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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―松―】



 仕事はスーツ姿。サラリーマンや営業マンというわけではないが、この格好だと気が引き締まるからだ。
 宵守桜華は妖撃社の入っている建物を見上げる。支部長である双羽に言われたことを思い返した。
(力に対する責任は常に念頭に置いてやってきた積もりだが……改めて言われると、一層気を引き締めなきゃだぜ。俺個人だけじゃなくて会社の体裁も掛かってる事だしな)
 二階へと進み、ドアを開く。何かいい仕事があればいいが。



 双羽の言葉に桜華は瞬きをした。
(何? 初仕事はサポートが付くですと?)
 桜華が仕事の掲示板から持ってきた調査書を眺めていた双羽は、こちらを見てくる。
「監督役も兼ねてもらうけれどね」
「……有り難い。仕事の流れとかの確認も有るだろうし」
「そう」
 双羽は調査書をこちらに戻してきた。受け取った桜華は彼女の言葉を待つ。
「あなたには遠逆未星をつけるわ」
「トオサカミホシ?」
「すごい美人だから驚くわよ。仕事にはいつ取り掛かるの? 今晩でも構わないけど」
「では今晩で」
「そう。ではそのように手配しておくから。
 宵守さん」
「はい?」
「失敗しても構わないわ。社員がなんとかするから。だけど、無理はしないで。命の危険があるなら逃げても構わない」
「ですが……」
「命を懸けろなんて、私は言わない。うちの社員を守るのも私の役目なの。
 使う武器とかあったら事前に申請してね。建物を破損する恐れがあるものだと、対処しないといけないし。
 仕事が終わったら報告書を提出してもらうわ。破損したものとか、できるだけ細かく書いてね」
「報告書ですか。分かりました」
 そのあたりはサポートに付く人物にでも訊けばいいだろう。

 支部長室を出て、桜華は室内を見回した。しばらくここに居たほうがいいだろう。
 打ち合わせとまではいかないが、サポートにつくというトオサカミホシに会うべきだ。
「あの」
 部屋の左奥に配置されている社員のデスクが並ぶ場所を覗き、声をかける。
 フードを被った長身の青年が、イスをこちらに回して見てきた。少し不気味だ。
「……なに?」
「トオサカミホシさんは? 仕事に一緒に行く様に言われてまして」
 青年は人差し指で、壁際にある長いすを示した。
 帽子で顔を覆うようにし、寝そべっている娘がいる。すらりとした体躯の持ち主で、長い黒髪。彼女がトオサカミホシ?
 近づいて見下ろすと、彼女は帽子を少しずらしてこちらを見てきた。
「宵守桜華です。宜しく」
「…………」
 目を細めた彼女は起き上がった。帽子をとり、再度こちらを見てくる。これはまた……。
(……確かに凄い美人だ)
 前世で見た様々な美女たちと同等の、美しい少女だ。無表情で冷たい瞳なのが残念になる。
「今晩の此の仕事を一緒に担当する事になったので挨拶に」
「…………キモいわね、あんた」
「…………」
 きもい?
 目を点にする桜華から視線を外し、ミホシは軽く息を吐いた。
「中身がぐちゃぐちゃ。器の許容量をごまかしてる。勘違いヤロー。自覚したらオシマイ。未熟」
 彼女は立ち上がって紫色の帽子を被る。背中に届きそうな長い黒髪がさらりと揺れた。
「遠逆未星よ。あんたのお守り役」



(俺自身は基本無手だから申請は必要無し。場所は私立の高校。廃校というわけじゃ無いんだな)
 だとすれば、戦闘での被害を考えなければならない。
 夜の8時……すっかり静まり返った高校の校門を前に、桜華と未星は立っていた。丘の上にあるこの高校はそれほど近くに民家などはない。だからといって、騒がしくするわけにもいかないが。
「学生が何人か襲われているという事だが、調査書に因れば校内に何者かが潜伏している恐れは無いそうだが」
「…………」
 反応しない未星は昼間と同じ格好だ。紫色の帽子を被り、ジーンズをはいている。
「学生は全て部活を遣って居て、遅くまで学校に残って居たところを襲われたという事だ」
「繰り返すな。調査書には私も目を通してる」
 言外に「うるさい」と言う彼女に、桜華は口を閉じた。
 校門に手をかけて、未星は開ける。そして中に踏み込んだ。桜華はそれに続き、校門を閉めた。

