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<Bitter or Sweet?・PCゲームノベル>
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『隠滅(後編)―人質―』
何度も、大きく息をついた。
縛られた手を強く握り締めて。
落ち着け
落ち着け
自分に言い聞かせる。
鉄板の上から下りず、改めて周囲を見回す。
落ち着け、落ち着くんだ。
視点を変えて幸運な状態だと考えるんだ。
もし、自分が外にいたのなら。
何の迷いもなく、事務所へのドアを開けただろう。
その瞬間、全て終わっていたはずだ。
状況の理解もできず、何もかもが消え去っていたはずだ。
零が鍵を持っていなかったことも、幸運だった。
部屋に飛び散っている赤い液体も、大した量ではない。
ドアの方にも血の跡がある。ということは……。
呼んでも返事がないのは、意識がないからではなく、いないから。
草間はこの事務所にはいない。
命が目的なら、連れて行ったりはしない。
聞き出したいことがあるのなら、彼が沈黙を守っている間は大丈夫。
大丈夫、だから!
強く自分に言い聞かせ、気力を奮い起こす。
狭い事務所だ。
足の届く範囲に、多少でも物がある。
上半身に力を入れ体重をかけながら、足を必死に伸ばし、観葉植物や零が使っていた掃除道具を自分の方へ引き寄せていく。
それらを、板の上に乗せていく。
自分の体重分、乗せられただろうか?
シュラインは立ち上がりながら、金属板を見る。
すぐに糸が外れなければ……あの板にたどり着けるまでの時間が稼げれば大丈夫だ。
シュラインはそっと、片足を下ろす。
大きく息をつき、重心を移動する。そして、一気に駆けた。
噛み付くように、糸を口で挟む。
口と心に力を込めると、糸を引き抜く。
口を引いて、落ちる金属板の軌道を変える。
音を立てて、金属板は床へと落ちた。
シュラインは荒い呼吸を繰り返す。
続いて、換気扇のスイッチに目を向ける。
ガス漏れ時、換気扇は決して回してはいけない。
スイッチを入れたときに発生する花火で爆発を起こすことがあるからだ。
ガソリンを撒かれたこの部屋は……どうだろう。
時間が経てば経つほど、その危険性はある。
シュラインは再び勇気を振り絞り、肩で換気扇のスイッチを入れた。
部屋の隅へと移動する。
……。大丈夫、何も起きなかった。
とりあえず、一番危険な状態は脱したようだ。
シュラインは事務机に向い、ペン立てに入っていたカッターを掴む。
刃を出して、手を縛っているガムテープに当てた。
時間をかけて、ゆっくりガムテープを切っていく。
汗で、手が滑る。
手の平に傷がついていく。
焦りで、思うように手が動かない。
歯を食いしばりながら、シュラインは作業を続けた。
数分後、シュラインはようやく解放された。
汗を拭いながら、何度も何度も大きく息を吸い込んだ。
そして爆弾に近付き、構造を確かめる。
時限式ではないようだ。距離を隔てている導線を繋ぐものがなければ、爆発はしないのだろう。
「シュラインさん、シュラインさん! お巡りさんが交番にいません! 電話で連絡しましたが、少し時間がかかるそうです!」
「零ちゃん……」
零の声を聞き、シュラインは思わず座り込みそうになる。
だけれど、願っていたもう1つの声は聞こえない。
鍵を開けて、零を部屋に入れる。
「危険な状況は脱したわ」
警察を待っている余裕はない。
シュラインはすぐに、ファイルを収納してある棚に向った。
最近草間本人が担当した事件について調べ出す。
拳銃を所持していたことから、暴力団関係者や、密輸や麻薬組織に関わる事件と考えられる。
「シュラインさん、これは……お掃除しないと」
零は状況がわかっていないらしく、掃除用具を手にした。
「ううん、零ちゃんは周りの人に不審車両や武彦さんを見かけなかったかどうか聞いてきてもらえる?」
「兄さん、どうかしたのですか?」
「何者かに連れていかれてしまったの」
シュラインの言葉を聞いて、零にも状況が分かってきたようだ。
「わかりました」
掃除用具を放り出し、零は聞き込みに向った。
シュラインはファイルを見て回るが、抜き取られたファイルはない。
事件も最近はオカルト系が多く、一般の依頼は浮気調査程度だった。
草間が完全に隠しているか……それとも。
ずっと昔の事件か。
犯人はなぜ、自分を殺さなかったのか。
あのように、部屋に残したのは何故か。
それは多分、自分は人質だったのだ。
目を覚まして、動くまでの間。
誰かが訪れるまでの間。
その間に草間が彼等の欲している情報を提供しなければ――。
浮かんだ考えを首を横に振って否定する。
「シュラインさん! 兄さん黒い車に乗せられて、連れていかれたそうです」
零が事務所に駆け込んでくる。
目撃者はいたが、車の色と方向程度しかわからない。
どこに向えばいい?
