コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



「こんにちはー」
 そう言いながら由良皐月は妖撃社のドアをくぐった。
 由良が始めて仕事をした……その仕事が結局どうなったのか知りたくて今日は来訪したのだが……さて、一体誰に訊いたらいいだろう?
「あら、いらっしゃいませ」
 社員たちが占領する一角に姿を現した皐月に、アンヌが声をかける。彼女はこうしていつも事務所内を掃除したり、双羽にお茶を出したりしているが……社員がただのお茶汲みなわけはない。うぅむ、気になる。
「どうしましたか? お仕事をお探しに来られたので?」
「あ、違うんです。この間の、私の仕事の結果というか……うん、結果が知りたくて」
「まあ。ふふっ。確かに初仕事のことが気になるのは当然でございます。フタバ様に知らせてきますので少々お待ちを」
「いえ、結果さえわかれば」
 それでいい、と言ったのだが、アンヌはさっさと支部長室へと消えてしまった。
 アンヌを引きとめようと伸ばした手を下ろし、仕方なく皐月は待つことにする。手近な席に腰をおろした。
(ん? あ、この机はクゥくんの……)
 以前は綺麗に整理整頓されていた机の上にはフィギュアが飾ってある。それを皐月はまじまじと見つめた。
 よくわからないが、アニメやマンガのキャラクターらしい、いかにも現実離れした体つきと顔立ちをしている。クゥの机の上にはずらりと女性キャラのものが並んでいた。
「………………」
 こういうものを、皐月はあまり近くで見たことがない。だがテレビとか、ドラマとかで時々チラッと登場するのは知っている。
「へぇ……」
 興味が出て観察する皐月は、フィギュアをくるりとその場で回して全身を見る。
「……す、すごいわね。よ、よくできてるわ」
 全身がどの方向から見てもきっちりできている。すごいけど…………なんだろう、この気持ち。
(……なんでこんなに机の上に並んでるのかしら?)
 この間までなかったはずだ。それとも自分が知らないだけ?
 下着まできっちり作ってあるものもあれば、スカートがひるがえっているものも、奇抜なコスチュームのものもある。どれもバラバラで、統一性がない。
(………………)
 皐月だってマンガは読む。面白いものも多いし、読んで勉強になるものもある。それに単純に楽しめるから悪くはない。
 だがこれは……いわゆる。
(その、マニアックな人たちが収集する、アレかしら)
 ふ、ふぅん……。
 ふつう、あの年頃の少年ていうのは……ほら、流行のカードとかに興味が出るものではないのだろうか。いや、もしかして自分の世代はもう最近の子供の流行などわからないのでは?
(でもよくできてる……。買ったのかしら?)
 素直に感心はするが、それでもなんだかもやもやした。皐月の思い描く小学生の男の子がこんなものを持っている姿が、想像できないせいだった。
(レアなカードとか収集して学校で自慢したりする……っていうのが私のイメージなんだけど……。時代を感じちゃう。ジェネレーションギャップとかとは、また違うとは思うけど)
 最近の子供はこういうものが好き……なのかな。
「なにまじまじと見てるんですか」
「ひゃっ!」
 横から声をかけられて皐月はぴんと背筋をたてた。そろり、とそちらに視線を遣ると、仕事着姿のクゥが立っていた。片手には重そうなトランクケース。
 皐月はイスから腰をあげ、微笑む。
「おかえりなさい、でいいのよね? 仕事からの帰り?」
「まぁそうですね」
 少し不機嫌そうなクゥは、ちら、と皐月を見遣る。
「あの……そこをどいてくれないと荷物が置けないんですけど」
「あっ、ごめんなさい」
 慌てて机から離れると、クゥがトランクを引っ張ってイスの後ろに置いた。
 ……このトランク、何が入っているんだろう……。
(仕事の道具かしら? よく見る、妖魔退治とかのお札とか、そういうアイテム?)
