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ＷＤお菓子作り対決
草間・武彦は、手渡された手紙を読んだ後で頭をかきむしった。
「すっかり忘れてた‥‥‥」
思わず零れるそんな呟き。 忘れてはいけない事を忘れてしまっていた武彦は、自分の記憶力を呪うと共に、目の前でニンマリと笑っている瀬名・雫を見下ろすと何か良い言い訳はないかと考え込んだ。
「あのな‥‥‥」
ニッコリ。 反論を許さない笑顔を返され、武彦は肩の力を抜いた。
バレンタインデーはあれだけ騒ぐのに、ホワイトデーはかなり地味だ。その地味さゆえにお返しをしない、または忘れると言う人が多い。
武彦もその一人で、ホワイトデーにお返しをすることはあまりしない。気づいた時には過ぎてしまっている時が多い。
「貰った物にはお返ししないと！手間がかかってるんだから！」
２月某日、そんな雫の訴えに、今年は忘れないからと言った武彦。しかし、やはりと言うべきか、彼はすっかり忘れていた。
「忘れた場合は‥‥‥」
＊
白いエプロンに帽子を被り、武彦はキッチンの前で呆然と立っていた。
第３回、ＷＤお菓子作り対決と書かれた背後のセットを見上げ、数日前に雫から手渡された番組の概要に目を通す。
調理時間は１時間、何を作るかはお任せ（お菓子であれば何でもＯＫ）出場チームは全６チーム。
審査の結果見事１位に輝いたチームには、番組が厳選した美男美女との豪華ディナー。最下位のチームは、自身が作ったお菓子を番組が厳選した美男美女１０人に愛の告白と共に手渡し、振られる。
――― なんなんだ、この最後のやつは‥‥‥
振られると、最初から決まっているのが切ない。いくら演技とは言え、１０人にも振られ続ければ結構精神的に来るのではないか？
２位はレストランのお食事券１年分、３位はお米１年分、４位はお菓子１年分となっている。
武彦の目には、２位と３位の商品が魅力的に見えた‥‥‥。
＊ ＊ ＊
番組側から渡されたエプロンを身に着け、髪の毛を一つに縛ったラン・ファーは腰に手を当てると武彦に高々と宣言した。
「バレンタイン、ホワイトデーはお菓子を貰うものだ。目指すは４位！ 上手い具合に調整し、少しだけ美味く作るのだ」
「作るのだは良いけど、お前はお菓子作りは‥‥‥」
「だが、うっかり美味く作りすぎてしまった場合は作戦を少々変更し、１位になろう奴らより少しだけ下手に作る。 なに、この際レストランでも構わぬ」
「いや、構わぬじゃなくて‥‥‥」
「作るものはそうだな‥‥‥３月‥‥‥春！桜餅！！いや、道明寺！！道明寺にする事にしよう」
「だから、待てって！ それ以前に、別に桜餅でも道明寺でもどっちでも‥‥‥」
「あの甘さとしょっぱさのコラボには感動すら覚える」
クっと力を込めて言ったランに、武彦がガクリと肩を落とす。 一筋縄ではいかないランは、時々会話が成立せずに一方通行になってしまう事が多々ある。そこをグッと堪えてこそ大人だと自分に言い聞かせる武彦だったが、こんな普通とは違う場面において大人としての対応をキチントできるほど“大人”ではない。
ただでさえも心が波立っているのだ、多少イラっとしても仕方がない。大目に見てほしいものだ。
「それで、お菓子作りは出来るのか？」
「なにを！？私の事を馬鹿にしているのか！？」
華も恥らう乙女を前に、お菓子作りが出来るのかなどと言うのはあまりにも不躾だ。 女性に年齢を訊くのと同じくらいお菓子作りが出来るのかと訊くのは失礼だ！ そんなわけの分からないランの主張に、武彦も一応謝っておく。
「ま、私の腕も草間と同じ程度だがな」
「つまり、全く出来ないってことだろ！？」
「なに！？ 草間はお菓子作りが出来ないのか！？」
「‥‥‥それを知らなかったのなら、何を基準に俺と同じくらいの腕だって言ったんだ！？」
「なに、探偵はお菓子作りが上手いと言うのはトイレの中に常に花子さんがいるくらい常識だと思ってな」
「トイレの中に常に花子さんがいたらおちおち入れないだろうが！」
「ドアをノックして失礼しますと言えば花子さんはどいてくれる！これぞ世界の常識だろうが！」
