性は、決して高くはない。
それを自覚しているからこそ、呪文を唱える、という時間を与えてはいけないことを、理解していたのだ。
もっとも、目の前の魔女は冥月を認識しているかも怪しいほど、憔悴していたけれど。
だが、油断などは微塵も滲ませぬまま、影を操り、魔女を束縛すべく、嗾けた。
「――無粋、ですのね」
静かな声が聞こえたのは、それとほぼ同時のことだった。
そして、魔女――幼い少女の前に、庇うように植物の葉が重ねられたのも、同じタイミングだ。
工場後に住み着いた、二人の、魔女。
忘れていたわけではないが、このタイミングで出てくるとは。
小さく舌打ちして、冥月は視線を遮るように少女を覆い隠した葉を、影の剣で切り捌く。
ざんっ、と鋭い音がして、葉がただの塵へと化す。
はらはらと舞い散る緑の幕の向こう側。先の少女と同じような容姿を持った金髪碧眼の女性が、少女を抱きしめるようにして佇んでいるのを、見つけた。
二人目の魔女。先の静かな声と葉の幕は、彼女の仕業に違いあるまい。
確信し、警戒を滲ませながら、少しだけ距離をとる冥月。
そんな彼女を、じっ、と見据え、女性は冷めた顔で尋ねた。
「何の御用かしら」
「覚えがないなら言ってやるが、貴様たちが撒いた薬のせいで迷惑を被ってる者がいてな」
じり――。間合いを詰めながら、続ける。
「何を考えているかは知らんが、貴様たちが害である以上、排除する必要があると判断したまでだ」
「まぁまぁ。それは、悲しいお話」
きゅっ。少女を抱きしめながら、寂しそうな声で呟いて。
けれど、顔だけは、それこそ人形のように凍りついたまま、瞬きの一つさえせずに、続けた。
「私たちも必死なの。この子達を育てるためには、ここは最適」
だから。
貴方たちが力ずくで私たちを退けようというのなら。
「私たちも、力ずくでこの場所を勝ち取るしかないの」
言うや、冥月の背後から無数の根を突き出させた。
表面は無惨だが、地中深く沈んだ根までは滅し切れていなかったようだ。
そして、華々しく地上で咲き誇る花よりも、こちらの方がよほど、厄介だった。
速度も鋭さも先の花以上。一瞬で刺し貫かれそうなほどの速さで迫ってきた根を、冥月は紙一重で交わすと、とん、と地を蹴って間合いを取りながら、先と同じように、影の剣で叩き切っていく。
先ほど以上の速力。先ほど以上の鋭さ。線では捕らえきれない、幾つもの根。
けれど、それに動じるような冥月では、ない。
「この程度か？」
魔女たちを振り返り、その足元に伸びていた影を操ってその身を拘束し。
自身に遅いか勝て来る根は、幕のように広く伸ばした影で纏めて包み込む。
そうして、収縮を繰り返すと、そのまま、ねじ切った。
ぼとぼとと、地面に落ちてはミミズか何かのようにのた打ち回る根を見据える冥月の瞳は、変わらず、冷たいまま。
魔女たちに――主導権を握り、植物を操っている大人の方の魔女にとって、冥月の強さは想定外だったに違いない。呼吸一つ乱さぬ所作に、愕然としたように大きく目を見開いたかと思えば、かくん、と膝を折って、その場に崩れたのだから。
呆気ない。
容易くついた勝敗。それでも、冥月はそれで終わりとはしなかった。
ゆら、ゆらと。彼女たちの周囲で、その動きを制限するように纏わり突く影は、先ほど根をしとめたのと同じように、少しずつ収縮する。
このまま彼女たちを包み込み、収縮させれば、先と同じように、その体を容易く壊してしまえるだろう。
勿論、魔女がそれに対抗する魔法を使おうとすれば、即座に貫き殺すことも、可能。
冷たい瞳が、魔女たちを見下ろす。
冥月が本気であることを理解したのだろう。何かを覚悟するかのように、少女をきつく抱きしめる。
華奢で白い腕が書き抱いている少女は、かたかたと、震え続けていて。
恐怖と悲嘆が、そこにはありありと、浮かんでいた。
そんなものも、ほんの一瞬で、断ち切ってしまえる。
けれど。
「……止めたりは、しないんだな」
ぽつり。誰にとは言わず当てた言葉。
存外、情の薄い男なのだな、とでも言うかのように、呟けば。
そうでもない、というように、笑われた。
「おぬしが良かれと思っていることを止めようとは思わん」
きっぱりと言ってのけた縁は、ちらり、冥月の表情を窺うように覗き込み、肩を竦めて続ける。
「それに……おぬしはわしが止めずとも、それ以上何をすることもなかろう？」
そう見えたから、組んだままの腕を崩すことも、引き結んだままの唇を開くことも、しなかったと。
しれっと笑いながら言う縁を、振り返りもせず。冥月は大きく、溜め息をついて。
「買いかぶりすぎだ」
呟くと、魔女の傍らに屈み込む。
「大人しく、去れ。この地は貴様たちを受け入れるようには出来ていない」
例え、この地に残り続ける手段があるのだとしても。
それを探してやるような義理は、ない。
今この状況下、冥月にとって、彼女たちが害であることは、紛れもない事実なのだから。
言葉の内に含まれた様々な意味を、彼女たちは十分すぎるほど、理解しているのだろう。
だから、何も言わない。
何も、言えない。
「……去れ」
さもなくば完全な排除も、やむをえない。
呑まなければ、決して情けをかけるつもりはないと、脅す意味以上に本心である言葉を吐いて。
それでも黙る魔女たちに、今度は、待つ時間を持った。
ざわざわ、ざわざわ。背後で、草花が蠢く気配を感じる。
主を護ろうとしているのか。それとも、やはり単純に、自分たちに害をなす者を排除しようとしているだけなのか。
冥月の後ろに立っている縁にも、それは感じられているはずだろうし、もしかしたら視認しているかもしれない。
だが、彼は何も言わない。危険だとも、早くしろとも。
