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<東京怪談ノベル(シングル)>


キング・オブ・トーキョー'08




 東京某所、混雑している本屋の雑誌コーナーの片隅で、一人の女子中学生がゲーム雑誌を開いて呆然としていた。
彼女の名は海原みなも、いまどき珍しく清楚に着こなした水色のセーラー服が眩しい美少女である。
みなもが開いている雑誌のページには、今季大注目と謳われた、ある格闘ゲームの特集記事が載っていた。
どうやら、ユーザーの有志によるテストプレイで幾度も調整を重ねた末に、いよいよ正式稼動が始まるらしい。
「正式稼動…」
 そう呟くみなもの表情は、どう見ても待ち望んでいたゲームで遊べる期待と興奮のそれではなかった。






 それから一週間後。
 みなもはこの近辺で一番大きなアミューズメント施設にやってきていた。
「と、いうわけで! みなもちゃん、来てくれてありがとーっ!」
「いえ、どうしたしまして」
 待ち合わせていた相手から満面の笑顔で歓迎を受け、みなもは笑顔を浮かべるが、その心中は穏やかではなかった。
それもそのはず、過去幾度もトラブルを被った”あの”ゲームと再び相対しているのだから。
「ほら、これだよ! 今までで一番イイ出来だって言われてるんだって。もう、チョー期待しちゃうよね!」
 そんなみなもと比例するように、みなもの友人であり、今日この場所にみなもを誘った張本人の瀬名雫は、手に拳まで握って心底嬉しそうだった。
 そう、今日みなもがこのゲームセンターにやってきたのは、雫の誘いを受けてのことである。
去年このゲームをプレイしたときはテストとしてだったが、今回は正式稼動もしているし、一度ちゃんとした機体で一緒に遊ばないか―…とのことだった。
このゲームの情報を耳にしたときから、みなもは雫からそんな誘いを受けることは半分予測していたので、驚きはしなかった。
ただ―…
(ああ…今回もきっと、”取り込まれる”んだろうなあ…)
 という思いがあるだけだ。
 何故かこのゲーム、シリーズにわたり、”異能力者は精神をゲーム内に取り込まれる”というおまけがついている。
現実に戻って来れなくなるというトラブルは無いらしいので、その点に不安は少ないのだが、ゲーム内に何が待っているかと思うとみなもの心中は気が気でないのだ。
 対して雫はというと、今までみなものプレイを見てきたからか、自分も対戦できるということで、普段以上にテンションがあがっていた。
「そんでね、今回何がすごいかっていうとね! キャラメイキングに前回以上に凝ってて、自分の姿も取り込めるんだよ〜! この場合の取り込むっていうのは、自分の姿をキャラに投影できるってだけだけど。あはは、みなもちゃんみたいに精神自体が取り込まれるほうが凄いと思うんだけどね!」
「あ、あはは…」
 そんな雫のハイテンションぶりに、みなもは苦笑で返すしかない。
 だが待ちに待ったゲームで遊ぶということにこれほどまで期待している雫のがっかりした姿は見たくなかったので、精神が取り込まれるのは歓迎しないが、それでも自分なりに一生懸命プレイしようと意気込む気持ちもあった。なんだかんだいっても雫は大切な友人の一人で、そんな彼女と一緒に遊ぶということは、みなもにとっても嬉しいことだからだ。…遊ぶ対象は何であれ。
 なのでみなもは、精神が取り込まれるであろうことは一旦横に置いておいて、”一生懸命プレイする”ために、ゲームの機体に貼り付けられているプレイ方法を目を凝らして読んだ。
 それによると、どうやら今バージョンでは、雫のいうようなメイキングと、プレイモードの種類に力を入れているらしい。メイキングではキャラクターの種族、属性、性別などを選び、希望するものはデジカメで取り込んだ自分の姿を投影させることができる。プレイモードはネットワークを利用した多人数同時参加によるバトルロイヤルモード、単独もしくはペアで敵NPCを撃破し、キャラクターを成長させていく修行モード、その他にも従来どおりのストーリーモードに2人対戦モードといったものもあるそうだ。
 しかしこれだけモードがあると、さすがに迷う。雫は何を選ぶのだろうか―…? そう思ってみなもは雫に尋ねてみる。
「雫さん。どれにします?」
「うーん…対戦っていうのも惹かれるけど、このバトルロイヤルに挑戦してみない?」
 雫が選んだのは、リアルタイムに日本中のプレイヤーと同時対戦できるモードだった。このモードでは、自分の体力が尽きるまでにどれだけの敵にダメージを与えたかによってポイントが加算され、それがランキングに登録される仕組みになっている。ポイントも一律ではなく、技を使って相手にダメージを与えた場合、相手に止めを刺した場合、相手の攻撃を受け流した場合などなど、状況に応じてポイントの値が違う。
「面白そうですけど…でもこれ、一人用じゃないんですか?」
「ううん、勿論一人でも出来るけど、あらかじめパーティ登録しておくと、チームプレイもできるんだよ。みなもちゃんとあたしで迫り来る敵をばったばったとなぎ倒しちゃうんだから!」
 むん、と腕まくりをする雫。その目には闘志の炎が燃えている。熱い。
「あ、ちなみにね、チームプレイする場合のポイントは、チーム全体で換算されるんだ。それでチームの人数で頭割りされるの。つまり、みなもちゃんが10、あたしが8ポイントもらったとしたら、10足す8して18、それを2で割った9がそれぞれのポイントになるの」
「へえ…」
 なるほど、とみなもは頷く。そのあたりは開発陣も良く考えているらしい。
 ということは、チームを組んだからといって、片方がさぼっているとポイントは稼げない、ということか。
「じゃあ、あたしも頑張ります。足手まといにならないように」
「あははっ。みなもちゃんなら大丈夫だよー! 何たって、実際に本人が中で戦っちゃうんだもんね」
 雫はそう明るく返したが、その言葉で”取り込まれる”ことを思い出し、一瞬硬直してしまったみなもだった。







