コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


WDお菓子作り対決



 草間・武彦は、手渡された手紙を読んだ後で頭をかきむしった。
「すっかり忘れてた‥‥‥」
 思わず零れるそんな呟き。 忘れてはいけない事を忘れてしまっていた武彦は、自分の記憶力を呪うと共に、目の前でニンマリと笑っている瀬名・雫を見下ろすと何か良い言い訳はないかと考え込んだ。
「あのな‥‥‥」
 ニッコリ。 反論を許さない笑顔を返され、武彦は肩の力を抜いた。
 バレンタインデーはあれだけ騒ぐのに、ホワイトデーはかなり地味だ。その地味さゆえにお返しをしない、または忘れると言う人が多い。
 武彦もその一人で、ホワイトデーにお返しをすることはあまりしない。気づいた時には過ぎてしまっている時が多い。
「貰った物にはお返ししないと!手間がかかってるんだから!」
 2月某日、そんな雫の訴えに、今年は忘れないからと言った武彦。しかし、やはりと言うべきか、彼はすっかり忘れていた。
「忘れた場合は‥‥‥」



 白いエプロンに帽子を被り、武彦はキッチンの前で呆然と立っていた。
 第3回、WDお菓子作り対決と書かれた背後のセットを見上げ、数日前に雫から手渡された番組の概要に目を通す。
 調理時間は1時間、何を作るかはお任せ(お菓子であれば何でもOK)出場チームは全6チーム。
 審査の結果見事1位に輝いたチームには、番組が厳選した美男美女との豪華ディナー。最下位のチームは、自身が作ったお菓子を番組が厳選した美男美女10人に愛の告白と共に手渡し、振られる。
 ――― なんなんだ、この最後のやつは‥‥‥
 振られると、最初から決まっているのが切ない。いくら演技とは言え、10人にも振られ続ければ結構精神的に来るのではないか?
 2位はレストランのお食事券1年分、3位はお米1年分、4位はお菓子1年分となっている。
 武彦の目には、2位と3位の商品が魅力的に見えた‥‥‥。


