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恐ろしき4月馬鹿
●オープニング【0】
4月1日――ご存知の通り今日はエイプリルフールである。世間一般的には今日は嘘を吐いても許される日となっている。無論、罪のないものであることが前提な訳だが……。
そんな日に、草間零は出かけていた。零が今居るのはどこかの広場。桜色をした春らしい色合いのワンピースに身を包み、時折周囲をきょろきょろと見ていることからして、どうやら誰かと待ち合わせをしているようである。
「ちょっと来るのが早かったかも……」
ぽつりとつぶやく零。これで確定、零は誰かと待ち合わせをしているのだ。すわデートかと思うかもしれないが、実はそうではなく。
ネタばらしをしてしまうと、今日の零は映画を見に行く予定なのである。だったら集合場所は草間興信所でいいじゃないかという気もするが、春になったことだしたまにはこうして外で待ち合わせをしてみたいという零の希望によりこういうことになった訳だ。なお草間武彦は昨夜飲み過ぎて頭が痛いとのことで、今日は事務所でおとなしくしているそうだ。
見に行く映画は全員の希望を一応聞いた上で、零が決めるということで話がついている。
「あ。こっちですよー」
そうこうしているうちに零は誰かの姿を見付けたのか、大きく手を振って自分の存在を知らせた。
だが……零はまだ気付いていなかった。大きなサングラスとマスクをした女性と思しき人物が、物陰に隠れてじっと零のことを見つめていたことに。
「……あの娘ね……あの娘なのね……」
怪しげな女性は、小声でぶつぶつとつぶやきながら右手を肩に提げた鞄の中に滑らせた。その鞄の中では、刺身包丁が鈍く光っていたのである。
そして零たちが歩き出すと、その怪しげな女性もまた距離を保ちながら追い始めたのだった。この女性は、いったい何をしようというのだろうか……。
●この姿、多くの人に見せたくて【1】
「お待たせ、零ちゃん」
と言って現れたのは携帯電話を片手に持ったシュライン・エマであった。そのシュラインは零を見てにっこりと微笑んでいる。
「どうかしましたか?」
「ううん。今日の零ちゃんのその服装、よーく似合ってるなって思って」
春らしい装いの零の姿に、思わずシュラインの顔も綻んでしまったのである。
「えへへ……そうですか?」
照れる零。ついついその場でくるりと1回転してみたりして、ワンピースの裾が軽くふわりと浮いてしまいそうになったのは余談。
そんな零の姿を見ながら、道中に打っていたメールを送信するシュライン。送り先は留守番をしている草間である。その内容はといえば『ホントの二日酔い?』といった少々疑いの想いがこもったものであった。
「でも結局、2人きりですね」
少しうつむき、残念そうに零がつぶやいた。
「武彦さんも来られればよかったのにね。けど映画だもの、2人でも楽しめるわよ」
と言って零を慰めるシュライン。まあ映画は1人でも問題なく楽しめる訳で。これが麻雀だったりしたらあと2人の面子が必要となってくるが、春の装いに身を包んでやるようなものでもなく。
「それに皆残念よねー。せっかくの可愛らしい零ちゃんの姿が見られなくて」
そう言葉を続けるシュライン。零としてはもう少し大勢に今の姿を見てもらいたかったのであろうことは、容易に想像がついた。
「はい、見てもらいたかったです」
素直に頷く零。けれども気持ちが分かってもらえたからであろう、表情は先程より明るくなっていた。
「さ、じゃあこれから何を見に行く?」
シュラインはポケットから新聞の切り抜きを取り出して見せた。今日上映されている映画の開始時刻一覧である。
「これだけいっぱいあると悩みますね」
「そうよねえ……とりあえず歩きながら考える?」
「はい、そうしましょう」
シュラインの提案に零はこくこくと頷いた。そして再び歩き出す2人。
その後を、距離を保ったまま怪しげな女性もまた歩き出したのであった……。
●尾行者【2】
「あ、メール」
携帯にメールが届いた着信音が鳴り、シュラインは即座に内容を確認した。差出人は草間……ということは、先程シュラインが送ったメールへの返信か。
(武彦さん……本気で二日酔いなのね)