 そして、電子音のゴングが鳴り響いた。






 みなもが目を開くと、そこは閑散とした廃墟だった。あちこちに朽ちたコンクリートが詰まれ、電線がむき出しで転がっている。
どうやらここが今回の戦いの舞台らしい。
「…なるほど、近未来の東京ってわけですか」
 見渡してみると廃墟の向こうに森があった。別の方向の果てには廃墟の端が見える。みなもが想像しているよりもこのフィールドは巨大で、様々なフィールドが用意されているらしい。
(出現する場所はランダム、何でしょうか。出来れば水があるところが良かったんだけど…)
 そう心の中で呟くみなもは、プレイスタートのときに登録した水の精霊ウンディーネの姿である。だがそれは透き通る水をイメージした衣装だけで、顔や髪型、体型はみなものままだ。まだ未発達なボディラインに大人っぽい衣装をまとうと、何だかアンバランスな気分がして、みなもは思わず苦笑を浮かべる。
 自分の姿を確認したあとは、チームメイトである雫の姿を捜す。さすがに同じ場所に出現しているのだと思うが―…
「はぁーい、みなもちゃん!」
 明るい声をかけられ、みなもは振り向いた。実際には雫の声は現実世界でインカムを通して伝えられているはずなのだが、ゲーム内にいるみなもにとって、それは普段耳にする肉声とあまり変わりなかった。このあたりのバランスも整えられているらしい。
 雫の姿もみなもと同様、顔や体型は雫本人のままだったが、身にまとう服装が違っていた。身体にフィットしたタイプの中華風な上半身の下には、ふとももの半分ぐらいの長さのふんわりしたスカート。全体的なカラーリングは赤で、近接型のキャラクターらしく、拳には甲を嵌めていた。確か雫の登録したキャラクターの属性は火、精霊サラマンダーを祭る戦巫女…というファンタジーな設定だったはず。
「みなもちゃんはやっぱり水タイプかあ。うん、違う属性だから、助け合おうね!」
「ええ、もちろん」
 やる気満々な雫に呼応して頷くみなも。はじまったからには、このゲームを目いっぱい楽しむだけだ。



