|
三十過ぎたら、男は自分の臭いに責任を持たねばならない
------------------------------------------------------
OPENING
「………」
くんくん、と自分を嗅いでいる武彦。
何を馬鹿なことをしているのか…とお思いだろう。
武彦は今、確認しているのだ。自分を。
ことの始まりは、先程見た雑誌に載っていた記事。
零が愛読している雑誌で『イイオトコはイイ香り』という特集がされていた。
その雑誌は女性誌の為、記事は全て女性観点である。
特集されていた『イイオトコはイイ香り』の記事には、
美しい女性が何故か皆、良い香りなのと同じように、
かっこいい男も何故か皆、良い香りなのです…と書かれていた。
一概にそうとは言えねぇだろ、とツッこみを入れつつ記事を読んでいた武彦だが、
記事の終盤にあった一文にだけは、過剰に反応してしまう。
その一文とは… 『三十過ぎたら、男は自分の臭いに責任を持たねばならない』
匂い、の漢字が違う…明らかに別物として扱われている…。
この一文に反応し、不安になった為、武彦は自分を嗅いでいるのだ。
そこまで気にしなくても…。
------------------------------------------------------
「武彦さん…何してるの、さっきから」
コーヒーをコトリとデスクに置いて苦笑するシュライン。
武彦は、うーん…と首を傾げて尋ねた。
「なぁ、俺、臭い?」
「え?」
「遠慮なく言ってくれ。頼むから」
「ふふ。どうしたのよ、突然…って、あら。なぁに、それ?」
武彦が読み耽っていた雑誌を見やるシュライン。
そこには、武彦が問いかけてきたことに納得できるような記事が掲載されていた。
「なるほどね。うーん、まぁ年齢に関係なく匂いには気を遣うべきだと思うけど」
「なぁ、臭い?俺、臭い?」
「ぷ。臭くないわよ、大丈夫。あ、でも…」
「何?でも、何?」
「煙草臭いかも。ちょっとね」
「…そうか。煙草か」
やたらと過剰に反応する武彦が可愛くて、シュラインはクスクス笑う。
あなたを臭いと思ったことはないわ。
っていうか、臭い人とは一緒に眠ったりできないしね。
んー…そんなに気にする必要もないと思うんだけどな。
清潔なら、それで良いと思うの。私はね。
お風呂上りの石鹸の香りとか、ドキドキしちゃうし。
え?オヤジくさい? 失礼ねぇ…でも、そういうのって、あるでしょう?
万人に好かれる香りっていうのは、なかなか難しいと思うけど。
清潔感のある香りを嫌う人は、そうそういないと思うのね。うん。
煙草をたくさん吸うから、そういう匂いはするけど…。
それを嫌だとか臭いとか思ったことは、ないのよね。
あ…でも、はじめのうちは、ちょっと違和感あったかも。
長く一緒にいるから、それが自然な香りになったのかもね。
やたらと自分の匂いを気にする武彦。
ついさっきまで、いつもどおり普通にダラッとテレビを見ていたのに、
今はすっかり自分の匂いに過剰反応しちゃってる。
若いコが読む雑誌の記事を真に受けてしまう辺り…。
何ていうか、ちょっと歳、とったのかな?
