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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


そうだ、花見をしよう!


●序

 草間興信所に、ちまっと小さな子どもが現れた。ぱっと見、来年から小学生? と聞きたくなるほど小さい。
「噂はかねがね聞いている。お前が、草間か」
「そうだけど、お前。年上に対する礼儀ってもんが」
 草間がそういうと、彼は大声で笑う。腹を抱え、大変に楽しそうに。
「すまない。年上に対するというのならば、お前が私に礼儀を払わねばならんぞ」
「どういうことだ?」
「私は、齢百歳になる」
 草間は「馬鹿な」といおうとし、ぐっと言葉を飲み込む。
 今までの経験からして、目の前の子どもは自分を「怪奇探偵」と知ってきているのだ。つまりは、怪奇現象。
 全うな探偵になりたいのだが、と草間は心で呟く。いまさら、言っても何もならないのだが。
「私は、桜だ。町外れにある神社内に普段はいる」
 彼はそう言い、草間に場所を教える。彼のいう神社は、聞いたこともない神社だった。周りに住む人間も少なく、交通の便も良くないという事で、花見客はほぼゼロなのだという。
「折角の百歳だ。盛り上げてもらおうと思ってな」
 毎年の寂しさを思い、彼は言う。毎年、美しく咲き誇る自分を見に来るのは、散歩がてらに見ていく近所のものたち。それに不満があるわけではないが、他の花見とは違っているのは確かだ。
 だからこそ、今年くらい。百年を迎えた今年くらい、賑やかな花見をして欲しいのだという。
「食べ物や飲み物は、何を持ってきてもいい。何人来てもいい。誰が来てもいい。ただ、花見の後で片づけをしてくれればいい」
「花見をすればいいんだな?」
 草間の言葉に、彼はくつくつと笑う。
「年上に対する礼儀が欠けておるが、良いのか?」
 悪戯っぽく笑う彼に、草間は拳をぐっと握り締めながら「良いんですか」と言い直す。
「そうだな。ついでに、何か芸でもしてもらおうか」
 心底楽しそうに、彼は笑った。


●人集めをしよう!

