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<東京怪談・PCゲームノベル>


リース式変化術道場〜水の少女〜





 カランカランとドアベルを鳴らして、おずおずと入ってきた彼女を見たとき、あたしは歓喜した。
何故ならあたしは今暇を持て余していて、そんでもって来訪した彼女は、あたしのその暇を吹っ飛ばしてくれそうな人材だったからだ。
「おっ久しぶり、みなもちゃん! いいところに来たわねぇ」
「えっ、それはどういう意味ですか…? あ、お久しぶりです」
 あたしの異様なハイテンションにビクつきつつも、彼女は律儀にぺこりと頭を下げる。
彼女の名前はみなも。姓は…確か海原と言ったっけ。姉妹共々、あたしが気まぐれに開催している変化術道場に遊びに来たことがある。
そのときはみなもの見事な”できそこない”っぷりに、腹を抱えて笑ってしまった。
「あの、リースさん。いいところって…」
「ああ、気にしないで。別に何かたくらんでるわけじゃないのよ、単にあたしが暇だっただけ。で、今日はどうしたの?」
 あたしがそう尋ねると、みなもははぁーっと長いため息をついたあと、
「多分、もうご想像されてると思いますが…。”また”お姉様にお願いされて来ました。変化を体験させてもらえって」
「ははーん…なるほどね。あい、分かった」
 あたしはうん、と頷く。何か企んでるのはあたしじゃなくて、件の”お姉様”ってわけか。…いいじゃない? その企みとやらに便乗させてもらおうじゃないの。
「勿論大歓迎よ。で、今日は何にする?」
 前回が郵便ポストだったから、今度もまた無機物かしら。多分、見てて面白いものだと思うんだけど。椅子とか机って言われたら、さすがに可哀想になるわねえ…。
 なーんてことを考えてると、みなも自身の口から変化する対象の希望が告げられた。その思ってもみない内容に、あたしは目をぱちくりさせる。
「あの…”水”でお願いできますか?」
「水? 水って、ウォーター? ちょっとまって、液体だと姿を固定できなくて、元に戻ることが出来なくなるわよ。排水溝に流れたり、絨毯に染付いたりしたら、みなもちゃんを構成する要素自体がなくなるのよ」
「あ、それは分かってます。だから…」
「それとも何、もしかして見かけによらず自殺志願者だったりするわけ? やめてよ、そんなろくでもないことの片棒担がせないでよね。あたしはごめんよ」
「だから、あのですね! ちょっとこっちの話も聞いてください!」
 あたしはそう叫ぶみなもの言葉で、ハッと我に返った。気づけばみなもは頬を高揚させ、困ったように眉を寄せている。ちょっと泣きそうだ。まずいまずい、少し言い過ぎたかしら?
「あー…ごめんごめん。ちょっと思考がぶっ飛んでたわ」
「…そうみたいですね。で、確かに完全な水だと、リースさんの言ったことに成りかねないので、ここは前回みたいに”できそこない”でお願いしたいな、と」
「”水のできそこない”?」
 はて、とあたしは首を傾げる。ということは、半分人間、半分水ってこと? …なかなかイメージしづらいわね。
「はい。あたしは元々、ちょっとした能力で水を操ることが出来るんです。それでお姉様曰く、水に変化することで、より水を扱う術が学べるかもしれないって。お姉様は完全な水ではなく、水の精霊というか…ウンディーネというのでしょうか。そういったものを奨められました」
「ふーん…精霊ねえ」
 成る程、変化術を使って、より自分の能力を高めようっていうわけか。精霊そのものになることは出来ないけれど、擬似的にそれを体験することは出来そうね。彼女はどうやら水の眷属らしいから、何とか実現できるかも…? うん、やってみる価値はありそう。
「そうね。とても難しいと思うけど、みなもちゃんがそういうなら、手助けしてあげてもいいわ」
「ホントですか?」
 あたしがそういうと、みなもはぱぁっと顔を輝かせた。元々自分の姉に乞われてきたっていうのに、それが自分の願いだったように見える安堵の笑みだ。あたし、彼女のこういう純粋なとこ、割と好きなのよね。…でもそれが故に、あたしや彼女の姉みたいな人種に気に入られちゃうんだと思うけど。
「ありがとうございます! じゃあ、これを先にお渡ししておきますね」
 そう言ってみなもから手渡されたのは、前回ももらった黒真珠と立派な珊瑚。前回同様質がよくって、自然の輝きが店のライトに反射されて煌いている。
「あら、ありがと! …で、それは?」
 この真珠と珊瑚はあたしへの報酬だろう。あと一つ、みなもが手渡したものは、小型のデジタルカメラだった。
「はい…。お姉様が、是非記念に撮影してくださいって…。あ、ムービーも撮れるやつです」
「はー…なるほど」
 先ほどの笑顔から一転して、あたしにデジタルカメラを渡したみなもは今にも泣きそうだった。きっと自分が変化した姿を撮影されるのは、著しく不本意なことなんだろうなあ、と察しはできるけれども、だからといって頼まれ事には妥協しない女なのだ、あたしは。
 それはとても面白そうだ、なんて考えてることはおくびにも出さない笑顔で、あたしはカメラを構えて笑顔を見せた。
「オッケー、任せといて。ばっちり録画してあげるわ」
「はい…」
 トホホ…、と肩を落としたみなもを、あたしは見なかったことにした。








