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<東京怪談ノベル(シングル)>


甘い花の香りが漂う店

□prologue
「この国で活動するには、この国に溶け込む必要があるな」
「何と、この国では、花を売るだけの店舗があるのか」
「贅沢な国だ」
「おい、店員、とにかく、花を要求する」
「正気か?」
 五人の男達は、このような少々不安にかられる会話をしながら店の前でたむろしていた。奇妙な事に、この団体は、皆違う人種だった。見た目、つまりは、肌の色、瞳の色、髪の色、全てがばらばらで、統一性が無い。使っている言葉も、日本語では表記できないような発音の物から、かろうじて耳に残る単語が混じっている言語まで幅広い。それぞれがそれぞれの言葉でもって話し合っている。
 つまり、先ほどの会話は、
「この国で活動するには、この国に溶け込む必要があるな(と言う内容のどこかの国の言葉)」
「何と、この国では、花を売るだけの店舗があるのか(と言う内容のどこかの国の言葉)」
「贅沢な国だ(と言う内容のどこかの国の言葉)」
(以下略)
 と、言う感じ。
 本人達は、それでお互い意思疎通ができているので、問題ない様子だ。
「あ、あのぅ……、せめて、英語で……、えっと、ぷりーず、すぴーく、いんぐりっしゅ、……すろぅりー」
 一つ、問題があるとすれば、この奇妙な集団に囲まれた『Flower shop K』の店員鈴木エアが、両方の瞳にたっぷりと涙をためて途方にくれている事くらいだった。

□02
 その日、黒・冥月は見慣れた道を歩いていた。何の用事も無い、たまたま、その店の前を通りかかっただけだ。
「珍しいな」
 ポツリと呟き、見慣れた花屋をちらりと見る。
 その店は、冥月の知る限り、客の入りは少ない。そのせいか、店員は箒を持って掃除しているか、レジで雑誌や辞典を読んでいるかの印象しか無かった。
 と、言うのに、今日に限って、店先で集団の客がたむろしている。
 それだけでも十分珍しいのに、その集団は、どうやら日本人、いや、アジア人の姿が無い。
「あ、あぅう……」
 そして、その集団に囲まれて、あたふたと目を回している鈴木エアの姿が見えた。
 どうやら、言葉が通じず難儀している様子だ。
 とは言え、
(まぁ、これも店員としての試練だな)
 と、冥月はすたすたと店の前を通り過ぎた。
「あのー、ですから、せめて英語で話していただけませんか? ぷりーず、すぴーく、いんぐりっしゅですよぉ」
 エアは、冥月の姿に気がつかない。必死に身振り手振りを交えて、英語で話せと要求していた。
「何を言っているんだ? ともかく、我々の要求はだな」
「英語? そんな危険な言葉で話せ無い」
「そうだ。どこで敵が我々の会話を傍受しているかもしれないのだぞ。どこでも通じる言葉では会話できないのだ」
 それを見た男達の反応は、芳しく無い。最初に聞こえたのは、ロシア語か? 次の言葉は、タガログ語、だと思う。その他、欧州の言葉を使った者もいる。皆、バラバラの言葉を使うようだ。冥月も全てを正確に聞き取れなかった。世界中で仕事をこなしてきた冥月だから分かる、流石に無理かもしれない。
「ううー。ですからー。英語ですよぉ、英語。発音が無理なら、筆記で会話でも可能ですよー」
 エアは、男達の言葉を全く理解できず、首を振るばかり。男達も日本語が理解できないのか、それぞれ首をひねる。
 そんな様子に、冥月はため息をついて、集団へ向かった。