 草間は、とりあえず興信所の掲示板に張り紙をする事にした。興信所には頻繁に人の出入りがあるし、そこで目に留めた者達が声をかけてくればいい。大体、こういったものには目ざとい者達が多いのだから。
「あら、武彦さん」
 張り紙を張って暫くした後、興信所を訪れたシュライン・エマ(しゅらいん えま)の目に早速留まったようだ。シュラインは張り紙を見つめ、草間の方を見てにっこりと笑う。
「お花見するの?」
「いや、しろっていう依頼だ」
 かいつまんで説明をすると、シュラインは「ふうん」と言いながら考え込む。
「どうしたんだ?」
「桜さんの許可は貰ったんだから、神社やそのご近所の方に連絡を入れて、地面の使用許可をいただいておきましょうか」
「そこまでするのか?」
「先に断りを入れておけば、揉める事もないわよ」
 シュラインの言葉に、草間は「なるほど」と言ってため息をつく。
 こういった事は、草間では頭がそこまで回らない。ただただ感心するばかりである。
 一方、シュラインは手際よく電話で連絡を入れていた。電話帳で住所を調べ、丁寧に電話をかけていく。
 一通りかけ終えた後、シュラインは小さく笑った。
「電話したら、何人かは差し入れを持って参加しに行くって言ってたわ」
「中々、大々的なお祭りみたいになるな」
「ええ。賑やかになるわよ」
 シュラインはそう言い、更に「そうだわ」と嬉しそうに声をあげる。
「せっかくだから、キャサリンちゃんや熊太郎さん達にも、連絡を入れてもいいかしら? 武彦さん」
「あの不思議生命体どもをか?」
 草間は明らかにいやそうな顔をする。というか、あまりいい思い出が無い。
「あら、駄目?」
「そ、そんな事はない。賑やかになるからな、いいんじゃないか」
 いやそうな顔をあっさりと覆し、草間は頷く。別に、駄目だとか嫌いだとかそういうわけではない。ただ、いい思い出が無いだけなのだから。
 何ともいえぬ草間を他所に、シュラインは各自に電話をかける。なんとも楽しそうな電話の様子に、草間は苦笑交じりに「仕方ないか」と呟いた。
「あ、ため息を一つつくと、一つ幸せが逃げるのです」
「うわっ」
 いきなり声をかけられ、草間は思わず声を上げる。草間の声に何事かと、電話を切ったシュラインが振り返り、くすくすと笑う。
「あら、いつの間に来ていたの?」
「さっきなのです」
 にっこりと笑いながら、マリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)は答える。
「ちょうどよかったわ。ねぇ、一緒にお花見へ行かない?」
「お花見、ですか?」
 シュラインの言葉に、きょとんと小首をかしげる。草間が事情を説明すると、マリオンはぱあっと顔をほころばせる。
「それは楽しそうなのです。是非とも、一緒に行きたいのです」
「よかったわ。たくさん人数がいる方が、楽しいものね」
 にこにこと笑いながら言うシュラインに、マリオンはこっくりと頷く。
「だったら、キャサリン達も呼んだらいいのです」
「さっき電話したら、スケジュールを確認してみるって言っていたわ」
「楽しみなのです」
 キャサリンが来るかもしれない、と聞いて、マリオンは嬉しそうに頷く。
「人数が増えるから、色々持っていかないと。お重にお料理をつめて、桜さん用にお米のとぎ汁を。あと、食器とか、敷物とか……お絞りもいるわね」
 シュラインが指を折りながら確認する。
「だったら、私はお弁当を他の人に期待して、お菓子をたくさん持っていくのです」
 マリオンはにこっと笑い、それから「ええと」と言って指を折り始める。
「桜餅、三色団子、みたらし団子といった和菓子に、飲み物は日本茶と」
「随分渋いな」
「紅茶!」
 最後に出た言葉に、草間はがくっとすべる。和系で来たと思いきや、紅茶。
 そんな草間を見て、マリオンは「大丈夫なのです」と言って笑う。
「草間さんには、白酒をあげるのです」
「そりゃ、どうも」
「んー……ブランケットも必要かしら。粕汁を作って持っていこうかとは思うけれど」
 シュラインはそう言いながら、窓の外を見る。いい天気ではあるが、まだ春の初め。日差しで暖かいとはいえ、動いていなければ少し肌寒い。
「ゴミ袋も持っていくのですよー」
「そうね。ゴミ袋も忘れずに持っていかないと」
 きゃっきゃっと楽しそうに話すシュラインとマリオンに、草間が「多くないか?」と尋ねる。
「そんなにたくさん、手で持っていけるのか?」
「そうねぇ、多いようなら車で運ばないといけないわね」
 シュラインがそういうと、マリオンが「車ですか」と言って、嬉しそうに笑う。
「お花見の前に、ドライブも楽しめるのですね!」
 嬉しそうなマリオンに、シュラインと草間は顔を見合わせ、その後にっこりと笑って頷いたのだった。



●花見準備をしよう!

