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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―梅―】



 渡された依頼書と、陣内京司はにらめっこをしていた。
「うおぉーい! なんだよこれ! 俺に素潜りしろと?」
 顔をあげて不満をつい、洩らす。支部長席に座る双羽の視線に気づき、京司は唇を引き結んだ。
「まぁ、苦手とか……そういうんじゃねぇんですけどね……。潜って何しろと?」
「調査よ」
「……そうですね」



 支部長室を出て京司は嘆息する。相変わらず支部長殿は厳しい。
 調査ねぇ、と後頭部を掻いた。まぁ肉体労働ならそれほど気負うこともないし……。
「そうだな……」
 京司は社員が使っている一角へと足を進め、覗き込んだ。
「シーン、ついてきてくれー」
 声をかけつつ視線を動かす。長イスに横になって寝ているシンの姿がある。仕事中じゃないのかよ?
 近づいて京司は見下ろす。腹部の上に組んだ手を置き、すぅすぅと寝息をたてているではないか。
「おいシン、起きてくれよ」
 声をかけるが彼女は眠ったままだ。
(そういやシンは暇さえあれば寝てるか酒飲んでるかのどっちかとか、誰かが言ってたな……)
 仕方ない。起きるまでちょっと待つか。京司は適当なイスに腰掛けて、シンが目覚めるのを待つことにした。
 眠っている彼女はどこから見ても普通の娘だ。真ん中分けされた前髪。長いまつ毛がはっきりとうかがえる。
 きっかり5分後にシンは瞼を開けた。大きく腕を上に伸ばし、欠伸をする。
「あー、よく寝た。まだ寝足りないや……」
 彼女は頬杖をついている京司の姿に気づき、きょとんとした。
「あれ? なにしてんのキョージ」
「……おまえが起きるのを待ってたんだよ。調査に行くからついて来てくれ」
 よっこいしょとイスから腰をあげた京司に続き、シンは身軽に立ち上がる。
「いーよ。よっしゃ、じゃあ行こう!」



「川の中に入れってことかよ……。何があるんだか……」
 依頼書を眺めてぼやく京司は、あっと声を出してシンに笑いかける。
「これ終わったら、居酒屋行かね?」
 妖撃社の中でもシンは一番気安くて喋りやすい。若い娘のくせに男の子みたいだし。
「イザカヤ……?」
 そういえば彼女は日本人ではなかった。
「えっと、酒飲んで、飯食うとこ、かな」
「お酒! 行く行く! でもあたし、お金ないよ?」
「……え。おまえ貧乏なの?」
「うん。上海で仕事してた時たくさん建物壊しちゃって、給料減らされてるんだ〜。残ったお金でお酒買うから貧乏だよ」
「そんなに酒が好きなのか? ……つーか、おまえ歳いくつよ?」
「17。たぶん」
「たぶん???」
 怪訝そうな京司に彼女は屈託のない表情で続けた。
「いつ生まれたかわかんないんだよ。だからそれくらいだろうなってことで」
「はあ? てかさ、おまえ未成年じゃん……」
「そうだよ?」
「そうだよって……未成年は飲酒禁止だろ」
「……日本ではそうなの?」
 あ、と京司はシンを凝視する。そういえばこいつは中国から来たんだった。
「……中国では年齢制限はないのか?」
「ないよそんなの」
 ……そうなんだ、と京司は納得した。まぁ……露骨に店員には嫌がられはしないとは思うが……ちょっと心配だ。
 目的の駅に到着し、二人は電車を降りる。ここからは徒歩で向かうのだ。



 橋の役目をしている道から、二人は川を覗き込んだ。ちょろちょろと流れる水はそこまで汚くはない。
「どうだよ? シンは何か感じ……」
「…………」
 眉間に皺を寄せているシンからは、強烈な色気が発散されている。それに仰天した京司は思わず自分の下半身を見下ろした。
(……だ、大丈夫か。なんかこう、いきなり……)
 視線をシンに戻すとひどい眩暈がする。これは気持ち悪くなるというレベルではない。……このままではマズイ。
 シンに背中を向けて京司は深呼吸をする。
(なん……? シンに欲情するとかどうかして……)
「何も感じないな! うん!」
 おどけたように言うシンのほうを、京司は振り向く。いつものシンだ。
「てことは、霊はいないってことだね。変な臭いもしないから、殺人とかもないかな。マモルがいればはっきりわかるんだろうけどなぁ、このへんは」
「…………」
「あり? どうかした? ……あっ、そっか。ごめん、気分悪くなった? 直視してるからだよ、あたしを」
「?」
「あたしに取り憑いてる魔剣の影響で、こうなっちゃうんだよねー。気の迷いだからしっかりしてれば大丈夫だよ」
「だ、大丈夫って……おまえ、これ結構すごいぞ。襲われたことないのかよ?」
「あるよ。でも全部撃退してるし。これでも純潔を護ってるのだ」
 えっへんと胸を張るシンに、京司は嘆息した。
(もしかして……シンってちょっとバカなのか……?)
「じゃあ次は聞き込みだな。手分けして聞いてみるか」
「おー!」
 拳を振り上げて頷くシンに、京司はしみじみと思う。
「……おまえいいヤツだよな」
 なでなでと頭を撫でられるシンは、きょとんとして首を傾げている。
「髪がぐしゃぐしゃになるんだけど……」
「さ、行くか」