 その数十分後。
 店内をあらかた片付け、開いたスペースにみなもを立たせたあたしは、しばし悩んでいた。
「水かー…。しかも、故意の”できそこない”でしょう。どうしたらいいもんかしらね…」
「あのー、リースさん?」
 どうやらあたしは脳内の思考が口から出てしまっていたらしい。心配そうな顔でこちらを覗き込むみなもと目が合った。
「ああ、ごめんごめん。どうやってイメージの構築を伝えようかな、って思って」
「水のイメージですか?」
「うん、そう」
 あたしはこくんと頷く。
 他の動植物なら、その構成をイメージしやすい。どんな要素で成り立っているか、ある程度想像がつくからだ。でも水のような液体を頭の中で再構成するとなると―…。液体は常に流動しているものだから、なかなかその構成を頭に思い描くのが難しいのだ。
 そもそも、あたしだって水に変化したことなんかないし。万が一成功しちゃったら、それこそ命に関わってくるものね…。
「あの、リースさん」
 うんうん唸っていたあたしは、ふとみなもから声をかけられて、我に返った。
「なに? どうかした?」
「いえ。差し出がましいようですけど…。あたしは擬似的にウンディーネになったことがあるので、多分イメージしやすいと…思います」
「へ? …どういうこと?」
 あたしは目が点になった。以前にも変化したことがあるってこと?
「なんていうか…説明が難しいんですけど、ゲーム内で、そうなっちゃったっていうか…。あ、ゲームといってもあたしの意識はウンディーネの中だったんです。実際に五感も共有してましたし。それに元々、水を操るのは得意ですから…」
「あっ、そーいえばそうだったわね」
 あたしはぽん、と手を叩いた。なんてことはない、みなもは元々水の眷属で、あたしよりもよっぽど水に近い存在だったんだわ。じゃあイメージの再構成に関して、あたしが手助けすることはない。
「そのゲーム云々は良く分からないけど、普段から水に親しんでるみなもちゃんなら大丈夫ね。じゃ、早速いくわよ? 目を閉じて、集中してね」
「あっ、はい!」
 あたしの言葉で、みなもは慌てて姿勢を正す。足を肩幅ほどに開き、瞼を軽く閉じ、背中は長い定規が入っているかのようにピン、と伸びている。さすが二回目ともなれば、コツを分かっているらしい。
「じゃあみなもちゃん、あなたは水よ。頭の中に思い描いて。頭の中でしっかりイメージできたら、あたしがいう言葉を復唱して」
 みなもは目を閉じたまま、こくんと頷く。
 あたしはゆっくりと呪文を囁き、みなもはそれを呟くように復唱する。すると、みなもの身体に変化が起こった。
 濃い青色の髪は先端から透き通るような透明に変わり、たゆたうように空気上に広がる。その髪の変化に同調するように、着ていた制服も、瑞々しい肌も、文字通り透き通ってゆく。くっきりとした輪郭は見る間に失われ、液体と化し―…って、ちょっとまった!
「みなもちゃん! ストップ! イメージをストップさせて!」
 あたしがそう叫ぶと、みなもは殆ど周囲と同化していた瞼をぱちっと開けた。







