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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



 由良皐月が事務室のドアを開けた瞬間、ばしっ、と音が響いた。
 なにごと? と皐月が不審そうな顔をして中に入る。奥の、社員たちが使っている一角で双羽の怒鳴り声が聞こえた。
「もう! どうしてそんなにやる気がないの!」
「い、いや、やる気という問題じゃなくて……苦手で、だから」
「給料払ってるんだから、仕事はしっかりして!」
 再び「ばし!」と音が響いた。
 奥を覗き込むと、ひょろっとした背の高い青年が小柄な双羽に書類の束で叩かれているところだった。それほど痛くはないだろうが、音が派手に鳴っている。
「だって怖いし」
「幽霊とか苦手じゃないくせに!」
「わけのわからないものは怖いよ!」
 青年はそう怒鳴り、うぅ、と唸った。
 双羽のすぐ後ろに黙って控えていたメイド娘がちょんちょんと双羽をつついた。
「? 今は取り込み中で……」
「ユラさんがいらしてますよ?」
「は?」
 双羽は怪訝そうに眉をあげ、それから覗き込んでいるこちらを見てきた。途端、カッと頬が赤く染まる。
 こほんと彼女は咳を一つして、気まずそうな表情を仕事用の顔に切り替えた。
「おはよう、由良さん」
「おはようございます」
「今日はどうかしたの?」
 支部長らしい凛々しい口調に皐月は驚くしかない。見事な切り替えだ。
 皐月は片手に持っている紙袋を軽く掲げてみせた。
「甘いもの、苦手じゃなければどうぞ。マフィンです」
 にっこりと笑顔で言うと、双羽はきょとんとしてメイド娘のほうを見遣る。メイド娘は皐月から紙袋を受け取って微笑んだ。
「お茶を淹れてまいります。フタバ様はわたくしの席にお座りください」
 身軽な動きで去っていくメイドを見送り、皐月は適当なところに座る。机の上には貧相なペン立てと、ブックエンドで固定されたファイルが3つほどあった。
「ちょうど今日はオフになったので、他の人と挨拶もしておこうかと思って」
「あぁ、そういえば紹介してなかったわね」
 双羽は納得してから横に座ったフードの青年を見る。
 戻ってきたメイドが机の上にお茶を置いていった。紅茶だ。
 視線を双羽、そしてメイドへと向ける皐月。立つべきかなと思って、腰をあげた。
「まずは支部長さんと、社員さん、ですよね? 改めてよろしくお願いします。由良皐月です」
 頭をさげて言う皐月に、メイドの娘が可憐な笑みを浮かべる。
「アンヌ=ヴァンと申します。よろしくお願いいたしますわ」
 まじまじと観察するわけにはいかないが、アンヌは相当可愛い。皐月の目から見ても西洋人形のように愛らしいのだ。
 双羽の横の席に座っていた長身の青年が腰をあげて苦笑を浮かべる。フードを室内で被っている変わり者のようだが、動きが少し挙動不審だ。
「露日出マモルです。よ、よろしく」
 ……へっぴり腰のような気がするのだが……。
 そのへっぴり腰の尻を、双羽が呆れたように書類でバシッと叩いた。マモルは背筋を伸ばして苦笑する。
 顔はうかがえないが、マモルは見た目からして大学生くらいだ。若者によくみられる軟弱な雰囲気が漂っている。まだ社会を知らずにいる、無垢さというか、幼稚さだ。まぁまだマシなのは、会社に所属してこうして上司から厳しくされている点だろう。
「今はいないけど、他にもシンとクゥがいるの。あとは、遠逆さんね」
「どういう方ですか?」
 興味津々の皐月に、双羽は少し困った表情をする。
「どの人も個性的ね。最年少はクゥかしら。まだ12歳だし」
「12歳!? それで社員なのっ?」
 思わず仰天して声を張り上げてしまった。だって12歳って、まだ小学生じゃないか! いや、中学一年?
「けっこう彼は古株なの。うちに入るのに年齢制限はないみたいだし。見たらすぐにわかるわ。
 シンは背がわりと高いほうで、栗色の髪をポニーテールにしてる。
 遠逆さんは社員というよりは、一時的に借りている形の人なの。この人もクゥと同じですごい美人ね。ちょっと無口で辛口だけど」
 話を聞いた限りではここに居る社員の二人とは、また違ったタイプの人種らしい。
 皿の上に皐月が持ってきたマフィンをアンヌが並べて置く。彼女は本当に社員なのだろうか? お抱えの召使いとはではなく?
「他に知りたいこととかある?」
 双羽の言葉に皐月は「はい!」と元気よく返事をした。
「やっぱりこれからお世話になるんだし、調査なんかに名乗りをあげる前に見ておける資料や書類、あと報告書があればと思うんです。調査ひとつにしたって仕事だったら注意点もあるでしょうし、本業の家事手伝いはそのへんに縁はなかったものですから、確かめておかないと」
「あぁ、なるほどね。仕事熱心で感心だわ」
 支部長はにっこりと微笑んだ。笑うと年相応で可愛らしい。
「じゃあアンヌ、適当に持ってきて。説明は私がするから」
「かしこまりました」
 アンヌは一礼するとまたすぐさま姿を消してしまう。その間に、三人はマフィンを食べていた。どうやらマモルは甘いものは大丈夫のようである。
「これ、美味しいです」
 マモルは皐月に微笑んだ。
「ねぇ、露日出さんはなんでフードを被ってるの? 寒いの?」
「…………」
 彼は無言になり、それから双羽を見遣った。彼女は皐月に説明する。
「事情があってね。あまり気にしないであげて」
「はぁ。まぁ支部長さんがそう言うなら」
 上司から言われるなら、無理にでもフードを外させるわけにはいかない。マモルは今までもこういうことがあったのだろうか?
