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<東京怪談・PCゲームノベル>


デンジャラス・パークへようこそ 〜あなたと惑う闇〜

 季節は、変わる。
 満開の花房をたたえた枝を惜しげもなく広げ、井の頭池のほとりを絢爛たる花の海に変えていたソメイヨシノが、今はいっせいに花びらを散らしていく。息もできぬほどの花吹雪は、弁財天宮の朱色の屋根を打っては降り積もる。
 春先の青空に残るのは、花が終わったあとの、鈍色の枝だけ。
 それを儚いと思うのもいさぎよいと思うのも眺めるものの心ひとつで、桜たちはただ、彼らの営みに従っているだけなのだが。
「何ということじゃ、蛇之助。お花見シーズンが終わってしもうたぞ」
 それがさも重大なことであるかのように、弁財天宮1階カウンターを弁天はぺしん、と叩く。
「はあ。ですが今年は桜の精の皆さんもお出かけなさらず、ちゃんと咲いてくださって、お花見もできたじゃないですか」
 女神さまに何がしかご不満があるらしいことは、長い付き合いの眷属にはわかるのだが、いったい何が云いたいのやらいまひとつ掴めない。
「去りゆく桜の季節を惜しみ、わらわは、桜大福を所望するっ!」
 ……それですかぁ、と、蛇之助はがっくり肩を落とす。
「いきなりわがまま云わないでくださいよ。適当にデパ地下めぐりでもなさればいいでしょう」
「そんじょそこらの桜大福では満足できぬ。わらわの口にあうのは季節限定の、桜葉入り生大福じゃ。上品かつとろけるような桜クリームを、塩漬けの桜葉がこー、きりりと味を引き締める逸品でなくてはならぬ」
「どこかの通販サイトの受け売りみたいですが、美味しそうですね」
 自分もちょっぴり心惹かれた蛇之助は、カウンターに置かれたノートパソコンを立ち上げた。
「じゃあ、お取り寄せしましょうか。そういう生菓子は受注生産でしょうから、時間が必要かも知れませんけど」
「何日かかるかのぅ。待ちきれぬのぅ〜〜」
 花より大福の主従が、いそいそと「春の厳選スイーツお取り寄せサイト」にアクセスしたときだった。
 弁財天宮の入口から舞い込んだ桜吹雪を纏うように、ひとりの客人が現れた。
 パステルカラーのパンツスーツに、軽やかな桜色のスカーフをあしらった、羽柴遊那である。
「お久しぶりー。弁天さま、いる?」
「おお、遊那」
「これは遊那さん。いらっしゃいませ」
「相変わらずの美女っぷりじゃのう。桜の精かと思うたぞ――むむ、それは!」
 パソコンから顔を離した弁天は、はたと遊那の手元を見て、目をきら〜んと輝かせた。
 彼女は手土産らしきものを持っているのだが、ちらりと覗く包装紙に、「桜生大福」の筆文字が確認できたのだ。
「これ? 創業明治七年のお茶屋さんが開発した新作和菓子『季節限定:とろける桜生大福』よ。皆さんでどうぞ」
「友よ! 感謝するぞえ!」
 弁天はカウンター越しに、がしっ、と遊那に抱きついた。
 ノートパソコンを閉じて、蛇之助も頭を下げる。
「遊那さんっ! うう、弁天さまと共鳴してるとしか思えないこの差し入れ。ありがとうございますっ」
「よくわからないけど、喜んでもらえてよかったわ」
 桜生大福の包みに頬をすりすりしている弁天に向き直り、遊那は居住まいを正す。
「今日は、折り入ってお願いがあって、ここに来たの」
 真剣なおももちである。弁天も、ふむ、と頷いて、手土産はカウンターに置いた。
「なにやら、大事そうな話なのじゃな?」
「――ええ。デュークさんに、関することなんだけど」
 いつになく緊張している遊那の様子に、蛇之助は思わず、弁天に囁く。
(べ、弁天さま。これはもしかするともしかするかも知れませんよ。遊那さんと公爵さま――ライター『D』は、アトラスの取材でコンビを組むことも多いですし、打ち上げかたがた、ふたりきりで飲みに行ったりなどなさって、親睦を深めてらっしゃると聞き及びます)
(う、うむ。存じておる。しかしわらわの見たところ、それは、仕事仲間の信頼関係のように思えるのじゃが)
(ともかく私は、公爵さまを呼んできますから、弁天さまは遊那さんを、地下1階の応接用和室にお通しください)
(和室じゃと?)
(やはり和室でしょう、こういう場合は)

 ◆◇◆  ◆◇◆

 かたーん。ことーん。
 地下1階だというのに、何故か響いてくる、ししおどし。
 もともと応接用のフロアであるが、今日はことのほか仰々しい和の雰囲気にセッティングされている。
 広い和室の真ん中で、弁天と遊那は、向かい合って正座していた。
「こちらへどうぞ、公爵さま」
「デューク、おぬしの席はここじゃ」
 かしこまった蛇之助にしずしずと案内されたデュークは、少し不思議そうにしたが、弁天が指し示した座布団に素直に腰を下ろした。
 現れたデュークを見た遊那は、表情を引き締め、自分の座布団を外して横に置いた。
 きちんと揃えた両手を、畳につく。

