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「神の名の下に」
「……痛ぇ」
血の流れる肩口を押さえ、よろめきながら吐き捨てる。
塀に凭れかかっていたせいで、赤い跡がかすれながら伸びていた。
神だの正義だのはいいが、問答無用は無いよな。
撃退したのはいいが、服はボロボロ。肩には風穴。
しかも聖属性の力が込められていたようで、治りも遅い。
畜生、俺が何したってんだよ。
だが早々に帰りたいってときに限って、面倒な事に出くわすもんだ。
暗闇の道端には、白い虎らしきものに抱きつく、妙な格好の奴がいた。
16かそこらの女で、どうも泣いているらしい。
「何かあったのか?」
声をかけると、白いフードから青い髪を垂らして振り返る。
其の目が驚くように見開かれ、肩に釘付けになるのがわかった。
「お怪我をされていますね。大丈夫ですか?」
女は目元を拭うと、真っ直ぐにこっちを見返してくる。
堅気じゃ無いようだとは思ったが、叫んだり怯えたりされずに済んで助かった。
「嗚呼、このくらい何とも無い」
そう答えたが、どこからか白い布切れを取り出すと肩に巻きつけてくる。
「で、そっちは如何した?」
「私……私は、転移の魔術に失敗してしまったみたいで……。あの、ここは一体どこなのでしょうか」
「何処って、日本だよ。日本の東京。解るか?」
聞き返すと、女は静かに首を振る。
転移、つまりテレポートだかワープだかに失敗して飛ばされた、ってことか。
とんでもない迷子を拾ったもんだな。
「兎に角、話が込み入るようなら家に来い。嗚呼、俺は宵守 桜華だ」
「これはどうも、ご丁寧に。私は、ミラ・レスターと申します。身に余るご厚意、痛み入ります」
深々と頭を下げて挨拶をしてくる。
「ボロアパートで何だがな。あ、そういや茶は切らしてたっけ。コーラでもいいか?」
そんなに畏まられてはどうにもやりにくい。
頭を掻いて尋ねると、ミラはよくわからない、とばかりに首を傾げた。
「で、其の虎も連れてくる気か?」
「はい。彼はリオン。私の大切な友達です」
当然のように笑顔を返され、まぁ構わないか、と思う。
厄介事には慣れている。
家に着くと、ミラはもの珍しげに辺りを見渡した。
フードを取って蛍光灯の光に照らし出された青い髪は、闇夜で見るよりも深い輝きを放っていた。
「お前が住んでいた所とそんなに違うか?」
尋ねると、ミラはこっちに顔を向けて頷く。
コーラを出してやると、「黒いお水ですね」ともの珍しげに呟いて「すごい、泡が出ていますよ」と真剣に観察していた。
「私、森の中に住んでいたので、遠くに出たことがなかったのです。それでも、文献や伝承で世界の歴史は把握していたのですが……」
「知ってる世界とは違う、って事か」
「はい。エインフェントに住むアブソリートは、ガラドゥック大陸だけではなく異国の歴史についても詳しいと自負していましたのに……」
「ちょっと待て。とりあえず、ゆっくり話せ」
いきなりわけのわからない単語が流出するので、押しとどめる。
よくよく話を聞いてみると、どうやらミラの住んでいた所はガラドゥック大陸という国にある古の森、エインフェントというらしい。
そして其処に住む古の魔術師というのをアブソリートと呼ぶのだそうだ。
全くもって聞き覚えの無い単語ばかりだ、と告げるとミラはわかりやすく消沈した。
其の横に座っていた白い虎が、猫のようにそれに擦り寄る。
多分慰めているつもりなんだろう。
「私は本当に、随分と遠い世界に来てしまったのですね。ここは一体、どういうところなのでしょうか」
言って、ちらりと布を巻かれた傷口に目を向けてくる。
「危険な場所なのですか」
「否……俺の場合は、ちょっと特殊な事情があってな。教会や退魔の連中に睨まれているんだ」
「まぁ、教会にですか? 一体どうして」
ミラは悲鳴に近いような声をあげた。
彼女のいう「教会」と俺のいう「教会」とが全く同じではないのだろうが、少なくとも神を祭る神聖なものである事に変わりは無いようだ。
「色々あってな。こっちはそんな気が無くともからまれちまう。お前にもわかるんだろ。封じ込めても尚、滲み出るものが……」
ミラは考え込み、それから小さく首を振った。
「確かに……あなたはどこか、不思議な感じがしますね。奥底に、深淵なる闇を隠し持っているような。けれど、あなたが私に示してくれた優しさに、嘘はないと思います」
「優しさって、大袈裟な奴だな」
真剣な表情を見て、思わず呆れてしまう。
今まで、この風貌やまとわりつく邪気によって、厄介事に巻き込まれるのには慣れていた。
なのに……この俺に、そんなことを言ってくる奴がいるとはな。
ぼんやり考えていると、いきなり大きな虎に顔をベロリと嘗められる。
「うわ、何だお前。汚ぇな。つーか机に乗るな、机に!」
