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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


不倫調査

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OPENING

「…これはまた濃ゆい写真だな」
差し出された写真を手に取り見やって苦笑する武彦。
写真には、ちょっと年老いた女とダンディな男が、
胸焼けしそうなくらいの濃厚なキスをしている様が映っていた。
「ここまで知っているのなら、離婚すべきだとお思いでしょう?」
「あぁ、そうだな」
「怖いんですよ…この歳になって一人になるのが」
「じゃあ何か?連れ戻して来いってことか?」
「いえ…ただ、妻の気持ちを知りたいんです」
「はぁ。面倒くさいねぇ、あんたも」
「はは…お恥ずかしい」
俯いて切なく微笑む男性。
今回、興信所に依頼を持ってきた依頼主だ。
依頼内容は、不倫調査。
妻が不倫しているとのこと。
決定的な写真もあることから、問い詰めれば言い逃れはできないであろう。
けれど、この男性は、問い詰めることをしなかった。
妻が不倫しているのではと疑い始めて、今日でおよそ五年。
その間、一度たりとも。問い詰めようとはしなかった。
男性は今年で五十九歳。定年退職を迎える目前ということもあり、
離婚して、残された人生を一人で過ごすことに不安と恐怖を抱いている。
男性は、ただ聞きたい。妻の気持ちを。
もしも自分に対しての愛情が、もうないと言うのなら、
やむをえない…と、離婚を決意するつもりでいるようだ。

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(綺麗な人よね、うん)
依頼人が持ってきた、数枚の写真を眺めつつ思うシュライン。
確かに、依頼人の妻には年齢を感じさせない可愛らしさがある。
けれど、問題の不倫写真からは可愛らしさを感じることはできない。
何というか、武彦が言ったように…濃いのだ。具合が悪くなるほどに。
熱愛中なのは見てとれるし、結構なことなのだが、
心を痛めている『男』がいる事実は拭い去れない。
依頼人の妻は、一年前からマンションを購入し、
そこで生活しているのだという。
不倫を疑い出して四年が経過したところで、
ようやく露わに…目の届かないところへいったということだ。
依頼人は、某大企業の社長。
この不倫写真は、部下に探偵のような行為を頼んで入手したものだそうだ。
(うーん…)
依頼人の表情を見つつ、思案するシュライン。
二人とも、歳を重ねた大人なわけだし…。
だからこそ、ここで離れてしまうのは悲しいわよね。
お二人には素敵な出会いがあって、愛を育んできたんだろうから。
それにしても…別居、かぁ。
チラリと武彦を見やるシュライン。
武彦は「ん?」と首を傾げた。
シュラインは「何でもない」と小さな声で返し淡く微笑む。
私が別居…するなんてことは、ないだろうなぁ。
…ときどき、ムカッとしたら出ていっちゃうけど。
プチ家出みたいなものだしね。
翌日には何事もなかったかのように戻ってきちゃうし。
私達は夫婦、ってわけじゃないけれど。
それでも、いつも傍にいる人がいないと寂しいものよね。
夫婦なら、尚更だと思うわ。
こんなに広いお屋敷なんですもの。
一人で過ごすのは、切なくて心細いでしょうね…。
シュラインは切ない笑顔を浮かべつつ、
依頼人に、あれこれと質問した。
奥様が離れていくことに、心当たりはないだろうか。
何か、約束を忘れていたとか、酷いことをポロリと言ってしまったとか。
このくらいの年齢の女性は、非常にデリケートだ。
歳を重ねたからこその脆さを備えている。
何気ない一言で、激しく心を痛めたりもしてしまうのだ。
「…いえ、特には浮かばないですね………あっ」
ふと、何かを思い出したかのように目を丸くする依頼人。
「何か?」
シュラインが尋ねると、依頼人は俯き黙り込んでしまう。
どうやら、思い当たる節があるらしい。
言いたくないのなら、言わなくても構わない。
彼が、すべきことは、たった一つだ。
「じゃ、行くか」
「そうね」
シュラインと武彦は、依頼人を連れて行く。
妻がいる、マンションへと…。