「――弁天さま。デュークさんを、私にください!」

「やはりそうですよ。とうとうこの日が来ましたよ、弁天さまぁ」
 蛇之助がごくりと唾を飲み、弁天の袖を引いた。
「なんとっ! ……むぐぅ、さ、桜大福がのどにつかえて」
 皆の目を盗んで、こっそり摘み食いしていた弁天はごほごほと咳き込む。眷属は慌ててその背中をとんとん叩いた。
「でゅでゅでゅーく、ゆゆゆいなはこう申しておるが、おおお、おぬしの気持ちはどうなのじゃ?」
「はい。遊那どのがお望みであれば、謹んでお受けする所存です」
 さして驚いたふうでもなく、デュークは淡々と頭を下げる。
「くううう。わらわの大事なデュークが遠くへ行ってしまう〜。されど本人たちの意思が固いのなら、祝福せねばならぬのか……」
「そうですとも。公爵さまが公園にいなくなるのは淋しいですが、永のお別れというわけではありませんし、なによりおめでたいことで」
「うああ、だがしかしっ、わらわの燃えさかるジェラシーは蛇之助のケース同様に邪魔したい気持ちでいっぱいじゃあ〜〜〜」
「私のことは関係ないじゃないですかぁ!」
 葛藤に悶絶する弁天と、取りなそうとする蛇之助のドタバタに、遊那はきょとんと首を傾げる。
「弁天さまたち、何あんなに動揺してるのかしら? 私が受けた調査依頼にデュークさんを貸してもらうの、やっぱり申し訳ないかなぁ」
「そんなことはありませんよ。遊那どののご指名で同行させていただくのは、これが最初というわけでもないですし」
「でもデュークさんが公園を留守にしちゃうの、ふたりともとても淋しいみたいね」
「そのように思ってくださるとは、ありがたいことです」
「あ、デュークさんも桜大福食べる?」
「いただきましょう」
 弁天と蛇之助の誤解が解けるまで、遊那とデュークは、大福を食べながら待つことにした。

 ◆◇◆  ◆◇◆

「ほーっほっほっほ。調査依頼の助っ人要員に欲しいということであったか。蛇之助が早合点してすまぬのうもぐもぐ」
 遊那から詳しい事情を聞いた弁天は、ころっと態度を変えてリラックスし、足を崩して桜大福を頬ばる。
「じゃが、おぬしが協力を要請すれば調査員などよりどりみどりであろうに、あえてデュークを連れて行きたいということは――『闇』にまつわる案件かのう?」
「ええ。これを見てくれる?」
 3枚の写真を、遊那は畳の上に並べた。

 1枚目には、木と真鍮でできた古い宝石箱が写っている。蔓草に囲まれた意匠に、剣をくわえた鳩が刻印された、珍しいつくりのものだ。
 2枚目は、やはり同じ宝石箱を写したものなのだが、鳩のくちばしに剣はなく、真鍮部分が黒い錆に覆われてしまっている。
 3枚目にあるのは、ショートカットの女性が仰向けに眠っている姿だ。しかしよく見れば、彼女の胸には半透明の剣が刺さっているではないか。鳩がくわえていたはずの、まぼろしの剣が――

「眠っている女性は、知り合いのデザイナーなの。先日、東アジアのある国に旅行したとき、怪しげなバザールで写真の宝石箱を手に入れたらしいのね」
 ――これ、すごく珍しい宝石箱なの。闇の魔法が封じられてるんですって。
 そう言って得意そうに見せてくれたデザイナーは、しかしすぐに様子がおかしくなり、急を要する仕事の打ち合わせにも出てこなくなった。この写真を撮ったのは、宝石箱に興味を示して、彼女を取材するためマンションを訪問したアトラスの記者だそうだが、彼はすっかり怯えてしまい、もうこの件には関わりなくないと言っているらしい。
 写真を覗き込み、弁天が、むーん? と、腕組みをする。
「はて遊那。しかしこの手のあれこれは、某調達屋の得意分野であろうに」
「それがねえ。皆、揃いも揃って今、東京にいないのよ。とある厄介な組織があってね、そいつらを壊滅させるべく作戦練って遠出してるの」
「……それはまた、ビッグでセレブなツアーじゃの。その組織とやらに、ちと同情するぞ」
「たしかに、闇の呪詛を感じます」
 2枚目の写真を手に取り、デュークは眉を寄せる。
「この鳩は『ハルパス』のようですね。アトラス編集部の資料室で見たことがあります。いにしえの異国の王が記した、魔法書に登場する72人の悪魔のひとりで、非常に好戦的で邪悪であるのに、そのすがたは皮肉にも平和を象徴する鳩――」
「デュークさんなら、中和できるんじゃないかと思って」
「悪魔ハルパスの呪詛は、今のところ完全にこの女性を支配しています。打ち消すのは難しいですが、何とか方法を考えましょう。このかたが眠りから覚め、日常に戻れるように――弁天どの」
「何じゃ?」
「手鏡をひとつ、お借りできますか? できれば弁天どのの『水』の力で、清めていただいたものを」
「鏡とな。ふぅむ、しばし待てい」
 いったん席を外し、地下の私物倉庫に行った弁天は、艶消し銀の手鏡を携え、戻ってきた。銀の蔓薔薇と真珠で装飾されたヨーロピアンアンティークである。
「わらわの選りすぐりコレクションから、これを貸してしんぜよう。年明けに福銭を洗ったついでに清めてあるゆえ霊験あらたか、折りたたみ式で小さなバッグにも収納できて持ち運び便利、普段のメイク直しにも重宝する優れものじゃ。壊すでないぞ」
「ありがとうございます」
 手鏡を受け取って一礼し、デュークは立ち上がる。
「それでは遊那どの。まいりましょうか」

