コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


結界崩し 4

「次は南東、『土』」
 夏炉[かろ]の声に疲れが混じり始める。
 喫茶「エピオテレス」での、相変わらずの作戦会議。夏炉が関わってしまった結界の解除。喫茶店の店長エピオテレスとウエイトレスのクルールも、そろそろ慣れてきてきびきびと話を進めようとする。
「どんな結界ポイントさ? 夏炉」
「土だけに、土の中」
 夏炉は即答した。
「だだっぴろい荒野があるの。そこのどこか一箇所にポイントがある」
 だけどね、と夏炉は続けた。
「今回はその宿主に取り憑いてる悪霊たちが、広範囲に広がってるっぽいのよ」
「――土だけに? 地面全体、みたいな?」
「もちろん全体じゃないけどね。かなり広範囲で反応がある」
「その悪霊全部を退治しなくてはいけないのかしら?」
 エピオテレスが頬に手をあてると、夏炉は首をゆるりと横に振り、
「結界ポイント、というか宿主は一箇所だけ。そこさえ崩せばいいと思う。けど……土の中だから」
「土を掘り返す必要とかがあるかもしれないわけだ」
 クルールが伸びをする。
「そういうことね」
 夏炉はむっつりとした顔で、うなずいた。

 ■■■ ■■■

 結界をひとつ崩すごとに、メンバーは一度解散している。なぜなら、それぞれに手に職を持つ者もいるからで。
 アリス・ルシファールはそんな中の1人だった。
「すいません、遅れちゃって……!」
 ちりんちりんと店の扉の鈴を鳴らしながら、ツインサイドアップにした金髪を揺らし、アリスが走りこんでくる。
「アリスー。走ると危ない……」
 言いかけたクルールが、言葉を止めた。アリスの後ろから入ってきた黒髪の女性を見て。
 歳はまだ20歳いっていないだろう。どこかの制服のような格好をしている。
「……どちらさま?」
 クルールが不審そうな顔をすると、アリスがにこっと笑ってその女性を促した。
「神城柚月[かみしろ・ゆづき]さんです。私の先輩です」
 柚月はにかっと笑った。
「ども。柚月いうねん。よろしゅう」
「柚月?」
「お仕事が一段落付いて可愛い後輩のアリスちゃんとお茶でもしよかと思うとったんよ。まあ、現場の様子見を兼ねてもあるけどね」
 そしたらなによ、と柚月は小首をかしげた。
「なにやら深刻そうな顔してんなあ」
「深刻なのよ、事態は」
 夏炉はぶすっとした顔でそう言った。
「またヘンなのが混ざってきたな」
 そう言ったのは、現在特に仕事はないので、結界崩し作戦会議に継続して参加していた黒冥月[ヘイ・ミンユェ]である。
「ヘンなのとは聞き捨てならんなあ」
 言いながらも、柚月はあははと軽く笑い飛ばす。気のいい女性のようだった。
「神城柚月さんですか。僕は空木崎辰一[うつぎざき・しんいち]です」
 と、こちらも作戦会議に参加していた青年神主、辰一が挨拶をする。
「ん。なんや、きれいな男の人やな。よろしゅうお願いします」
 きれいな、と言われて辰一が引きつったが、柚月はやっぱりからからと笑うだけだ。
「で、このぼっちゃんはこんな時間に何してんのん?」
 と彼女が次に視線を移したのは、アリスと同年代の少年だった。柚月の言葉に顔を真っ赤にして、
「ぼっちゃんとか言うな! 俺には鈴城亮吾[すずしろ・りょうご]って名前がある!」