などと思いつつクスクス笑い、シュラインは言う。
「そんなに気になるなら、見に行ってみましょうか」
「ん?何を?」
「香水。夕飯まで、まだ時間あるし。ね」
*
商店街へやって来た武彦とシュライン。
二人は手を繋ぎ、人気のフレグランス・ショップへ足を運んだ。
ここは、とっても種類が豊富な店。
定番人気の香水から、マニアックな香水、
外国から直輸入の香水なんかも置いている。
店内は若い女の子が多い。微妙に恐縮する武彦。
シュラインはパシン、と武彦の背中を叩き、
そんなに固くなる必要なんてないわよと笑った。
「武彦さんは…どんな香りが良いの?」
「俺?そうだなぁ…うーん…何つぅか、こう…炭酸みたいな」
「ぷ。爽やかな感じ?」
「あぁ、そう、それ」
「ふふ。そうねぇ…これなんて、どうかしら。テンダーのメンズ」
「へぇ?人気なのか?それ」
「そうね。ほら、こんな感じ」
テスターをシュッと噴出してみるシュライン。
辺りに、爽やかな香りが舞う。
柑橘系の香りだ。爽やかでありつつ、どことなく色気もある。
「こういうのもあるわよ?」
「ん、どれどれ」
次々とオススメしていくシュライン。
定番人気なものは敢えて避けて、少し凝った感じで。
ルゴイスト・プラチナム、666、ルルガリブラック…などなど。
セクシーな感じもありつつ、落ち着いたオトコの香り。
それでいて爽やかで、鼻に迷惑をかけない自然な香り。
シュラインのチョイスは見事なもので、
武彦は、その全てを気に入った。
中にはボトルの形に惚れ込むものもあったり。
「どう?一番のお気に入り、見つかった?」
「そうだなぁ。これかな。一番しっくりきた」
「ルルガリブラックか。うん、いいんじゃないかしら」
「よし。じゃ、買ってくる」
「いってらっしゃい」
香水の名前が書かれた小さなカードを持ってレジへと急ぐ武彦。
途中、女子高生にぶつかって、何度も頭を下げたり、
慣れない店だから落ち着かないのか、小銭を落としたり。
そんな武彦を後ろから見やりつつ、
その微笑ましさにシュラインはクスクスと微笑んだ。
(武彦さん、可愛い…)
早速、買った香水をつけてみると言い出す武彦。
買ったばかりの玩具を、すぐに箱から出す子供のような姿。
シュラインは笑いつつ、つける時は、
汗かきやすい場所を避けて…耳の後ろ辺りと手首に少しだけ、ねと教える。
長いこと彼と一緒にいるけれど、一緒に香水を買いに来るなんて初めてのこと。
武彦が香水をつけるのも、初めてのこと。
何だか、ぎこちない動きで自身に香りを纏わせる武彦の姿は、
シュラインの目に、とても新鮮なものとして映る。
「…どうだ?」
香水を纏わせた武彦は、クィとシュラインを抱き寄せ、
彼女の唇が自身の首元に触れるか触れないかの辺りへ引き寄せた。
フワリと香る、優しく爽やかで…それでいて、少し妖艶な香り。
いつもと違う彼の香りに、微妙な戸惑いと照れ。
「い、いいんじゃないかな。うん」
シュラインは少し頬を赤らめて微笑んだ。
*
付き合ってくれた御礼に、御茶でも奢るよと言う武彦。
立て続けに出費させるのは心苦しいところだけど…。
せっかくだし、それに、武彦さん嬉しそうだし。
ここは、素直に甘えちゃおうかな。
「コーヒーの美味しい店で、ゆっくりしたいかも」
「おぅ、いいぞ。オススメの店とか…あるか?」
「うん。隠れ家的なお店があるのよ」
「へぇ。そりゃあ楽しみだ」
ジャズが流れるオシャレなカフェで優雅なひととき。
向かい合って座るシュラインと武彦。
武彦は、そうとう気に入ったのか、
自身の手首に鼻を宛がっては満足そうに微笑んでいる。
そんな武彦を、頬杖をついてニコニコと見やるシュライン。
座っているのは、窓際の席。
ときおり、風に乗って香る、優しい香り。
武彦が元々纏っている、彼自身の香りと混ざり合って、
香水の香りは、世界にただ一つの香りを作り出す。
うん…何だか、新鮮な感じ…。
優しく微笑み合うシュラインと武彦。
二人の間で、コーヒーと湯気と煙草の煙がユラユラと揺れる。
------------------------------------------------------
■■■■■ THE CAST ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂ / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
■■■■■ ONE TALK ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
こんにちは。いつも発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。
気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ宜しく御願いします(^ー^* )
------------------------------------------------
2008.04.26 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
------------------------------------------------
|
|
|