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<東京怪談・PCゲームノベル>


◇青春流転・弐 〜雨水〜◇



(……?)
 ふ、と何かが意識に引っかかり、歌添琴子は足を止めた。
 何と言うことのない街の景色が周囲にはある。一体何が引っかかったのだろうと周囲を見回そうとし――はっと驚きに息を呑んだ。
 すぐ近く、どうして気付かなかったのだろうと思うほどの至近距離に、その人はいた。
「お久しぶりです。…覚えていらっしゃいますでしょうか」
 青銀の髪を揺らして微笑む和装の人物――ソウ。 以前に一度だけ――けれど忘れられない邂逅を果たした人物。
「今日は、先日のお礼をさせていただこうと思いまして。少し、お時間をいただけるでしょうか。――都合が悪ければ、そう仰ってください」
 紫水晶のような瞳が、静かに自分を映した。
 周囲の音が遠い。自分達だけ周囲から膜一枚隔てられたかのような感覚を覚える。
 それが錯覚なのか、それとも前回のように不可思議な力によるものか――そう考えながら、ほんのりと頬を染めた琴子は笑みを浮かべる。
「こんにちは、ソウ様。またお会いすることができて、とても嬉しいです」
「ふふ、そう言って頂けると、こちらとしても嬉しいですね」
 彼に会えて嬉しい、と言うのは、社交辞令などではない。
 庭にある桜の樹を見上げるたび、消えた痣のこと、そしてソウのことが思い起こされて、心が騒いだ。
 それが何に起因するものなのか、はっきりとは分からない。まだ彼とは一度会っただけなのだから。
「それで、お礼なのですが…歌添さんさえよろしければ、お茶をご馳走させていただけませんか。たいしたおもてなしは出来ませんが、桜の美しさだけはお約束できますよ」
「『桜』ということは、場所は先日の…?」
「ええ。他にいい場所を思いつかなかったのもので…。『道』は殆ど繋げていますから、移動に時間はかかりませんよ。…とはいえ、お礼になるかどうかは、少々自信がないのですが」
 言って苦笑するソウに、琴子は口元を綻ばせる。
「お気になさらないで下さい。私にとっては、ソウ様がお傍へ私を招いて下さることが、何よりのお礼ですわ」
 琴子の言葉にソウは一瞬虚をつかれたように瞬いて、それから破顔した。
「……なんだか、照れますね。――それでは、行きましょうか」
 言って、自然な動作で琴子の手を取ると、歩き出した。

◇ ◆ ◇

 ソウに導かれるように――実際に導かれていたのだろうが――歩くこと数分。
 ソウと初めて出会った場所――一面の青と狂い咲きの桜がある場所へと辿り着いた。
 ただひとつ以前と違うのは、その風景の中に、日本家屋らしき建物があることだった。
「少し待っていて下さい」
 その建物の桜に面した縁側に琴子を座らせ、ソウは建物の中へと入っていく。
 残された琴子は、落ち着きなく視線をさまよわせた後、ふと気付く。
(人の気配が、ない…?)
 『位相がずれている』からか、外から建物の全体像は把握することが出来なかった。けれどソウ1人で住むような広さではなかったのは確かだ。にもかかわらず、まったく人の気配を感じない。
 不思議に思いながらも桜を観賞していた琴子だったが、背後からの足音に振り返る。
「お待たせしました」
 盆を掲げたソウが、そこにいた。微笑みながら琴子の横へと腰を下ろす。
 そして盆から茶器を下ろし、手馴れた動作で手早く茶を点てて、琴子へと差し出し――一連の動作に目を丸くする琴子に、ああ、と頷いた。
「私は形式などには拘らない方なので……お気を悪くされたら申し訳ありません」
「――いいえ、そんなことは…。頂きますわ」
 少々慌てて受け取り、口をつける。抹茶の香りがふわりと広がった。
「おいしいです」
「それはよかった」
 自分の分を点てたソウもまた、茶を嚥下する。
 そして茶器が載っていたものとは別の盆を引き寄せ、上に載っていた茶菓子を指し示す。
「お茶請けも用意してありますから、ご自由にどうぞ。……『お礼』がこんなもので、本当に申し訳ないですが」
「いいえ。こうしてソウ様と過ごせるだけで、充分ですから」
 心からそう言って、琴子は微笑んだ。

