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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


卒業式の怪? ―妖撃社・日本支部―



「……卒業式の怪?」
「そうなの!」
 葦原双羽の机をバン! と強く叩く。
「神聖都学園て知ってるでしょ?」
「あぁ、あのマンモス校ね」
「そこにある卒業式の日の夕暮れに、昔卒業できなくて亡くなった病弱な生徒の幽霊が出るって噂があるの!」
「……ふ〜ん」
 あまり興味はない。そもそも、自分の仕事先でも散々そういう話は聞いているのだ。……もっとも、自分が仕事をしていることはナイショにしているが。
「それで?」
「それでって、気にならないの?」
「ならない。ぜんぜん」
「私は気になるもん。でさ、ここに電話して相談してみようと思うんだ〜。なんか怪しげで面白そうじゃない?」
 広げられた分厚い求人広告の本を見て、双羽は青ざめた。うわぁ、それ、うちの会社だ〜……。
「いや、そんな怪しげなところ、絶対嘘よ。かけるほうがバカだわ」
「でもでも気になるじゃん!」



「というわけで、支部長権限発動」
 双羽は社員の前で腕組みする。
「神聖都学園の卒業式の謎を解明してくるのよ。私と一緒に」
 え? という顔をするメンバーの前で、双羽は嫌そうな表情をした。
「行きたくないけど、状況をしっかり把握しておきたいのよ。
 神聖都学園には許可はもらったわ。つーわけで、誰かに来てもらうわよ」

***

 神聖都学園。その校門をくぐった彼女たちは、目的の「調査」を始める。いつもの仕事とは違うので、ちょっとだけ、緊張。



 数日前――。

「神聖都学園に?」
 妖撃社に顔を出した由良皐月はアンヌに訊き返す。
 アンヌは事務室内を掃除しながら「はい」と頷いた。
「なんでも、フタバ様がどうしても解き明かしたい謎があるそうで」
「謎?」
「神聖都学園の卒業式に出るという幽霊についての謎、だそうですよ」
「へぇ、幽霊。それくらいなら、私でも役に立ちそうね」
 衝立の向こうにアンヌの姿が隠れるが、それでも声だけは返ってくる。
「あら。では一緒に行きますか?」
「え? いいの?」
「いいと思いますよ? 他の社員はあいにくと仕事で行けなくなってしまいましたので、わたくしがフタバ様に同行することになったんですけれどね」
「え。支部長も行くんですかっ?」
「そうですよ。ですから、身辺警護も兼ねてわたくしが行くことになりましたの。シンとか、すごく行きたがっていたんですけれどね……」
「あぁ、シンさん……私、一度も会ってないから会うの楽しみなんですよね」
「ふふっ。彼女は明るくてはっきり言う人ですし、一緒にいると楽しくなりますよ。まぁでも、寝てるかお酒飲んでるかのどちらかなんですけどね」
 どういう人物だそれは……。
 困惑する皐月は腕を大きく上に伸ばした。
「ん〜……! そっかぁ、じゃあ予定を空けておかないとね。幽霊騒ぎかぁ」
 奥のほうからがちゃ、と音がして支部長室から双羽が出てくる。
「あ、支部長さん」
「あら。いらっしゃい、由良さん」
 ファイルを3つくらい抱えている双羽はにっこりと微笑んできた。
「あ、あの、私も神聖都学園の件、同行させてもらっても……」
「いいけど、べつに」
「ほんと!?
 えっと、じゃあ事前に情報を集めないとね。あ、そのへんはもう済んでるんですか?」
「まぁ一応ね」
 どこか鬱屈とした様子の双羽を、皐月は不思議そうに見る。彼女はあまり乗り気ではないらしい。
(支部長……こういう仕事を請け負ってる人なのに変なの……)
 そう思いつつ、皐月は色々尋ねる。
「本当に幽霊の仕業なんですか? 錯覚っていう可能性も否定できないですよね」
「……私は錯覚であればいいと思ってるけど、実際はそうじゃないわね」
「そうなんですか……。出現場所はもうわかってるんですか?」
「それも調べはついてるわ。後は当日に行って、この目で確かめればいいわ」
「……当日って、でも私たち部外者ですけど……」
 だいたい卒業式はその学校の卒業する3年生と、その保護者が出席するものだ。下級生たちも、おそらくは居ることだろう。
 部外者である自分たちが居て、おかしくないわけはない……。
「きちんと許可はとってあるから大丈夫よ」
 嘆息混じりに言う双羽に、皐月は安堵した。そうだった。この会社はきちんと事前に許可をとるんだった。