 とばたばたと暴れる。
「え? あ、気に障ったん? ごめんごめん。亮吾クンな。こんな時間にこんなとこにいていいん?」
 時間は日が落ちそうな時刻である。中学生が喫茶店で遊んでいていいものか。……今時の中学生はこれくらい平気なのか。
 亮吾はふてくされた顔で、
「俺は巻き込まれただけだ」
 と言った。
 実際彼は巻き込まれただけでここにいるのである。前回成り行きで結界崩しに手を貸したとは言え、なぜまだここにいるのか彼自身分かっていない。
「ええと、そんな風に言わないで……鈴城さんは、とても心強い仲間ですし」
 と亮吾のひとつ歳下のアリスが小首をかしげて微笑する。
 亮吾は顔を赤くした。
「子供同士の遊びだな」
 冥月が腕を組んで、欠伸をしそうな口調でつぶやく。「子供じゃねえ!」と亮吾が怒鳴った。
 と、ちりんちりんと店の鈴が鳴り――
「失礼」
 とひとりの少女が、
 ……ライオンを連れて入ってきた。
「うわっ!?」
 亮吾が仰天する。すでに店内にいた者たちは、目を丸くするやら呆れるやらで、ライオンを連れた豪奢な金髪の少女を見やる。
 少女は格好も奇妙だった。中世フランスの服装だ。大きなつばの帽子に膨らんだズボン、頑丈なブーツ。
 腰にはレイピアを下げている。そう、その姿はかの有名な三銃士のそれだった。
「いらっしゃい……ませ?」
 一応ウエイトレスのクルールが迎えると、奇妙な風体の少女はぐるりと面子を見渡し、
「夏炉さんて方はどなたですの?」
「……私に、何か用?」
 夏炉がねめつけるように威嚇した。ライオンを連れている同い年ほど――つまり17歳ほど――の娘を、簡単には受け入れがたかったのだ。
「わたくしはアレーヌ・ルシフェル。ゴーストネットOFFの書き込みを拝見しましたわ。霊退治のメンバーをお探しですって?」
「……そうだけど」
「お手伝いに参りましてよ。ああ、この子はわたくしの所属するサーカス団のライオン、レオン。よろしくなさって」
「ガルル……!(訳:手伝いに来てやったぜ!)」
 ライオンは豪快に鳴いた。鋭い牙がのぞいた。ひい、と亮吾が身を引いた。
「怖くありませんわよ、この子、噛みつきませんわ。臆病ですわね」
「こ……怖くなんかねえよ!」
 亮吾は必死に応える。
「動物まで助っ人にくるわけか。まったく……」
 冥月が額に手を当てて嘆息している。いいじゃないですか、と辰一が笑った。
「ほんま、楽しそうやなあ。でも霊退治ってなんのこと?」
 柚月が興味を示した。アリスがかいつまんで今までの経緯を説明し、
「ええと……次は?」
「『土』よ、アリス」
 夏炉が答えた。クルールやエピオテレス、冥月たちに話していたことをもう一度繰り返し、
「『土』が相手だと火は……まあ悪霊退治に火は使えるのだけど、正直属性的に相性悪いのよね。アリス、手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
「かわいい後輩がお世話になってるみたいやしなあ」
 柚月が神妙な顔でうなずいた。「私もお手伝いさせてもろか」
「た、戦えるの? あなたも」
「もちろんや」
「わたくしとレオンも参加しますわよ!」
 アレーヌが、無視されたことを不服と思ったか声を張り上げた。夏炉とクルールの前に進み出て、