闇雲に東京を走り回っても、見つけられるはずがない。
だけれど、事務所に留まってなんていられない。
「零ちゃん、誰から聞いたの?」
「下の階で働いている人です」
「分かったわ。零ちゃん、掃除はしないでね。警察の対応お願い。部屋の隅においてある爆弾には絶対触れたちゃだめよ」
零から目撃者を聞き出すと、シュラインは事務所から飛び出した。
目撃者から聞いた情報で、車の車種が判明した。
草間の事務机の中から、名刺を持ってきている。
昔、草間が仕事で付き合った人物の元を訪ねてみるつもりだった。
大通りに出て、タクシーを見つけたその瞬間。
「シュライン!」
強く肩を掴まれる。
シュラインは髪を振り乱して振り向いた。
「無事、だったか……」
そう言葉を発した人物は――草間武彦、その人であった。
シュラインは驚きのあまり、一瞬声が出なかった。
草間は僅かな微笑みを見せると、シュラインに手を伸ばした。
そして覆うように、凭れるように抱きしめながら意識を失った。
「武彦さん!」
名を呼びながら、シュラインは草間の首に触れた。
脈はある。
携帯電話を取り出すと、急ぎ119番に電話をかけた。
* * * *
何が起きたのかはわからなかった。
だけれど、今、自分は病院の中にいて。
ベッドの中には、大切な人の姿がある。
身体に沢山の包帯が巻かれてはいるけれど、ちゃんと呼吸をしている。
命に別状はない、と医者は言っていた。
警察の事情聴取にも応じず、シュラインはずっと草間に付き添っていた。
目を覚まさねば。
話を聞かねば、事情なんてわからない。
安全なのかも、本当に命に別状がないのかも。
深夜。
人々が寝静まった頃、草間は目を開けた。
「武彦さん」
眠らずに、ずっと草間を見ていたシュラインは、顔を近づけて彼の名を呼んだ。
シュラインの顔を見た草間は、小さく吐息をつき身体を起こした。
「すまん、大した怪我ではないんだ。ちょっと貧血を起こしたみたいだが……」
そして、こう続けた。
「巻き込んですまなかった。もう大丈夫だから」
シュラインは俯き加減の草間の頬に手を当てて、ぐいっと自分の方を向かせた。
「お昼に、私聞いたわよね? あの粘土について。どうして話してくれなかったの?」
草間は何も答えなかった。
シュラインは強い口調で言葉を続ける。
「危険と隣り合わせの職なのだから、多少でも危険性ある事に関わったなら事前に対処法確認しあうなり、最低でも話してくれなきゃ動きようがないじゃない。それに、巻き込んですまなかったって何? 私には関係ないとでもいうの? 私はあなたの……あなた、の片腕じゃないの!?」
草間は、自分に触れているシュラインの手を掴み、その腕を下ろさせた。
「片腕だが、護るべき対象でもある。シュライン、何故大人しく事務所で待っていなかった? 危険な状態にあるということは、お前ならわかったはずだろ!? お前はそんなに俺が信頼できんのかッ?」
それは、逆ギレとも思える言葉だった。
2人、睨み合う。
「私も零ちゃんも、護られるだけの女じゃないってことは、あなた自身が分かってることでしょう!? 信頼していないのは、武彦さんの方じゃない。危険な仕事だからこそ、携わる者達の結束や信頼が必要なのよ。オカルト関係じゃないからって、自分一人で対処できると思ったら大間違いよ!」
シュラインは草間の手を払いのける。
草間は、顔を顰めたまま何も言わない。
「……零ちゃん、心配してると思うから。一旦事務所に戻るわね」
そう言って、シュラインは一人、病室を出た。
呼び止める声はなかった。
* * * *
午前1時。
零は事務所で一人、待っていた。
草間の怪我の状態を伝え、零に休むように言った後――シュラインは一人、草間の事務机に向って椅子に腰掛けた。
零は言いつけを守り、掃除をしていなかった。
爆弾は警察が持っていたようだ。
まだ、状況は把握できていない。
分からないことばかりだ。
だけれど、確かなこともある。
事務所がある。
零がいる。
自分も無事で――草間武彦も無事であるということ。
すうっとシュラインの目から、涙が落ちた。
指で拭うが、次から次へと溢れ出る。
この椅子の傍で、庇われていただけで、何もできないでいた自分。
鉄の板の上で、感じた激しい恐怖。
草間の声を聞いた瞬間の衝撃。
彼のぬくもりを感じた時の安堵感。
口論の苛立ち。
――様々な感情が、シュラインの中で膨れ上がり、涙として溢れ出ていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0509(NPC) / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
NPC 草間・零
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターの川岸満里亜です。
Bitter or Sweet?・PCゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
オカルト系にするかどうか少し迷ったのですが、今回は現代らしい話にしてみました。
同時に発注いただきましたNPC視点のノベルの方も、近々納品いたします。
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