□03
「彼女は、せめて英語で意思疎通をと言っている」
「冥月さん?!」
 エアと男達の間に割り込み、冥月は男達に話しかけた。男達の中で飛び交っていた言葉の中から比較的メジャーなロシア語を選んだ。今の今まで冥月の存在に気がついていなかったエアが驚きの声を上げる。
「誰だ? お前は」
「そもそも、英語は駄目なんだ」
 エアを取り囲んでいた男達は、冥月を不思議そうに見ていた。
「そんな事を言っても、彼女に伝わらないのだから、どうしようもない。それとも、ただ困らせるだけが目的か?」
 冥月が、そう言ってやると、しぶしぶ男の一人が口を開く。
「いや、我々は、花を購入したいだけだ。交戦の意志は無い」
「交戦? 気にはなっていたが、物騒事に彼女を巻き込むな」
 見たところ、男達はどちらかと言えばだらしない体型だと思う。筋肉の欠片も無いような脂肪の塊か、もやし体型。隙だらけの立ち居振る舞い。どう見ても、戦闘向きじゃない。とは言え、全てが偽装だったのか? と、冥月は鋭く男達を睨み付けた。
「何? 貴様、もしやどこぞのチームのエージェントか?」
「……」
 男の言葉に、冥月は言葉を探す。
 黙り込んだ冥月を見て、男達は相談をはじめた。
「どうする、同士達……。まさか、このような女子までも姫たんを狙うとは」
「いや、世にはそのような趣向を持つ輩もいると聞く」
「おお! 神よ……。こうなれば、何があっても我らが姫を守らなくては」
「しかし、よもや、我ら以外に姫様の動向を感知したチームがあるとはな」
 どうでも良いが、相談の内容が丸聞こえだ。冥月は、男達の会話を注意深く分析し、一応断りを入れた。
「いや、私は、その姫とやらとは無関係だが」
 冥月は、あくまで善意で通訳に入っただけだ。そもそも、様々な人種から姫と呼ばれるような立場にある者に、今日は心当たりが無い。その旨を伝えると、たちまち男達は憤慨した。
「なんだと! 貴様、世界の歌姫と崇め奉られる我らが姫を知らぬと申すか!」
「そうだ。歌番組からステージまで、デビュー以来休む事もなかった姫たんが、ようやく休暇を取ったのだぞ? その姫たんのカリスマを愚弄するのか」
「我らは、言うなれば姫様の騎士だ。どこまでも姫様の行方を追い護衛するのも我らの任務。姫様がこの国にバカンスに渡ると、ようやく得た情報、バカにしてもらっては困るな」
「ああ! 姫たん。はぁはぁ」
 などと、唾を飛ばしながらまくし立てる。
「……あのぅ、冥月さん、この方達、何とおっしゃっているんでしょうか?」
 会話の内容が全く分からないのであろう。
 エアは、怒鳴り続ける男達の事を不安に思ったのか、力弱く冥月の服の袖を引っ張った。ようするに、この男達は、アイドル歌手のおっかけか。しかし、自分の口から”姫たんはぁはぁ”なんて絶対言いたく無い。不安そうに見上げるエアを見て、冥月は内心頭を抱えたかった。

□04
「なぁんだ。つまり、お花を買いにいらしたんですね。それなら、大歓迎です。私、すっかり、危ない方々だと思ってしまって……」
「……そうだな。適当に花を見繕ってやれ」
 本当に店の客だと知って、エアはニコニコと男達を店へ招き入れた。
 男達もまんざらでは無い様子で、やれ姫たんに似合う薔薇の花が欲しいだとか、いや姫様には可憐な百合が必要だとか好き勝手騒ぐ。
「姫たんに薔薇の花を贈りたいんだ! 情熱の赤い薔薇。きっと俺からの情熱を姫たんは受け取ってくれるはずさ! 金ならいくらでも出そう。姫たんのためさ。ああ、俺って男前だな」
「……エア、こいつは、赤い薔薇の花束が欲しいらしいぞ。店中の薔薇の花で作ってやると良い」
「はい、それでは、お作りしますね」
 男の言葉を適当に訳して、エアに聞かせてやる。
 ただ、このままこの男を野放しにしてしまって良いのだろうか? 冥月は少なからず本気で懸念した。
「姫様には、もっと可愛らしいピンクの花束が良い。ああ、パステルピンクの花束をキュートに抱える姫様……! その姫様を、抱きしめるのが俺の夢……!」
「……エア、次はピンクの花束だ」
「はい、準備します」
 一通り、花の注文を通訳してやると、エアは笑顔で花束の準備に取りかかる。風貌や行動はどうあれ、店にとっては金を落としてくれる客なのだ。エアにとっては、良い事なのだろう。
 冥月は、何かもやもやとした物を抱えながら、花束が出来上がるのを見ていた。
「ところで、トーキョーの観光名所はどこなのだ?」
 すると、一人の男がそのような事を訊ねてくる。その男は、一番最初にチューリップを購入し、既にセロファンに巻かれた黄色のチューリップを手にしていた。
 冥月は、用が済んだのなら店の外で待てと冷ややかに思ったのだが、一応当たり障りの無い答を返した。
「さぁ? 寺院やタワー辺り、ガイドに載ってるんじゃ無いのか?」
 やや投げやりな言葉だったが、男は気にした風もなく、ふむと頷く。
「なるほど、タワーか。タワーに姫たんと二人で登る。良いな、ロマンチックだ」
「おいおい、同士よ。貴様、まさか姫様を独り占めするのでは無いだろうな?」
「何を言う。我ら姫たんのロイヤルガードは紳士協定を結んでいるだろう! ま、俺の頭の中に住む姫たんとの甘い妄想まで貴様にとやかく言われる筋合いは無いがな」
 他にも、花を手に入れた男達は、やれこの店の立地条件は姫を迎える場所には少々寂しいだとか、東京は人が多すぎて姫の行方が分かりにくいだとか、口々に勝手な事を言い続けた。
 異国の地で、言葉の通じるチーム以外の第三者を見つけて、気分が高揚したのか。
 けれど、冥月にとっては良い迷惑だった。
 ちなみに、エアは全く会話が分からないようで、花束を全て作り終えると営業スマイルを保ちながら、若干の疑問を表情に浮かべている。
 相手が戦闘に関して全くの素人では、力任せに追い出す事もできず、冥月はせいぜい顔が引きつらないよう己の平穏を保つことに集中していた。