「ちょうど、同じ歳くらいですわね? 三銃士、ちょうどいいですわ」
「何それ、何の遊び……」
 クルールが呆れる。夏炉の方はアレーヌの腰のレイピアに目をやって、
「……不思議なレイピアね」
「灼炎のレイピアですわ」
 アレーヌは自慢するようにふふんと鼻を鳴らす。「悪霊どもなど、炎で燃やしてやればいいのですもの」
「そう簡単にはいかないのよね、属性があるから」
 夏炉はげんなりした顔で言った。「あのね。五行にのっとって言えば火って今回の土をパワーアップさせるのよ」
「五行?」
 アレーヌはきょとんとした。フランス人である彼女は、そういった概念とは縁遠い。
「安心してください。私が、謳で土属性を弱体化させます」
 アリスが凛とした声で言う。
「せやな。そういうんはアリスちゃんに任せときいや」
 柚月が腰に手を当てた。「ちなみに私は、物騒な物言いやけど得意なのは広域殲滅型の物理攻撃魔法やよ。悪霊相手でも平気やし、任せとき」
「はい! 先輩はすごいんですよ!」
 アリスは頬を染めて、嬉しそうに自分の仕事場の先輩を自慢する。
 ふうん、と少しだけ興味を示したように片眉を上げたのは、冥月だった。
「それは興味深いな。どんな戦い方をするのかお手並み拝見といこうか」
「おねえさんはどないなん? すごく強そうやけど」
「私は霊相手は専門外なんでな。結界をさらけだす仕事だけやらせてもらう」
 で……、と冥月は組んでいた腕を解き、おもむろに店内を歩き出す。
 少し離れた場所のテーブル。
 2人の男がいる。1人、20歳の褐色の肌の青年。1人、20代半ばの煙草をくわえた背広の青年。
 その2人の前で、冥月は足を止めた。
「……私の護衛は、さてどっちがやるかな」
「俺パス」
 即座に褐色の肌のフェレ・アードニアスは言った。「あんたの護衛なんて死んでもやらねえ」
 ふふ、と唇に不敵な笑みを浮かべた冥月は、続けて言った。
「どうしても私を護りたいという可愛いことを言う奴が来い」
「言うかそんなこと」
 フェレは頑なに冥月の方を見ようとしない。
 逆に背広の方の青年――エピオテレスの兄、ケニーは冥月を見て、煙草を口から離すと、
「護衛が必要なのか?」
 と意外そうに言った。
「私は霊は専門外だと言っているだろう。……ああ、新しい退魔の武器があるんだがなぁ」
 ぼそり。
 ぴく、とフェレが反応した。
 冥月はうんうんうなずきながら、
「あれをしてやると妹さんが喜ぶかな?」
 ――ケニーがすっと目を細める。考えるような仕種だ。
「なに遊んでんの、冥月」
 クルールが声をかけてくる。
 フェレの目つきがすわった。
「……今回の敵は広範囲、だっけな……」
「そうらしいな」
 冥月はおかしそうに、青年の豹変ぶりを見ていた。
「……まあ今回は場所が広い。乱戦になっても流れ弾を当てることはないだろう……」
 ケニーが煙草を灰皿に押し付けて消した。
 武器を欲する男に、妹煩悩な男。冥月はそれをよく知っていた。
「フェレは分かるけれど、兄様も?」
 エピオテレスが不思議そうな顔をするが、それはともかく。
 喫茶「エピオテレス」の男共を釣ることには、どうやら成功したらしかった。
「さ。手数は揃ったぞ。その広い広い戦場とやらに行こうじゃないか」
 冥月は楽しそうに言った。

