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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


サクラ、サクラ ―妖撃社・日本支部―



「おはようございます」
 日曜の朝は、毎週一度の朝礼のある日。支部長・双羽が確実に学校のない日である。
「おはようございまーす」
 社員たちはだらけた挨拶、きちんとした挨拶など、それぞれの特徴を含んだ返事をした。
 双羽は壁にかかっているカレンダーに目を走らせた。
「え〜、今年は、妖撃社が日本に進出した年。こうしてやっと、みんなとも仕事のやり取りに慣れてきたし、親睦を深めるという意味で『お花見』を開催しようと思ってるんだけど、どうかしら?」
「はーい! オハナミって、なに?」
 片手を大きく挙げるシンに、アンヌが説明する。
「桜の花を愛でながら、食事をすることです」
「ちょっと違いますね。どんちゃん騒ぎをすることじゃないですか?」と、クゥ。
「え、えぇ……? な、なんか色々違うような……」
 マモルがもぞもぞと言うが、誰も聞いていない。
「とにかく! こういうイベントも社の士気を高めるいい機会になるだろうし、せっかくなので、大勢でやろうと思ってるの。
 調査の下請けをお願いしてる草間興信所の方たちとか、アトラス編集部の方たちにも声をかけるわ。瀬名さんのほうにも連絡をとってみるから」
「はいはーい! これって、今までお客さんでうちに来た人とか、バイトの人たちも参加していいの?」
「来たいという方は拒まないわ。
 それほどお金は出せないけど……食べ物はアンヌが調達に行って。飲み物は露日出さんと、クゥ。シンは場所取りよ」
 片手を挙げた状態のままで、シンは顔を引きつらせた。
「え……。ば、場所取りって、一人で?」
「一人でよ。手伝ってくれる親切な人がいるなら別だけど」
「ふ、フタバも行こうよ?」
「私は準備で忙しくなるの。場所取りなんて楽なもんよ。頑張ってね、シン」
 にっこりと微笑まれ、シンは言い返せずに手を下ろした。
 かくして、妖撃社の花見は開催されることになったのである――。

***

「その日、何かあるの?」
 シュライン・エマの声に草間武彦はカレンダーの日付に丸をしていた手を止める。
「……ちょっと用があるんだ」
「……ふぅん。用って?」
「ほら、うちに仕事を依頼してくる妖撃社に顔出しだ」
「妖撃社、か」
 ふむ。その話はこの間聞いた。なんでも日本支部が発足され、そこの支部長さんが女子高生とか。
 それを聞いた時、思ったのだ。依頼人や調査場所によっては年齢で損をすることもありえそうだなと。
「一度ご挨拶にと思ってたところだから、私も一緒に行っていい?」
「え?」
 露骨に嫌そうな表情をした武彦に、女の勘が働く。
「……私が一緒に居たらいけない理由でもあるの?」
 にっこりと笑顔で訊くと、武彦が一瞬だけ目を逸らす。その一瞬を見逃すわけはない。
「あるのね? 本当はどこに行くの?」
「妖撃社だって、ほんとに」
「だったら私も行ってもいいわよね



