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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE 火傷の痕に悲しき過去

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OPENING

イノセンス本部にある個室に一泊することになり、
昨晩は疲れていたのか…ベッドに寝転んで、そのまま眠りに落ちてしまった。
ふと目を覚まし、時計を見やれば時刻は深夜一時半。
妙な時間に目が覚めてしまったな…と思いつつ、おもむろに部屋の窓を開ける。
春の夜風は柔らかく心地良い。フゥ…と息を吐いて、
さて、寝直そうか…と窓を閉めようとしたときだった。
暗闇の中、ふと人影が。
(…?)
身を乗り出して見やると、その人影の正体が梨乃だということに気付く。
うっすらとしか明かりの灯っていない本部中庭で、
膝をかかえて蹲っている梨乃。
…何だか妙だ。気のせいではないはず…。
そう思い窓を閉めて、梨乃の元へと急いだ。

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だいぶ暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷える。
見たところ、寝まきのままのようだし…あのままじゃ、風邪をひいてしまう。
そう思い、凍夜はソファに掛かっていたブランケットを持って行った。
本部中庭、そこは日中多くのエージェントで賑わう場所。
他愛ない話をしていたり、ランチをとっていたり。
笑顔と、笑い声の絶えない場所だ。
梨乃は…中庭にある巨木の下で膝を抱えて蹲っていた。
斜め後ろから様子を窺う。
カタカタと揺れている肩。
それは、寒さによるものではない。
そのくらい、すぐに理解る。
凍夜はスッと梨乃に歩み寄った。
ガサリ、と茂みの揺れる音がして、梨乃はハッと顔を上げる。
凍夜は梨乃の肩にブランケットを掛け、隣にストンと腰を下ろした。
「凍夜さん…」
ゴシゴシと目を擦って、微笑む梨乃。
頬に残るは、涙の痕。
凍夜はフッと笑み、夜空を見上げて言葉を探す。
しばしの沈黙の後、まず凍夜が口にした言葉は…。
「星、綺麗だな」
夜空を彩る美しい星々に対する、素直な感想だった。
梨乃は空を見上げ、淡く微笑む。
「そうですね」
見るに絶えない、痛々しい笑顔。
凍夜は梨乃を見やって忠告を飛ばす。
「無理して笑わなくていい」
「………」
俯き、口篭ってしまう梨乃。
沈黙の間、凍夜と梨乃は、互いに発する言葉を探していた。
風の音に急かされながら。

互いに沈黙し、どの位時間が経っただろう。
とても長い時間が経過したようにも感じるし、まだ、ほんの数秒しか経過していないようにも感じる。
けれど、そんな状況でも不思議と、居心地は悪くなかった。
口篭ったのは、その必要があったからで。
必死に探した言葉なんて無意味だと、二人とも気付いていたのだろう。
ふと、視線を感じる凍夜。
見やると、そこには自分を見つめる梨乃の姿があった。
「どうした?」
ごく自然に、当たり前かのように尋ねる凍夜。
その言葉が、思いつめていた梨乃を救う。
「私の左腕には…」
呟くように言って、梨乃は左腕をギュッと押さえた。
梨乃が纏っている寝まきは生地が薄い。
押さえる指の隙間からは、ぼんやりと…傷痕が見える。
切り傷ではなく、おそらく火傷の痕。
凍夜は、フィッと梨乃の左腕から目を逸らして言う。
「話してくれないか」
「………」
梨乃は暫く黙り込んだ後、小さく頷いた。

