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最後の決断 ■あるメイドと気弱な主人の物語
「この商談はなしだ!君とはもう二度と会いたくない!」
「そっちだって!!」
2人のサラリーマンの商談がこじれ争っていた。
そこへ1人のエルフの少女が現れた。
「はいはい、ケンカはそこまで!これ以上うるさくするようなら・・・・」
息継ぎをし、次の瞬間。
「この店から出て行きなさーーーい!!!」
――――喫茶『KURONEKO』内部。
妖怪怨恨。それは喫茶店に忍び寄る霊。
今日からこの喫茶で私は働くことになった。
なのに午前中はこのざまだ。妖怪怨恨はしぶとい。まったく先が思いやられる。
「さて、やるぞ!」
午前中のゴタゴタをなんとか解消しその後の休憩を終えたあやこは気を引き締めた。バイトの仕事も覚えつつある。
さっそく厨房の中へ入った。
と同時に、マスターの声が聞こえてくる。
「あやこさん、お客さん来たよ!お客の一人は僕がやるから、あやこさんはあの女の人に水をだしてあげて」
「了解です、店長!」
ホール席を覗く。今来た客は、OLの女性1人とお年を召した老人1人だ。
二人とも別々の席に座っていた。
そして―――。
続々と店内に入ってくる怨恨の群れ。3匹、5匹、10匹・・・次から次へと現れては消えていく。
否、消えたのではなく正体を隠して店内の客に憑く機会を伺っているのだ。
とたんに店内の空気が悪くなり、寒気がした。
しかし、主人は怨恨に気づいていない。
『店が荒れる原因はコレね』
あやこは怨恨が群がるホールをじっと見た。
入ってきたOLの女性は、背筋はスラリとしていて、かなり若い。会社の書類を広げ、メニューを眺めていた。
その女性の足に怨恨が絡みつくように、取り憑く。
さっそくガラスコップに水を入れお客のもとへ運んだ。
そして客のいるホールへと向かう。
お水には予め怨恨が嫌う『塩』を入れてある。これを飲むと、怨恨は憑いた人間の中からはいられなくなる。
「失礼いたします。」
そう言い、小さな茶色のテーブルの上に、水を静かに置いた。
「ありがとう、コレ一杯頼むわ」
女性はメニューのブラックコーヒーを指差した。
「かしこまりました、少々お待ちください。」
オーダー表に『ブラックコーヒー 1杯』と記入し、厨房カウンターへ戻る。
あやこが戻ったとたん、女性に憑いていた怨恨が悲鳴をあげ始めた。
『ヒィィィィィ!!!!』
OLの女性は自分に怨恨が憑いているとも知らずにあやこが出した水に更に口つけた。
その途端、女性の体から怨恨が抜け、消えていく様子が見えた。その瞬間、数え切れない程いる怨恨たちがざわめくような悲鳴があやこには聞こえた。
―――よし、1匹退治成功。
「(そういえば、店長は・・・?)」
店長が厨房にいないことに気づき、慌てて老人の方へ振り返る。
「ハー今日はええ天気やね〜なぁそうやろ?ご店主さんよ?」
「はーさようでございますね・・・・。」
かれこれ先ほどから、コーヒーを啜る老人の相手に困惑しているようだ。
―――はぁ、まったく何やってんのよ店長は!!
見かねたあやこは厨房に駆け込み大皿を一枚用意する。
そんな感じで、コーヒーの粉と砂糖を取り出し、機械にコーヒーカップをたて出来上がったコーヒーの上に生クリームを乗せる。
最後に特製チョコクリームをかければ妖怪料理その四『チョコエスプレッソ妖怪ver』の完成である。
「よし、完成!これをあのジジイの所に持っていけば・・・!!」
あやこがそう思っていると、ホールから店長の悲鳴が聞こえてきた。
「あ、あ、あ、あやこさ〜ん!!人いっぱい来ちゃったからオーダー行って!!」
店長はかなり慌てている様子だ。どれどれとホールを覗いてみると、4人の子連れの家族に、女子高生2人の女の子、それにサラリーマンの2人組、そして。
「あ、あの男の人・・・」
銀髪のさらっとした短髪の髪、青色の瞳、そして高身長ですらっとした細身・・・かなりのイケメンである。
―――かっこいい!