 だったらちょっと見てみたいけれど……商売道具を見せてくれるとは思えない。
「今日はどうかしたんですか? 仕事?」
 クゥに声をかけられて、皐月は苦笑する。
「ほら、この間クゥくんと一緒に調べた仕事の結果が知りたくて……」
「あぁ」
 彼はすぐに合点がいって、うなずいた。
「律儀なんですね……。僕、べつに結果とか気にならないから忘れてました」
「そりゃ、クゥくんは抱えてる仕事の量が違うから仕方ないわよ」
 社員のほうが働く量は多いだろう。ここは民間企業でもあるのだし……上司の双羽がバイトより楽をさせてくれるとは思えない。
(……お役所もああいう子が取り仕切ってくれたら安心なんだけどね……)
 だが逆に煙たがられるかもしれないな……。
 クゥは肩をすくめた。
「確かにフタバさんは人遣いが荒いとは思いますけどね。まぁ、それなりのお給金をいただいているのですから、これくらいは当然でしょう」
 諦めたような、面倒そうな声。
 反論する余地がないのでクゥは従っているのだろう。社員もなかなか大変だ。
「お待たせ」
 そう言って現れたのは、青いファイルを手にした双羽だった。彼女はクゥに気づいて目を丸くする。
「終わったの?」
「えぇ。三日もかかりましたけど、なんとか」
「お疲れ様。もう今日は帰って寝ていいわ」
「お優しい言葉に涙が出そうです。じゃあ失礼しますね」
 そう言って双羽の横を通り過ぎるクゥを、彼女は目で追う。明らかに何かに警戒しているような目つきだ。
 彼は肩越しにこちらを見てきた。
「なにもしませんて。失礼ですねぇ」
「…………」
「じゃ、おやすみなさい」
 昼の日中から眠るという宣言をした彼はさっさと事務室を出て行ってしまう。残されたのは、クゥが持って帰ったトランクだけだ。
 双羽は空いている席に腰掛けると、皐月に長いすに座るように促した。
「この間の仕事の結果を聞きたいんだったわね」
 ファイルを開いた彼女は、数枚捲ってから口を開いた。
「あの噂の処理をしたのは遠逆さんね」
「トオサカ……」
 まだ会ったことのない人物だ。双羽からは美人だという情報しか与えられていない。
「トオサカミホシさん。呪術とか神道とか密教とか……妙に詳しいのよね、その、裏の仕事関連の知識には。だからお願いしたの」
 双羽の言葉にそういえばと皐月は考える。日本支部は半数が外国人で占められているのだ。なるほど……日本文化に詳しくなければ手をうてない場合もある、ということなのだろう。
「由良さんが調査した後は、全部遠逆さんがやったみたいね。
 えぇっと……まぁ依頼は無事に完了し、呪いも解けてるみたいよ」
「そうですか」
 ほっと安堵する皐月に、双羽は苦笑する。
「あの人、仕事はむちゃくちゃ早いのよね。慣れてるせいもあるんだろうけど。
 どういう遣り方かは書いてないけど、呪い返し、みたいなことをしたみたい」
「それって、危ないんじゃ……」
「被害者、怪我人ゼロって書いてあるし……遠逆さんは腕がいいからヘマはしないと思うわよ。衰弱が激しい子たちは休養させるように忠告したみたいだしね」
 ここまで聞いていると、なかなか立派な人みたいだ。美人で、こういう事件に気後れもしないなんて……。
 女なら憧れる、優秀なキャリアウーマンみたいだ。一度会ってみたい。
 そういう思いが顔に出たのか、双羽が顔をしかめてこちらを見ている。
「けっこうひどいこと言うから……期待が大きいとかなり落胆するわよ……?」
「ひどいんですか?」
「一刀両断、って感じかしらねぇ」
 う〜んと困ったように唸る双羽の様子からして、かなり気難しい相手のようだ。
 皐月は微笑む。
「でも、無事に終わって良かったです。これで依頼者も安心ですものね」
「ええ。随分と子供さんを心配してたから、ほんと良かった」
 双羽もつられるようにして、にっこり笑った。あぁほんとに、この支部長さんはいい人で、優しいなぁ。
「お茶ですわ」
 お盆を持って姿を現したアンヌに、双羽は「ありがと」と言っている。本当にいいタイミングでお茶を運んでくるなあと皐月は感心した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 渡された湯飲みを受け取って、皐月はお礼を言う。口をつけると、思わずアンヌを見た。
「これ、美味しい!」
「あら。ありがとうございます」
「後で淹れ方教えて!」
「かしこまりました」
 にこっと微笑むアンヌは、視線をクゥのトランクに遣る。
「フタバ様、隅にどけておきましょうか?」
「え? そ、そうね……。ここに置いておいたら邪魔かもね」
「では失礼して」
 アンヌは颯爽と歩いてトランクに近づき、手をかけた。途端、ばくん、と音がしてトランクが開いた。
 膝を抱えるようにしていた人間が、ごろんと床の上に転がってくる。しかも全裸。
「っ!」
 思わず立ち上がってのけぞる皐月と双羽とは違い、アンヌが「あらぁ」と洩らすだけだ。
「に、人間がっ……トランクに!」
 皐月に向けて双羽がやっと落ち着いて言う。
「これはクゥの使う人形だわ。もぅ、仕事に使ったあとに、服を脱がせて畳んだのね」
「人形? これが!?」
 信じられない。どこからどう見ても人間そっくりじゃないか。しかも可愛らしい女の子だ。
「人形に見えませんよ、支部長……」
 恐る恐る言って、アンヌの背後から人形を覗き込む。やはり、どこから見ても人間だ。瞼が閉じられた表情といい、その体つきといい……生身の人間ではないと言い切れる要素は一つもない。眠っているだけに見える。
「でも人形なのよ」
「どうやってこんなもの手に入れるんですか……?」
「本人が作ってるの」
「ええっ? クゥくんが!?」
 つい、机の上のフィギュアに目がいってしまう。
 再度、床の人形に視線を落とした。不気味なくらいに人間そっくりだ。
「触ってみます?」
 無邪気なアンヌの声に「えっ」と困惑してしまうが……興味のほうが強かった。手を伸ばして胸をつついてみる。ぷにぷにしていて柔らかい。
「っ」
 思わず双羽のほうを振り向くと、彼女は渋い顔だ。これで本当に人形? 嘘だ!
 アンヌは手早く足を掴んで器用に人形をトランクに入れると、閉じた。
 皐月は長いすに戻り、腰掛ける。
「ま、まぁ……趣味嗜好ほか諸々、とにかく人それぞれだものね、うん。ひと様に迷惑がかからなければいいのよ、なんにせよ」
「迷惑ねぇ……」
 嘆息する双羽に、皐月も苦笑いを浮かべるしかない。双羽の気持ちも、ちょっとわかる。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、由良様。ライターのともやいずみです。
 初仕事の後日談です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。