梨乃の左腕に残る火傷の痕。
梨乃…というか海斗など、イノセンス所属エージェントの大半の故郷は同じで、異界から遠く離れた地にある。
故郷の名は、ニルヴァナ。
彼等は、とある目的と約束を果たす為、一旦異界に本部を移している。
梨乃の火傷は故郷にて、彼女が三歳のころについた…いや、つけられたもの。
故郷での、辛く、悲しい思い出の痕。
彼女は…目の前で両親を失った過去を持つ。
幼かった彼女に出来たのは、ただひたすら逃げること。
紅く染まった父と母を横目に、彼女はただ、ひたすら逃げた。
まだ多くの言葉を知り得ていなかった彼女だが、両親の言葉は理解したから。
『逃げなさい。出来る限り、遠くへ』
梨乃は嫌だと駄々を捏ねなかった。
それは、両親を困らせ悲しませてしまう行為だと把握していたから。
梨乃宅を突如襲った魔物の群れ。
魔物は思い出も記憶も何もかもを焼き払った。
自宅から離れた丘の上。
思い出を包み払う不気味な炎に、梨乃は泣き崩れた。
どうすることもできない自分を憎んで。
大声で泣き叫ぶ中、彼女はいつしか気を失う。
丘の上、涙に濡れた梨乃は、その後、イノセンスマスターに保護され、現在に至る。
彼女が組織に身を置く理由は二つ。
一つは、マスターへ恩返しをしたい。
そしてもう一つは…仇を討ちたい。
両親を殺め、大切なものを容赦なく奪っていった魔物に復讐したい。
何度も夢に見る、無力な自分。
その度に梨乃はこうして、中庭で膝を抱えて一夜を過ごしていた。
呟くように、己の過去を吐き曝した梨乃。
凍夜は梨乃の過去に、自らの過去を思い返す。
…あまりにも、重なり合ってしまったが故に。
彼もまた、復讐を糧に生きてきた人物。
十五年前、凍夜は唯一の肉親であった妹を失った。
彼の妹を殺めたのも、また、異形なる存在…魔物。
どうすることもできなかった。
妹が助けを求めているのに、どうすることも。
凍夜が脇目も振らずに泣き崩れたのは、後にも先にも…この時だけであろう。
涙が枯れるまで泣き、彼は妹の亡骸の前で誓う。
『復讐を』
けれど、自分には力が足りない。
そこで彼は欲した。
大切なものを護る為に、闇の力を。
二度と、あんな惨めな思いをせぬように。
大切な存在を護り抜けるように。
その為ならば、悪魔に身を、魂を捧げることくらい…序の口だった。
欲した力を得て間もなく、凍夜は復讐を果たす。
けれど復讐を果たした後に彼を襲ったのは満足感ではなく、虚無感。
雨に打たれて彼は頭を垂れる。
前髪を伝って地に落ちる雫が、雨だったのか涙だったのかは理解らない。

自身の過去を話し、凍夜は梨乃の頭にポンと手を乗せる。
とてもよく似た境遇の二人。
けれど大きく異なる点が一つ。
既に復讐を果たしたか、これから果たすか…。
「お前には…俺のような生き方はして欲しくない」
ポツリと呟く凍夜。
復讐が悪いとは言わない。
けれど…自分と重ね合わせると、どうしても…それに賛同することは出来ない。
糧である復讐を果たしてしまった後の虚無感を、梨乃に経験してほしくないから。
梨乃は凍夜に抱きつき、声を殺して泣いた。
自分を思いやっての言葉。優しい言葉。
似た境遇に生きてきた人物の、深く重い言葉。
確かにその暖かさを感じるのに、復讐の気持ちは払えない。
その矛盾に、梨乃は泣いた。
凍夜は梨乃の頭を撫で、ただ無言で受け止める。
矛盾の涙を。


翌朝―――
自宅に溜め込んである仕事を片付けようと身支度を手早く済ませる凍夜。
部屋を出て、扉に鍵をかけていたときだった。
「おはよう、ございます」
掠れた声で梨乃が声をかける。
凍夜は淡く微笑み、返した。
「おはよう」
「戻るんです…か?」
「あぁ、仕事があってな」
「そうですか…」
少し寂しそうな表情を浮かべる梨乃。
梨乃は俯き、しばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げた。
そして、凍夜を見上げ、ジッと見つめて、乞う。
「あの、凍夜さん。昨晩のことは…秘密にしてください」
凍夜はクッと笑い、梨乃の肩に手を乗せると、
「勿論」
ただ一言そう言って、スタスタと歩き自宅へと戻って行った。
振り返ることなくヒラリと手を振る凍夜。
梨乃は、彼の背中を、ただジッと見つめていた。
見えなくなるまで、ずっと。
『ありがとう』
そう、心で何度も呟きながら。

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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

7403 / 黒城・凍夜 (こくじょう・とうや) / ♂ / 23歳 / 退魔師・殺し屋・魔術師
NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント

■■■■■ THANKS ■■■■■■■■■■■

こんにちは! 毎度さまです。
ゲームノベル ”INNOCENCE” への参加・発注ありがとうございます。
うん…('-'*) やはり、ちょっとシリアス風味になりました。
似た境遇にある二人の御話が紡げて、とても嬉しいです。
これからも、梨乃をよろしくお願いします(少しばかり語弊が…)
気に入って頂ければ幸いです。 是非また、御参加下さいませ。

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2008.03.23 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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