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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


【法外な現物利息】〜暗き闇に住まう者なれど〜

 おや、と掲示板の新しい書き込みが目に留まった。
 まず、ゴーストネットOFFに似つかわしくないタイトルが笑えた。
 なにをどう勘違いしたら、ここに相談の書き込みなんてできるんだろうか。

 『タイトル:有り得ない利息を請求されて困っています』

 どこかの法律相談所にメールでも送れば、早期解決するだろうに。
 だが、興味本位で目を向けた本文は間違いなくゴーストネットOFFらしいものだった。

 『本文:お金に困って、金利が安いことが売りになっていた消費者金融にうっかりお金を借りたら、とんでもない利息を請求されたんです。
  金利そのものは有り得ないくらいに安かったんで、嘘じゃなかったんですが。大変なのはこれとは別に請求された“現物利息”なんです。
  しかも、その現物っていうのが人間ひとりの力では手に入らないものなんです。
  なんてったって、この消費者金融のオーナーの正体が妖怪だからなんです。
  どなたか私といっしょにこの現物利息を回収し、支払う手伝いをしてもらえませんか?
  協力してくださる方は連絡ください。詳しい話はメールでやりとりしたいと思っています。
  ぜひぜひ人助けと思って協力してください。よろしくお願いします。 涼子』

 かなり切羽詰った書き込みのようだ。
 人助けもいいが、この妖怪の正体と現物利息に興味が湧いた。
 気づいたときにはメールを送信していた。

 ***

 及ばずながら手助けいたしたく、と固い文面はまるで時代がかっているが、送信キーに伸びる指先は時代劇ドラマに登場する姫君のように色白でしなやかだった。
「少し堅苦しい文面だけど、だいじょうぶよね? この方がイタズラじゃないって思ってもらえるよね」
 深沢美香は、やや首を傾げながらたった今自分が送ったメールの文体を気にしていた。インターネット上でのやりとりを越え、メールで直接話をするのだからこちらもそれなりに真摯な言葉を使わないと失礼だと思ったからだ。
 顔は見えないのだしフランクな口調でもいいのだろうが、そんなところを気にする辺りに育ちの良さが垣間見える。
 美香は元お嬢様で現役ソープ嬢という、変わった経歴の持ち主でもある。元姫君ではないにしても、それなりの格式の中で高い教育を受けた身だ。
 ソープ嬢をやる羽目になった経緯から、この“涼子”の悩みに同調し、純粋に善意から手助けしたいと思った。
 ただ問題は、涼子の悩みの種である消費者金融のオーナーが妖怪であることと、回収するべき現物利息の正体である。変わった経歴だが、特殊な能力はない。その点はふつうの人間と同じだ。
 どこまで自分が役立てるかわからないけれど、とりあえず話しは聞いてみたい。
 仕事帰りに寄ったネットカフェで、ホットココアを飲みながら手元のノートパソコンを茫洋と眺めていると、軽快なアラームがメールの着信を知らせてくれた。
 涼子からだった。
 美紀さま、から始まる本文を目にして思わず苦笑がもれる。本名は使うべきでない場所だが、そこに急遽源氏名を使ったことが微妙に不釣合いで笑えたのだ。
『美紀さま。さっそくのメールをありがとうございます。藁をもすがる思いなので、あなたが男だろうと女だろうと構いません。どうか助けてください。それではさっそくご心配の妖怪の正体ですが、名前を火間蟲(ひまむし)入道といいます。自分でそう名乗っていたから、たぶん間違いないと思います。それから利息なんですが……笑わないでくださいね? 絶対ですよ? 行燈の油を用意しろと言うんです。』
 行燈の油?
 今時、行燈はないだろうと思ったが相手は妖怪なのだから、そもそも人間の常識は通じない。美香は眉をひそめつつ、メールを読み進めることにした。
『一応、自分でも調べてみたんですが……菜種油らしいんです。それを回収しないといけないんですが……菜種油ってスーパーとかで売ってるものでは代用品にならなくて』
「……ぷふっ」
 思わず吹き出してしまう。
 いくらなんでも、それは無理だろう。この一文で、相談相手の幼さが露呈した。実年齢というよりも精神年齢においてだが――ほほえましさを感じた美香は、思わず笑い出してしまった。
「うふふ……くふっ」
 しかも続けて書かれた、試しに持っていったら顔面にぶっかけられたとあり、美香は人目も気にせずに声をあげて笑った。目じりに滲んだ涙を指先で拭い取り、バーをスクロールさせる。
『今時、どうやって行燈に使うような菜種油を買ってきたらいいんでしょうか。』
 涼子の嘆息する姿が目に浮かぶようだ。
「たしか」
 そう呟いて、美香は携帯を取り出し、メールを打ち始める。
 大学時代の友人の中で、精油会社が実家だという人間を思い出したのだ。今も変わらず営業しているのなら……。
 返事はすぐに返ってきた。こまめに連絡をとりあっていた友人の一人だったというのが救いだ。
 実家は今も手作りの菜種油を製造していると返事にはあり、しかも地元の神社では灯明の油として使ってもらっているのだという。
 美香はすぐに涼子へその旨を教えるメールを打った。
 だが、わざわざ利息を金で買いに行くのもどうだろうか。しかも福島くんだりまで出かけなければいけない。お嬢様然としている容姿の割に、美香の手際は早かった。
 涼子をボランティアとして派遣する代わりに、現物支給として菜種油を少々わけてやってくれと頼んだのだ。
 もちろん快諾された。多少の質問責めにはあったが、そこは常日頃の接客スタイルを応用して本音を隠しつつ、強引に納得させた。

