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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


帝都の娯楽に興味あり


 アンティークショップ・レンに持ち込まれる不思議な商品の中には、店主である蓮の話し相手になるものが存在する。だいたいオカルト関係の闇ルートから入ってきた商品には実体化できる幽霊や残留思念が憑いており、それらが一方的に話しかけてくるというのがパターンになりつつあった。
 今回も例に漏れず、散り桜が見事な蒔絵の万年筆を安価で手に入れたかと思ったらしっかり憑いていた。ご丁寧にも自らを幽霊と自己紹介し、七夕 雅と名乗る。ただいつもと少しだけ違うところがあるとすれば、『この名前がペンネームである』ということだろうか。蓮は珍しい幽霊との会話にしばし耳を傾けた。

 なんでも雅は名家の生まれで絶世の美女……というのは幽霊特有の透き通る姿を見ればわかるのだが、若くしてその名を轟かせた女流作家だったらしい。和服のセンスから察するに、明治後期から大正時代に生きた人だと推測するのが妥当である。ただ現在までに彼女の名前が伝わっていないところを見ると、おそらく時代の風潮……つまりは男尊女卑の波に飲まれたのだろうと蓮は推測した。試しに彼女はいくつかの文献を調べてみたが、当時にしては貴重かつ珍しい女流作家特集を組んだ雑誌くらいにしか名前が登場しない。世に名を知らしめたといわれる刊行物も、今では全国でも数えるほどしか残されていないのだ。他の人に「この話を信じろ」というにはいささか説得力に欠ける。
 ところが彼女の素性は確かなものだった。ここで本名を明らかにするのは避けるが、彼女自身の存在を明らかにする文献はいくらでもある。その堅苦しい喋り、おしとやかな性格、ゆったりとした仕草……どれをとっても箱入り娘特有の動きだ。以上の理由から、蓮は雅に一応の信用を置いて話を聞いていた。

 ある日、彼女はおかしなことを店主にお願いした。それは文才に恵まれた人間のあくなき探究心なのか、それとも育ちが生んだギャップなのか……蓮は黙ってそれを聞く。
 評論家からは圧倒的な世界観と描写力で読者を虜にするという雅の文才だが、本人はもっと弾けた作品を書きたかったらしい。小難しい言葉で表現するなら『娯楽作品』である。ただデビューから突然の事故で命を落とすまでは世間が望むものしか書けず、その未練が霊を形作り、愛用の万年筆に宿ってしまったのだ。
 雅は言う。この世に悔いを残さぬよう、なんとか蓮のお力で抱腹絶倒の体験をし、それを書き記して成仏したいと。そうすれば蒔絵の万年筆はただの高級品になり、普通に売買することもできる。それで店主の恩を返すこともできると。幽霊の切なる思いを聞き、蓮の頭は徐々に痛くなってきた。どうすれば彼女が喜ぶのだろう。楽しさや笑いの沸点は低そうだが、絶対的な時代の差がある。どこが彼女のツボになるのかわからない。

 雅にはそっけなく「わかったよ」と答えたが、店主の心中は複雑だ。とりあえず趣味のいい電話機の受話器を取って、まずはシュラインに連絡を取ってみる。すると彼女はいとも簡単にいくつもの提案を出した。思わず蓮は「雅のことを難しく考えすぎたのか」と反省する。そして今回は彼女にご足労いただくことにした。


 さっそく『アンティークショップ・レン』にやってきたシュラインは、まず雅との対面とあいさつを済ませる。そして目に力を入れさえすれば、彼女が誰にでも見えることを確認した。蓮の補足を加えるならば、手元に万年筆さえあれば実体化した姿を消すも出るも自由自在。少々ひんやりするが、身体に触れることもできるそうだ。ふたりともその手の類には慣れているので問題はない。