 花見当日――。

 妖撃社の社員たちがけっこう食べることがわかって、名護玲は花見用にと気合いを入れて料理を作った。それが入った三段の重箱は、見た目ほど重くはない。
 場所を記された地図を見ながらやって来た玲は、桜の花びらがはらはらと待っている中を歩いた。
 青いビニールシートを広げて場所取りをしている人もかなり居た。玲はどこだろうかときょろきょろ見回す。もしかして自分は一番遅かったりして……。
(でも、時間より、早めに……)
 出てきたし。
 そう思っていると、見覚えのある人が膝を抱えて座っているのが見えた。
(あれは……シン、さん?)
 栗色の長い髪をポニーテールにしているのは間違いなくそうだろう。玲は安堵してそちらに近づいた。
「あ、の……」
 声をかけると、頭を伏せていたシンは顔をあげた。眠そうな目……。ん? もしかして寝てた?
「……えと、ホマレ?」
「こ、こんにち、は」
「うー。もう時間?」
 瞼を擦る彼女に玲は首を横に振る。まだ開始時間より30分は前だ。
 重箱をシートの上に下ろし、玲は「お邪魔……します」と言ってからシンの横に腰をおろした。
「みんなは、まだ、ですか……?」
「うん。でもまぁ、そろそろだと思うよ」
「…………」
 ちら、と横のシンを見る。
「シンさん、日本の、桜は……初めて、ですか?」
「ん? そうだねー。まぁ日本に来たのは最近のことだし」
 のんびりと応える彼女は欠伸をした。そういえば、シンはずっとここで場所取りをしていたのだろうか?
 周囲を見回す。わりといい場所だし、見上げると桜も綺麗にみえる。ベストポジションだ。
 いつからここに居たのか、訊くのがちょっと怖かった。



「こんにちはー」
 いつものように妖撃社の事務室のドアを開くと、慌しい様子が目に入った。あれれ?
 きょとんとして佇む由良皐月に気づいたクゥがこちらに駆け寄ってくる。
「こんにちは。もしかしてサツキおねえさんも参加するんですか?」
「参加?」
「いやだなあ、お花見ですよ」
 花見?
 いや、そんなことは聞いていない。
 皐月の様子にクゥはすぐに気づいたように微笑んだ。
「じゃあ、今からなんで……時間があるなら一緒に行きません?」
「え。で、でも……。当日聞いた身としては何も作れないんだけど……」
「いいんですよそんなの。伝えてない僕たちの落ち度ですから」
 にっこりと天使のように微笑するクゥは可愛らしくて惚れ惚れしてしまう。これで女の子じゃないというのだから不思議だ。
(そっか……。じゃ、参加しちゃおうかな)

 全員揃ったところで妖撃社を出発することとなった。初めて見る顔があって皐月は驚いてしまう。
 美人だ。黒く艶やかな長い髪を腰まで伸ばした美少女がいる。どこか冷たい印象を与える彼女に皐月は挨拶をしたが、彼女は「遠逆未星」と名乗っただけだ。元々無口であまり喋らないようだったが……。
(美人だけど変わってる子みたい……。ん? でもすごく若く見えるわ。19歳っていうより……シンさんと同い年くらいの印象なんだけど……)
 どうなってるんだこの会社は。何か怪しげな薬でもしているのではなかろうか?
「そういえばシンさんは?」
 見回す皐月に、アンヌが答えた。
「シンは場所取りをしてますよ、早朝から」
「一人で!? そ、それは辛いんじゃ……」
 その場から動けないということは……色々と困ることもあるだろう。言ってくれれば少しくらい手伝ったのに……。
「時々様子を見に行きましたから、大丈夫ですわ」
「なんだ……。それなら」
「マモルがですけど」
 さらりと言われて皐月は笑顔で硬直してしまう。あぁ、なるほど。
 妖撃社の力関係がうっすらとみえた。みえなくてもいいのに。
 マモルは一番多く荷物を持たされ、微かによろめきつつついて来ているのを肩越しに見た。
「あ。そうそう支部長さん、行きがけにちょっと寄ってもらいたいところがあるんですけど」
「ん? いいけど?」
 先頭をクゥと並んで歩いている双羽が振り向いてくる。
「とっても美味しいお惣菜屋さんがあるの」
 自信満々に言う皐月に、双羽はちょっと驚いたように「わかったわ」と頷いでみせた。