 一週間後。
 ゴーストネットOFFの掲示板にお礼状のような書き込みが入った。
 涼子である。
 幼さが滲む、彼女らしい文面だ。仕事帰りで、しかもカフェの外はしらじらと明け始めていた。疲れも頂点に達していたが、涼子の言葉をひとつひとつ読むにつれて、肉体の疲労感が次第に消えていく。
 眠そうな目をしたウエイトレスがいつものホットココアを持ってきてくれた。
「ありがとう」
 小さな会釈を添えて礼を言う。
 そして細めた目がみつめた先に――。
『美紀さん! このたびは本当にありがとうございました。実際にお会いして、直接お礼を言いたかったんですが、こういう場なので出会いと同じゴーストネットの掲示板に書き込むという形で言わせていただきますね。実は福島の精油会社に行ってから数々のジャマが……もちろんこのジャマっていうのが例の妖怪の仕業なんですけど……仕事中、目の前に札束ぶらさげてみたり、前から欲しいな〜って思っていたバッグや洋服とかを出して見せたり。アンタほんとうに行燈の油が欲しいの?! って何度叫んだことか。でもその度に美紀さんの借金返済経験談を思い出して、騙されないように我慢してやり通しました! ただちょっと謝っておかないといけないかな? なんて感じになっているのです』
 え? と美香の瞳がくるりと大きくなった。
 右肩をポンと叩かれ、弾かれたように振り向くと、薄絹を羽織った着物姿の男性が立っていた。年輪のように刻まれた深いしわ。にっこりと微笑まれて、美香もつられるように笑った。
「貴女が“美紀さん”ですな?」
「……あの」
 いくら男性相手の仕事でも、なかなか出会えない年代の人物だ。客ではないと直感で感じた。
「どこかでお会いしましたでしょうか? 失礼ですが、思い出せなくて」
「いやいや初対面ですよ。今が初めてです」
「それじゃ……どうして美紀っていう名前を」
 美香の言葉を制するように右手をかざした老人が、にんまりと深い笑みを湛えた。
「この度は上質な菜種油を用意するのに尽力していただいたようで、ぜひともお礼が言いたくて探しました。見たところ、わたくし共と同じ夜の世界に住まわれる方のようで。――お困りの際にはぜひとも弊社をご利用ください」
 そう告げられて慌ててパソコンのディスプレイを見た。
 なんと美紀のことについて、つい口が滑ってしまったごめんなさいと綴ってある。もう一度視線を戻すと、身体が透け始めている老人がいた。
「あ、あの、同じ夜の世界って仰られても、きっときっと違いますから!」
「なあに、世界はいつでも表裏一体。どこででも繋がっているのですよ」
「火間蟲さん!」
 正しくは火間蟲入道なのだが。
 消えゆく老妖怪に手を伸ばしてみたが、その指先は空を掴んだだけだった。
「勤務時間は同じかもしれませんが、私は人間なんですー!」
 善意の人助け。終わりはなんだか勘違い?
 ふと見たガラスウィンドウの向こうで、夜はすっかり明けていた。

 END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【整理番号6855 / 深沢美香 / 女性 / 20歳 / ソープ嬢】



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■         ライター通信          ■
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あまり重たくないコメディ調を目指してみました。
いかがでしたでしょうか?
気に入っていただければ幸いです。またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
高千穂ゆずる