苦笑するシュライン。草間からの返信は非常に簡潔で素っ気ないものであった。何しろ『帰りに薬を買ってきてくれ』とだけあったのだから。二日酔いでどれだけ苦しんでいるか、これだけでよく分かるというものだ。
「シュラインさん、私これが見てみたいです」
切り抜きとにらめっこをしていた零が、シュラインの方へと顔を向けて言った。
「どれどれ?」
「これです、この……」
と言って零が指差したのは、とあるシリーズ物のアドベンチャーアクション映画であった。
「あー、ナイフ使いの考古学者が伝説を追い求めるシリーズね」
「え、そうなんですか?」
シリーズ物ゆえ、シュラインとしてはタイトルを見れば多少は設定も知っている訳で。
「ん、過去の作品は面白かったし、大丈夫だと思うわよ、これも」
「じゃあこれにしましょう!」
かくして見るべき映画は決まった。上映予定時刻を見れば、今から行けばだいたい1回目の上映が終わる頃にその映画館に着くはずだ。急ぐことなく歩いてゆく2人。だが……。
「……ね、気付いてる?」
歩みを止めることなく、表情も変えずにシュラインは小声で言った。
「はい……シュラインさんも、ですか?」
小声で零も返してくる。どうやら零も気付いていたようだ。2人が同時に口を開いた。
「さっきから同じ足音が、ペース合わせてずっと居るの」
「何だか後ろからじーっと見られているような気がするんです」
えーと……気付いていた内容は微妙にずれていたようですね、2人とも。ともあれ、誰かがついてきていることは把握しているようで。
「……緊張してるみたいだし、脚運びからして同業者とかプロではないと思うのよね」
小声で話を続けるシュライン。プロではないということはもちろん素人だということであるが、それは言い方を変えたらどう動いてくるか予想がつかないということでもある。プロであればおおよそのセオリーがあるのだが……。
「せっかくだし、ウィンドウショッピングしましょ」
と、突然シュラインが声の大きさを戻してそんな提案をした。
「え?」
驚いたのは零だ。が、シュラインが指差した方向を見てすぐに理解した。そこにはガラスに映った零とシュラインの姿があったからだ。
(尾行者の姿を確かめるんですね)
その通り、そういうことだ。
その間にも、シュラインは携帯で何やら打っていた。そして、液晶画面を零へそっと見せる。それを見た零はこくっと頷いて、ウィンドウに飾られている品々に目をやった。
やがて人気のない小道へと入ってゆく2人。怪しい女性はもちろん後を追いかけてゆく。そして怪しい女性が曲り角に差しかかった時――急に女性の両腕が動かなくなったのである。さらには両足まで動かなくなってしまったのだ。
「な……何? どうしたの?」
突然の出来事にパニックになる怪しい女性。そんな女性の前に姿を現すシュラインと零。
「零ちゃん、そのままキープお願いね」
「はい!」
女性の腕や足が動かなくなった理由は、種を明かせば簡単だ。零が怨霊の力を使って、女性の腕や足の動きを止めてしまったのである。霊感のある者が見たならば、女性は今複数の霊によって捕まえられている状態であることが分かるはずだ。
シュラインは女性から鞄を取り上げると、その中身に目をやった。
「物騒な物を持ってるわね……」
シュラインは呆れ顔になると、鞄の中から刺身包丁を確かめるように取り出したのであった……。
●意外な関係【3】
「これは……携帯ね」
刺身包丁を戻すと、今度は携帯電話を取り出したシュライン。
「ごめんなさい、ちょっと調べさせてもらうわね」
シュラインは一言そう断ってから、携帯電話の履歴を確認させてもらうことにした。見た感じ未成年らしき女性である。出来れば警察沙汰は避けたいし、解決への糸口を見つけるためにも履歴を確認してみることにしたのである。
「ええと……え?」
履歴の一番最初を見たシュラインの目が点になった。
「原田文子って……まさか、よねえ?」
自分の携帯を取り出し、表示されている番号に電話をかけてみるシュライン。2回ほどコールした後、相手が電話に出た。
「はい、原田ですけれど」
「……まさかだった、わね」
思わず天を仰ぐシュライン。それは見事に聞き覚えのある声であった。
「もしもし……シュラインです」
「シュラインさん!?」
電話の向こうから原田文子の驚きの声が聞こえてきた。
「ええと、簡単に聞くわね……」