 ■■■ ■■■

 結界中心部より南東。
 東京になぜこんな場所があるのか不思議な、荒野が広がっていた。
「……森が焼けたような印象、ね……」
 強い風が吹いている。エピオテレスが流れる長い髪を押さえながら荒野を見渡した。
「すごい……力場です」
 辰一が警戒した声を発した。「本当に広範囲に渡っているようだ……」
「心配せんでええよ。アリスちゃんの謳は相当広く広がるし」
 柚月が後輩の肩を叩く。アリスは「はい!」と嬉しそうに返事をした。先輩の前で気合が入っているようだ。
「今回私は土掘り担当でいこうか。まずは結界ポイントを探してくれ。」
 言うだけ言って、冥月は観戦モードに入る。
「ではまず私が行きます……アンジェラ!」
 アリスが声高に叫ぶと、堕天使型サーヴァント『アンジェラ』が姿を現した。
「アンジェラ、私の護衛をお願いね」
 そしてアリスは走り出した。荒野の中心に向かって。
「お、おいアブねえぞ――」
 亮吾がその背を追いかけようとしたその瞬間、

 ぼこっ
 ぼこっ ぼこっ ぼこぼこぼこぼこぼこっ

 地面に異変が起こった。
 あっちからこっちから。アリスを囲むように、土人形が姿を現した。その数――数十体。
 まずい、と一気に場が殺気だった。
 冥月がふっと視線を上げた。予定外だな、と彼女はつぶやいた。
「あれは悪霊か? ああいう物質的なものなら私にも処分可能だが……」
「――霊の破片、砂の粒が土人形の中心核のようです!」
 辰一が叫び、とっさに御神刀『泰山』を抜いた。
「甚五郎、定吉! お前たちは結界ポイントを探しておいで!」
 辰一の連れていた猫2匹が、主の命を受けて駆け出した。
「猫の嗅覚を頼りにするん? 犬みたいやな」
 柚月が面白そうに言う。
「そう仰らないでください。あの子達は頼れる相棒なんです」
 言いながら辰一は土人形たちに向かって飛び込んでいく。
 エピオテレスが珍しく煙草をくわえていない兄に向かって訊いた。
「兄様、『土』に強いのは……」
「『木』だ。神主の彼は木気が強いだろうな。ああ、鈴城君の注連縄結界も今回は役に立つだろう」
「そりゃ助かる……」
 亮吾は前回散々だったことを思い出して安堵のため息をつく。
「私の扱える属性に『木』はないわ」
 エピオテレスは困ったように言った。
「問題ない。アリスが『土』気を引かせるまで、『火』を使わなければいい。後はどんな属性でもとりたてて問題は起こらん。『水』が若干弱まるだけだ」
 言いながらケニーは銃を抜いた。次の瞬間には、土人形が弾丸に撃ちぬかれて数体消滅した。
「火が使えないんですの!?」
 アレーヌが声を上げた。
「ガルルルッ!(訳:予定外だな、アレーヌ!)」
 レオンが雄たけびを上げる。
「ああもう、癪ですわねっ。レオン、直接攻撃で行きますわよ!」
「ガルッ! ガルッ!(訳:おう、任せろ!)」
 アレーヌとレオンは土人形の群れに突っ込んだ。
「あたしはいつもと大して役割変わんないね」
 ひゅるっと2振りの剣『浄』と『滅』を両手で翻し、クルールも戦いの場へと走りこむ。
 アリスの身は、アンジェラが護っていた。が、多勢に無勢、危うくアンジェラの隙をついてアリスが攻撃されそうになったところに、ぎりぎりで辰一が間に合った。
 ざん、と土人形を3体まとめて斬り払って、辰一が「大丈夫ですか、アリスさん!」と声をかける。
「はい! ありがとうございます……!」
 アリスは辰一の猫たちが駆け回るのを視界に入れながら、同時にこちらも結界ポイントの探査をはかっていた。
 広範囲に探査結界構築。しかし土人形たちは斬った傍からぼこっと生まれ、アリスの集中力を乱す。
 土人形たちはその長い腕を無造作に侵入者たちに振り上げてくる。
 アリスは何とか、そのさなかで天使型駆動体を、探査用に6騎、そして護衛用に6騎展開した。
 鼓膜をびりびり震わすほどの咆哮を上げて土人形たちを威嚇しながら、レオンがその鋭い爪で土人形たちをざくざくと崩していく。
 その傍らでは三銃士の格好のアレーヌが、レイピアを土人形に突き刺し切り崩していた。
 外側の方の土人形は、クルールとケニーの2人が。
 しかし土人形たちは無限に発生する。アリスは荒野の中心部に何かを仕掛けようとしていたが、土人形に邪魔されて中々出来ない。
「アリスちゃんがしんどそうやわあ」
 柚月が眉をひそめて両手を掲げた。
「ここは、先輩として助けんとね」
 その手に、ヴンと魔導書が自動召喚される。
 魔導書がぱらぱらと勝手にめくれていく。片手にそれを持ちながら、虚空に掲げられていた柚月の手に漆黒の弾丸たち。
 超重力のその弾が、刹那、遠くに位置するアリスのところまでまっすぐ飛び、その道筋にいた土人形たちを問答無用で貫いていった。
 そしてさらにぐるんとアリスの周りを回り、アリスの周辺の土人形を凄まじい速さで貫きただの土くれへ戻していく。
「うげ……すげえ。目が追いつかねえ」
 亮吾が呆気に取られた。
「発動は物理現象を模してるけど、全属性に関係なく絶大な威力があるんよ」
 柚月は弾丸を操作しながら、気楽な様子で説明した。「これは全ての存在に例外なくある『構成要素』に直接魔法が作用する為やよ」
「……あの弾たちの名は?」
 ケニーがおかしげに尋ねる。
 柚月は――ふいに、不敵に笑った。
「『シュバルツ・クーゲル(黒き珠)』!」

