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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



 妖撃社の事務室のドアを開いた名護玲は、衝立にちょっとびくっとする。
 看板も出ていないが、ここで間違っていないはず。……たぶん。
「あら。いらっしゃいませ」
「あっ、えっと……よ、妖撃、社は……」
「ここですよ? ご依頼ですか?」
 現れた金髪の西洋人の娘に玲はどきどきしてしまう。可愛らしい女の子だ。こんな人形みたいに可憐な女の子が存在しているなんて。
「あ、い、依頼、に」
「あらあら。お話をうかがいますのでこちらへどうぞ」
 にっこりと笑顔で言われて、玲もつられて笑みを浮かべそうになる。いい人そうだ。これは安心できる。
 衝立で囲まれた来客用のソファとテーブルが視界に入る。座るようにと少女に言われ、玲は恐る恐る腰掛けた。
 しばらく待っていると、今度は別の少女が現れた。どこから見ても日本の女子高生だ。自分とそう年齢は変わらないだろう。
「依頼なのだそうで。責任者の私がお話をうかがいましょう」
 彼女は玲の向かい側に腰掛けると、こちらを安心させるように微笑んだ。
 玲は頭をさげる。
「はじめ、まして……名護、玲と言いま、す」
「はじめまして。葦原です」
「あの、依頼は、この街を案内、してもらいたい、です」
「……案内?」
 彼女はきょとんとした。それから首を傾げてくる。
 慌てて玲は言葉を続けた。いきなり案内しろと言ったら驚くのは当然だ。
「私、あの、沖縄からここに、来たばかり、で。家族の誰も、お知り合いとか、いない、です」
「沖縄から? 遠いところからわざわざ上京されたんですね……大変じゃなかったですか?」
「大変、だけど……。ここに来た、理由……は、おじいが、沖縄に、居られないって、だけ、で。すみません、詳しいこと、教えて、もらえない、です」
「いや、いいんですよ別に。うぅん、確かにそれでは地理に関しては困りますね。
 案内はこの辺りでいいんですか? 東京都全部を案内はちょっと難しいと思いますけど」
「あ、案内して、くれます、か?」
「いいですよ。でもうちが担当しなくてもいいようなお話でしたら、別のところを紹介しますけど」
「あの、私……広告、見て。あと、私……良くない感じな、ものに、あたり易く、て。酷いと、倒れたり、なので、もし、この辺りに、注意するところとか、あったら……教えて、いただきたい、です」
「…………」
「ここは、そういうの、に理解が、ありそう、で……。信じてもらえたら、嬉しいで、す」
 顔を俯かせる玲は、膝の上の拳を震わせる。仕事を引き受けてもらえなかったら、どうしよう。
「名護さん」
「あ、依頼、ですから。お小遣い、くらいですけど、持ってきまし、た。……足ります、か?」
「その依頼、お引き受けしましょう。心霊に困っている方をお助けするのも我が社の勤め。
 失礼ですが、お小遣いはお幾らですか?」
 財布をカバンから出して、玲は手を止める。こういう時は財布からというよりも、封筒に入れて出すべきだっただろうか。でももう遅い。
 一万五千、と少し。
「この仕事、移動料金は含めずということで五千円でお引き受けしましょう」
「えっ、い、一万、くらいかかるんじゃ……?」
「高校生には五千円でも大金でしょう。案内人は……今居る者になりますけど、いいですか?」
「は、はぃ」
 緊張して肩をすくめる玲は、葦原に感心してしまう。自分と同じくらいの年なのに、どうしてこんなに堂々とできるんだろう。
 彼女は依頼用の書類を出してきて、サインを促してきた。
「変なところはないか、きちんと文章をチェックしてくださいね。なんでしたら、読ませましょうか?」
「え? よ、読ませ、る?」
「長いですからね。アンヌ、ちょっといい?」
「はいはい。お呼びでしょうか?」
 衝立のない場所から、ひょこっと先ほどのメイド少女が顔を覗かせた。
「契約書を読み上げてもらってもいい?」
「お任せを」
「あ、い、いいで、す。読みま、す」
 書類を手に取り、玲は慌てて目を通す。難しい言葉が並んでいるわけではない。親切な文章で、読みやすい。
 サインをして、玲は書類を葦原に渡した。
「この仕事、うちの露日出マモルが担当します」
 彼女はそう言って、奥に向けて声を張り上げた。
「露日出さん! お仕事よ!」
「え、えぇ〜……?」
 奥のほうから気弱な声が戻ってくる。そして足音がこちらに近づいてきた。
 メイド少女の後ろから、フードを深く被った長身の青年が現れた。玲も女性としては高いほうだが、それよりさらに上をいく。
「こちら、名護さん。この周辺を案内して欲しいんですって。あと、霊的なものとか、悪いものとかにあたり易いそうだから、そのへんも気をつけて教えてあげて」
「え……? で、でも俺、霊感ないけど」
「ないけど、あなたは気配を感じることくらいはできるでしょう?」
「そ、そりゃあ……そのくらいなら」
 もじもじする彼に、葦原は苛立ったようで眉を吊り上げている。
「我が社のモットーは!」
「こ、困っている人を助けることですっ!」
 反射的に応えてしまった青年は、うぅ、と唸った。「わかりました」と渋々頷く。
 葦原は玲のほうに向き直ると、にっこり笑った。
「彼がうちの社員、露日出マモル。あなたを案内する者です」
「よ、よろしく……お願い、します。名護、玲、です」
 立ち上がって頭をさげる玲に、彼は慌てる。
「えっ、あ、つ、露日出です」
 ぺこっ、と頭をさげた彼は勢いよく顔をあげる。フードがとれて、彼は悲鳴をあげて衝立の向こうに隠れた。
 一瞬見えたが……耳が、頭になかったか???
(気のせい……?)