◇ ◆ ◇

 桜を眺めながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。時折下りる沈黙も不快なものではなく、むしろ心地よいものだった。
 幾度目かの沈黙の後、琴子はずっと――前回ソウと会い、言葉を交わしてからずっと――気になっていたこと、そして考えていたことを、ソウに伝えることにした。
「春は始まりの季節と表現されることが多いけれど、あなたは春が…自分で最後だとおっしゃった。私、気になって――」
 桜から琴子へと視線を移すソウ。琴子は少し躊躇いながらも、己の思いを率直に綴る。
「こうして巡り会えたことで、ソウ様のお力になれることがあるでしょうか。ソウ様はお役目があってここにいらっしゃるのでしょうから…」
 その言葉に、ソウはほんの少し瞳を見開いた。
 琴子はさらに続けて言葉を紡ぐ。
「お力になれるかだなんて、わかりもしないのに……きっと私、何か口実を作ってまたお会いしたいだけなのです。ソウ様と次に会えるかわからないと思うと、寂しくてなりません。――…このまま、私をこの場所に留めおいていただくことはできませんか?」
 ソウは戸惑うように視線を彷徨わせ――そして静かに口を開いた。
「そのお気持ちは、とても嬉しいです。まだたった一度――今日を入れても二度しか会っていない私に対して、そのような気持ちを抱いていただけるとは、思ってもいませんでしたから。けれど――」
 言葉を切って、ソウは目を伏せる。
「貴方をここに留め置くことは、出来ません。……この場所は、通常貴方が過ごす場所とは位相がずれています。あまり長くない間ならば影響はありませんが、封印解除が終わるまで――穀雨までここに留まっていれば、間違いなく身体に異変が起こるでしょう。前例がないので確かなことは言えませんが…」
 返された言葉に、少しだけ落胆する。理由があるのならば仕方ないが、それでもできるのならば彼の傍に居たかった。
 つい俯き加減になった琴子の耳朶に、静かなソウの声が届いた。
「ですが、貴方が私に会いたいと思ってくださるなら――次を、約束することは出来ます」
 顔を上げた琴子を見つめ、ソウは柔らかな笑みを浮かべる。
「次の――啓蟄の頃。歌添さんさえ良ければ、また会って頂けますか? ……私も貴方に、会いたいですから」
「……もちろんです」
 応えた言葉に、ソウはふわり、と笑みを深めた。

◇ ◆ ◇

 「あまり長い間引き止めても申し訳ないですから」とのことで、元の場所へとソウに送ってもらい、別れた後。
 ふ、と以前痣らしきものが浮かんだ場所を見下ろす。
 そこには一片の桜の花びらの形をした模様があった。ソウに会う前にはなかったはずのそれが、ソウとの繋がりの証のように思えて、無意識に頬が緩む。
(また、――)
 また、会える。
 自分だけでなく、ソウもまた、自分に会いたいと思ってくれているのだという事実が、とても嬉しい。
 浮かんだ桜の花びらを一度だけ指先でなぞり、微笑む。
 温かな気持ちを静かに噛み締めながら、琴子は帰路に着いたのだった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7401/歌添・琴子(うたそえ・ことこ)/女性/16歳/封布師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、歌添さま。ライターの遊月です。
 「青春流転・弐 〜雨水〜」へのご参加有難うございます。
 お届けが遅くなりまして申し訳ありませんでした…。

 ソウとの2度目の接触、いかがだったでしょうか。
 こう…色々、やりすぎたかな、とか思ったり。
 妙に書いていて恥ずかしかったです。いや、まだまだ序の口みたいなものですが。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。