「けっ。護衛なんてまるでいらねえじゃねえか」
 フェレはぶつぶつ言いながら、符を取り出した。強い風に、符がはたはたとはためく。
 2枚。
「……2体も同時に式を呼べるようになったのか?」
 冥月がからかうように言う。
「うるせえな。火と水を使うなってんならちょっと戦い方を変えなきゃなんねーんだよ、俺も」
 言って、フェレは2枚の符をかざした。
「12天将・六合、12天将・青龍!」
 冥月は眉をひそめた。確かその名の式神は、雨を降らすものだったはず……
 しかし、雨は降らなかった。
 代わりに荒野が、急に活気付いたような気がした。枯れた土地、が、恵みを受けて若返ったかのような。
 そしてその大地から生まれていた土人形たちが――
 急にがらがらと体を崩壊させた。
 一定範囲内の土人形、すべてが見るも無残に砕け散る。
 銃を連射していたケニーが、「ほう」と感心したような声を出した。
「頭を使ったなフェレ。天将の属性のみを降ろしたか」
 フェレがそっぽを向く。照れたらしい。
「ほわ〜。驚いたわあ。にいちゃんなにやったん?」
 柚月がシュバルツ・クーゲルを空中で停止させて、フェレを見て目をぱちぱちさせる。
「やつの式神の、木属性の奴らの属性のみを降ろしたのさ」
 ケニーがフェレの代弁をした。「土は木属性に弱いからな」
「時間制限がある。すぐに復活するぜ」
 フェレはぼそっと言う。
「なんだ。情けないな」
 冥月は呆れてフェレを見る。「うるさいな!」とフェレは顔を真っ赤にさせた。
「2体も同時に降ろしたからな。少しは長くもつさ」
「お前なりに頑張ったか?」
 からかう冥月の傍らで、亮吾が動き出していた。
「じゃ、俺は今のうちにっと」
 彼は鉄パイプを用意していた。それを地面に引きずりながら、荒野を駆け出す。
 鉄パイプに電磁波を通して、土中の砂鉄および鉄分を集めた。鉄分に関しては酸化しているので、電気分解をほどこし純鉄に変化させる。
 それと同時に、荒野の中央ではアリスも行動を再開していた。
 取り出したのは、苗だ。喫茶店で話を聞いてからひそかに用意していた。
 精霊樹の苗。
 それを、土人形たちが荒らしたために柔らかくなっていた地面に植える。
 そして、謳いだした。
 高らかに。清らかな声で。
 アリスの透明な声が、荒野を渡っていく。辰一の猫2匹が、つい聴き惚れたのか、にゃあと鳴いて立ち止まった。
「ガルル……(訳:ふむ。いい声じゃないか)」
「まあレオン、何をあの子に見惚れてますの」
 アレーヌは相棒をぺしんと叩く。「もう……火が使えましたら、わたくしたちももっと暴れられますのに」
「――もう少しですよ」
 辰一がアレーヌたちに近づいてきていた。
 アリスの植えた精霊樹が、急激に成長を始めた。歌声に促されてどんどん、めきめきと幹を伸ばし、枝葉を張り始める。
 大きな大きな樹へと。
 この荒野全体に木気を放つほどの、精霊の力を持った大木へと。
 亮吾はひたすら駆けて、砂鉄と純鉄を鉄パイプに集める。
 猫たちは再び結界ポイントを探して駆け出しており――
 やがて。
「そろそろ、俺の降ろした木気が消えるぞ!」
 フェレが大声で仲間たちに伝える。
 アリスの謳声がそれに重なった。
 精霊樹は巨木となって、しっかりと荒野に根を張った。
「あの樹から木気があふれ出している……この場の土気が、木気に押されている」
 五行にのっとり、木剋土。――どんな大地にも、木は強く根を張り頭をもたげる。
 辰一が懐から符を取り出した。
 玄武の符。
「今なら水気も使える」
 彼がそうつぶやいた瞬間、彼の飼い猫たちが鳴いた。
「! 皆さん、結界ポイントはあそこです……!」
 2匹の猫が集まって一点を示すように座り、鳴いているのを見て、辰一は叫んだ。
 同時にアリスの探知結界にもそれが引っかかったようだった。アリスはその情報を遠く離れた場所にいたメンバーにもフィードバックする。
 辰一が猫たちの元へ行く。甚五郎を、猫の姿から銀獅子の姿へと戻す。
「結界ポイントを掘らなければ……!」
「よし」
 辰一の傍らにふいに声が湧いた。
 いつの間にか、冥月がそこにいた。
「ようやく私の出番だ」
 冥月は軽く言うと、甚五郎と定吉に退くように言い、それから手足も何も使わず――ただ、影のみを操って。
 ぼこっと、急に地面に綺麗なクレーターが出来た。
 見つかった結界ポイントより少し広めに。
 辰一が目を丸くする。甚五郎に掘らせようと思っていたのだが――この女性、どうやら例の影の能力を使って――土を、吸い込んでしまった!