* * *


 武彦からのSOSに応え、急遽テレビ局へと応援に駆けつけたシュライン・エマは、愛用の白い割烹着で武彦の隣でぽよんと立ちながらゲスト席に座る雫に小さく手を振った。
 目に痛いほど派手に飾り付けられたセットに閉口しながら、番組司会者が出場チームを読み上げるのを黙って聞く。 シュライン・武彦チーム以外に5チームあったのだが、ざっと見た限り特別料理が得意そうな人はいなさそうだった。 もっとも、人は見かけでは判断できないため、油断はならなかったが。
 雫が隣に座るアイドルに声をかけ、クスクスと声を上げて笑う。二人の後ろ、上段に座っていた若い俳優が話しの輪に入り、両隣に座っていた女優も耳を傾けて微笑む。 カメラは番組の内容を説明する司会者へと向けられており、ゲスト席の人々は肩の力を抜いていた。
「本当に綺麗な子達ばかりね‥‥‥」
「芸能人だからな」
「でも、事務所に訪れる方々で免疫ついちゃってるから、さほど驚きはしないわね。 極上の方々が多いものね」
「あそこに座ってても違和感ないやつらがかなりいるよな‥‥‥」
 武彦の言葉に大きく頷く。 喋らなければ、夢幻館の片桐・もなが雫の隣にいてもなんら問題はないだろうし、上段の俳優の隣に梶原・冬弥が座っていても違和感はない。
 ――― うちに来れば、モデル候補も俳優候補もアイドル候補も沢山いるんだけどね‥‥‥
 でも、例え声をかけられたとしても断る人が大半かな。 そんな事をボンヤリと考えながら、シュラインは青色の瞳を武彦に向けた。
「やっぱり、狙うのは3位のお米よね?」
「そうだな。 2位のレストランお食事券1年分も魅力的だが、3位のお米1年分には敵わないな」
「そうよねー。 それにほら、白いからWD用のお返しに雫ちゃんにお裾分けしてみたらどうかしら」
 シュラインの言葉に、武彦がポカンと間の抜けた顔をする。 しかしシュラインはかなり本気だ。顔は少しも笑っていないし、完全な真顔で言ってのけている。
「しゅ、シュライン‥‥‥?」
「それに、零ちゃんも喜ぶと思うのよ。 お米が手に入ったら、雫ちゃんの分を綺麗にラッピングして、残りを零ちゃんにあげたらどうかしら」
「綺麗にラッピングって‥‥‥どうやって?」
「リボンかけたり、色々出来るでしょ? もしお米を無事に入手できたら、帰りにリボン買って帰りましょ」
 色々と不憫なシュラインだったが、彼女自身は何も気づいていない。
「さて、何作ろうかしら」
 既に思考はお菓子作りモードに移行しており、隣で武彦が泣きそうになっているのも気づかない。
「ホワイトデーと言ったら、マシュマロ食べる日よね」
 そう独り言を呟き、頬に手を当てると眉を寄せ、難しい顔でじっと一点を見つめる。
 シュラインの中では、ホワイトデーはバレンタインのお返しを貰う日だと言う認識は失われていた。
「それを使ったお菓子にする? マシュマロ入りトリュフとドーナツとか。 チョコ溶かしたり揚げたりは担当するから、マシュマロをチョコで包んだり生生地丸めたりするのは武彦さんお願いね」
 爽やかにそう提案して隣を見れば、いつの間にか武彦がいなくなっている。
「あ、あら? 武彦さん?」
 キョロキョロとパートナーの姿を探していた時、テレビ的に面白いと思ったのか司会者が不意にこちらに話を振ってきた。
「おぉーっと!草間チームの草間・武彦さんが厨房の隅っこで体育座りをしています!何があったのでしょうか!?」
 司会者の言葉通り、厨房の隅っこには三角座りをしながら床にのの字を書く武彦のどんよりとした背中があった。
「た、武彦さん、どうしたの!?」
「マシュマロ食べる日って、マシュマロ食べる日って‥‥‥米をあげるって、どうして‥‥‥」
「もー、武彦さん、そんなにお米あげたくないの?」
「そうじゃない。そうじゃなくて、どうしてもっとこう‥‥‥なんか、ないのか!?」
「ぎゃ、逆ギレ!?」
「おぉーっと!どうやら仲違いしているようです、一体何があったのでしょうか!?」
「みんな、あんなカップルにならないよう、お返しはきちんとしようね。 そうでないと、ホワイトデーがいつの間にかマシュマロを食べる日に、バレンタインはチョコを食べる日になっちゃうかも知れないよ!」
 雫の可愛らしい注意に、会場から拍手が沸き起こった。



「もう一度言うからよく聞いててね武彦さん」
 何とか武彦を隣に立たせ、シュラインは腰に手を当てると武彦に先ほどと同じ提案をした。
「マシュマロ入りトリュフとドーナツを作ろうと思うの」
「あぁ、良いんじゃないか。シマウマ入りトリオと同列」
「‥‥‥武彦さん、意味が分からないわ。 気をしっかり持って!」
 シマウマ入りトリオがどんなトリオなのかも気になるが、それと同列とはなんだか悲しい‥‥‥。
「チョコを溶かしたり揚げたりは担当するから、マシュマロをチョコで包んだり生地を丸めるのは武彦さんお願いね」
「分かった。シュラインはチョコをどかしたり上げたりを担当するんだな。それで、俺はマシュマロをチョコで包んだ記事を書いて纏めれば良いんだな?」
「もー、武彦さん! しっかりっ!!」
 ドンと背を叩いた時、丁度調理開始の合図の笛が鳴った。 未だにボンヤリとしている武彦をそのままに、手早くチョコと生クリームを弱火で混ぜながら溶かし、火から下ろした後の練りは武彦に任せる。
 卵を割って砂糖を加え、牛乳と溶かしバター、バニラエッセンスを加えて混ぜておいてねと指示を出し、自身は薄力粉とベーキングパウダー、塩を用意すると先ほど武彦に渡したボウルの中に振るい入れる。
 ドーナツ用の出来上がった生地とマシュマロトリュフ用のチョコを冷蔵庫に入れ、暫く待った後で取り出すとココアを敷いたバットを用意し、マシュマロをチョコで包みんでこの上を転がすようにと武彦に指示を出す。
 武彦の歪な形のチョコを横目で確認しながら、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。
 ――― たとえ歪な形になっても気にしない、気にしない。 ココアパウダーで隠れちゃうでしょうし
 出来上がったチョコを再度冷蔵庫に入れ、ドーナツの生地を取り出すとドーナツ型に整える。 勿論ここでも武彦作のドーナツはどこか歪んでいたが、こちらも気にしないでも大丈夫だ。粉砂糖を型紙通しに掛けたりして飾れば見栄えは十分するだろう。
 高温の油の中にドーナツを入れ、狐色になるまで揚げる。 熱いうちに砂糖をまぶし、武彦が摘まみ食いをしようと手を伸ばすのをピシャリと叩いて止める。
 マシュマロ入りトリュフとドーナツをお皿に並べ終えた時、丁度終了の笛が鳴り響いた。