「あー…間に合ってよかった。びっくりしたわ」
「…すいません」
 あたしは冷や汗をぬぐう素振りを見せると、みなもはしおらしく肩をすくめる。その姿は、まだぼんやりとだけれど、確かにみなもの輪郭が残っている”水”だった。
 でも、ほんとにぎりぎりだったわ。あのままぼんやりしてたら、あっという間に本物の水になって床に水溜りを作ってるところだった。頭の中の水のイメージが強すぎて、完全な変化を遂げそうになっちゃったってこと。
「でも、ぎりぎりだったけど返って良かったんじゃない? 怪我の功名ってやつ?」
「そうでしょうか? …あんまり自分ではよくわからないんですけど」
 そういうみなもの言葉は、変化する前と違って、どこかふわふわと頼りない。水の中でもし音がクリアに聞こえるとしたら、こんな感じなのだろうか。どこか不安げなみなもに、あたしは笑いかけてやる。
「ええ、もうばっちりよ。そうねー、パッと見た印象だと…」
「……」
「女体ゼリー?」
 あたしの言葉に、みなもの輪郭を持った水は、がくっとこけた。
 でも確かにそうなんだもの。ふよふよしてて始終静かに波打っていて、つつくと弾力で跳ね返ってくるような物体。つまりゼリーでしょ? 女の子の形のゼリーそのものなんだもの、そういうしかないわよ。
 もう少しいいたとえ方をするなら、無重力空間に漂う液体かしら。まあ、そんな感じなわけよ。
「でもゼリーみたいに見えて、やっぱり水なのよね」
 あたしはそう良いながら、みなもの腕のあたりにちょっとだけ指を突っ込んでみた。ゼリーのような弾力は感じられず、スムーズにあたしの指を受け入れる。その中は水以外の何者でもなくて、少し冷たかった。
 指を抜くと、不思議と水分は指にはついていなかった。やっぱりこの水の一滴も全て、みなもを構成する要素だからか。血であり肉であり骨であるわけだものね。
「ごめんね。痛かった?」
「いいえ、全然。…というか何だかふよふよしてて、あんまり思考が回らないんです」
 …そりゃあ水だもんねえ…。
 まあでも、特に不快感はなさそうなので、ホッと胸をなでおろすあたしだった。
「さて。じゃあ早速いきましょうか?」
「…え?」
 何処へ、といいかけたみなもは、あたしが抱えているデジタルカメラを見て、ハッと顔をこわばらせた。
「大事なお姉様のお願いなんでしょ?」
 そう笑って言うあたしの顔は、きっとみなもには悪魔の笑みに見えていたに違いない。