 花見当日、集合場所である神社にはたくさんの人でにぎわっていた。
「なんというか……凄い事になったわね」
 車から荷物を降ろしつつ、シュラインが言った。目線の先にある神社には、近所の人達が一足先にお花見をしていた。
「あ、でもちゃんと僕らの場所は空いているのです」
 シュラインを手伝いつつ、マリオンは言った。指差す先には、なるほど、大きな桜の木の下が空いている。よく見ると「草間興信所一行様」というプラカードまで置いてある。
「なんだよ、超にぎわってるじゃん」
 辺りを見回し、守崎・北斗(もりさき ほくと)が言った。話ではあまりにぎわっていないから、という事で花見をするはずだった。それが、聞いていた話と全く違う。
「ここで今日お花見するとは伝えたんだけど」
 シュラインの言葉に、守崎・啓斗(もりさき けいと)は「なるほど」と頷く。
「皆、桜につられてきたという事か」
「失礼な言い方だな」
 桜の木の下、少年がちょこんと立っていた。桜だ。
「本当に桜なのね」
 石神・アリス(いしがみ ありす)はそう言って少年を見て微笑んだ。少年はじっとアリスを見つめた後、苦笑しながら「やれやれ」と呟いた。
「ともかく、周りの住人も盛り上げてくれている。お前たちも、早く宴会を始めるといい」
 彼はそう言い、自らの根元に手招きする。それを受け、荷物を持って集合した面々は桜の根元へと進む。
「中々盛況ですねぇ」
 敷物を敷いて準備していると、木野がキャサリンを抱えてやってきた。手には怪しげなガラス瓶が三本入った紙袋を持っている。
「おう、木野。久しぶり」
 北斗が声をかけると、木野は「あ、どうも」と言って笑った。
「キャサリン、元気なのですか?」
 マリオンが尋ねると、キャサリンはぐにっと頷く。
「会いたかったぞ、きゃしー」
 啓斗の言葉に、キャサリンは再びぐにっと頷いた。
「あら、今野さんやマッチ君は?」
 シュラインが尋ねると、木野は「それが」と言って紙袋を持ち上げる。
「用事があるそうで、これを押し付けられちゃいました」
「それ、何? 重そうだけど」
 アリスが尋ねると、木野は苦笑交じりに紙袋の中を見せる。
「お酒、だと思われる液体です。しっかり薄めてから飲むようにとのお達しつきで」
 木野はそう言い、エタノールが余ったために苺と蜜柑、それにパイナップルの三種類で果実酒を今野が作った事を告げた。
「木野、エタノールはやばいって。せめて梅酒用に売ってるでかい瓶の酒で作る事を激しく勧めておくぜ」
 北斗の言葉に、木野も「そうですよねぇ」と答える。
「実験に使われたものの余りなんて、嫌ですよね」
「そ、そういう問題じゃねぇぞ」
 北斗は肩をすくめる。
「あ、皆さん。お久しぶりです」
 また別の所からした声に、一同はそちらを見る。と同時に、周りで花見をしていた近所の人たちも注目する。
 そこには、熊のぬいぐるみが大きな包みを持って立っていたのだ。
「熊太郎さんじゃない! 久しぶりねぇ」
 シュラインはそう言って、熊太郎、熊のぬいぐるみに近づく。
「熊のぬいぐるみ?」
 アリスが不思議そうに見ていると、熊太郎が「あ、初めまして」と言って笑う。
「僕、テディ・ベアの熊太郎と言います。これ、お花見弁当です」
 熊太郎は、持っている包みを手渡す。アリスはそれを受け取り、敷物の上に並べる。小さな声で「可愛いじゃない」と呟いて。
「熊太郎さんなのです。お久しぶりなのです」
 マリオンが気付き、ぎゅうっと熊太郎を抱きしめる。熊太郎は「はっはっは、強く抱きしめすぎですよ」と言いながら、マリオンのされるがままになる。
「お、お前が熊太郎か」
 ぽふぽふとマリオンに抱かれているまま、北斗は熊太郎の頭をなでる。
「あ、はい。機会があれば、派遣所にも遊びに来てくださいね」
「おう。その時は兄貴と一緒に行かせてもらうぜ」
 北斗はそう言い、啓斗をさす。
「ああ、あちらがお兄さんなんですね。それでもって……体が大きくなりそうな茸ですね」
「きゃしーはそんな事できないぞ?」
 熊太郎の言葉に、啓斗は冷静に突っ込む。
「きゃ、キャサリンを食べるのは許しませんよ!」
 別の場所から、木野が叫ぶ。
「ところで、この弁当はお前が作ったのか?」
 草間が熊太郎の持ってきた弁当をさして尋ねる。見事なまでに料理が詰め込まれた弁当だ。
「ああ、それはうちの所員達と作ったんですけれど、用事があって来れなくなってしまったんですよ」
 熊太郎がそういうと、シュラインが「残念ね」と漏らす。
「久しぶりに会えると思ったんだけど」
「ともかく、花見を始めないか? こうして、人と食べ物がそろったのだから」
 桜の少年が言うと、皆が敷物の上を見る。喋りながら用意されたそこには、四種類の花見弁当に、たくさんの和菓子、それに酒や飲み物がずらりと並んでいる。
「おお、食い物たくさんあるな!」
 北斗はそう言い、いそいそと座る。桜の木からは離れているが、食べ物が手に取りやすい場所だ。
「きゃしー、一緒に座ろう」
 啓斗は北斗の隣に、一番桜から離れた場所に座った。膝の上にはキャサリンがいる。
「たくさん食べ物があるのね。食べきれるかしら」
 アリスはそう言いながら、桜の木から一番近い所に座る。隣には、桜の少年がおり、アリスを見て小さく笑った。
「熊太郎さん、隣に座るのですよ」
 啓斗の隣に、マリオンは熊太郎を誘って座る。更に隣にキャサリンがいるという、両手に花というか、両手に不思議生命体。
「あら、いいわねぇ。じゃあ私は目の前に座ろうかしら。ね、武彦さん」
 シュラインはそう言い、啓斗とキャサリンの目の前である北斗の隣に草間と座った。
 木野は何処に座ろうかと悩んだ後、北斗が「こっちこいよ」と言ってくれたので北斗と啓斗の間に座った。じっと啓斗の膝の上にいるキャサリンを見つめ、何処となく涙目になっている。
「ともかく、まずは乾杯をしようじゃないか。各自、飲み物を持って」
 少年の言葉に、成年者はアリスが持ってきた高級酒か木野の持ってきた怪しげな果実酒を薄めたものを、未成年者はマリオンの持ってきたお茶類か北斗の持ってきたジュースを手にする。
「あ、草間さんには白酒もあるのです」
 マリオンはふと気付き、草間に白酒の瓶を渡す。草間は「お、さんきゅ」といい、受け取って紙コップに注いだ。
「それじゃあ、乾杯!」
 各自手にした紙コップが、高々と掲げられた。