 当日の……18時くらいにやって来た皐月、双羽、アンヌの三人は警備員に中に入れてもらうと体育館に向かった。
(当日って……終わった後だったのね)
 考えてみれば、卒業式に「出られなかった」幽霊なのだから、終わった後に出現していてもおかしくはない。
(まぁねぇ……邪魔とかしてたらもっと騒ぎになってるものね……)
 しかし夕暮れの学校というのは案外静かで不気味だ。
 先頭を行くアンヌの後ろを、双羽と皐月が並んでついて歩く。
(もう生徒もいないんじゃ……話を聞くこともできないわけか)
 ちょっと楽しみだったのに。
 正式な仕事ではないから賃金は発生しないけど、こういうのも多少なりともわくわくするものだ。
「……ねぇアンヌ、やっぱりその……幽霊とか、いる?」
 暗い声で尋ねる双羽に、アンヌは「はい」と明るく答えた。
「いますけど、フタバ様は霊感などございませんから見えませんわよ。ご安心くださいませ」
「やっぱいるんだ学校って」
 のんきな声を出す皐月の横では、双羽が暗い表情になっていた。
「支部長?」
「えっ!? な、なに?」
 皐月の声に双羽はぎょっとしたように目をみはり、こちらを見てくる。どうしたんだろう、一体。
「いや……なんだか顔色が悪いなと思いまして」
「べ、べつにっ」
 引きつった笑いを浮かべる双羽は大きく嘆息した。

「その、病弱な生徒さんとやらはいつぐらいから出るようになってるんですか?」
「……2年前よ」
「2年前?」
 近い。なんだその近さは。
 そんな皐月の心境などお構いなしに、双羽は面倒そうな顔で続ける。
「それが広まって大げさになってるだけみたいよ。まぁとにかく行きましょう」
 もうそろそろ目的地に着く。しかしどういう場所なんだここは。
 建物の数は多いし、まるで迷路だ。初めて訪れた者は迷子になってもおかしくない。
 体育館の屋根が見えてきた。思ったよりデカい。
「まだ片づけが終わってないからそのままらしいの。アンヌ、何か感じる?」
「微弱ですが感じますわ」
「そうなの……」
 双羽は再び暗い顔になる。もしかして……嫌なんだろうか、行くのが。
(え。でも支部長さんが行こうって言い出したのよね……?)
 頭の上に疑問符を浮かべていた皐月は、体育館の正面扉に手をかけるアンヌを眺めた。
 がらりと開かれた体育館内には、整然と並べられた折り畳みのイス。床には保護用のシート。
 その中で、ぽつんと座っている生徒がいるのが見えた。カーテンを締め切られている暗がりの中だというのに、青白い光を自らが出しているような……。
(あら。私にもはっきり見えちゃう)
 ごしごしと瞼を擦る皐月とは違い、双羽は怪訝そうに見回すだけだ。
「いるの? どこどこ?」
「フタバ様、ミホシさんからもらった札を使ってみてはいかがでしょうか?」
 微笑むアンヌに、露骨に嫌そうな顔をする双羽。どうやら何かアイテムを社員から渡されていたらしい。
「…………」
 渋々とお札を取り出す双羽はそれを目元に当てた。そしてまた上着のポケットに戻す。
 思わずのけぞった双羽のリアクションからして、見えたのだろう。彼女はアンヌの背後に隠れるように移動して、そこからうかがっている。
(……支部長って幽霊とか嫌いなのかしら……)
 あれ?
 皐月はそこで自分の考えがちょっと変だと気づいた。そういえば、双羽の反応はしごくまともだ。
 見えもしないものが見えれば、普通は錯覚だとか……こういう反応をするのではないか?
(う、う〜ん……いつの間にか私も慣れちゃってたのかしら……)
「アンヌさん、あそこに座ったままですけど……どうするの? 何か望みでもあるなら協力するっていう手も……」
 皐月の提案にアンヌは首を傾げる。
「ユラさんはそうおっしゃっていますが……どうしますか、フタバ様」
「そ、そうね……任せるわ」
 いつもと違って気弱な声の双羽に、アンヌはくすくすと笑った。
「可愛らしいことですわねぇ」
 彼女は皐月のほうを見遣り、促す。一緒について来いということだろう。
 こちらを振り向きもせずに座っている生徒へと近づく。ぼんやりと光る人物は、動く気配もない。
(女の子……?)
 黒髪の少女だ。神聖都学園の制服を着て、彼女は座っている。まっすぐ、前を見て。
「……あら」
 アンヌはそう小さく洩らした。そして背後の双羽に目配せする。
「思った通りのようですわ、フタバ様」
「え? そうなの?」
 突然背筋を正す双羽は、そうなんだ、と呟く。
 皐月は二人の会話に「へぇ」と続いた。
「じゃあ説得してもムダなんじゃありません?」
「いいえ、『こちら』を説得すればおそらくは大丈夫でしょう」
 微笑むアンヌに皐月と双羽は互いの顔を見合わせた。
 正面に回る。まるで自分の出席番号の席に座っているかのように、少女は中途半端な位置に居るのだ。
 しかし本当に居るとは……。
(てことは……)
 ここに来る前に聞かされたアンヌの推理は、間違っていない……ということか。
「こんにちは」
 アンヌが声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを見遣った。虚ろな瞳で見てくる彼女は不思議そうな表情だ。



