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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―梅―】



 ホワイトボードの前に立つ由良皐月は、ふぅむと顎に手を遣った。
 自分でもできそうな仕事となると、種類は限られている。
 ボードにある調査書に目を遣った。どれも今回は難しそうだ。自分では手に負えそうにない。では、と左側に目を向ける。
 依頼書。依頼者からの仕事の概要だ。その一枚を手にとり、皐月は「これなら」と思う。
(噂の調査、か。情報収集してから依頼元で様子見かしら。
 やることといえば、噂の内容と数、広まっている年代、広まりだした時期。あとは〜……何かあったかしら、調べるもの)
 くるりと身軽に体を反転させ、皐月は支部長室へと歩く。
(噂に絡んで何かが起きるから依頼したのか、噂の内容で興味を持って依頼を頼みたいのか……んんん〜?)
 支部長室のドアをノックして中に入った。



「………………」
 調査の同行者はクゥと呼ばれる少年だった。初めて会ったわけだが……。
(あらあら……。これはまたすごい可愛い子ねぇ)
 まじまじと目の前に立つクゥを観察してしまう。長いまつ毛と、整った顔立ち。色白の肌に、艶やかな黒髪。身長は低めだが、それでも美貌のせいで気にならない。
 彼はにこーっと笑った。笑うとさらに可愛い。
「こんにちは。クゥといいます。よろしく、おねえさん」
 声まで可憐だ。声変わりをしていないようだ。
 皐月はちょっとときめいてしまった。こんなに可愛い少年を見たのは初めてかもしれない。テレビで観るタレントなど、彼に比べれば一般人に近い。
「はじめましてクゥくん。っと、クゥさん……。
 あの、もし子供扱いしちゃったらごめんなさい。気をつけるけど、うっかりしてたら注意して、くださいな」
 照れ笑いと苦笑を交えた表情を浮かべる皐月に、彼は穏やかに微笑む。
「『さん』なんて、やめてください。そんなに他人行儀にしなくても……いいですから」
 困ったように遠慮して言うクゥに、皐月は瞬きをした。
「……いいの?」
「だって僕は実際、あなたよりこんなに年下ですし……」
 もじもじするクゥは頬を少し染めて照れくさそうに笑った。
(むちゃくちゃ可愛い……!)
 母性本能をくすぐる仕草や、喋り方、そして声。
 現実に存在するんだ……こんな可愛い男の子が!
 だが、そんなクゥの後ろ頭を双羽が書類ではたいた。「いたっ」とクゥが声を洩らす。
「どうしてあんたは女の人でそんなに態度が違うのよ!」
「女性には優しくしろと、死んだ祖父も言っていましたが」
 けろっとしてそっぽを向くクゥに、双羽が眉を吊り上げる。
「とにかく! 由良さんが誤解するからその変な演技はやめなさい!」
「演技なんてしてません」
「してるわよ!」
「してませんよ。フタバさんと同じように接してます」
 にこっと魅惑的な微笑を浮かべると、双羽がぐっと言葉に詰まって頬を真っ赤にする。二人のやり取りに皐月は視線を会話の流れに合わせて話し主に移動させた。
「全然違うわよ! とっとと仕事に行きなさいっ!」
 近くの仕事机の上をドン! と強く叩いて言う双羽を流し目で見ると、クゥは「わかりました」と澄ました顔で言う。
(……???)
 やり取りからだいたいの事情は察したが……つまりは?
 妖撃社の事務所から外に出て、皐月はクゥを見下ろす。
「演技なの?」
「演技というわけでは……。ですが、過剰な態度だったのは認めます」
 ニッと妖艶に微笑むクゥに、皐月は仰天した。これは小学生くらいの男の子ができる表情ではない。
(……なるほど。妖撃社の一員なだけはあるってことね。でも、惜しいわ……!)
 さっきのクゥはめちゃくちゃ可愛かった。近所に住んでいたら毎日おやつでも買い与えてしまいたくなる。
「とりあえず今回同行します、クゥです。お手柔らかにお願いしますね」
 ウィンクする彼は……天性のたらしのようだった。子供のくせに。



「気合い入ってますね」
 呟くクゥを皐月は見遣った。
 子供の間で囁かれるという「ある噂」。その調査にきたのだ。
「そりゃ、気合い入るわよ。成功というよりは、失敗して次に動く人が困らないようにしないといけないし。あ、いや、成功が大事なんだけど、心構えよ?」
 慌てて言う皐月に、彼は微笑む。
「ふふ。優しい人なんですね、サツキおねえさんは。これは僕も気合いを入れないといけないな」
 楽しそうな彼の声に、皐月は眉を寄せる。
「……も、もっと普通に喋れないの? なんだか背中とかがむずむずするんだけど」
 こそばゆい、とでも言うのだろうか? クゥはそもそも声が可愛いし、喋り方一つで受ける印象がまったく違ってしまうのだ。
「そうですか? これが僕の普通ですけどね」
 薄く笑うクゥは皐月の手をそっと握る。
「迷子になったらいけないので、手……繋いでていいですか?」
「迷子って……」
「だめ?」
 上目遣いにこちらを見てくるクゥに、皐月は顔が引きつる。あぁもう、まだ子供で良かったわよ、これは。
(くっ、悔しい……。可愛いじゃないのよ、もう)
 クゥはそんな皐月の内心など気づくはずもなく、にっこりと明るく微笑んだ。
「やった。僕、日本の地理には詳しくないですし、どうしようかなって思ってたんですよ」
「あら、そうなの?」
「えぇ。東京と上海では随分違いますしね。だから、嬉しいな」
 きゅ、と手に力を入れてくる。本当にくすぐったい。

