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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



 今日は学校帰りにそこに立ち寄ることにしていた。先日のお礼のためだ。
 渡された地図を頼りに妖撃社を目指した。手には学生鞄と、ラタンのバスケット。お気に入りのそれには、名護玲のお手製・サーターアンダギーが詰め込んである。
 玲の身を包む着慣れないブレザーの制服。たいしていつもは気にしていないが、今日はちょっと気にしてしまう。変じゃ、ないだろうか?
 妖撃社があるのはそれほど人通りの多くない場所だ。玲は建物の前に立った。
 4階建ての簡素なコンクリート・ビル。1階は無人なので、2階より上に行かなければならない。外から見たかぎりでは、不可思議な会社が入っているとはとても思えなかった。
「……支部長さんや、メイドさ、ん。女の子が多そう、だから……お菓子に、してみたけど…………」
 だけど。
 脳裏に浮かぶマモルの姿に玲は少し視線を伏せた。
「露日出さん、男のひと、だから……甘いの、だめ、かな。心配」
 人数がわからないため、多めに作ってきた沖縄のお菓子。こちらではあまり馴染みのないものだが、お礼にと考えるとこれしか浮かばなかったのだ。
 玲は決意して建物の中に足を踏み入れ、階段で二階へ向かう。そして妖撃社のドアを開いた。
(ど、どうしよ……う。声、かけたほう、が……)
「あら。いらっしゃいませ」
 声をかけられ、玲はびくっとして身を震わせる。メイドの少女がいつの間にか現れてこちらを見ているではないか。いや、もしかしてさっきからそこにいた?
 玲は頭を軽くさげた。
「こ、こんにち、は。あの……今、お邪魔しても、大丈夫です、か?」
「大丈夫ですわ。フタバ様をお呼びしましょうか?」
「えっ。あ、の……先日のお礼に」
「では呼びましょう。こちらでお待ちを」
 掌で「こちら」と示す彼女。前回と同じく来客用のソファに、玲は座ることになった。
 座って待っていると、葦原がやって来て微笑んだ。
「こんにちは」
「あっ」
 玲はすっくと立ち上がって深く頭をさげた。
「先日は、ありがとう、ございまし、た」
「え?」
 きょとんとする葦原に、顔をあげた玲がもじもじして言う。
「地図の、おかげで、眩暈とかせず、に出かけれて、ます。こ、の街に、来たばかり、のときは、本当に大変、だったので……」
 ばっ、とラタンのバスケットを両手で持って葦原のほうに差し出した。
「あの、よければ、これ……お礼、です。お菓子、なんですけれど、そんなに甘くは、作ってない、です」
「え……でも、」
 ちょっと困ったように眉をひそめる葦原は、ぐっと唇を引き結んで玲を安心させるように笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。社の者といただきます。
 お茶を淹れますから、一緒に食べませんか?」
「え……で、でも今日は、お礼、に」
 来ただけで。
 戸惑う玲の前の葦原は腰をあげる。
「仕事の報酬はいただいていますから。せっかくだし、みんなでいただきましょう。ね?」
 セリフの後半は柔和な口調になった。仕事用からプライベートに切り替わったように。
 そういえば彼女は玲とそれほど年齢が違わないように見える。今だって、玲とは違うブレザーの制服姿だ。どこの高校だろう?



 事務所は二分されている。入ってすぐに衝立があり、まるで迷路の入り口のように左右にしか行かせないようにしてある。右に行けば来客用。左に行けば社員たちのデスクが広がる場所に着く。無論、社員の仕事場のほうが広くとってある。
 そこに通された玲は恐縮して肩をすくめていた。見慣れない顔が幾つかある。
(あ。露日出さ、ん)
 一番手前に座っているフードの青年は間違いなくマモルだ。しかし他にも二人いる。
 長いすに転がっている栗色の髪のポニーテールの少女。デスクの上の人形? に向けていた顔をこちらへと遣る幼い美少年。見覚えのない人物だ。
 マモルは立ち上がって微笑んだ。相変わらずフードで陰になって、顔がよく見えない。
「名護さん、こんにちは。今日はどうかしたの?」
 声を聞いた瞬間、玲は緊張が和らぐのを感じる。少し控えめなこの声は、安心させてくれるものだ。
「お礼、に……来まし、た」
「名護さんが差し入れてくれたこれを、みんなで食べようと思って」
「お茶を淹れましたよ〜」
 葦原の言葉に声をかぶせてきたのはあのメイド少女だった。彼女は盆の上に紅茶を淹れたカップを並べて持ってきたのだ。
 マモルはデスクの上のファイルを片付ける。彼の横にあるデスクは整理整頓されているので片付けるまでもない。二つのデスクの上にお茶と、玲の持ってきた菓子が並べられた。
「どうぞ」
 マモルが自分のイスを玲にすすめる。メイド少女は隣のイスに葦原を座らせていた。
「あ、りがとう、ございま、す」
 裏返りそうな声で玲が礼を告げると、マモルはにっこり微笑む。彼は優しい。
「これなーに? ボール型のドーナツ?」
 ポニーテールの少女が近寄ってきて、サーターアンダギーを指差した。玲は「あ」と呟いて首を緩く左右に振った。
「サーターアンダギーで、す。沖縄の、お菓子で」
「? ご、ごめん。よく聞き取れなかった。もう一回」
 怪訝そうにするポニーテール娘に、もう一度「サーターアンダギー」と言う。彼女は頭の上にハテナマークを浮かべ、「さ、さーた、あ、あんだ」と何度か反芻していた。
「はじめまして。上海から日本に来ています、クゥ、といいます」
 にこーっとあどけない笑顔を浮かべて片手を差し出してくる美少年に、玲は慌てて右手を差し出した。彼は握手をして、愛想のいい笑みで玲を見てくる。
「仲良くしてくださいね、おねえさん」
 耳をくすぐるような可憐な声だ。玲は彼の容姿のこともあって、頬を軽く染めてこくこく頷く。彼はきっと将来、素敵な男性になることだろう。
 まるできらきらと輝く粒子を飛ばしているかのようなクゥではあるが、周囲はなんだか嫌そうな表情を浮かべている。マモルは苦笑。ポニーテール娘は渋い顔。葦原は嘆息している。
「み、んな……お若い方ばかりです、ね」
 どきどきして周囲を見る玲に、葦原は全員を紹介していく。
「日本にはわりと若いメンバーが確かにそろってるわね。こっちがアンヌ。で、シン」
 アンヌと呼ばれたメイドはぺこっと頭をさげた。シンというのはポニーテールの少女だ。彼女は「やっ」と軽い挨拶をして片手を挙げた。気さくな感じの少女である。
「全員うちの社員です。それぞれ得意分野が違うから、個性的なんですけどね」
 そう説明している葦原のことなどお構いなしに、シンがサーターアンダギーの一つを軽く摘んで口へと運んでいた。そのわき腹にアンヌがすばやく肘を打ち込む。
「ぐっ、ごほっごほっ」
 むせるシンが涙目になる。振り返った葦原は不思議そうにするが、アンヌが「なんでもありませんわ」と笑顔で答えていた。