*

「わ、私は…どうすれば…」
困りきった表情でオロオロする依頼人。
そんな依頼人に、シュラインは告げた。
「素直に、思いの長を伝えれば良いだけですよ」
何のことはない。この二人は、今も愛情で繋がっている。
どうして、そう思うか?
それは、依頼人の ”思い当たる節”と通じているの。
おかしいとは思ったのよ。
もう愛情がないのなら、スパッと別れてしまえばいいもの。
依頼人の奥様に対する愛情は、十分に伝わってる。
こんな依頼をしてくるんだもの。言わずもがな、だわ。
でもね、奥様の旦那様に対する愛情も、ちゃんとあるの。
ちょっと複雑に絡まってしまっているけれど、確かな愛情があるの。
だって、別れようとしないんだもの。

電話で呼び出され、外へと出てくる依頼人の妻。
依頼人と妻は向かい合うも、互いに目を逸らしたままだ。
これが二人のイケないところ。
目を逸らしてしまっては、相手の顔が見えない。
相手が何を思っているか、それを悟ることができない。
目を見れば、すぐにわかるものなの。
相手が今、何を思っているのか。
同じ時を過ごしてきた夫婦なら、尚更。ね。
「グダグダすんな」
苦笑しつつ、ぺしっと依頼人の背中を叩く武彦。
武彦のそんな言動に、シュラインはクスクスと笑う。
背中を押され、意を決したのか。
依頼人はスッと顔を上げ、妻の顔をジッと見つめた。
相変わらず美人といえど、しわが増えた。
白髪も…増えた。少し、化粧も濃くなったかな。
久方ぶりに見つめる妻の顔。
出会った頃を思い返して、その時を比べることで。
妻も老いたなぁ…と実感することができる。
そう実感しているのは、妻とて同じこと。
誰もが羨む美青年だった旦那。
自慢の旦那。けれど今は、おじいさんだ。
背中も曲がってしまい、目に宿っていた鋭さもない。
ひげも伸びっぱなしだ。きちんと剃りなさいって…いつも言っていたのに。
老いた、最愛のパートナー。
互いに顔を見合わせて、依頼人と、その妻はクスクスと笑った。

何のことはない。迷ってしまっただけ。
歳を重ねたが故に、迷ってしまっただけ。
キッカケは、ほんの些細なこと。
依頼人が、うっかり妻の誕生日を忘れてしまった。
ただ、それだけ。
けれど、それだけのことで二人の関係は危うく揺れた。
怒っているわけじゃなかった。
ただ、切なかったのだ。
どうして、こんなに切なくなるのか。
妻は、自分でも理解らなかった。
けれど、思ってしまったのだ。
ふと、この人と最期まで時を過ごせるのだろうか、と。
二人で歩いてきた確かな道が霞んだ。
それまで疑うことも不満を抱くこともなかったのに。
旦那と過ごす時間に満足と、自信を抱いていたのに。
女性はデリケートだ。
この歳になれば、尚更のこと…。
違う男性と時を重ねて、愛を重ねても、無意味だった。
すぐに気付いた。自分のやっていることが、いかに浅はかなことか。
わかっていたのに。自分には、最愛の人がいることを。

*

「男と女、って難しいわよねぇ」
しみじみと言うシュライン。
武彦はクックッと笑って返す。
「なぁにババくせぇこと言ってんだ」
「あ、ひどい。今の傷ついたわ」
「あはは。ごめんごめん、よし。デザートでも奢ろうか」
「え、本当に?」
「それで、お前の機嫌が直るなら、いくらでも」
「………(微妙だなぁぁぁ)」
シュラインと武彦も、いつか依頼人と妻のように…。
糸が縺れてしまう日がくるのだろうか。
…仲良く腕を組んで歩く二人の背中を見る限り、その心配はなさそうだ。

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■■■■■ THE CAST ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂ / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

■■■■■ ONE TALK ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

こんにちは。いつも発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。
気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ宜しく御願いします^^

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2008.04.24 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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