* * *


 他の参加者達のお皿を覗き込んでみれば、ショートケーキやミルフィーユなど、かなりの力作もあれば飾り気のないクッキーもある。 シュラインと武彦の作ったマシュマロトリュフとドーナツは見た目こそは派手なお菓子達に引けを取っていたが、味は負けていないと思っていた。
 ゲストが次々に試食をし、簡単な感想を述べる。 聞いている限りミルフィーユの人気が高そうだ。
「あ、このトリュフ中にマシュマロが入ってるんだー!おいしーい♪」
 今人気のアイドル歌手が口元に手を当てながら華やかな笑顔でそう言い、隣でクッキーを食べていた俳優に食べてみなよと声をかけている。
「ドーナツも素朴な味がして美味しいですね」
 おっとりとした雰囲気が売りのモデルがそう言い、沢山食べたいけれど太っちゃうかも知れないからと呟きつつ、もう1つだけと手を伸ばしている。
「良かったわね武彦さん、好評みたいで」
「あぁ。 これなら何とかビリだけは免れそうだな」
 流石にシュライン同様美男美女には慣れている武彦でも、10人に連続で振られると言うのは遠慮したいらしい。
「無事に3位になれると良いわね」
「‥‥‥なぁ、シュライン。ちょっと帰りに行きたいところがあるんだが‥‥‥」
「長いリボン売っているお店なら、さっきカメラマンさんに聞いたわよ」
「まだ米を贈ろうとしてるのか!?」
「だって、白いし‥‥‥」
「白ければ良いって問題でもないだろ!」
 微天然が入っているらしいシュラインに、武彦が複雑な表情を浮かべる。 どう言ったら通じるのかと頭を悩ませていた時、司会者の華やかな声が響き渡った。
「厳正なる審査の末、第3回WDお菓子作り対決の優勝者が決定いたしました! 栄光を手に入れたのは‥‥‥」
 一瞬の静寂の後、シュライン達の右隣にスポットライトが向けられた。 やはりミルフィーユを作ったペアで、ディナー券を貰って喜びに顔を染めている。
「僅差で敗れた第2位はイチゴのショートケーキを作ってくださった小山さんチーム。 第3位は素朴な味わいのドーナツとマシュマロトリュフを作ってくださった草間さんチーム。 第4位は‥‥‥」
 見事狙っていた3位に入ったシュラインは、お米1年分の券を受け取りながら武彦を見上げた。 これでホワイトデーのお返しは出来るし興信所の食費は助かるしと喜ぶシュラインの隣で、武彦は渋い顔をして立っていた。
「シュライン、もう撮影も終わりだろうし、付き合ってほしいところがあるんだ。 リボンを買うんじゃないんだけどな」
「あら、それじゃぁどこかしら?」
「さっき瀬名に、ここらで美味しい菓子屋があるかどうか聞いてみたんだ。 で、近くにあるらしいから、そこで‥‥‥その‥‥‥」
「そうね、やっぱりお米の他にも甘いものをあげたほうが良いわよね。何せホワイトデーはマシュマロを食べる日なんだし、雫ちゃんも零ちゃんもマシュマロを‥‥‥」
「わ、悪かったって!今までバレンタインに貰っておきながらお返しをしなかったのは悪いとは思ってるけど、だからってそんなに責めなくても良いだろシュライン!」
「‥‥‥え? ホワイトデーって、バレンタインのお返しの日だったんだっけ‥‥‥?」
 心の底から本気で忘れていたシュラインに、武彦が大きな溜息をつくとガクリと肩を落とす。
「毎年忘れてるんだから、自業自得ー! でも、ちょーっと同情しちゃうかな」
 いつの間にか背後に来ていた雫がクスリと微笑むと、シュラインの耳元で小さく囁いた。
「草間さん、誰よりもシュラインさんにお返ししたかったみたいだよ?」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員