(頭のてっぺんがハゲてるとかそういうことなのかしら。若いのに円形脱毛症でも、私は気にしないけど)
 だが人にはそれぞれ気にする箇所や、コンプレックスがあるものだ。あまり触れないであげよう。
 戻ってきたアンヌは壁際にある棚からもファイルを出す。そして双羽の前の机の上にどさっと置いた。
「最近の仕事のものと、調査書、報告書などです」
「ありがと。
 まずはあそこ。あのホワイトボートにマグネットではり付けてあるのが調査書。依頼書の概要を示したのもあるわね」
 双羽の指差す先にはホワイトボートがある。まるで塾か、会議室のようだ。そこにはマグネットでA4サイズの紙がマグネットでとめられている。
「あそこから自分ができそうな仕事を見つけて、やりたいと思ったら私に話してくれればいいから。あの調査書は、依頼された仕事を社員やバイト員が調べた報告書なの。簡単に調べてあるのもあれば、詳しく調査したものもあるわ。
 その調査書をもとに、今度は退治に行ったり浄化に行ったりするの」
「ふむふむ。依頼書がそもそもの元なんですね。それから調査をして調査書を作成。そうした後に、専門家が仕事に赴くと」
「その通り」
「なぜそんなに段階を踏むんですか? 一気に仕事を片付けるほうが楽なことも多いでしょうに」
「そうね。一気に片付けられると楽ね。でもそれはうちの社の方針とは違うの。
 好き勝手に片付けられるなら、うちでやらなくてもいいじゃない」
 双羽は紅茶を飲みながら言う。
「依頼を受け、調査をし、そしてその仕事の解決に向かう。本当なら、調査員だけを確保したいけど、人材不足で社員全員で調査もしてもらってる状況よ。
 段階を踏まないとね、色々と大変なの」
 冷たく言う双羽の言葉に横のマモルは首をすくめた。後ろに立って控えているアンヌは、微笑んだまま双羽を見守っている。
「大変?」
「裏の世界のこととか、正直なところ私は詳しくないの。これでも去年までは一般の高校生だったのよね」
「えっ、支部長さん、こういう専門家じゃないの!?」
 驚愕する皐月に、彼女は頷いた。
「事情があって支部長なんてやってるけど、本当は遠慮したいところよ。でも、やるからには責任は持つ。無責任な若者だって言われるのは癪だしね。
 でもね、聞いてる限りじゃ裏の世界ってのはちょっとどうかなって思ったわけ」
 砕けた口調の彼女を眺めつつ、皐月はマフィンを食べる。草間興信所のようなところとはやはり違う。
「人間の手に負えない超常現象を請け負うのはいいんだけど、無断で建物に侵入したり、その場所で暴れたり……。マンガじゃないんだから、それでオシマイってわけにはいかないけど、大抵はそのまま放置して帰っちゃう。
 ……うちはね、依頼者の多くが人間なの。普通に生活してる人たちよ」
 真剣な双羽に、皐月は息を呑む。高校生の出す雰囲気ではない。
「その人たちの常識が通じないのが、妖魔とか、妖怪とか、超常の存在でしょ? それに慣れてるせいか、一般人の常識を忘れてる節があるのよね、裏方業の人たちは。
 家が壊されたら修理しなくちゃならない。周辺に変な噂がたったら生活しづらい。そういう感覚がね、なんか欠けてる気がする。
 だからうちは、少なくとも日本支部は、きちんと段取りを踏む。持ち主には許可を得る。事件解決後に影響を受けないような生活を保障する。そのためには時間も手間もかかる」
「…………」
 双羽は潔癖なのだろうか。なんだかそういう印象を受ける。
 けれども、家事手伝いの仕事をしている皐月には共感できる考えだった。不可思議な事件とはそもそも自分たちの日常を侵すものなのだ。多少の慣れもある皐月のような者ならともかく、神経が細くて日常が圧迫されている人は錯乱してしまうかもしれない。
「えっと、他に見るもの、か。調査書はこれ。バイトくんが書いたものだけど、綺麗で読みやすいからこういうのをお手本にしてね」
「あらほんと。綺麗な字ですね」
「専門用語は使ってもいいけど、全員が知っているわけじゃないから説明もあると楽ね。
 仕事の注意点は、危ないと思ったら逃げることかしら」
「逃げる? 逃げちゃっていいんですか?」
「いいわよ。命がなくなったりケガをされるよりはいいわ。後始末に社員が行く。そのために社員は多めの給料をもらってるんだもの。
 ね、露日出さん?」
 笑顔でマモルを見遣る双羽に、彼は口元を引きつらせた。



 妖撃社を去ろうとした皐月は、出入口のドアのところでアンヌに囁いた。
「ねえ、支部長さんと露日出さんって、いつもあんな感じなの?」
「まぁ、そうですわね」
「へぇ……。どっちも大変ねえ」
 書類の束で叩かれているマモルを思い返し、笑いそうになる。
(彼を見てるとなんだか……和むわね)
 よしよしって励ましたくなるとは、言えなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、由良様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 アンヌとマモルに接触できたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。