 荒野が一気に暗くなった。
 強かった風が重くその場にいる人々に叩きつけられる。
「出てきたな」
 冥月は軽く言うと、また影で転移。フェレとケニーに向かって「今からが護衛だ」とのたまった。
 そう、護衛――
 荒野のあちこちから姿を現したのは、本来の敵である、悪霊15体……

 荒野を15体の黒い影がかけめぐる。砂塵が起こっていた。だが、弱い。
 アリスが展開していた天使型サーヴァントが、メンバーたちに次々と木属性ブーストをかけていく。
「もう火を使っても大丈夫そうだぞ」
 ケニーはずっと我慢していた夏炉に言った。「木気が強い。土気は抑えられている」
 火気は土気を強化してしまう。燃やしたものは灰になる。灰、イコール土。五行ではそんな理があった。
 夏炉は爆発したように一気に駆け出した。
「我慢は性に合わないのよ……!」
 鬼火を生み出す。ぼっ、ぼっといくつもの。
 そして一番近くにいた悪霊に放った。
 土人形と同じ姿、しかし黒い影のようだったそれに、鬼火がまとわりつく。風にあおられこうこうと燃える。
 それを見ていたアレーヌが、嬉しそうに目を輝かせた。
「ようやくわたくしたちの出番ですわ!」
「ガルルルルッ!(訳:おう、そうだな!)」
 灼炎のレイピアが炎を生み出した。蛇のようにのたくる炎が、今まさにアレーヌに近づこうとしていた黒い影を一気に包み込む。
 クルールの傍に1体が近づく。クルールが振り向くと、黒い影の周囲の土がずざっと太い針となって突き出てきた。
「………っ!」
 クルールは危ういタイミングで一歩飛びのいた。針がまた土中へおさまる。
 金の瞳の天使は唇の端を吊り上げた。
「上等じゃないか!」
 ずざっ! 再び突き上げてきた土針。それを、『滅』で分断し『浄』を突き入れる。
 無防備な悪霊に突き刺さった。悪霊は『浄』によって消滅した。
 アリスの能力ブーストが効いている。敵が、異様に弱く感じる。
 辰一は猫たちに玄武の符を貼り、水の属性も身につけさせると、
「四神・玄武!」
 玄武召喚。凄まじい冷気が場を駆け抜けて近くの悪霊を凍らせる。
 そこを凍ったものを砕く勢いでバリンと割っていったのは黒い珠。
「にいちゃん、いいとこもらって堪忍したってなー」
 柚月が遠くから言って、にかっと笑った。
 辰一は微笑した。さらに玄武召喚を続け、散らばっている悪霊たちを1体ずつ処分していく。
 レオンは戦場を駆け抜けながら、胸にかかっていた灼炎のペンダントと同化した。
 レオンの体が炎に燃える。猛々しいライオンは地面を掘り、地中深くまで潜る。
 ごごごご……と地面が揺れた。
 何事かと、他の面々が一瞬地震に気を取られる。
 レオンが潜った場所から――
 マグマが噴き出した。
 噴水もかくやの勢いで噴き上がり、どろどろと流れていくマグマ。広範囲に渡って流れ、悪霊たちにたどりつくと炎となってからみつく。