「随分聞き分けの良い花子さんだな‥‥‥と言うより、花子さんを世界の常識にするな！」
「なに！？花子さんこそ日本が誇る大和撫子の原型だろうが！」
「トイレにいる人が大和撫子の原型なわけないだろうがっ！！」
「大和撫子をトイレに押し込めるとは、草間、お前男尊女卑思考だな！？」
「俺がいつ大和撫子をトイレに押し込めた！！」
かみ合わない話が延々続き、徐々に声が大きくなっていく。
司会者が止めようかどうしようかオロオロとしているのを、ディレクターと思しき人が「面白そうだからやらせておけ」と言ってカメラを回し続けている。
ゲスト席には今をときめくアイドルや俳優が座っており、武彦とランの漫才に笑っている。
雫が隣に座っていたアイドルと何かを囁きあい、大輪の華のような愛らしい笑顔を浮かべる。二人の後ろ、上段の席に座っていた俳優がさらに言葉を挟み、周囲の女優を巻き込んで笑い出す。
「つまり、春と言えば桜餅で道明寺で‥‥‥道明寺なんだ！」
「‥‥‥春の前にホワイトデーの特集なんだが‥‥‥」
「ホワイトデーに道明寺をあげてはいけないと言う法律がいつ出来た！？」
「出来てないけど、だからってなんか変なような‥‥‥」
「どうせ草間はお菓子作りが出来ないんだ、せいぜい私の邪魔にならないところで三角座りをして床にのの字を書いて、生まれてきてすみませんでしたと呟いていれば良い！」
「絶対にしないからな！？なんだよそれ、イジメか！？遠まわしなイジメか！？」
「草間チーム、そろそろお菓子作りを開始したいんですが‥‥‥あ、でも、まだ漫才を続けるつもりでしたらどうぞ。別室に案内しますので、そこでカメラの前で伸び伸びとやってくだされば、画面を分割してお菓子作りコーナーの隅っこの方で漫才特集でも‥‥‥」
「まったく、草間が五月蝿いから怒られてしまったではないか。 それからそこの司会者！」
「は、はい？」
「私は常に真ん中だ！私が真ん中以外の構図はありえない！ もし漫才を放映したいなら、お菓子作りを隅っこでやっていてもらおう！」
「お菓子作りがメインなんだっつの！」
武彦の間髪入れない突っ込みに、雫がお腹を押さえながらケラケラと笑っている。
「それでは、草間チームの漫才は出来上がった後でまたたっぷりとやってもらう事にして‥‥‥」
開始の合図が響く中、雫だけが訳知り顔で呟いていた。
「出来上がった後じゃなくて、作ってる最中でもやってくれるよ、きっと」
＊
「しかし、４位もなにも、どっちも料理なんて無縁の存在だろ？ こりゃ、ビリになるのが目に見えてるな」
「何を言うか草間！ もっと人間ポジティブに生きなければ腐るぞ！」
そう言いつつ糸寒天を溶かし始めるラン。 はて、道明寺に糸寒天など必要かと考え込む武彦の隣で、ランがせっせと作業を進めていく。
「‥‥‥しかし草間、道明寺は寒天を入れるもんだったか？」
「いや、知らない。けど、入れない気がする」
「そうか、やはりな。私も何かが違うと思っていたんだ」
グツグツグツグツ、ランがピタリと動きを止めると武彦を睨みつけた。
「どうして私は糸寒天なぞ溶かしているんだ！？」
「知らねぇよっ！！」
「道明寺を作ると言っていただろうが戯けがーっ！！！」
「俺のせいかよ！？」
「草間がネガティブな事ばかり言うから間違えたんだ！」
「全然関係ねぇだろ！？」
「まったく、使えないくせに口ばかりは達者で‥‥‥」
ブツブツ言いながら卵と砂糖、蜂蜜をテーブルの上に乗せ、重曹と薄力粉、豆乳と ―――――
「おいラン！また何を作ろうとしてるんだ！？」
「私は花魁ではないっ！！」
「誰も言ってねぇだろ！」
「良いか、草間。私は最初に何を作るか言ったはずだぞ！？」
「道明寺作るんだよな？ それは知ってるけど、何か材料がおかしい気がするぞ？」
「誰が道明寺など作ると言った！？」
「お前が言ったんだろ！」
「私はどら焼きを作ると言ったんだ！」
「いつの間に変更したんだよ！！」
「私は最初からどら焼きを作ると言っていたはずだ！ まったく、草間はそうやって人の話を聞かないからホワイトデーもすっかり忘れてこんな番組に出る羽目になるんだ」
この発言には何も言い返せない武彦が口を噤む。