 妖撃社から外に出ると、青年はフードの奥から遠慮がちに微笑んでくる。
「改めて、あの、よろしく、ね?」
「よ、よろしく……お願い、します」
「えっと、とりあえず歩こうか。周辺といっても、危ないところを教えながらのほうがいいってことだし……。あ、そうか。危ないところだけ覚えてもらったらいいのかな……」
 ぼんやりと呟く彼は、玲を見遣った。
「俺は露日出マモル。あの、呼びやすいように呼んでくれていいから。妖撃社の社員ではあるけど、一番キャリアが短いんだ」
 苦笑して歩くマモルを、玲は見上げる。銀色の瞳が見えた。綺麗だ。
「若いのに、社員って……すごい、です」
「いや、事情があってあそこに所属してるだけなんだ。
 あ。あそこの道はえーっと……よくないから近づかないようにね」
 店と店の間の細い道をうかがいつつ、マモルは指差す。玲はそちらを見て、おろおろした。覚えると言ってもいきなりは無理だ。
 マモルはそれに気づいたようで、メモ帳を取り出して、一枚千切った。そこに書き込んでいく。
「ちょっと待ってくれる? 下手だけど、地図書いてあげるよ」
「え……?」
 驚く玲の視線には気づかず、マモルは道の真ん中に突っ立ったままでメモ用紙に細かく書き込んでいた。
 完成したそれを、玲に手渡す。確かに線が震えていて、お世辞にも上手いとは言えない。
(……私のため、に……?)
 わざわざ?
「今がここ。妖撃社を目印に書いてるから……えっと、わかる? 大丈夫?」
「大丈夫で、す」
 ……嬉しい。こんなに親切にしてもらえるとは、思っていなかった。仕事だから優しくしてくれるのだろうが、それでも嬉しい。
 感動しているが、その気持ちが表に出ないのでおそらく彼には伝わらないだろう。
 マモルは安心してほっと微笑む。
「じゃ、行こうか」
「…………」
 こくんと頷く玲は彼の横を歩き出した。マモルは玲の歩調に合わせてくれている。そんな小さな気遣いも、嬉しかった。

 メモ用紙に書かれたお手製の地図に、玲は次々に書き込んでいく。マモルに借りたボールペンは細くて少し書き難かった。
「ご、ごめん……。俺、気配しかわからないからはっきりと何があるのか言えないんだ……」
「それでも、いいで、す。大丈、夫」
「でもこの周辺にはあまりいないな……」
「そう、なの?」
「うん。たぶんうちの誰かが定期的に退治とかしてるんじゃないかな。感じるのは、ぼんやりしたものばかりだし……。なんていうか、ホコリとかが自然に溜まる場所というか」
 玲は自分の手元の用紙に目を落とす。確かにそれほど多く書き込めてはいない。だがこれで、妖撃社までの安全な道のりは幾つか確保できた。
「もっと歩く範囲を広げてもいいけど……名護さんが疲れちゃうよね。背負って運ぶわけにはいかないし」
 行き交う人々を眺め、マモルは嘆息した。
「そろそろ戻ろうか」
「え……でも」
 戻るのが惜しいと少し思ってしまう。なんでこんなことを思っているのか、不思議でならない。
 メモをきゅ、っと握る玲に、マモルは微笑んだ。
「この辺りはだいたい案内したし、帰って地図をコピーしてもらうよ。そこに書き込んだほうがわかりやすいし、そろそろ誰か戻ってると思うしね」
 控えめに言うマモルは、フードを引っ張って深く被った。さらに顔が見えなくなる。
 マモルと共に妖撃社に戻った玲は、再び来客用のソファに座って待たされた。10分ほどで、マモルが姿を現す。
「はい。これどうぞ」
 コピーしたらしい周辺の地図に、色とりどりのペンで書き込みがされている。
 受け取った玲はマモルを凝視した。自分がメモした部分よりもさらに広い範囲だというのに……。
「いつも持って歩けというわけにはいかないから、覚えたら捨ててね。あ、これはちゃんと霊感ある人に書き込んでもらったから安心だよ?」
「あ、ありが……とう」
「どういたしまして」
 にっこり微笑むマモルの顔は、フードで隠されてはっきり見えない。
 玲は視線を泳がせてから、おずおずと尋ねる。
「あの、またここに、来ても……いいです、か?」
「え? あ、うん。たいしたおもてなしとかできないけど……。仕事の邪魔をしないなら、双羽……支部長も怒らないと思うよ?」
「……そ、そう、なんだ」
 安堵する玲は室内を見回す。ここは静かで落ち着く。それに……。
 視線をマモルに向けた。彼はきょとんとしている。
(ここの人たち……いい人、ばかり、かな)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7385/名護・玲(なご・ほまれ)/女/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、名護様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 妖撃社へのご依頼はどうでしたか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。