 アレーヌがレイピアで一突き。
 炎に巻かれた悪霊は瞬殺された。
 アレーヌは夏炉の元に近づくと、笑った。
「あなたもわたくしと同じ属性ですわね」
「……だからって三銃士のコスプレしないわよ」
「あら。スターは服装に気を遣うものでしてよ」
 ケニーは目を細める。
「どうやら護衛は必要なさそうだ」
「ちっ。俺ら何のために来たんだか」
 フェレが足元の砂を蹴っ飛ばす。
 冥月が悠然とした態度で戦況を見守る。
「俺は――っ」
 亮吾は悪霊から逃げ惑いながらも、砂鉄と純鉄を集め終わった。
 道具袋から注連縄を取り出す。注連縄結界を張り、中に入ると、電磁操作で鉄パイプを中核に鉄を構築し、槍と成した。
 物凄く疲労する作業。しかし亮吾もここまで来た以上、何かをやり遂げてやりたい。
「結界ポイントは……あそこだって言ってたな……っ」
 槍を右手に、注連縄を左手に持ちながら駆ける。今はクレーターとなっている場所へ。
 そして、高く飛んだ。
「おらあっっっ!!!」
 周囲の磁場を増幅させる電磁砲の要領で、槍をクレーターの中心に投げつけた。
 重力が加わった槍は、電磁波をバリバリと散らしながら轟音を立ててクレーターの中心に突き立った。
 黒い悪霊たちが、おおおおおおと鳴いた。
 バリバリと電磁波を散らしながら結界ポイントを抉った槍。
 悶え苦しむ悪霊たち。その隙を、誰もが見逃さなかった。
 辰一は泰山で斬り払い、アレーヌはレイピアで突き刺し、レオンは土中から飛び出して飛びかかり爪で一裂き、アリスは疲労回復の謳を謳い、柚月の最強の黒い珠は自由自在に戦場を飛び回っては悪霊を貫いた。
 クルールは剣を振るい、夏炉は鬼火を操る。
 そして。
 悪霊は、すべて消え去り、
 結界ポイントは破裂するように、弾け去った。

 ■■■ ■■■

 よほどの疲労だったのだろう、亮吾は槍を放った後、そのままばたりと倒れて眠ってしまった。
 冥月は瞬間移動を行い、クレーターの元へ行くと、
 ざら……
 一瞬後には、クレーターのあった場所は綺麗な更地になっていた。
 見事なイリュージョン。皆が感嘆する。
 アリスが亮吾に駆け寄り謳おうとすると、ケニーが近寄ってきて少年の軽い体を抱え上げた。
「店で休ませよう。アリス、君も今日は疲れているだろう……仕事帰りにそのままあれだけの作業だ」
 ケニーが細めた青い瞳に包まれて、アリスはにこっと微笑む。
「私はエピオテレスさんの作るケーキセットが食べられればそれで元気になります」
「あら……」
 今回はまったく戦闘に参加しなかったエピオテレスが、手を合わせた。
「喜んで作るわ。皆さんの分も……」
 風が、やんだ。
 砂塵が荒野の上に落ち着き、何事もなかったかのように眠りにつく。
「あーやだやだ、ざらざらする」
 クルールが2振りの剣を消して服をぱたぱたはたいている。
「さ、行くか」
 冥月が颯爽と身を翻した。

