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<東京怪談・PCゲームノベル>


デンジャラス・パークへようこそ 〜そこにある友情〜

 弥生も半ばを過ぎた、小雨模様の土曜日。
 遅咲きの梅が、最後のつぼみを開きかけてはためらう肌寒い午後、弁天は例によってやる気ぐだぐだ状態で、弁財天宮1階カウンターに突っ伏していた。
「む〜ん。何もする気が起きぬわ〜。こうも天気がぱっとせぬと、イベント企画どころではないのう。おりしも梅は散りかけで、桜はまだ先ゆえ、お花見気分には程遠いしのう〜」
「何仰ってるんですか。お天気に関係なく、最近の弁天さまはお仕事をさぼるのがデフォルトになってるじゃないですか。たまにはしゃんとしてください、しゃんと!」
 そういう蛇之助は、このところ弁天を叱咤するのがデフォルトになってしまっている。働き者の眷属は、地下から持ってきた山のようなファイルを、どさどさとカウンターに置いた。
「何じゃ、これは?」
「弁財天宮を訪れてくださったお客様たちに記入いただいた、過去5年間分のアンケートです。まだアナログ状態ですので、データベースに入力して、今後の縁結び企画に役立てましょう。こういう暇なときこそ、事務処理の絶好の機会です」
「その手のちまちましたことは、おぬしの仕事であろう?」
「そうやって眷属任せにしてるから、ますます怠け者に拍車がかかるんじゃないですか。ちょうど、世間も年度末です。新年度をさわやかに迎えるための、切り替えの時期ですよ」
「神には年度末も学校も、試験もなんにもない、のじゃ〜♪」
 どさくさまぎれに、超ビッグネームのオープニングぽい鼻歌をうなったとき。
「弁天ちゃん、こんにちわっ♪」
 カウンターの上に、翼のある子猫――千影が、すとんと乗っかった。
 大きな緑の瞳を見開き、興味津々にファイルを眺める。
「何してるの? 『ねんどまつ』って、なあに?」
「む? おんや、チカではないか。よく来てくれたのう」
 弁天はぱっと起きあがり、慌てて髪をなでつけ、寝癖を直す。
「こ、これ蛇之助。片づけぬか」
「は、はい。すみません。お客様にお見苦しいところを」
 蛇之助も、カウンターに積んだファイルを抱えて、急いで目立たぬ後方に寄せる。
「お仕事、忙しい?」
「いやもう全然。暇で暇で、あ、いや、ちがう、忙しくてたまらぬが、チカが来てくれたとあらば、日常業務は後回しじゃ」
「そ、そうですね。ちょうど、ひと休みしようと思っていたところです。根を詰めすぎては能率も上がりませんし」
 体裁を取り繕う女神と眷属に、千影は特に気にするでもなく、うにゃん♪ とひと声放ち、カウンターから飛び降りる。
 瞬間、漆黒の子猫は、黒髪の美少女に姿を変えた。
「だったらね、チカ、お茶したいの」
「おお、良いとも。『井之頭本舗』の春の新作スイーツをともに制覇しようぞ」
「田辺さんがご尽力くださったので、素晴らしいラインナップになってますよ。さ、まいりましょう」
 千影の背を押すようにして、弁天と蛇之助は、いそいそと弁財天宮をあとにする。
「うん♪ あのね、ここに来る前、ちょっとだけ、みやこちゃんのお店、のぞいてみたの」
 そしたらね、と、まったく何の屈託もなく、千影は言う。
「赤いショールの、綺麗な女のひとがいたよ」
「なにぃ?」
「ええっ? それはもしや」 
(マリーネブラウではなかろうな?)
(マリーネブラウさんじゃないでしょうね?)
 思わず顔を見合わせる弁天と蛇之助に、
「あのひと、マリちゃんでしょ? 弁天ちゃんのお友だちなんだよね。チカも仲良しになれるかな?」
 あくまでもにこにこと、そう告げるのだった。