「ここらへんには他のプレイヤーはいないみたい。ちょっと移動しようか」
 そう言って雫は先導して走り出した。実際のゲーム画面には、他のプレイヤーの場所が分かるレーダー機能が備わっているらしい。実際にゲーム内にいるみなもはそういったものを確かめる術がないので、雫についていくしかない。
「みなもちゃん、もう少しでプレイヤーが混戦してるとこに出るよ。気をつけてね!」
 雫を追って駆けること数秒、雫の言葉どおり、乱闘しているような音が聞こえてきた。
 そこはみなもたちが出現した廃墟と同じように朽ちたコンクリートで構成された広場のような場所だった。そこに、6、7人ぐらいのプレイヤーが固まっている。ペアを組んでいるものもいれば、一人で戦っているものもいる。
 その場所に飛び込む前に、雫がみなもに耳打ちする。
「みなもちゃん。みなもちゃんって遠距離型だよね?」
「あ、はい。…でも、水がないと…」
「だいじょーぶ。設定見た? ウンディーネの衣装って”水”なんだよ」
「!」
 みなもは目をぱちくりさせて、自分の纏っている衣装を見下ろす。確かに透明感があるが―…。
「だからね、前も使ってたみなもちゃんの必殺技も使えるよ。で、あたしは近距離型だから、援護頼むね!」
「あ、はい!」
 みなもは良く分からないままに頷いていた。雫はその反応を了承と見て、乱戦の最中に飛び込んでいく。
「たあああっ!!」
 掛け声と共に、今しがた他のプレイヤーに吹っ飛ばされた敵に、炎をまとった拳を叩き込む。それが致命傷となったようで、炎の拳を受けた相手は地に沈み、数秒後グラフィックが消えていった。
「へっへー、まずは一勝っ!」
 ガッツポーズをして笑顔を見せる雫の背後で、止めを奪われた相手―…先ほど雫が止めを刺した敵を吹っ飛ばしたプレイヤー―…が、どんよりとしたオーラを浮かべて雫を睨んでいた。いや、ゲームのグラフィックなのだから、怒りのオーラが表現されるはずはない。はずないのだが、みなもにはそう見えた。
(あああああっ! し、雫さんたら…! 横取りされたら誰でも怒りますよ…!)
 みなもは少し離れたところでうろたえるが、雫は全く気にする様子もなく、くるりと振り返ると、そのプレイヤーに軽いジャブを叩き込む。相手のプレイヤーも我に返ったようで、雫と応戦を始める。
「みなもちゃんっ!」
 雫の声にみなもはハッとし、身に纏っている衣に手を添える。冷たい慣れ親しんだ水の感覚がする。うん、いける。
「ゴメンなさいっ…水爆!」
 みなもは衣から分離させた水を操り、雫と戦っているプレイヤーの近くで爆発させる。その威力にぐらっとよろめいた隙を見つけ、雫は炎の塊をぶつけた。雫はちらりとみなもに視線を送り、それを受けたみなもは水を鞭のように伸ばして相手の四肢を縛る。雫はぺろりと舌なめずりをし、炎の拳で連打コンボをたたきつけた。
「うっし、二勝ーっ!」
 そのままプレイヤーにとどめを刺したらしく、雫は拳をもう片方の手のひらでパァンと受けた。
 コンビネーションがうまくいったのは嬉しいが、だが―…
「あ、あのー…雫さん…」
「んっ、どうしたの、みなもちゃん?」
 おずおずと駆け寄るみなもに気づき、雫はきょとん、と首を傾げる。
「あの…今の人は…その…。ちょっとかわいそうじゃないかなー…とか…」
「ああ、横取りしたこと? あのねー、これはバトルロイヤルなんだよ? 横から獲物を奪われることなんか当然っ! みんなそれを承知でプレイしてるんだし、みなもちゃんもチャンスを見つけたらどんどん攻撃してっていいからね!」
「あ、はぁ…」
 雫の言うことも最もなのだが。だが、しょっぱなからこんな派手な参戦をしたチームを、周囲のプレイヤーが見逃してくれるはずもなくー…。
「あたしたち…妙に注目されてません?」
 気づくと、周囲で乱戦を繰り広げていたプレイヤーたちは各々の動きを止め、華麗に卑怯なプレイを見せ付けた二人を取り囲んでいるのだった。
 じりじりと包囲が狭まってくる。どうやら、開始後数分で、みなもたちは周囲のプレイヤーたちの標的になってしまったらしい。
「フフ…望むところだよ! みなもちゃん、これからが本番だからね!」
「あああ、やっぱりそうなるんですね…!」
 プレイ開始前に雫が言った、”二人で迫り来る敵をばったばったとなぎ倒す”シチュエーションが出来上がりつつあることを、みなもは認めざるを得なかった。








 そして、十数分後。
 終了をあらわす電子音のゴングと共に、みなもは現実世界に返ってきた。
 最終的には10人以上に増えたプレイヤーを相手に戦ったので、みなもは精魂尽き果て、機体によろよろともたれかかっていた。
「さ、さすがに…疲れました…」
 げっそりとして肩を落とすみなもに、水滴が浮かぶ紙コップが差し出される。差し出したのは雫だ。
「うん、なかなか大変だったね! でも楽しかったーっ」
 あはは、と笑いながら自分の分のジュースをごくごくと飲み、満面の笑みを浮かべる雫。みなもとは対照的に、その姿は爽快感に満ちている。
「雫さん…あの…あんまり無茶は…」
「えーっ、ゲームで無茶しないで、どこで無茶するの? 大体みなもちゃんもノリノリだったじゃない? 数人まとめて水爆かましてるみなもちゃん、見てて惚れ惚れしちゃった!」
「うう…」
 確かに、”乱闘”というシチュエーションがあれだけ身を熱くさせるとは知らなかった。あのときの自分を思い出し、思わず赤面してしまう。
 だがそんなみなもの心中など全く知らず、興奮が収まりきらない雫は、ぶんぶんと腕を振りながら、
「よぉーっし、この勢いでもっぺん再戦っ! さあみなもちゃん、今度は20人撃破目標だよ!」
「っ!? あ、あの、あたしは、そろそろ…!」
「うふふふ。逃がさないからね?」
 後ずさりするみなもの腕はがっしりと雫に掴まれていた。チームプレイの魅力に取り付かれた雫の笑みは怖いぐらいに輝いていて、みなもはどんな懇願も効かないだろうことを本能で感じ取ったのだった。







 そしてその後、1日でバトルロイヤルランキングの上位にランクインした美少女二人組のプレイヤーの伝説が、この界隈で囁かれることになったとか。