思わずあやこはそう思ってしまった。なんだろうあの人は、お近づきになりたい。
「店長!このチョコエスプレッソここに置いておくんで、今店長が相手してるお客様にあげて下さい!」
「えっ!?あ、あやこさーん!」
気弱な主人をよそに1人カウンター席に座った美青年の元に水を持ちながら近づく。
「いらっしゃいませ、お客様。お水で御座います」
そう言って笑顔を作り、テーブルに水を置いた。
「ああ、ありがとう。素敵なお嬢さん」
そう言ってにこりとあやこに笑顔を見せた。
「(わわわわ、笑った顔も可愛すぎる・・!!)」
―――お、落ち着け私!!!落ち着くのよ!
そう自分に言い聞かせていると、青年が声をかけてきた。
「あの・・・注文いいですか?」
「は、はい、何なりと!!」
オーダー表をかかげ、ペンをエプロンからさっと取り出す。
が、慌てていたのでペンを思わず落としてしまった。
「申し訳ありません!」
机の下にペンが落ち、青年の足下に転がった。
「あ、大丈夫ですよ、拾いますから」
そう言って青年がペンを拾う瞬間
――あやこは見てしまった。
「(あっ)」
本当に一瞬だったけど。
この人、足が―――。
「もしかして、あなた・・・」
思わず声にだしてしまった。
「え。」
青年はきょとんとした表情だ。目を真ん丸く見開いてあやこを見ている。
「あ、いえ、なんでもないです。すみません失礼しま・・・」
「ちょっと!まだ俺頼んでないよ!」
厨房に向かおうとするあやこを青年が必死で止める。
「ああ!すみません、ご注文をどうぞ」
一方、気弱な主人。
未だに、このあやこが作ったチョコエスプレッソを老人の元に持っていくかどうか悩んでいた。
「うーん、どうしよう。持って行くべきが否か、でもあー・・」
「店長!作業もしないで何やってんですか!!」
全てのお客のオーダーを終えたあやこが厨房に戻ってきた。
「あやこさん・・・だけどこれクリームの形がもう崩れちゃって」
「いいから早く持って言って下さい!あと、これオーダーです。さっさと作っちゃって下さい」
気弱な店長をよそに、あやこは持ってきたオーダーの用紙をバサリと店長に押付ける。
これではどちらが店長なのか分かったもんじゃない。
「あーもう分かったよ、これらみんな作るから、あやこさん遊興(ゆうきょう)ピアノの電源入れてきてもらえないかな」
「え、なんでピアノ?」
「いつも夕方五時ごろ、『蛍の光』の自動演奏を流すんだ。昔は閉店後のメインテーマ曲だったんだけど最近はコーヒーを飲んでるお客様にピアノ音色を
聞いてもらうために流してるんだ。」
「へぇ、そうなんですかって・・・え。」
―――『遊興ピアノ』って。
「なんでそんな大事なピアノ、このお店にあるんですか店長!?」
「えぇ、なんで・・・」
「これは対怨恨用の最終兵器なのですよ!数年前に何者かによってIO2の実験室から無くなったんです!なんでこんな高級品が!」
「僕は知りませんよ!!この店は中古の家から買い取って改築したもので、最初からあったものなんですから・・・というか怨恨って何なんですか?」
―――はっ!しまった。
思わず妖怪怨恨のことを口にしてしまった。マスターはぽかんとした表情であやこを見つめている。
―――こうなったら。
「事情をお話します。信じるか信じないかはあなたの自由ですが・・・」
あやこは妖怪怨恨のことについて全てを話しだした。怨恨は人の負の感情から生じる摩擦熱を主食にしていること。
それによって人に悪影響を及ぼすこと、そしてこの喫茶店が怨恨だらけのことなどなど・・・。
店長は話が進むにつれ怨恨に対する恐れの目に変わって言った。
「えぇ!じゃ、じゃあこの店、今怨恨がうじゃうじゃいるっていうことなの!?」
「はい、大変言いにくいのですがこの店は既に壊滅状態です。」
「ひぃぃぃ!!どうしよう!!」
あまりの急な事態に主人は完全にパニック状態だ。
「大丈夫ですよ店長!私が何とかしますから」
「あやこさん、君は一体・・・」
「私の正体は企業秘密です、行きますよ店長!」
そう言ってあやこは遊興ピアノが置いてある小ステージへと向かう。
「あぁ、あやこさーん・・!」
ステージの上へとあがると、まるで導くように照明の明かりがグランドピアノ一面を照らしていた。