 ――で。
 周辺に聞き込みを終えて、結果的には。
「……やっぱ潜るんだな」
 川の底が光っているという噂を解明する道は、結局そこになる。
 ざぶざぶと水の中に入っていく京司に、シンがついて来た。
「お、おい。この中まで来なくていいんだぜ?」
「ついて来てくれって言ったのはキョージだよ」
「……川の中は俺だけでいい」
 やはりシンはちょっと抜けている。それとも、日本語をきちんと理解していないかのどちらかだ。
 水位は低いので溺れる心配はまずないだろう。
 シンは水の中に入ったものの、京司に言われて川辺に戻って腰をおろした。そのままうとうとしているので京司は心配になる。こういう感情をおぼえる自分も珍しい。
「おいシン! そんなとこで寝るなよ!」
「……寝てないよぉ……」
 ぼんやりした口調で言うので、京司は呆れてしまった。
(場所はこの辺りで間違いなさそうなんだが……。春先とはいえちょっと寒いな)
 目撃された場所をひたすら手で探る京司だったが、とうとう顔を水につける。意外に冷たい。
(帰ったらこの川についても調べてみるか。とはいえ、シンの霊感に引っかからないんだったら、調べてもあんまり意味はないかもしれねーな)
 光るものが目に入り、京司はそれに手を伸ばす。
「ぷはっ」
 水面から顔をあげ、京司は拾ったものを空に掲げた。
「なんだこれ……。指輪?」
 なんの装飾もないものだ。オモチャのようにすら見える。
「これ……かな。待てよ。そんなに簡単にいくか?」
 自問自答し、京司はさらに川の中を探った。
 ゴミを除けばそれらしいものはこの指輪くらいしかない。
「おいシーン、この指輪なんか感じるかー?」
 川の中から指輪を見せる。遠目でもなんとか見える距離だからと思ったのだが、シンは瞼を擦ってこちらを凝視した。集中する瞳に、京司はぎくりとして動きを止める。
 ざわ、と背筋に悪寒のようなものが駆け抜ける。うわぁ、やっぱり。
(やっちまった……)
 呪縛されたように京司はくらくらしてしまう。だがすぐに解けた。
「呪いみたいなのかかってるから、手ぇ離したほうがいいよ、キョージ」
「……のろい?」
「それほど強くはないけど、持ってる人を不幸にする類いの念がついてる気がする」
 欠伸をするシン。京司は川からあがってくると、指輪をまじまじと見た。特になんの問題もないような気がするが……。
「これは壊したらいいんじゃないのか?」
「やめたほうがいいんじゃない? たぶん捨てないと、その指輪はキョージを持ち主だと認定しちゃうと思うよ。その時点で壊したらず〜っと念がついてまわるはずだし。恨みに近いんじゃないかなぁ、たぶん」
「たぶんって……はっきりしねぇな」
「だってあたし、剣を振り回すしか能がないからね。こういうことはミホシかアンヌに訊いたほうがいいよ。アンヌは呪術に詳しいけど、それはアンヌの得意なジャンルに限られるから、全般的だとミホシかな」
 それに、とシンが続けた。
「その指輪、もう一個あるよ。どこにあるかはわかんないけど。それが見つかるまでは放置したほうがいいんじゃないかなぁ」
「わかるのか?」
「だってそれ、ペアリングじゃない?」
 言われてみればそうかもしれない。
 濡れた衣服を見下ろして京司は嘆息した。そしてぽいっと指輪を川に捨てた。誰の手にも渡らないようにするにはこれしかないだろう、今は。
「川の底で光ってたのはアレか? それについての調査書をあげれば仕事は終わりだな」
 あの指輪の始末はまた別の仕事か。
(まぁ、それほど切羽詰った仕事じゃなくて良かったぜ)



「おつかれ!」
 仕事を終えて報告書を提出した後、京司はシンと共に居酒屋を訪れていた。
 ビールの入ったコップをかちんと合わせる。
 シンはすぐさま口をつけ、一気に飲み干した。いい飲みっぷりだ。
「ここの軟骨がまた美味いんだよなぁ。って、シン、ピッチが早くないか……?」
 ビールがジョッキになり、すでにそれが10個は空になって転がっていた。シンはさらにごくごくと飲んでいる。
「おいしいけど、冷たい〜」
「……そ、そうか……」
 店員にさらに焼酎も頼んでいる。
 これは確かに給料があっという間に飛んでしまうな……。
 酒に強い京司はそうでもないが、次から次に飲み干していくシンは顔が真っ赤だ。これは明らかに酔っ払っている。
「シン?」
「うひひ……! グゥベェ!」
 かちーんとガラスコップを合わせた。
 やれやれとタバコに火を点ける京司の手から、それが奪われた。
「ジンイ!」
「はあ?」
 灰皿にぐりぐりとタバコを押し付けるシンはケラケラと陽気に笑っている。完全にできあがっている……。
 嫌な予感がした。

(予感的中……)
 ずーんと落ち込んだ京司の向かい側の席には酔っ払ってぐでんぐでんになったシンがいる。幸いなのは、彼女があの奇妙な色気を出さないことだろう。
(こんな状態であんなのになられたら、危ないっつーの……)
 はあ、と嘆息して寝息をたてているシンを眺めた。
(こんなに大量に飲むとは……考えが甘かったな。飲ませないほうがいいんじゃ……)
 酒の味がわかるというわけでも、酒に強いというわけでもないらしい。ただ単に……。
(好きなのか、酒が)
 ていうか。
 額に手を遣って眉をひそめる。
(どうしろってんだよ……この状態……)
 まさかこんなことになるとは、予想だにしない展開だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7429/陣内・京司(じんない・きょうじ)/男/25/よろず屋・元暗殺者】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、陣内様。ライターのともやいずみです。
 シンとの調査、そして居酒屋での出来事はいかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。