 目的地に到着した妖撃社一同は、シンが転がって寝ている横で、玲がのんびりとペットボトルのお茶を飲んでいるのを発見して驚愕した。
 ただちに叩き起こされたシンは、双羽によってお説教が開始される。正座をして肩を落としているシンに、くどくどと言っている双羽。そんな二人を横目に、玲は初対面である皐月に頭をさげた。
「名護、玲で、す」
「由良皐月よ。よろしくね。もしかしてバイトの人?」
「ち、違いま、す。前に依頼、して」
「そうなの。私は妖撃社のアルバイト員なの」
 笑顔の皐月に、玲は安堵の息を吐いた。良かった……とっても素敵な年上の女の人だったから、ちょっぴり怖かったのだ。でもこんな人も妖撃社にいるのか……。
 ちょうどそこに瀬名雫と、妖撃社御用達の宅配業者・ステラ=エルフが登場した。彼女たちは手ぶらだ。
「やっほー! お招きありがとう!」
「こんにちは〜。そこで雫ちゃんと会って、一緒に来ました。今日はよろしくお願いしますぅ」
 さらに10分後、草間興信所の面々と、アトラス編集部の碇麗香と三下が到着した。シンへの説教を終えた双羽が丁寧に挨拶した。
「ようこそいらっしゃいました。今日は楽しんでくださいね」
 営業スマイル全開だ。双羽の性格を知っている妖撃社の面々と、皐月、玲は苦笑してしまう。
「こちらこそお招きありがとうございます」
 シュラインが名刺を取り出し、双羽に両手で差し出してきた。
「草間興信所の事務員をしています、シュライン・エマといいます」
「ご丁寧にどうも。妖撃社、日本支部の支部長を勤めています、葦原双羽です」
 双羽も自分の名刺をシュラインに渡す。
 シュラインは持ってきた重箱をそっと押し出し、控えめに微笑んだ。
「初対面で手作りの品というのも失礼かと思いましたが、よろしければご賞味ください」
「……!」
 驚いたように目をみはる双羽は、すぐに「ありがとうございます」と礼を言ってくる。
「すみません。気を遣わせてしまったようで」
「たいしたものではありませんから」
 皐月が買ってきた惣菜と、シュラインの持ってきた料理、それから双羽とアンヌが買い込んだ菓子類や飲み物が並べられる。出遅れてしまった玲は救いを求めるように視線を動かすと、バチッとシンと目が合った。
 彼女は少しだけきょとんとするが、すぐに双羽をつついた。
「フタバ、ホマレも料理作ってきてくれたんだよ」
「えっ!」
 驚く双羽のほうへ、玲は照れ臭そうに重箱を出す。
「あの、よければ……どうぞ」
 重箱の中身はおにぎり、そして様々なおかずと、桜餅だった。それぞれ一段ずつ入っている。
 シュラインの箱には綺麗に焼かれた、食べ易いサイズにカットされただし巻き玉子。それに塩漬け桜などを流し込んだ出汁寒天と手毬寿司だ。
 なんとも豪華な内容に全員がそれぞれ顔を見合わせた。



 全員で料理や飲み物を口にする中、それぞれで会話が弾みだした。

「あら。このお惣菜美味しいですわ」
「でしょう?」
 自慢の店の味なので、皐月も胸を張る。アンヌの横では未星が無言でもぐもぐと口を動かしていた。
「でも手作り料理がこれだけ揃うなら、買ってこなくても良かったかしら」
「……ま、これはこれで美味しいと思うけど」
 ぼそっと喋った未星に皐月は仰天してしまう。なんだ。ちゃんと喋るんじゃないか。

「すごいすごーい! これ、美味しい!」
 はしゃぐ雫に玲は恥ずかしくて少し俯く。視線をマモルに移動させると、彼は三下と何か喋りながらおかずをつまんでいた。
(ちゃんと、食べて、くれ、てる)
 それが嬉しくて、玲は料理を持ってきて良かったと感動していた。

 大量に買い込んだ酒を容赦なく飲み干すのはシンだ。そのそばでは、唖然とする武彦と零の姿がある。
「お、おい……未成年の飲酒は禁止されてるんだぞ」
「お兄さん、中国では規制はないそうですけど」
「ええ? でもここは日本だぞ」
 いいのか? いや、いいわけない。