 「でも雅さんに服を着替えてとは言えないものね……幽霊にそんな自由なんてないし。」
 『申し訳ございません。衣服はこれしか持ち合わせておりませんので……』
 「別にここで楽しむことだってたくさんあるわけだし。蓮さん、奥の部屋にテレビあったわよね。つい最近、今どきの高級そうな奴を買ったの自慢された覚えがあるんだけど?」
 「ああ、珍しく新しいものを買ったからねぇ。そういえば近しい人間が驚いて心臓を止めると寝覚めが悪いからって理由で連絡したな。」

 看板とは裏腹に意外なものをお持ちの蓮さん。シュラインはそれを当てにしていた。そして準備したものをかばんの中から取り出す。すると何枚かのDVDが出てきた。

 「活動写真の進化版……ってとこかしら。雅さんの発想にないものを集めてみたんだけど。」
 「巨大怪獣ギャオーンに銀河鎧甲ファティルード、こっちは今と昔が混ざった設定の時代劇か……これはあたしも見てないねぇ。」

 シュラインは『突拍子もないものを見せるのが一番ではないか』と判断し、ここに来るまでにあったレンタルショップでいろいろとチョイスしてきたのだ。雅はパッケージを見た時点で興味津々の表情を浮かべている。しかし相手は曲りなりとも女流作家。現代の女流作家はその辺も心得ていた。相手に時代の差だけで驚かすのではなく、ストーリー性を重視した脚本で描かれる作品で勝負する。実はこれまでに出された雅を満足させるための案は、どれもそういった一工夫されているものばかりなのだ。

 そして上映会が始まる。まずはベタベタな巨大怪獣が登場する……とはいえ、それは現代人の見方。雅は怪獣の迫力に圧倒されるのはもちろんのこと、街の破壊のリアルさに驚いていた。彼女は何度もフィクションであることを確認したが、シュラインはたしなめつつも「そう感じるのも無理ないか」と感想を漏らす。昔の人がこれを見れば、実際に街を破壊して撮影したと思い込むだろう。蓮も「雅の見方が新鮮だな」とシュラインに話しかけたが、まさにその通りである。巨大怪獣の前になす術のない人間たちの姿を、雅はどう受け止めたのか。
 次のファティルードは特撮ヒーローの代表的な作品だ。今回は劇場版ということでシナリオ中に設定の説明がうまく織り込まれており、初見の蓮でも楽しめる内容になっている。もちろん雅もそうなのだが……この作品、実は空に不思議な青い星が映り込んでいた。そう、この物語の舞台は「月」なのだ。つまり青い星とは「地球」のことである。天体などにまったく無縁な雅は自分が立っている場所が画面にうっすらとしか映らないのだから驚くしかない。そして物語の男たちが変身すると、銀河の無法者との戦いが始まった。雅はこれを『電子甲冑』と表現したが、シュラインはそれを訂正せずに一緒になって楽しむ。時代の差は明らかなのだから、むしろどちらもそれを受け入れて楽しむ方がずっといい。そう考えていた。
 そして最後は時代劇。現代もミックスされた不思議な作品だが、そういった要素を織り込むのに無理がないので誰もが理解しやすかった。江戸時代なのに蛍光灯のライトで勉強する武士。コンセントを探す女中。ヒューズを上げに行く女将さん……さすがの雅も分析して理解するよりも先に笑い声が出てしまう。ここはシュラインの狙い通りだった。幽霊とはいえ、相手は人間。それを笑わせるというのは、実際には難しいこと。それをやってのける作品力のあるものを選んだ眼力は確かだった。雅もずいぶんと勉強になったことだろう。

 上映会が終わると、とっぷりと夜も更けてしまっていた。しかし、そんな時間にのこのこと来客者がやってくる。実はこれもシュラインと蓮が仕組んだ雅を楽しませる作戦のひとつだった。雅には「明日は午前中だけ万年筆の中で息を潜めてなさい」と言い聞かせると、彼女は素直に来客者が着ているスーツの胸ポケットへと収まる。