 妖撃社に戻り、アンヌの淹れてくれたお茶を皐月は飲んだ。温まるし、やはり美味しい。
「これで一件落着ってことですね」
「そうね」
 アンヌの席に座ってお茶を飲んでいる双羽が応じる。
 軽く頬に手を遣って、皐月は苦笑した。
「しかし……あれが『生霊』とはね」
 本人はすでに高校二年生で、今も神聖都学園に通っている。出られなかったのは中学の卒業式だったのだ。
「風邪をこじらせちゃって……それでもどうしても出たかったのね、卒業式に。
 あら。でもそれだったら高校の卒業式があるじゃないですか」
「やっぱり中学と高校じゃメンツも違うし、色々あるんでしょ。本人じゃないとわからないこととかね」
 双羽はそう言うと、お茶をこくりと飲んだ。
 卒業式の幽霊の噂は……本人が広めたものだ。生徒が帰ったあとのことを、生徒が知っているわけはない。とすると、情報源は本人か、警備員かということになる。
 皐月はちらっと双羽を見た。
「でも支部長さん、幽霊とか苦手なんですね」
 ちょっとからかいを含んで言うと、彼女はムッと顔をしかめる。
「べつにそういうわけじゃ……。見えないものを認識しろっていうほうが無理でしょ」
「ふふっ。そういうことにしておきます」
「ほ、ほんとだってば! 触れないものとか気持ち悪いじゃない!」
 むきになって言い返す双羽に、皐月は笑いを堪えるのに必死だった。
(でもアンヌさんの説得に納得したのかしら……。なんだかよくわかっていない様子だった気もするけど……)
 まぁでも、アンヌも社員の一人だし、只者ではないのだから……そのへんは考えなくてもいいだろう。
(有無を言わせない力強さがあるわよねぇ、アンヌさんて。あんなに可憐な姿と声なのに……。なんだか年上の私のほうが負けちゃいそう)
 ……年上、だよね。だってどう見ても彼女は高校生くらいだし。そういえば高校には通っていないのだろうか?
(ま、いっか。とりあえず解決したし、お茶は美味しいし)
 神聖都学園の卒業式の幽霊はこれ以降……姿を現すことはないだろう――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、由良様。ライターのともやいずみです。
 卒業式の幽霊騒ぎ、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。