●宴会をしよう!

 敷物の上に並べられた花見弁当は、それぞれシュラインの持ってきた手料理いっぱいのもの、アリスの持ってきた高級なもの、啓斗の持ってきた散らし寿司と菜の花のお浸しが入ったもの、熊太郎の持ってきた派遣所員で作ったものがあった。いずれも見た目も綺麗で、味も美味しい。
 甘いものが欲しくなれば、マリオンの持ってきた桜餅や三色団子、みたらし団子といった和菓子たちや、北斗の持ってきた花見団子といったものがある。
 どれも量がたっぷりあり、食べきれるかどうか怪しいとさえ思ってしまう。
 大よそ食べ、盛り上がってきた所で、桜の少年が「こほん」と咳払いをした。
「そろそろ一芸でも見せてもらおうかな」
 彼の一言で、皆が「おおー」と声を上げる。
「じゃあ……草間から右回りで行ってもらおうか」
「何、俺もか!」
 桜の指名に、草間が呆然とする。暫く押し問答を続けたが、結局やらざるを得ない事になってしまった。
「じゃあ……親指が切れました」
 古典的な一発ネタだ。一瞬辺りがしんと静まり返った後、笑い声で満たされる。草間は顔を赤くして「だから嫌だったんだ」と呟いた。
「次は私ね。ええと……隠し味を当てようかしら」
「隠し味?」
 きょとんとするアリスに、シュラインは「地味だけど」と言って笑う。
「どの過程でどう入れたかまで言い当てるの。ちょっと地味だけど、色々やり尽くした気がするから、いっそのこと地味さを極めてみるわ」
 くすくすと笑いながら、シュラインは熊太郎の持ってきた花見弁当に手を伸ばす。中から煮物を手に取り、口に入れる。
「これは……最初に煮る時、昆布を入れているわね。それも、粉末状の」
「あ、当たりです」
 驚いたように言う熊太郎に、一同が拍手を送る。シュラインは「地味だけど」ともう一度付け加え、微笑んだ。
「次は俺か。そうだなぁ……」
 北斗は呟き、小さく「うし」と頷く。
「今回は、俺の華麗なる食欲をご披露するぜ!」
 一同の頭の上に「?」が浮かぶのも構わず、北斗はもりもりと花見弁当や花見団子、それに和菓子たちをひたすら食べていく。
 もりもりと、ただひたすらと。
「ほーら、まだまだ食えるぜ。どうよ?!」
――がんっ!
 小気味良い音と共に、華麗なる食欲は中断された。北斗が「いってーなぁ」と呟きながら振り返った先には、当然のように啓斗が拳を握り締めている。
「そこまでだ、北斗」
「次は僕ですね! え、ええと」
 木野は慌てて立ち上がる。そして、暫く考えた後真面目な顔で「歌います」といった。
「僕が作った歌『ドキドキ茸マジック』です」
 タイトルからして頭の悪そうな歌は、案の定の歌詞だった。うまくも下手でもない微妙な歌声は、そのおかしな歌にぴったりではあったが。
 何ともいえぬ歌は、何ともいえぬまま終わっていった。歌いきった木野は満足そうだったが。
「そ、それじゃあ次はお前だ」
 空気を変えるべく少年が慌てて言うと、啓斗は「そうだな」と頷き、お手玉を鞄から取り出す。その数、合計十個。それらを五つずつ持ち、ぽんぽんという音をさせてお手玉をはじめる。
「おお、懐かしいな」
 少年が目を細める。「まるで、昔みたいだ」
 啓斗のお手玉は、最初は左右同時の片手ずつで、次に十個まとめて両手でお手玉が始まった。合計十個のお手玉が宙を舞う様は、桜の花弁に似合って美しい。
 気付けば、再び啓斗の手の中に納まり、ぺこりと礼をする。