 ◆◇◆  ◆◇◆

 天を突く塔のような都心の高層マンションは、あるフロアの一角だけが黒い霧で覆われていた。
 巨大な黒い鳩の影を思わせる、禍々しい空間。くだんのデザイナーは、スタイリッシュな2DKに置かれた猫脚のベッドの上で両手を組み、眠り続けている。
 その枕元に、鳩が刻印された宝石箱が、鈍く輝く。

(……誰ぞ? 我が呪詛は祝福なり。妨げることはかなわぬぞ)

 遊那とデュークが足を踏み入れるなり、毒矢のような想念が、鳩の刻印から放たれた。
(この女は我が獲物。我が生け贄。……ほう)
 鳩の目がぎろりと動き、嘴が開いては閉じる。笑っているようだ。
(闇に連なるものよ。そなたが伴いし女も、我が生け贄に加えるとしようぞ)
 すう、と。
 眠る女の胸に刺さっていたまぼろしの剣が抜かれ、宙に浮かぶ。
 それはくるりと回転し、切っ先を遊那に向ける。

 ――ひゅ、ん!

「遊那どの!」
 庇いざまに、デュークが手鏡をかざす。
 弁財天の力が込められた鏡は、噴水のような光を放ち、ハルパスの剣をはじき返した。
(おのれ!)
 悪魔が操る剣は、見る間に巨大化して向きを変えた。デュークの身体を横なぎにしようと空を裂く。
 身をかわしながら、デュークは手鏡を遊那に渡した。
「これを――あのかたの、手に」
「わかったわ。呪詛返しね」
 瞬時に意図を理解した遊那は、ベッドに駆け寄り、眠り続ける女性の組んだ手をほどく。
 自分の手を添えて、手鏡を握らせ――

   『宝石箱』に、向けた。

 手鏡に、黒い鳩が映る。
 我が身が放った闇の呪詛を、清らかな『水』の力ではじかれ、再び我が身に返された、悪魔のすがたが。
(ああ……。なんということだ……!)
 鳩は嘴を大きく広げ、断末魔を放った。

 消えていく。
 宝石箱から――鳩の刻印が。

 ◆◇◆  ◆◇◆

 ほどなくして、デザイナーは目を覚ました。
 部屋の様子や状況から、我が身に起こった災いと、それを解除するために遊那がいかに尽力してくれたかを察し、何度も何度も詫びる。
 何かお礼をと引き留めるのを固辞し、遊那とデュークは早々にマンションを後にした。

 春の陽は暖かさを増し、都心の桜並木はすっかり花を落としている。
 青空に伸びる枝を追い、遊那は呟く。
「……デュークさん、ごめんなさいね。って、前にも言ったわよね」
「何のことでしょう?」
「だって、闇に関係するからって呼び出して……」
「私も、以前申し上げたかと思いますが、遊那どのに謝られるような心当たりはありませんよ。お役に立てるのであれば、喜んで」
 ほっと息をつき、遊那は微笑んだ。
「あなたがいてよかった。ありがとう」
 いささか照れくさそうに、桜、散っちゃったわね、と、付け加える。
 少し先を歩いていたデュークは、立ち止まり、振り返った。
「私は、花が終わったばかりの荒涼としたソメイヨシノが、そんなに嫌いではないのです。緑の葉が芽吹く直前という感じを、受けますので」
「華やぎを経て、ひとときの闇に惑ったあとの、再生ということね」
「あのかたがご無事で幸いでした。それはそうと――ひとつだけ、問題が。手鏡のことですが」
「ああ……、これねぇ」
 ずっと手に持っていた鏡を、遊那は眺める。
「さっきの衝撃でヒビはいっちゃったわね。どうしよう。怒られるかな?」
「一緒に、弁天どのに謝ってくださいますか?」

 再び歩き出しながらそう言ったデュークに、遊那は声を上げて笑った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1253/羽柴・遊那(はしば・ゆいな)/女性/35/フォトアーティスト】

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■   ライター通信(神無月まりばな)       ■
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遊那さまにはいつもお世話になっております! 
桜大福の差し入れと、デュークへの丁重な同行依頼をありがとうございました(笑)。
手鏡の破損を弁天に謝るのは後回しにして、打ち上げなどなさって疲れを癒してくださいまし。