 …とはいえ、女体ゼリー…否、水そのもののみなもをそのまま外に出すわけにもいかず、あたしは適当な服とコート、ウィッグと帽子を着せて、なるべく肌を露出させないようにさせた。よくよくみると、透明なマネキンが服を着てるようだ。
「しかし、なかなか芸術性が高いわねー。みなもちゃん、その格好でモデルやったらきっと大人気よ」
「…変なこと言わないで下さい…。それをお姉様が聞いたら、また本気にするじゃないですか」
 はぁー、と吐くため息も、どこか力無い。うーん、元素が異なるものになると、思考も同調していっちゃうのかしらね。これは研究の価値ありだわ、なんて思いながらあたしはデジタルカメラを回し続ける。
 ふいにみなもとすれ違った通行人が、目を丸くしてバッと振り返ったりしている。なかなか面白い。あとで何か言われたら、テレビの特撮だって誤魔化そう。
「で、みなもちゃん? せっかくだし、なんか水芸でもしてみなさいよ」
「水芸…ですか?」
 うーん、と考えた挙句、みなもはふいに自分の指をもう片方の手でにぎり、むしりとるようにちぎった。あたしは思わず仰天する。
「み、みなもちゃんっ!?」
「あ、大丈夫ですよう。体から離れても水ですから、別に痛く無いです。こんなこともできますよ」
 そういいながら、他の指を取り、宙に浮かべてみせる。ちぎった直後、指だったものはただの水の塊になり、無重力空間のようにみなもの周囲で漂う。みなもはそれをお手玉のように操ろうとした。
「あれ? あー…そっか、あくまであたしだった水だから、重さがないんですね。重さがあったら下に落ちて水溜りになっちゃいますもんね。現にあたしも、自分の意識がなかったらふわふわ空気中に漂いそうです」
「ちょっと、みなもちゃんしっかりしなさいよ…! なんか呂律が回らなくなってるわよ?」
「そうですか? だって、なんかふわふわしてて…でもすごい気持ちいいです」
 そういうみなもの目は、酔っ払った人のようにとろん、としていた。ちょっとこれ、まずいんじゃないの?
「あ、ばらけても困るんで、元に戻しますねー。よいしょっと」
 みなもはそういいつつ、水の塊になった元指の部分を手でにぎる。するとすっと同化し、またみなもの一部となる。
「あはは、自分が水になるってこういう感じなんですね。確かに水の使い方がよくわかります。お姉様の言うことも最もでした。おねえさまってあたまいいなあー」
「ちょっと! ねえみなもちゃん、そろそろ帰りましょ? もう十分水の扱い方も分かったでしょ!」
 あたしは慌ててそう叫んだ。本能でまずいと感じていた。このままいくと、何だかもっと大変なことになりそう…!
「えー? もうですか? もうちょっと外で楽しんでみたいんですけど」
「もう十分よっ! ほら帰るわよ! ていうか帰って早く元に戻ってください!」
「あはは、リースさんが慌ててる。そんなカリカリしちゃだめですよう。もっとおおらかに、自由でいましょうよ。水はいいですよ、何者にも囚われなくって、かたちがなくて…」
「ああもう、誰のせいだと思ってんのよっ! 形がなくなっちゃあたしが困るのよ!」
 あたしはそうヒステリックに叫びつつ、何とかみなもを引きずって店へと戻ったのであった…。









 店に戻ったあたしは、すぐさま術をとき、みなもを元に戻した。
 質感を持った人間の姿に戻ったみなもは、しばらく寝起きのようにぼんやりしていたが、徐々に先ほどの記憶も戻ってきたようで、完全に意識が覚醒したあとは、ひとしきり頭を抱えて悶絶していた。
「ううっ…! 穴があったらはいりたいってこのことです…! ねえリースさん、全部録画しちゃってるんですよね…!?」
「えー、そりゃもうばっちり。みなもちゃんが酔っ払いか夢遊病者みたいにふわふわしてたところも全部ねー」
 あたしの言葉にショックを受けて固まるみなもに、あたしは仕返しとばかりに言ってやる。
「で? みなもちゃん、存分に水の気持ちが分かったでしょ? 良かったわね、次に水を操るときはもっと親身になれるわねー」
「ううう…! もうしばらく水はいいです…!」
 との弁だったけれど、水の眷属たる彼女がそう簡単に水から離れられるわけがないのよね。
 まあ、入れ込みすぎると頭の中がそれに侵食される危険があるってことで、みなもちゃんにも勉強になったんじゃないかしら?

 あたしにもいい勉強になったわ…。脳みそまで液体になると、大変なことになるってわけね。
 とりあえず、あたしは今後絶対液体に変化はしないと固く心に誓った。
 女体ゼリーも酔っ払いも夢遊病者も、全部ご勘弁願いたいもの。






   おわり。




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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【1252|海原・みなも|女性|13歳|中学生】

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▼ ライター通信
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このシナリオではお久しぶりです、ご参加有難うございました。
遅れてしまって申し訳ありません…!
そのぶん楽しんで頂けると何よりです。

水ということで、イメージを自分なりに突き詰めていくとこんな感じになりました。
PL様のイメージを崩していたら申し訳ないです。
個人的には、ふわふわなみなもさんもとても可愛らしいと思うのですが!(?)

それでは、またお会いできることを祈って。