 ◆◇◆  ◆◇◆

 異世界エル・ヴァイセの影の権力者たる女宰相は、年度末の政務処理に追われ、ひどく疲れていた。
 四方八方に手を尽くしても、人材流出に歯止めはかからず、王宮の文官は経験の浅い新人ばかり。結局はマリーネブラウが、あれもこれもひとりで決裁をしなければならない羽目になっているのである。
 王が一切口を出さず、マリーネブラウに任せっきりという状況は、都合良くはある反面、宰相ひとりの肩に全ての責任がかかっているということだ。
 国内、国外を問わず、マリーネブラウの敵は多い。あえて、そのように仕向けてきた。
 順風満帆では面白くない。不穏分子を排除する過程にやりがいを見いだしているからだが、些末な政務に追われるこの時期には、自分で仕掛けた罠に自分で嵌ってしまったような焦燥を、ことに感じずにはいられない。
(つまらないわ。せめて王がもう少し有能で反抗的だったら、面白いのに)
 そんなわけで、忙殺と退屈の間を揺れ動いている宰相閣下は、ひとときの気分転換を求め、異界通路を作っては、ときおり『井之頭本舗』を訪れているのである。弁天が店にいないときを見計らって。
 店長のみやこは、普通の来客扱いをしてくれるので、不思議な居心地の良さがあるのだ。
 今日も、「薔薇の香りのホワイトチョコムース、苺ソース添え」に、「ホワイトティー・デライト」を合わせて、午後のひとときを過ごしていたのだが。
「こんにちはぁ、マリちゃん♪」
 天真爛漫な声とともに、胡乱げな弁天や蛇之助をともなって現れた美少女に、マリーネブラウは眉を寄せる。
「……どなただったかしら」
「チカだよ♪ チカたちが、けも耳メイドさんになったとき、後方にいたよね?」
「あまり思い出したくないイベントね」
 人懐こい千影にやや気圧されながらも、マリーネブラウはにべもなく視線を逸らす。
「私のことは『宰相閣下』、もしくは、『マリーネブラウさま』と呼びなさい」
「ええーっ! マリちゃんて呼んじゃだめなの?」
「だめ」
 みるみるうちに、千影の瞳に涙が溜まっていく。
「だってだって、弁天ちゃんがマリちゃんだって教えてくれたんだもん」
「くぉら、マリーネ! おっかない火トカゲに歩み寄ろうとする可愛い子猫に、何と酷い仕打ちをするのじゃ。そーゆー意地悪な女のことを、この世界では『お局様』と云うのじゃぞ!」
「チカ、マリちゃんとお友だちになりたいの……」
「あなたねぇ」
 ティーカップをソーサーに戻し、マリーネブラウはため息をつく。
「お友達の意味を、わかっててそう言ってるの?」
「うんっ♪ あのね、弁天ちゃんたちのお友だちは、チカのお友だちなの〜」
「ふうん……」
 醒めた目で千影を見つめ、マリーネブラウは皮肉めいた笑みを漏らす。
「それじゃあなたは、デュークともお友達だと考えていいのかしら?」
「そうだよ。デュークちゃんにー、フモ夫ちゃんにー、ポチちゃんにー、ハナコちゃんにー、鯉太郎ちゃんにー、みんなと仲良しなの」
「わかったわ、可愛い子猫ちゃん。じゃあ、こうしましょう。ここにデュークを呼んでくれたら、あなたとお茶を飲んでもいいわ」
「わぁい。いいよ、呼んでくるねっ♪」
 千影はふたつ返事で請け負い、動物園方向に向かってダッシュした。
「こ、これ、チカぁ〜! ……何という交換条件を持ち出すのじゃ、マリーネ!」
「そうですよ。純真な千影さんを利用するようなこと」
 千影の背を窓越しに見送り、マリーネブラウはテーブルの上で指を組む。
「心配しなくても、どうせ、デュークは来ないわよ」
「マリーネさん……」
「そして、あの子も戻っては来ずに、亡命者居住地区でエル・ヴァイセの騎士たちにもてなされて、楽しく過ごすでしょうよ。あなたたちも追いかけたら? 私は、ひとりのほうが落ち着くの」
 狷介な壁を作るマリーネブラウに、弁天は頷いて蛇之助を促す。
「……成る程、あいわかった。邪魔したな。もうおぬしには構わぬことにする。いくぞ、蛇之助」
「ですが、弁天さま」
 
 ――マリーネさんは、お寂しいのでは。
 井之頭本舗の扉を開けながら、蛇之助は振り返る。
 美しい女のすがたをした幻獣サラマンダーは、そしらぬ顔で、チョコムースを口に運んでいるけれど。