やっと煩くなくなったと満面の笑みで卵を割ったランは、そこでピタリと止まると武彦を見上げた。
「それで、どら焼きはどう作るんだ？」
「知らねぇよっ！！」
「なに！？知らないだと！？ それじゃぁ草間は何のためにここにいるんだ！？」
「お前こそ何のためにここにいるんだっ！！」
「それはもう、世界の中心がこのラン・ファー様であることを知らしめるためにだな‥‥‥」
「あーもー良い！お前に頼もうとした俺が馬鹿だった！ 目玉焼きくらいならなんとか作れなくもないと言う希望を持って、俺がやる！」
「目玉焼きも作れないのか草間‥‥‥。あんなの卵を割って焼くだけだろうが。もはやすでに料理とも言わないだろ！」
「目玉焼きの奥深さを侮るなよ！ こうして卵を割って‥‥‥」
バキリ。 卵の殻が歪に割れ、パラパラとフライパンの上に落ちる。 挙句黄身は武彦の親指によって崩れ、ジワリと泣いている。
「‥‥‥草間、卵くらいは割れるようにならないと大人として、人として悲しくならないか？」
「卵割の奥深さを知らないようでは、お前もまだまだだな‥‥‥」
奥深いも何も、普通に割れば失敗などしないだろうに。 そう思うのは、お料理の神様に愛されている人だからだ。お料理の神様に嫌われている人は、普通にやっても失敗してしまうのだ。
「仕方がない、私が手早く道明寺でも作るとするかな」
「‥‥‥最初から作っとけよーーーっ！！！」
＊
道明寺粉と水、砂糖、食紅を入れてかき混ぜ、暫く置いた後でレンジで加熱。加熱時間やワットが分からないから適当で良いだろと、危険な事を言うラン。全体を混ぜてから再び加熱をするのだが、そちらも適当、餡玉も適当、包むのも適当、お皿に乗せるのも適当、全てが自分の勘に頼ったアバウトさで調理を終えたランは、晴かやな笑顔を浮かべると額に滲んだ汗を拭った。
「よし、何とかできたぞ草間！」
「あぁ‥‥‥」
ランの手元を見てハラハラしっぱなしだった武彦は、ジクジクと痛む胃を押さえながら虚ろな表情で頷いていた。
ゲストが次々に試食をし、簡単な感想を述べる。 聞いている限りオレンジマフィンの人気が高そうだ。
「作ってる最中は不安だったけど、結構おいしーい♪」
今人気のアイドル歌手が口元に手を当てながら華やかな笑顔でそう言い、隣でチーズケーキを食べていた俳優に食べてみなよと声をかけている。
「何とか人の食べられる範囲内だったようだな‥‥‥」
「何だ草間、その言い方は！」
「まぁ、ビリだけは免れれば‥‥‥」
早く胃薬を入手して飲みたい武彦は、司会者の華やかな声にほっと安堵の溜息をついた。
「厳正なる審査の末、第３回ＷＤお菓子作り対決の優勝者が決定いたしました！ 栄光を手に入れたのは‥‥‥」
一瞬の静寂の後、ラン達の左隣にスポットライトが向けられた。 やはりオレンジマフィンを作ったペアで、ディナー券を貰って喜びに顔を染めている。
「僅差で敗れた第２位はチーズケーキを作ってくださった永山さんチーム。 第３位は林檎のタルトを作ってくださった尾川さんチーム。第４位は調理中も漫才で笑いを提供してくださった、草間さんチームの道明寺に！」
見事狙っていた４位に入ったランは、お菓子１年分の券を貰うと腰に手を当てた。
「これは私のものだからな！ 道明寺を作ったのは私なんだ。草間は隅っこで三角座りをして床にのの字を書いて生まれてきてすみませんでしたと呟いていただけだったしな！」
「俺がいつどこでそんなことしたーーーっ！！」
一緒に出た以上半年分はよこせと言い張る武彦を押し返し、ランは傍に来ていた雫の腕を取った。
「今日は何の日だ、瀬名？」
「ホワイトデーだよ」
「つまり‥‥‥」
共犯者の笑みを浮かべ、武彦の隣をダーっと駆け抜ける。
「今日は女の子がお菓子を貰う日なんだからっ！」
「そうだぞ、今日の主役は私だ！ ‥‥‥ま、私はいつでも主役なんだがな！」
END
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
6224 / ラン・ファー / 女性 / 18歳 / 斡旋業
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