 玲の作った菓子は好評だった。マモルも「美味しい」と笑顔で言ってくれた。
「甘いの、大丈夫です、か?」
「え? 俺は平気だけど……。甘いのが嫌いな人って……うちの社にはいないかな」
「そうです、か」
 良かった。安堵する玲は紅茶のカップに口をつける。その香りに驚いた。
 これはもしや、高級な紅茶なのだろうか? こんなにいい香りだし……。
 口をつける。お茶も普段飲んでいる安い紅茶とは雲泥の差があった。
「これ……おいし、い」
 感動する玲に、アンヌが微笑む。
「ありがとうございます。わりと安価な茶葉を使ったのですが、そう言ってもらえて嬉しいですわ」
 安い茶葉とは思えない。これはアンヌのお茶の淹れ方が良いからなのだろう。
「……シン、そんなにたくさん食べてると、夕飯が食べられなくなるわよ」
 葦原のぼやきに次から次へと食べていたシンは首を傾げている。もぐもぐと口を動かしているので、喋られないのだろう、今は。
「おなかがいっぱいになって、夕飯が入らなくなるって意味よ。わかる?」
「…………」
 こくこくと頷くシンはそれでもまた一つ掴んで口に運んだ。嘆息する葦原がシンに説教を始めた。
「そうやって食べてばかりとか、飲んでばかりとか、寝てばかりっていうのは体に悪いのよ、シン。事情はわかるけど、やっぱり適度にしないと」
「…………」
 食べ続けるシンはきょとんとして葦原の話を聞いている。
 不思議そうにその様子を見ている玲に、クゥが説明した。
「僕とシンは上海から来たんです。シンも僕も、まだ日本語には少し不自由なんですよ?」
「そうなんで、すか」
 ということは、ここにいる3人は外国人ということか。葦原とマモルは日本人で間違いはないはず。
 玲はクゥにじっと見られていることに気づいて不審そうにする。クゥはにこっ、と可憐な笑みを浮かべて返すだけだ。
(な、なんでそんなに……見てくるんだ、ろ)
 あまり凝視しないで欲しいのだが……。
「名護さん、お菓子とか作るの得意なの?」
 マモルの声にハッとして、玲は彼のほうを向く。ち、近い。
 綺麗な銀色の瞳が見え隠れする。どうして室内なのにフードを脱がないのだろう?
「あ、家事は、わりと得意で、す」
「そうなんだ。お菓子作れるのって、俺みたいなのからすればすごいことだよ」
「おれみたい?」
「あ、いや、一般的な男は、あんまり菓子づくりとかしないっていうか……」
 後頭部を困ったように掻くマモルは頬が少し赤い。照れている……?
(もしかし、て……露日出さんは、家事とか得意じゃな、いのかな……)

 玲の持ってきたバスケットが完全に空になってしまった。これには驚くしかない。
「あの、お仕事の邪魔じゃなかったで、すか?」
 びくびくしながら訊くが、葦原は首を横に振った。
「邪魔だったらそう言っています。ご安心ください。
 とても美味しかったです、お菓子」
「…………葦原、さん」
「はい?」
「下のお名前、訊いてもいいです、か?」
「葦原双羽です。またお困りの際は妖撃社をよろしく」
 ちゃっかりしている双羽に玲は唖然とした。彼女は商売人だ。
 玲は空になったバスケットと鞄を手に、勢揃いしたメンバーの前で一礼する。
「本当に、お世話になりまし、た。露日出さんも、地図、ありがとうございま、す」
「えっ、あ、いや」
 どこか照れ臭そうに苦笑するマモルの横で、シンが「またね!」と手を振っていた。
 ドアを開けて事務所から出た玲はほっと息をつき、歩き出した。足取りは、軽い。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7385/名護・玲(なご・ほまれ)/女/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、名護様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 お礼の差し入れは全員で完食したようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。