それは決して、縁自身が冥月を信頼しているゆえの行為ではないだろう。
例えば、縁よりもずっと、冥月を理解し、信頼している存在を知っているから。
その存在が、何の疑いもなく、冥月をこの場所に遣ったのだから。
だから、何を言うでもなく、ただ黙って静観しているのだろう。
「……本当に、お前は買いかぶりすぎだな」
ちらり。初めてその悠々とした姿を振り返った冥月は、その背に、気力を振り絞るようにして今まさに襲いかかろうとしている植物に、再び、影の一閃を突き立てた。
――つもり、だった。
「もうやめて！」
悲痛な声。
応えるようにぴたりと静止した植物に、冥月もまた、その刃を止めて。
凶刃に挟まれた状況下でさえ微動だにせずに佇んでいる縁を、呆れたような目で見てから、再び、魔女たちを振り返った。
人形のように美しい容姿を持ち、それでいながらただの少女となんら変わらない感情をも備えている二人の少女は、互いの体を庇うように抱きしめあいながら、泣いていた。
「姉さん…姉さん……怖い……」
「大丈夫、大丈夫よ、リシル。ほら、この人は止めてくれた。優しい人なのよ」
姉の方の魔女が、必死に、リシルと呼んだ妹を宥めようと紡ぐ言葉は、けれど決して、その場限りの繕いではないのだろう。
じっ、と冥月を見上げた瞳は、悲しげに歪められてはいたが、怒りも恨みも、灯ってはいなかった。
「どうしても、去らねばならないことは、薄々、感じていました……それでも、私たちはここを離れてはあてもなかったの……」
だからと言って、ここに留まる気はない。
ここは、やはり、自分たちにとっては住み難い。
「でも……でも、もし、私たちがここにいられる術を用意してこれたら……その時は、受け入れてもらえると嬉しいわ」
ふわり。笑った魔女は、魔女と呼ぶにはあまりに純粋に、冥月を見上げる。
その顔に今更情けや罪悪感を感じるようなことはなかったけれど。
けれど、もしも本当に、ここにいられる術を彼女たちが用意してこれるというのなら、願いを受け入れてやってもいいと、そう、思ったから。
「好きにしろ。そこまで関与する気はない」
ぶっきらぼうで素っ気無いながら、応えを返すのであった。
去り際に、姉の魔女が瓶に入った薬を手渡してくれた。放っておいても試薬の効果は切れるが、辛いのであればこれを飲ませてあげるといい。そう、告げて。
「渡すのか？」
「そうでなければ受け取らん。あれを長引かせれば零が困るばかりだしな」
やれやれと言うように肩を竦めていながらも、その表情は穏やかだ。
完全に円満解決とは行かなかったが、後味の悪い終わりを迎えることもなく、どうやら、草間のあの状況も改善できそうだ。ともなれば、自然、表情が緩むのも何となく、納得できて。
やはり、この娘は優しいのだな、と、今度は口には出さずに思案して。
緩やかながら軽い足取りで興信所へと戻って、くれば。
出掛けにはなかったはずの煙草の煙が、ゆらり、入り口へと漂ってきて。
「おぉ、早かったな。何か急に楽になってなー。あぁ、やったんだなって判ったぜ。流石だな」
あっけらかんと。
草間なりの礼を言っているのだろうが、ぷかぷかと紫煙を燻らせながらの台詞に、冥月は呆れるより他なかった。
放っておいても効果は切れると言っていたけれど。
けれど、いくらなんでも早すぎるだろう。
「こやつ、存外丈夫にできているようだな」
「おいこら。存外って何だ」
縁と草間の、喧嘩腰のように見えて微笑ましげなやり取りに、興信所に入ったときの自分の行動が思い起こされる。
完成品をばら撒かれないようにするため、と思えば実にいい仕事をしてきたわけだが、それ以外の、たまの優しさや労わりは、殆どが無駄ということになるではないか。
落とさぬよう割らぬよう労わってきた小瓶が、イラッとした瞬間、握り潰されていた。
「……冥月……？」
かしゃん、と小さく響いた音に、次いで、冥月の拳からぽたぽたと零れてきたなんかの液体に、草間は驚いたというかきょとんとした顔で彼女を見るが。
そこには、すでにいつも通りの――いや、いつもより数段不機嫌の勝った表情の冥月がいて。
「治ったんなら……暢気に煙草なんぞ吸ってないで仕事をしろ、この…甲斐性無しが！」
握り締めた拳をそのまま、草間の顔面に叩きつける冥月。
驚き、慌てたように止めに入る零と、何が何だか判らず殴られっぱなしの草間と。
一発殴ってもどうも収まらない感じで、苛立ちも露に草間を見下ろす冥月と。
「くく……飽きんな、ここは」
するり、一人その場を退きながら、振り返り様に微笑む縁であったそうな。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【2778 ／ 黒・冥月 ／ 女 ／ 20 ／ 元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒】
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■ ライター通信 ■
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この度は【春風は唐突に】にご参加いただきありがとうございました。
影を使っての戦闘、できるだけ迫力が出るようにと努めましたが……相手が相手なだけに、盛り上がりには欠けてしまったかもしれません；
今回は個別の作品となっておりますので、別な視点、別な結末というものに興味がございましたら、是非にご覧くださいませ。
それでは、また機会がございますれば。
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