 手毬寿司を頬張るステラの頬についていた米粒を、シュラインがとった。
「もう、ステラちゃんてば」
「はわ。すみませんっ」
「武彦さんから聞いてはいたけど、ステラちゃんも関わりがあるとはね」
「妖撃社さんはお得意様なんですぅ〜」
 でれでれするステラはきらきらと光る瞳を支部長・双羽に向ける。双羽は麗香と話していて、こちらに気づかない。
「素敵な支部長さんですぅ。いつもお菓子をくれるんですよ」
「……そ、そう」
 それって、餌付けされてるんじゃ……。



 途中からはさらに騒がしくなり、武彦とシンの酒の飲み比べでノリのいいメンバーが応援したり。調子に乗った武彦を抓るシュラインがいたり。女性陣で色々と情報を交換し合ったりと……様々なことがあって時間はあっという間に過ぎていった。
 空は紺色。いい加減もう帰る時間だ。
 玲とシュラインの持ってきた料理はすっかりなくなり、皐月の購入した惣菜の入っていた器もゴミ袋の中。満腹状態のままでずっと喋っていたが……最初に立ち上がったのはアトラス編集部の二人だった。それに便乗するように雫が手を振って去っていく。
「ではお兄さん、そろそろ」
「そうだな」
 零の声に武彦が立ち上がる。名残惜しいシュラインも、それに倣った。
 シュラインはぺこっと頭をさげる。
「今日はお招き、本当にありがとうございました。またうちにいらした際にはよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 立ち上がって微笑む双羽に、シュラインはなんだか嬉しい。妖撃社のメンバーが来た時のためにと色々と好みを訊いたメモはきちんとハンドバッグの中にある。全員を紹介してもらったし、名前ももう覚えた。いつ来ても大丈夫だ。
 ステラも立ち上がった。
「エマさん、私も一緒に帰りますぅ」
「あらそう?」
 シュラインはステラの手を引いて歩きだした。

 妖撃社の面々は後片付けを開始する。酔っ払って寝ているシンは放置されていた。いや、彼女は場所取りをしていたので片付け免除となっているのである。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
 双羽の号令で全員が荷物を手に持った。マモルはシンを背負っているので手ぶらだ。
 そんなマモルを見て、玲は複雑な表情を浮かべる。話し相手になってくれたシンのことは嫌いじゃないけれど……なんだろう、このもやもやした気持ちは。
 ビニールシートを持つ未星は見かけよりも力持ちらしい。皐月が軽々と持つ未星を凝視している。
 全員で、綺麗に片付けられたのを確認し、それから桜の木を見上げた。見事に咲くそれは、誰が見ても美しいといえるものだ。ただ残念なのが、周囲の人々のマナーの悪さだろう。特に酔っ払った中年の集団はタチが悪く、こちらに絡んでくる人もいた。絡んできた酔っ払いは武彦や未星が遠慮なく追い返していたが。
 双羽は皐月と玲に向けて頭をさげた。
「今日は忙しい中、来てもらって……あの、ありがとうね」
 照れ笑いを浮かべる双羽に、皐月は「そんなこと!」とすぐに否定する。
「とっても楽しかったし、お料理も美味しかったし……。いい場所でお花見できて、得したなって思ってます、私」
「……よかった」
 皐月の言葉に双羽は本当に嬉しそうだ。
 玲もおずおずと口を開く。
「私も、お花見、嬉しかった、です。お花も、綺麗、で」
「名護さんもありがとう。桜餅、とっても美味しかったわ」
「……そ、そう」
 頬を薔薇色に染める玲は、褒められて喜んだ。なにせ桜餅は初めて作ったのだ。残さず食べてくれたので、きっと全員美味しいと思ってくれたに違いない。
 全員でもう一度桜の木を見上げる。来年もこうして、花見ができればいい――そう思いながら。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7385/名護・玲(なご・ほまれ)/女/17/高校生】
【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 ステラとも絡んでもらいました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。