「あやこさーん!」
店長もあやこを追っかけてこのステージにきた。
「このスイッチを押したら・・・」
さっきの彼とはもう会えなくなる。
『あやこって言うんだ。俺は悠(ゆう)。自縛霊だから、普通の生活送れないんだよね。霊と会話できる子初めてだよ。』
『私はいつでもここにいますから、また遊びに来て下さいね』
『へぇーじゃあまた来ようかな、でもその前に俺はあやこさんに消される運命かもね』
『え、何を冗談を!』
思い出が走馬灯のように巡る。迷っては駄目なのに、でも―――。
「店長・・・私、やっぱり押せないです」
「いいんですよあやこさん。」
「でも・・・」
ああやっぱり駄目だ!いつもはこんなこと迷わないはずなのに。
悩むあやこに店長は優しい口調で声をかけた。
「何かしら事情があるのでしょう。だったら無理に押さなくても」
「店長・・・」
でも妖怪怨恨を倒すことが今回の依頼である仕事でもある。
駄目だ迷ってちゃ駄目だ、店長の優しさに甘えちゃいけない。
「大丈夫です、店長。私―――」
そう言って決意を決めたあやこはピアノの電源スイッチを押した。
と同時に、対怨恨用の魔力をピアノの内部に植え付ける。
起動したピアノはステージの上に自動的に蓋が開き、『蛍の光』の演奏が流れ始めた。
『ギャアアアアアア!!』
一斉にして怨恨たちの悲鳴が聞こえ始め、喫茶店内にいた怨恨が次々と消滅していく。
と、その時。
「あやこさん」
その声は!思わずふりかえるあやこ。そこにはあの悠がいた。
「あやこさんとは、もっと仲良くなりたかったな・・・」
「あぁ、悠くん。ごめんね。私ももっと悠君と・・・」
「でもありがとう、君と話せて嬉しかった。このまま消えても悔いはないよ」
悠は笑顔を浮かべた。体が徐々に下半身から消えていくのが嫌でも分かった。
「悠くん・・・。」
あやこの瞳に雫がこぼれ落ちた。
「あやこさん、またいつか会えたらいいな」
そう言って笑った悠はあやこの唇に軽く触れた。
「悠くん!」
思わず目を見開いたあやこだったがその瞬間、悠は消えてしまった。
「悠―――!!!」
その後。
気がついたら妖怪怨恨はもういなくて。
残ったのはなぜか涙を流す店長と怨恨がばらばらに散らかしたホールが残っただけだった。
また店内掃除しなくちゃね・・・トホホ。
「うぅ・・・ひっく!別れとはなんと儚い・・・」
片側ではなぜか猛烈にあやこ以上に泣きじゃくっている店長の姿があった。
「店長なんで泣いてるんですか!うぅ・・・!」
ああ、悠が消えてしまった。
久しぶりのイケメン君だったのに!!
「あやこさん」
「はい、何でしょう。店長」
涙を拭い、嗚咽を殺して店長に振り向く。
「悠くんの代わりに私じゃ駄目ですかね?」
そう言う店長の目はいたって真剣だ。
「はぁ!?ふざけないで下さい店長ーーー!!!!」
まだまだあやこの仕事は終わりそうにない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7061 / 藤田・あやこ / 性別 女 / 年齢 24 / 職業 IO2オカルティックサイエンティスト 】
【NPC / マスター・N / 性別 男 / 年齢 30 / 職業 喫茶『KURONEKO』店長 】
【NPC / 悠(ゆう) / 性別 男 / 年齢 不明 / 職業 学生(仮)※本来の姿は自縛霊 】
【NPC / OLの女性 / 性別 女 / 年齢 23 / 職業 OL 】
【NPC / 老人 / 性別 男 / 年齢 68 / 職業 庭師 】
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■ ライター通信 ■
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Reiです。此度の発注、誠にありがとう御座いました^^。
プレイングの内容が非常に面白く最後に青年自縛霊をどうするか本当に最後の最後まで悩みました;これで最後は良かったのだろうかと少しドキドキしております。
長くなってしまいましたがお楽しみ頂けたら嬉しいです。
Rei
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