大きな肉球を肩に乗せてくる虎を押し返し、声をあげた。
ふふ、と小さな笑い声が漏れてくる。
「リオンもそう言っています。あなたは信用できるって」
虎は人間の言葉が理解できるのか、頷くように顔を振って見せた。
多少の警戒心は見せていたが、確かに唸ったり威嚇されるようなことはなかった。
だからこそ、ミラもすんなり俺を信用したのかもしれない。
「――あんたの所の『神』ってのは、『こっち』と違って慈悲深いものなんだな」
教会への皮肉混じりに呟くと、ミラは一瞬戸惑いを見せ、それから小さくうつむいた。
「……私は、人を無慈悲にするのは、人ではないかと思います。神はこの世に生を受けた全てのものを愛されているはずだと」
「其の、『人間』って基準がな。自分達とは違う容貌や能力を持つ者を大半の人間は認めやしねぇんだ」
反論してから、相手が哀しげに眉を顰めていることに気がつく。
「おっと……悪い。苛める気は無かったんだが」
「――はい」
慌てて声をあげると、ミラは驚いたような表情になり、それから小さく微笑んだ。
「あなたが悪いわけではないんです。ただ……私の世界ではどうだったのだろうと、考えてしまっただけですから。私は神の意志に背かないよう掟を守ってきたつもりですが……その影で、誰かを虐げてはいなかったのかと」
「真面目な奴だな。何も、そこまで考えることは無いと思うぞ」
「けれど……」
「それより、自分のことを心配しな。聞いた限りじゃ、どうも世界が違うようだし、帰る方法を探すのはそう簡単じゃなさそうだ」
何処にあるのかもわからない世界に連れ戻す方法なんて、さすがに聞いた事はなかった。
ミラが使ったのが一体どんな魔術で、如何して失敗してしまったのかも気になる所だ。
「はい。そう、ですよね」
ミラは沈んだ様子で答え、不安そうに横にいる白い虎に目をやる。
「行く所が無いなら、暫くこの家に住むか?」
「え……」
その返答を聞く暇は無かった。
「御客さんだ」
丸眼鏡の位置を正し、ため息を吐く。
周囲を取り囲まれてるようだ。おそらくさっきの連中だろうな。諦めの悪い事で。
「こっちは荒事は御免だってのに、侭ならねぇな」
ハハ、と軽く笑って肩をまわす。
完全に、とはいかないものの傷は大分よくなっているようだ。
「宵守さん……っ」
ミラは怯えたような表情で、小さく袖をつかんできた。
白い虎は威嚇するように一定の方向に唸りをあげる。
「此処でおとなしくしてろ。奴等の狙いは俺だ」
俺はミラと虎をなだめるように言って、部屋の窓から外へと飛び出す。
ボロアパートで暴れて、俺まで住むとこを無くすわけにはいかない。
それに、奴等も仮にも聖職者だ。闘う意志のない少女を人質にとるような真似はしないだろう。
出てくるのを待ちかねていたのか、地面に降り立った途端、闇の中で複数の影が動く。
「魔の道に堕ちた者よ。覚悟なさい」
「成敗してくれるわ」
神父やシスターの格好をした奴らが聖書だの十字架だの聖水だのを手に取り囲んでくる。
更に下級天使らしき姿も見られ、俺の肩を貫いたものと同じ……特殊な力を施された剣や弓を持っているものまでいる。
畜生、完全に殺る気だな。一体何処の悪魔だよ、俺は。
本気を出すしかねぇか……。
「ダメです!」
不意に大きな声が響いて、巨大な虎が窓から飛び出してきた。
しがみつくようにして乗っていたミラは、青い髪を躍らせ、騎乗の兵のように真っ直ぐに敵と向かい合った。
「何者かは知りませんが、退きなさい。その者は危険です」
「魔の者に味方するというのですか」
相手は動揺を見せ、高圧的にミラを諌める。
「――あなた方の信ずる神が、私の信ずるものと同じかどうかはわかりません。けれど……同じ神に仕えるものとして、その振る舞い、許すわけにはいきません」
しかしそれにも負けない気高さで、ミラはキッパリと言い放つ。
「ミラ! おとなしくしてろ、と言っただろ。これは俺の問題だ。お前に庇われる覚えは……っ」
其の手を掴み、思わず声を荒げる。
だがミラは、意外にも笑みを返してきた。
「あなたにはなくとも、私にはあります。右も左もわからぬ私を気遣ってくれた、親切な方。――荒事は御免だとおっしゃるあなたが、闘う理由はありません」
「説得なんか聞く相手じゃ……」
怒鳴る気は失せたものの、ため息をついて目を向ける。
ミラが出てきたことで膠着状態になったものの、剥き出しの敵意は消えてはいない。
このままじゃ、本当に巻き込んでしまいかねない。
「本来ならば門外不出の古の魔術ですが……。あなたのためであれば、神もお許しくださるでしょう」
ミラは言うなり、5色の石を連ねた首飾りに手を当てた。
「『我、望むは黒の魔術。その紋章、刻むものに制限をもたらす』」
「おい……っ」
初めて聞く呪文だが、『黒の魔術』という言葉にギクリとする。
まさか、闇系の力を使うのか……?