 喫茶「エピオテレス」に戻ると、人数も多いことだから、とケニーも厨房に入って兄妹によるケーキセット作りが始まった。
 亮吾はソファ席に寝かされている。その横に座って、アリスはずっとハミングを続けている。
「結界はあとひとつになったわ」
 夏炉が神妙な顔つきになった。
「……みんな、ありがとう」
 その夏炉の頭を、肘でクルールが小突く。
「まだ早いよ、お礼なんか言うのは」
「そうですよ夏炉さん」
 辰一が微笑んだ。「まだ、終わっていません」
「囚われの姫君は、救い出さないとな」
 冥月が椅子に座って足を組む。
 フェレの視線を感じて、ああそう言えばやつに退魔の短刀を渡そうと思っていたんだったか、と考えたが、今回はフェレもほとんど働いていないのでまあいいかと無視した。
「はー。仕事ほどやないけど、やっぱり大変やったなあ」
 アリスの隣に座る柚月はどこまでも笑顔だ。
「最後にはわたくしたちも働けてよかったですわ」
 アレーヌは上手に床に座っているレオンのたてがみを撫でながら満足そうに微笑む。
 甘い香りがただよってきた。
 クルールが厨房へ行く。仕方なさそうにフェレもその後ろについていく。
「悪霊を祓い、宿主を倒した時は、封じられているというお姫様が現れるのでしょうか」
 辰一がつぶやいた。
「辛いでしょうが、もう少しの辛抱です……」
 けれど今は。
 ――無理をしないで、と。
 他ならぬ結界に閉じ込められている姫君が、彼らにそう言っているから。
 クルールとフェレ、エピオテレス、ケニーの4人がぞろぞろと厨房から出てきた。
 手にトレイを持っている。トレイの上に乗っているのはもちろんケーキセットだ。
「フランス人がいらっしゃるからな。カトルカールだ」
 カトルカール。フランスのケーキの俗称。
 アレーヌが喜びの声を上げた。
「はーい、オレンジケーキにマーブルケーキー」
 クルールが切り分けられているケーキを見事な皿さばきで全員の前に置いていく。
 フェレが苦悶の表情を浮かべていた。……彼が手にしているのは、バランスを取るのが大変そうな、普通よりやや小さいシューを飴をつなぎにして円錐状に積み上げた背の高いケーキ。
「それはウエディングケーキに使われるサント・ノーレじゃなくて?」
「そうですよ」
 エピオテレスがにこにこしながら、ホイップクリームなどを配っている。
 オレンジケーキのマーマレードの香りがアリスの嗅覚をくすぐって、アリスはハミングをやめた。
 ちょうど亮吾の嗅覚もくすぐったらしい。彼は目を開けて、がばっと跳ね起きた。
「何かうまそうな匂い!」
「美味しいですよ。食べましょう」
 アリスがすすめる。
 亮吾がホイップクリームをたっぷりつけてオレンジケーキにかじりついた。
 クリームが亮吾の頬について、みんなが笑った。
 ……戦闘の後の、一時の安らぎ。エネルギーの補給。

 すべては、最後の結界を壊すために。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2029/空木崎・辰一/男/28歳/溜息坂神社宮司】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6047/アリス・ルシファール/女/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】
【6813/アレーヌ・ルシフェル/女/17歳/サーカスの団員/退魔剣士【?】】
【6940/百獣・レオン/男/8歳/猛獣使いのパートナー】
【7305/神城・柚月/女/18歳/時空管理維持局本局課長/超常物理魔導師】
【7266/鈴城・亮吾/男/14歳/半分人間半分精霊の中学生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
黒冥月様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
結界崩し4回目にもご参加くださり、ありがとうございました。
地味ですが颯爽とした働きをして頂きました。冥月さんは存在感が素晴らしいですね。
次で最終となります。よろしければまたご参加ください。