 とりあえず噂が広まっている地域を歩き回ることにした。ターゲットは子供だ。小学生くらいが妥当だろう。
 突っ込んだ聞き込みは怪しまれるだろうか。世間話は振れるかなと色々考えていた皐月だったが……。
 皐月が担当している大人の相手は、なかなか収穫がない。やはり子供だけが知っている噂らしい。その噂の中身を調べるのだが、これはかなり難しいだろう。
 子供たちの親はみな、口を揃えて「教えてくれない」ばかり。子供たちが何かをこそこそと囁き合っているのをよく見かけるそうだ。
「大人には絶対の秘密か……。なんだか小さい頃を思い出しちゃう」
「そうですか?」
「うん。なんていうか、子供だからこそ大事な秘密っていうか……。大人からすればそれはささやかなもので、秘密とは全然言えないんだけどね」
 思い出して微笑んでしまう皐月はハッと我に返り、クゥの背中を押す。
「ほらクゥくんも仕事して!」
「……僕は年上が好みなんですけど」
 やれやれと嘆息するが、彼は皐月を見上げてにっこりと笑った。
「でもサツキおねえさんのためだから、頑張ります」
「…………それ、わざとなの? ねえ?」
「さあ?」
 可愛らしく首を傾げるクゥは、軽い足取りで公園で遊ぶ子供たちに近寄っていく。
 それを見て、皐月も別の小学生たちの集団に近づいていった。



「――と、いうわけみたいですね」
 話を聞いたクゥからの説明に、皐月は眉をひそめてしまう。
「おまじないねぇ……。確かこの依頼って、どこかの親御さんだったわよね」
「そうですね。娘が最近こそこそしているので気になると。しかも、徐々に衰弱していっているということで、気になって依頼したそうですが」
 腕組みした皐月は公園で笑って遊ぶ子供たちを眺めた。外で遊ぶ子供は最近かなり減ったと思ったのだが……。
「一人にしか教えてはいけないそうですよ。でもそうやって、伝言ゲームみたいに広まってしまったんでしょう」
「なるほどね……。つまり、私たちは誰にも教えていない子を探さないといけないってこと」
「時間がかかりそうですね」
「そうね。できれば今日中に終わらせたかったんだけど、空いてる時間を使ってなんとか突き止めましょうか。えっと、クゥくんのほうはどうかしら?」
「僕はサツキおねえさんのためなら、他の仕事なんてしませんよ」
 にこっ、と微笑むクゥに、皐月はどう反応していいかわからない。

 結局費やした日数は5日。皐月の本業とかぶらないようにして調査をしたので、時間がかかった。だがこれでもまだ早いほうらしい、クゥによると。
「誰にも教えてないんですね?」
 尋ねるクゥに、その少女は頷く。皐月はクゥと目配せして、そこからちょっと離れた。大人には話せない秘密の噂だから、自分は聞けない。
 遠くでクゥが少女に教えてもらっている姿を見守る。少女が去ってから近づくと、クゥはこちらを困ったように見上げてきた。
「どうかしたの?」
「…………」
「内容はどうだった?」
「たぶんなんですけど、これ……呪いですね」
「呪い?」
「伝達を使った、増幅のまじないかと。詳しくはミホシさんとかに訊けばわかるでしょうけど……。大人に言わないのは、抵抗力が強いからでしょうね」
「? 私に教えてくれないの?」
「そうしたいのは山々なんですけど……。これは『まじない』で、口にするのがちょっと……。後で紙に書いてお渡しします。ミホシさんに訊いてみましょう」
「でも」
「さ、帰りましょう」
 クゥは皐月の手を握ってくる。
「報告書を出せば仕事は終わりです。後は、別の人に任せましょう」



 妖撃社に戻ってきた皐月は、よし、と気合いを入れた。調査したことを報告書として作成し、双羽に提出する作業が残っている。最後まで気は抜けない。
(気になるところはメモとか添えてたほうがいいかな)
 そう思いつつ、クゥの仕事机に向かって皐月は報告書に取り掛かった。
 たった一枚だというのに、なかなか難しい。下書きをしてからと思ったのだが、まとめていくのでさえかなり時間がかかる。
(やっぱり家計簿とは違うわね……)
 ふふ、と内心苦しい笑いをこぼしながら、皐月は書く。ちら、と長いすに腰掛けてこちらを笑顔で見ているクゥに視線を遣った。
「クゥくんの判断とか、一緒に書いてもいい?」
「いいですよ」
 ……手伝ってくれないのだろうか。ちょっと期待してしまうと、クゥは目を細めた。
「手伝いましょうか?」
 ぎょっとする皐月に向けて彼はくすくすと笑う。
「報告書はなかなか難しいですしね。と言っても、僕もあまり得意ではないですよ?」
「……やっぱりいい。自分でやらないとね」
「ふふ。なんだ、ざんねん」
 楽しそうに微笑むクゥに、皐月は嘆息してしまった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、由良様。ライターのともやいずみです。
 クゥとの調査はいかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。