 「じゃ、三下くん。明日のお昼休みに戻ってきてね。ちゃんとご褒美は用意しておくから。」
 「ちゃ、ちゃんとオカルトネタくださいよぉ〜! じゃないと、ま、また編集長に怒られます……」
 「心配するんじゃないよ。こっちだっておおっぴらにウソはつけないんだからさ。」

 蓮は『雅に聞かれている』というのを暗に示すと、ついシュラインが笑ってしまいそうになった。なんと明日は三下の日常……というよりも恐怖体験を雅に観察してもらおうという趣向である。幽霊になる以前の彼女も触れたことがあるであろう出版業界。その今の姿と厳しい現実を見てもらうというわけだ。彼女の感想を楽しみにしつつ、シュラインと蓮は心で笑いながら三下を送り出す。もちろん結果は火を見るよりも明らかだ。だからこそ、笑いがこみ上げてくるというものである。


 そして約束の時間に三下は遅れてやってきた。これも予定通りである。だいたい三下が定時にお昼休みを取れるわけがない。それを見越してシュラインと蓮は他にもごっそり借りていた映画などを夜更かしして見ていたのだから。いつものごとく落ち着きのない三下は万年筆と報酬の書かれたメモを交換し、慌てて店を立ち去った。どうやら時間以外にも追われる理由があったようだが、その辺は雅が詳細を話してくれるだろう。シュラインは万年筆に顔を近づけて「もういいわよ」と話しかけ、実体化の許可を出した。すると何かえらいものを見たらしく、彼女は驚嘆の表情で話し始める。

 『修羅場や生き地獄とは、あの方の職場のことをいうのでしょうね……ですが、物語を紡ぐにはあまりにもいい主人公ですわね。』
 「そういうと思って半日ご一緒させたのよ。やっぱり生の体験が一番のようね。」

 シュラインにすれば聞き飽きた感もある三下青年の愉快な日常も、彼女にとっては新鮮な物語になって映るのだから不思議なものだ。女性上位の職場だけでも信じられない光景なのに、そこで尻に敷かれ放題の男性ダメ社員……男女平等の世の中がさぞお気に召したのか、雅はまず第一作はこの体験を利用して書きたいとまで言った。

 ずいぶんこの時代にマッチしてきた雅をそのままの姿で連れ出し、シュラインと蓮はある場所へと赴く。最初はずいぶんと依頼人がそのままの姿での外出を遠慮したのだが、シュラインが「問題のない道だから」と言うので従った。すると外は和服の女性が意外にも多く歩いているではないか。これは時期的なものではあるが「和服」は昨今のブームで、江戸時代以前でない限り目立つことはないのだ。今の流行まで解説してもらい、大喜びの雅。しかし目的地が皆目見当がつかない。きっと目的地も自分が目立たぬ場所なのだろうが……
 そんなこんなでやってきたのは大衆演芸場。今日は落語の寄席があるのだ。上品な着物をお召しのご老人や今どきのファッションに身を包んだカップルまで幅広い客層が中へと吸い込まれていく。これもまた最近のトレンドだが、他のものとは決定的に違う特徴があった。

 「昔からかもしれないけど……落語は古典落語と現代落語に分かれててね。まさに今を題材にした題目もあるのよ?」
 『今の内容ですの?』
 「噺家が英語で落語をやろうって時代だよ。伝統とその時がマッチしたいい進化の前例だね。」
 『それは楽しみですわ!』

 約2日をかけての帝都の娯楽巡りをしている雅だが、シュラインは場内に入る前からひとつだけ不安があった。このまま興味が膨らめば、まず成仏はしないだろう。いくつもの著書を出すほどの作家に化けるかもしれない。まさにゴーストライター。
 だったらこの際だから、帰りにネイルサロンにでも連れて行ってもっと今を満喫させてあげようかと思い始めているシュラインであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。納品までにお時間を頂き、本当に申し訳ありません。
今回は依頼なのに完全にシチュノベですね。プレイングをたっぷり織り交ぜました!
雅はそのまま蓮のところに居つきそうな感じですが、今後どうなるかは後日考えます。

それではまた通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でお会いしましょう!