(襲われた学生達は皆昏睡中。倒れて居るところを発見された)
 依頼者は学校の教師。確か2年1組の担任とか。
 校舎の中は静まり返っている。懐中電灯をとりあえず持ってきた桜華と違い、未星は手ぶらだ。見れば見るほど彼女は惚れ惚れするほど美人である。
(……高校生くらい。という事は、俺とは約十は年齢差が有るのか)
 そんなことを考えつつ、標的のことを思い始める。
(鬼が出ても蛇が出ても、遣る事はシンプルだ)
 ただ危ないのは、ここが現在も運営されている学校だということだ。
(下手に打っ壊したら、なぁ……?)
 標的の数と質は現時点ではわからない。
(雑魚が出て来た場合は其れの掃討だな)
 無言の未星は桜華に倣って歩いているだけで、何も言ってこない。
(話し合いで解決すると一番良いのだが)
 まぁ戦いになったらなったで、望むところである。
 調査書からすれば、原因があるのは学校全体だということだ。染み付いた感情に学生たちが影響されてしまったのではということらしい。
 ぱたぱたと誰かが横を通った。こんな時間に?
 桜華は走っていく学生を止めようとして驚いた。あれは高校時代の自分だ。顔つきのせいで女生徒に避けられていたのをよく憶えている。
 よくわからない感情が渦巻いた。
 若い頃に戻りたい。過去に戻ってやり直したいという強烈な感情が押し寄せる。
 学生の自分はぴたりと足を止めてこちらを振り向いた。
「なにやってるんだよ、おまえ」
「…………」
「ほらこれ」
 いつの間にか手に持っていた何かを見せた。それは小学校の時に書いた作文だ。確かタイトルは『将来の夢』。
「おまえなんて俺は認めないよ。25歳の俺は、そんな姿じゃない。過去世なんてどうでもいいよ。割り切ってる? 振り回されてるじゃん。じゃなかったら、『そんな姿』のわけないもん」
 唖然とする桜華に、少年は告げる。
「過去は過去。違うね。割り切ってるなら、別の生き方をすべきだよ。過去に影響されてそんな仕事してるなんて、同じことじゃん。また異常者の道を歩くのか?
 普通の生活が恋しくないわけ? 普通に恋して、彼女作って、結婚して。それすらできないくせに、なにやってんの?」
 ハッとした時は誰もいなかった。桜華は周囲を見回す。未星の姿はない。
(今のは何だ?)
 ゆっくりと横を見ると、廊下の窓ガラスに自分の顔が見えた。高校生の、自分だ。
 ガラスに映る自分が囁く。
「『俺』は別に術なんて使えなくていいんだよ。望んでないんだよ。そんな特別なんて、なりたいわけじゃなかった。
 おまえはなんか勘違いしてないか? 結局さ、過去に侵されてるんだよ。だって『俺』がなりたかったのは――」
 崩戒を使えばなんとかできるのではないか? そう『過去』の自分が言ってくる。だがそれは『自分』ではなくて。
 桜華は再び我に返った。
 いつの間にか自分は構えていて、何かしたらしい。感覚からすると崩戒を使ったようだが……未星に腕を掴まれていた。
「遠逆?」
「やり過ぎよ。あんたは少々自覚が足りないようね。あまりに連発すると、今の肉体は簡単に壊れるわよ」
 見れば廊下の窓ガラスの3枚ほどが粉々にされていた。
「……嗚呼、悪い。有り難う」
「……あんたその喋り方なんとかならないの? 気色悪いのよ」
「?」
「かっこつけてんだか癖なんだかしらないけど、聞いてるこっちは鬱陶しいのよね」
 侮蔑感をたっぷりと込めて言う未星はきびすを返して歩き出した。
 慌てて追いかける桜華は未星に叫んだ。
「仕事は如何する!?」
 彼女はぴたっと足を止めて振り向いた。
「おまえが終わらせただろうが。それと、その気色悪い発音をやめろ!」



 報告書を眺め、双羽は眼鏡を押し上げた。
「宵守さんが溜まってた念を掃除した形で依頼完了ね。ふ〜ん。
 で、どうだった?」
「如何だったとは?」
 危なく自分も影響されそうだったのだが、それを訊かれているのだろうか?
「初仕事でしょう? 期待していた戦いはできなかったから、がっかりした?」
「がっかりなんて事は」
 よく考えれば、予想はついた。
 未星はそれがわかっていたのだ。あの調査書と場所で、見当をつけていたはず。
 学校という場所は意外に狭く、あんなところに「敵」が潜伏するとなると大勢ではない。よくて単体だ。だが今回は違った。襲われた学生は昏睡していたが無傷なのだから。
「遠逆さんは辛口だし、慣れてないと難しい相手だったとは思うけど……。
 んー……」
 双羽は顔をしかめ、それからこちらを見てくる。
「この報告書、宵守さんが書いたの?」
「そうですけど」
「……漢字まみれね」
 普段、自分が喋る時も漢字の部分を意識して発音しているので、字を書く時にもそれが出てしまうのだ。
 桜華に向けて報告書を彼女は差し戻した。
「読みにくい。書き直し」
「え……書き直しですか?」
「当たり前でしょう。自分一人が読むんじゃないのよ? 日記じゃないんだから、他人にも読みやすいように書いて」
「…………」
 渾身の出来だと思ったのに……。
 喋る時は気にしなくてもいいのに、ここで問題が発生するとは……。
「それと、こことこことここ、漢字間違ってるわよ」
「え?」
 ボールペンの尻で指摘してくるところを見るが、書いた当人である桜華には間違っているかどうかがわからない。長く生きた過去も、間違って覚えていたら同じことだ。
「ここの意味もワケわかんない。『急に』って意味だけど、全部通すとまったく意味が通じなくなるんだけど……」
「……其処は間違っています。その様な意味とは思っていなくて……」
「……よかったわね、見られたのが私だけで。
 というわけで、書き直し」
「……はい」
 現役の女子高生に指摘されるとは……。いや、見られたのが支部長だけだし、彼女はきっと口外しないはずだ。
「直ぐ直して来ます」
 ぺこ、と頭をさげて桜華は部屋をあとにしたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4663/宵守・桜華(よいもり・おうか)/男/25/フリーター・蝕師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、宵守様。ライターのともやいずみです。
 初仕事は無事に完了したようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。