反応したのは、俺だけではないようだった。
天使たちが一斉に飛び掛ってくる。
駄目だ、闇と光じゃ分が悪過ぎる!
「『これより紋章、消えることなく。不用意に神を語り、その力を借りることは許されない。紋章解除の呪を唱えぬ限り、神の恩恵を渇望するなかれ』」
ミラの前に躍り出たが、向こうの攻撃が届くよりも前に天使たちの姿はかき消え、ガランと剣や弓を取り落とす音が聞こえた。
神父やシスターは、蒼白の顔で互いを見合わせ、自分たちの手を眺める。
――力が……消えた?
否、正確には本人の持つ力ではなく、聖なる者と交渉する力を無くした、と言うべきかもしれない。
「な、何という……」
「悪魔だ。悪魔の所業だぁ!」
騒ぎ立てながらも、頼みの綱を断ち切られてはどうしようもないらしい。
わたわたと方々に逃げ出していく。
俺はそれを、立ち尽くしたまま見送った。
「……ミラ。お前、何をしたんだ?」
「アブソリートに伝わる、秘伝の紋章魔術です。本当は地面や壁面に刻むのが一番ですので、簡易式ですけれど。――黒の魔術は制限。白の術式解除を唱えに限り、それが解けることはありません」
青い髪をかきあげ、決して得意になることなく、真摯な態度でミラは答える。
「じゃ……それまで、絶対に力が使えない、のか?」
そんな無茶苦茶な魔術があっていいのかよ。
そう思っていると、ミラはにっこりと微笑んで。
「いいえ。身を護るためなど、本当にそれが必要な際には使えますよ。……ただ、神の名を借りて人を傷つけることは許し難く思えましたので。世界を離れても神の御力にすがることができてよかったです」
祈るように感謝を捧げる姿を見て、若干恐ろしく思った。
こいつ、発動するかどうかわからずにあんな真似をしていたのか。
「あまり無茶をするなよな」
呆れきってため息を吐くと、ミラは驚いたような顔をして。
「……あのぅ。もしかして私、間違ったことをしてしまったのでしょうか」
申し訳なさそうに、こっちの顔を窺ってくる。
自分の世界とは勝手が違うのだという事を、ようやく思い出したかのようだった。
「否……まぁ、助かったけどな」
ため息と共に頭に触れると、ミラはパッと笑顔になった。
闘わずに勝つ、というのは随分と拍子抜けだが、ミラまで危険な目に遭わせるような事にならずに済んで助かった。
「宵守さんこそ。かばってくださって、ありがとうございました」
一応釘を刺すが、嬉しそうに微笑むばかりだ。
全く、どうにもやりにくい。
「攻撃は受けて無いんだ。礼を言われる覚えは無いよ」
「けれど……」
「それよりも。どうするんだ、これから」
話題を変えようと尋ねかけると、ミラはじっとこっちを見つめ返した。
「……えぇと、あの。もしよろしければですが……」
「家に住むか?」
急な来客でうやむやになった質問をもう一度投げかけると、ミラは「はい」と笑顔で答えた。
「私、この世界のこと何も知らないので、色々と教えてくださると助かります」
「嗚呼、そのつもりだ」
あんな無茶をするようじゃ、こっちだって放っておくことなんてできはしない。
だけどたまには、こういう厄介事もいいのかもしれない……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:4663 / PC名:宵守・桜華 / 性別:男性 / 年齢:25歳 / 職業:フリーター/蝕師】
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■ ライター通信 ■
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宵守 桜華様
はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへの参加、誠にありがとうございます。
今回は神に仕える教会の人間に問答無用で追われている中、少女を気にかけてくださる、という形で描かせていただきました。
立場上、激しい戦闘に持ち込むわけにはいかず、心の触れ合いの方を重視させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さいませ。
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