□05
 そんな時、最後に花束を受け取った男が、はじめてエアの顔をまじまじと眺めた。
「あれ? この娘……、いや、君。意外と可愛いね」
「……? はい?」
 じっと自分の顔を見つめる男に対して、エアは首を傾げる。男が何を話したのかは、まるで分かってい無いようだった。
「ふぅん。姫には遠く及ばないが、この国に滞在して居る間、俺の夫人として扱ってやっても良いぞ」
「え? 何でしょう? 花束のおリボン、良くなかったですか?」
 男が危ない事を口にするが、エアはまるで頓珍漢な事を言い、ますます不安そうにするばかり。
 冥月は、すぐに男とエアの間に割って入り、首を振った。
「彼女が迷惑している。やめろ」
「いや、そんな事はないだろう。他の者と比べて、俺の花束だけは随分丁寧だったな。きっと、彼女が俺に惚れたに違いない。さぁ、俺について来いと伝えてくれ!」
 冥月の言葉に、男は自信満々にそんな事を言うばかり。
「まぁ、どうしましょう。赤い薔薇の花に、赤いリボンはきつくなりすぎます。どうしてもと言うなら、こちらのピンクのリボンにお変えしましょうか?」
 ちなみに、冥月の後ろでは、エアが更に見当違いの考えで、ごそごそとリボンを探し始めていた。
「エア、ここは私に任せろ」
 冥月は、日本語でエアにそう言い渡し、
「もう一度言う。彼女は嫌がっている。早く出ていけ」
 男には少しきつめに、そう伝えた。
「信じられないな。それは確かか? と言うか、彼女が俺を嫌がる理由が分からない。納得いかない」
 しかし、男はいっこうに引き下がらない。
(殴れば一発で解決するのに)
 と、冥月は内心、苛立った。
 そして、どうにか自分を抑えていたのだが、男が全く引き下がらないので、仕方が無いと最後の手段に出る。
「いい加減、察する事もできないのか?」
 冥月は先ほどまでとはうってかわり、妙に艶っぽい声を出してエアの肩に手をかけた。
「ど、どうしたんです? 冥月さん」
「さ、察するとは、どう言う……」
 エアは、急に抱き寄せられる形になって、首をひねる。男は、甘い空気を感じたのか、少々トーンダウンしたが、まだ食い下がろうとした。
 そんな二人の言葉に直接答える事無く、冥月は、するすると手をエアの身体に這わせ、彼女の腰を抱き締めた。
「分からないのか? この娘は“私の”だから駄目だ」
 そう言いながら、空いた手でエアの顎を撫で、耳を摘み、手を絡めあう。
「ど、ど、ど、どうしたんで……ひゃ……冥月さ、ぁ、ん」
「悪いが、男の入る余地など一切無いぞ? 今日も、お前達が帰れば、二人で思う存分愛し合おうと相談していたところだ」
 くすくすくす、と、エアの肩に顔を埋め、髪を弄び、ちらりと男を見た。
「何と!」
「やはり、世の中には、そう言う趣向の持ち主もいると言うことか?」
 呆然とする男に代わり、他の男達が囃し立てる。
 それすらも、くすりと笑い受け流した。
「なんて気の利かない奴らだ……、早く二人きりになりたい。な? 照れた姿も可愛いだろう」
 冥月は、そんな事を口走りながら、エアの頬をそっと撫でる。実際、良く分からないまま身を任せているエアは、耳まで真っ赤になって、口をパクパクと動かしていた。
 男達は、その様子に「やはり、俺には姫しかいない」とか「いや、これはこれでイイ!」とか口々に呟きながら帰って行く。
 静けさを取り戻した花屋には、妖しく絡み合った女性二人だけが残された。

□epilogue
「うん。良かったな」
「あ、あのぅ……、冥月さん、これは一体……」
 さっさと店を出ようとした冥月の腕をエアが捕まえた。しかし、その手はかすかに震えているし、握り締める力は非常に弱い。しかも、エアの瞳には困惑と怯えが見え隠れしており、今まで築き上げてきた良好な関係を一瞬で破棄してしまいそうな雰囲気だった。
 冥月は、びっしりと脂汗をたらしながら、肩をふるわせる。
 落ち着け。
 落ち着け!
 落ち着くんだっ!!
「彼らは、さる劇団の役者達だ。舞台の小道具に花束が必要でここに来たが、丁度、次の舞台の演出に行き詰っていたところ、私とお前を見て演技してくれと言う事なんだ!」
 冥月は、若干苦し紛れな言い訳を早口でまくし立てた。
「舞台演出……ですか?」
 エアの表情はまだ硬い。
「そうだ。演技だし、大丈夫だ」
 けれど、非常にいたたまれなくなり、冥月はぎくしゃくと片手を挙げて、さっさと店を後にした。
 背後のエアは、まだ不思議そうな表情を浮かべている。
 完全な善意から通訳をしていただけだったのに、と、冥月の胸の中は、どこにぶつけて良いか分からない理不尽さでいっぱいだった。
<End>