 啓斗が礼をすると同時に、ぱちぱちと拍手の渦が起こる。啓斗は「場違いだったらすまない」と言うが、周りは「とんでもない」といわんばかりに拍手をした。
「和む芸って、子どもの頃の遊びの延長くらいなものしか知らないんだ」
 ぽつりと啓斗は呟いたが、それに負けないくらいの拍手が送られた。
「次は……お前、できるのか?」
 少年の問いに、キャサリンはぐにっと頷く。そして、しばらくぶるぶると小刻みに震えた後、ぷるん、と傘を裏返しにした。
 以上だった。
 一同が呆気に取られる中、啓斗は「よくやったぞ、きゃしー」と言いながら傘をなで、木野は「立派になって」と泣いていた。
「つ、次は……」
「私なのです。じゃあ、いきますよー」
 マリオンはそう言い、シルクハット二つと、熊のぬいぐるみを三体取り出した。熊太郎がその際「僕の友達ですね」と呟いた。
 マリオンはにこっと笑った後、シルクハットの一つを自らがかぶった。もう一つのシルクハットは熊のぬいぐるみ三体にかぶせてやる。
「もういいのですか?」
 マリオンはそう言い、シルクハットを持ち上げる。そこにはクマが一体もいない。シルクハットの裏に一体が張り付いている。
「どこなのですか?」
 声をかけると、今度はシルクハットの中から出てくる。その見事なかくれんぼに、一同は拍手を送る。
 マリオンは最後に自らがかぶっていたシルクハットをキャサリンにかぶせ「いきますよ」と声をかけたのち、勢いよく持ち上げる。
 そこに、キャサリンの姿はない。
 更に大きな拍手がし、マリオンは礼をした。
「ええと、マリオン君。キャサリンちゃんは?」
 にっこりとシュラインが尋ねる。マリオンはにこっと笑って誤魔化したが、啓斗からも「きゃしーは?」と尋ねられ、諦めたようにそっとシルクハットからキャサリンを取り出した。
「持って帰れなかったのです」
 ぽつり、と小さく呟いた。
「次は僕ですね。それじゃあ、草間さんの真似をします」
 熊太郎はそう言い、くてっと座り、ポッキーを手にして煙草を吸う真似をする。
「あー……なんで俺が怪奇探偵とか言われないといけないんだ?」
 見事なまでの草間っぷりに、皆が笑った。草間だけが苦い顔をして「俺、あんなのか?」と呟いた。
「さて、次はお前だな」
 くつくつと笑いながら、少年はアリスを見る。
「それじゃあ、絵を……」
 絵を描く、と言おうとして、ふと少年の目線に気付く。もっと他にあるだろうといわんばかりの、目。
 アリスはため息をつき、小さく笑う。そして、ひらりと舞い降りてきた桜の花弁を何枚か手に取る。
「それじゃあ、いきます」
 ふう、と息を吹きかけ、じっと桜の花弁を見つめる。すると、一瞬のうちに花弁は石と化してしまった。
 まるで、桜の花びら型の箸置きのようだ。
 ぼたぼたと落ちてきた石に、一同は拍手を送った。
「凄いな、どうやったんだ?」
 不思議そうな顔の草間に、アリスはただ笑んで返す。そして、石と化した花弁を皆に手渡す。ちょっとしたお土産だ。
「よかったではないか」
 石を見つめながら言う少年に、アリスはやっぱり笑んで返した。
「それじゃあ、最後は私だな。よし、いくぞ!」
 少年はそう言って、大きく両拳を天にかざす。その途端、びゅう、と強い風が一瞬吹き抜け、花吹雪が当たり一面に舞った。
 皆は感嘆の声を漏らしたのち、大きな拍手を桜に送ったのだった。