シュラインは目の前に居る女性の容姿をかいつまんで説明し、文子の知り合いに居ないかどうかを尋ねた。
「……お友だちです。琴原さんは……琴原桂さんはそこに、居るんですね?」
「そう、琴原桂さんっていうのね。ちょっと大変なことになってるんだけど……」
「こっちもヒミコちゃんと探していたんです。場所を教えてもらえますか?」
ヒミコというのは恐らく影沼ヒミコのことであるのだろう。
「んー……今はまだちょっとあれかも。落ち着いてないみたいだし。それよりどうしてこの琴原さんを探していたの?」
「それは……」
文子は経緯を簡単に説明した。不穏な電話がかかってきて、心配になって桂を探していたということを。そしてそれには、彼氏が一晩帰ってこなかったということが関係しているのかもしれないということも……。
「そういう事情なのね。じゃあ悪いんだけど、その彼氏がどこに居るのかと、何か琴原さんに言った人が居るんじゃないかどうか、調べてもらえるかしら? 手に負えないようなら、武彦さん使ってもいいから」
……緊急事態とはいえ、二日酔いの草間にとってはいい迷惑かもしれない。
「分かりました。調べてみます」
そして電話を切り、シュラインは桂に向き直ってこう言った。
「さて……落ち着ける場所で、じっくりとお話を聞かせてもらえる?」
桂本人からも話を聞く必要はあるだろう。無論、物騒な物は取り上げた上で。
●一致する符合【4】
「……ですから、その藤井さんという方は全く知らないんです」
「嘘! 嘘だわ! きっと彼と口裏合わせているのよ!!」
桂を連れて近くの公園へと移動したシュラインと零であったが、桂はなかなかに落ち着かない。零がいくら否定しても、信じようとしないのである。
「だって……だって……彼があの場所で、桜色のワンピースを着た娘とデートするんだって、友だちが言ってて……」
泣きながらそう語る桂。それを聞いたシュラインは眉をひそめた。
「あの場所で……桜色のワンピース……?」
その条件に、確かに零は当てはまる。けれども零は桂の彼氏と面識はない。でもあの場所には、他に桜色のワンピースを身に付けた女性は居なかった。
(いったいどうなっているのかしら……)
首を傾げるシュライン。その時だ、文子から電話がかかってきたのは。用件は、桂を連れて彼氏の部屋まで来てほしいというものであった――。
●さあ映画へ【5】
「やれやれ……無事に片付いたわね」
「そうですねえ」
桂の彼氏の部屋から戻る道中、シュラインと零は口々に言った。どうにか誤解を解いて、桂と彼氏は無事に仲直りを果たしたのである。まあ仲直りも何も、桂が一方的に暴走したと言った方が非常に正確なのかもしれないが……。
「エイプリルフールだからって嘘を吐くのも、罪のない嘘にしておかないといけませんね」
「その通りよ、零ちゃん」
零の言葉にシュラインはこくこくと頷いた。罪のある嘘を吐くと、今回みたいな迷惑な騒動が起こってしまう。
今回は何事もなく終わったが、次回同じようなことがあった時、無事に終わるだなんて誰にも分からない。次回こそ、惨劇になってしまう可能性だってある訳だ。……何とも怖い話である。
「さ、遅くなっちゃったけど、今から映画見に行きましょうか」
「はい、行きましょう!」
ともあれ騒動は片付いた。2人は目的の映画館へと急ぐのであった――。
【恐ろしき4月馬鹿 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変長らくお待たせさせてしまい誠に申し訳ありませんでした。ようやくここに、ヤンデレなお話をお届けいたします。
・思い込みというのは怖いです。何しろその状態の時、視野は非常に狭くなってしまっているのですから。それによって起きてしまう悲劇は、現実に存在していたりするからなおさら怖いことです。
・シュライン・エマさん、138度目のご参加ありがとうございます。本文を読んでいただければお分かりのように、エイプリルフールの嘘に偶然が作用してしまってこんなことになったという訳です。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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