 ◆◇◆  ◆◇◆

 ところが。
 意表を突く事態が、起こったのである。
 帰りかけた弁天と蛇之助は、千影がデュークの手を引っぱって、こちらへ歩いてくるのをみとめ、揃ってあんぐりと口を開けた。
「お待たせー、マリちゃん☆ デュークちゃん、連れてきたよ〜!」
「千影どのにはかないませんね。ですが、私もマリーネに話したいことがありましたので、丁度良かったです」
「……デューク。どうして」
「呼んだのは君だろう? ――ああ、千影どののオーダーは、私がおごらせていただきますので、お好きなものをご注文ください」
「ほんと? じゃあね、マリちゃんと同じのがいいな。おいしそうなんだもん」
 デュークが引いたマリーネブラウのすぐ隣の椅子に、千影はちょこんと腰掛ける。
 向かい側の椅子に腰を下ろしたデュークは、マリーネブラウを見据え、ふっと微笑んだ。
「君にひとつ、助言をしようと思ってね」
「なに?」
「君の退屈を晴らす方法を。現王に御退位いただき、聖獣界ソーンに亡命しているクラウディオ王子を呼び戻せばいい。再び、世継ぎとして」
「あの子はまだ、翼も生えそろっていない雛鳥よ」
「だけど、君の言うことを聞かない王子が目障りで、追い出したんだろう? 私の妹と一緒に」
「彼らは自分の意思で出て行ったのよ」
「だからこそ、成長して戻ってきたならば、ぶつかりがいのある存在になれると思うのだが」
「あなたが戻ってくれればいいのに」
「私は、東京が気に入っているのでね」
「んにゃ? ね、デュークちゃんとマリちゃんは、お友だちじゃないの?」
 注文を取りに来たみやこに、マリーネブラウと同じものを頼んでから、千影は、エル・ヴァイセの現宰相と元宰相を交互に見る。
「あのねえ、あなた」
 きっ、と、千影を睨んだマリーネブラウを片手で制し、デュークは慎重に言葉を選びながら答えた。
「考えかたによりますね。裏切りや仲違いや、ときには敵味方に分かれ、それぞれの陣営で戦闘に臨み、果ては暮らす世界さえ違ってしまったとしても、相手が常に真剣に戦ってきたことを察することができるなら、それはたぶん、友情に近しいものだと思いますので」
「そうなんだぁ。よかったねマリちゃん。デュークちゃん、マリちゃんのことお友だちだっていってるよ♪」
「……そう、なの?」
「……そう……いうことに、なる、のかな」

 腕組みをして考えこんだふたりに、ふと千影は呟く。
 無邪気な笑顔に、わずかな翳りが宿った。
「チカね……。この間、お友だちを見つけたの。夢のなかの学校で」
「――月神詠子どのですね」
 デュークが、はっと顔を上げる。残虐な『鬼』を封印する存在であった彼女の記憶は、デュークにもおぼろげながら残っていた。
「……ん。大事な、お友だち。……大事だけど、……チカ、自分でいちど、壊しちゃったの……」
「しかし、それは」
「でも、もう一度会えた」
 今度は晴れ晴れと、屈託のない笑みを、千影はマリーネブラウに向けた。
「ひとの縁って、ふしぎだよね。だからマリちゃんとここで会えたのも、何かの縁だと思うの」
「くうっ。泣かせるのう。聞いたかマリーネ」
 弁天が、衣服の袖を目元に当てる。
「チカのほうが、おぬしよりもずっと大人じゃぞ?」

 マリーネブラウは答えない。
 ただ、メニューを手に取り、「新鮮いちごのふわふわフロマージュ」を指さして、これ、どう? と千影に聞いただけだ。
 しかし、それが、一緒に食べようという意味であることを察した千影は、思いっきりうんうんと頷いたのである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3689/千影(ちかげ)/女性/14/Zodiac Beast】

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■   ライター通信(神無月まりばな)       ■
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月神詠子とマリーネブラウという、異色のご指名に目を見張りました。ありがとうございます(年度末進行に笑いました)。
時系列的には、『染井吉野幻想』よりも少し前のできごとになります。
女宰相はエゴイストなので、無垢な千影さまのお気持ちがどこまで通じたか謎ではありますが、友情について省みる、ひとつのきっかけになったのではと思います。