●帰るまでがお花見です!

 シュラインとマリオンが持っていったゴミ袋や、神社に備え付けていた箒などの掃除道具を使って、花見の後に皆で片づけをした。近所の人も手伝ってくれた事もあり、あっという間に片付ける事ができた。
「むむ、最初よりも綺麗になったのではないか?」
「それはよかった」
 嬉しそうな少年に、草間は苦笑交じりに返す。ここまで綺麗にして帰る花見客も、そうそういないだろう。
「では、気をつけて帰るのだぞ。本当に有難う」
 少年がそういった途端、皆が口々に「こちらこそ」と伝えた。また「誕生日おめでとう」とも。
「綺麗だったわ。そんなに寒くなくて何よりよ」
 シュラインは言い、ふふ、と微笑んだ。
「凄く綺麗だったのです。また見に来たいのです」
 マリオンは言い、にっこりと笑った。
「綺麗だし、楽しかったわ。色々、見つけられたし」
 アリスは言い、笑う。ちょっとだけ、鋭い笑みで。
「きゃしーにも会えたし、楽しかった」
 啓斗は言い、静かに笑んだ。
「いっぱい旨いもん食べられたしな!」
 北斗は言い、にかっと笑った。
 皆の笑顔を見て、改めて桜の少年は笑った。笑って、自らの木を見上げる。
「また来年も、頑張るとするか」
 ひらひらと舞う薄紅の花弁が、夕焼けによく映えていた。


 シュラインと草間は車に乗り、帰路につく。行きに一緒だったマリオンだったが、用があるといって車には乗らなかった。
「楽しかったわね、お花見」
 シュラインが言うと、草間は「そうだな」と言って苦笑した。
「俺はたっぷり呑んじまったから、運転代われなくて悪いな」
「いいのよ。白酒とか今野さんのお酒、おいしかったんでしょう?」
「不思議な感じがしたけどな、果実酒の方は」
 草間の言葉に「そうね」と頷き、シュラインはキイをまわした。
 エンジンの音が、まるで笑っているかのようであった。


<お花見これにて終わり・了>

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 7348 / 石神・アリス / 女 / 15 / 学生(裏社会の商人) 】

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          ライター通信          
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「そうだ、花見をしよう!」にご参加いただき有難うございます。
 毎年似たようなお花見と一発芸のノベルを出してすいません。どうやら私は、花見=一発芸だと思っているようです。ワンパターンで申し訳ないです。
 エタノールについては、身近にアルコール系に詳しい人がいてちゃんと尋ねてから描いております。果実酒用として売られているアルコールも、エタノールを薄めているものらしいですよ。
 シュライン・エマ様、いつもご参加いただきまして有難うございます。一発芸の隠し味、自分自身が料理うまくないのでうらやましい限りです。
 今回、NPCはキャサリンと木野、それと熊太郎に来てもらいました。あと草間。呼んでくださった皆様、有難うございました。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。