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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幽霊が消えている

■オープニング

「俺は霊視の類は全く駄目なので」
 ――こちらにお願いに上がりました。
 草間興信所の応接間。ソファに腰掛けて早々、頼んできたのは興信所所長の草間武彦と殆ど同年代にもなる男――真咲御言。本業は『暁闇』と言う店のバーテンダーになるのだが、仕事でない時にはよくここに来たり、何やかやと理由が付いて興信所に舞い込んだ依頼の助力をしている事もある。…言わば興信所の身内と言える常連組の中の一人にもなる。…ちなみにあまり穏便な脱け方をしていないが元IO2捜査官だったりもする。
 そんな彼がテーブルを挟んで相向かいのソファに座った武彦の前に広げていたのは、何やらびっしりと書かれたメモが数枚。曰く、真咲の勤めているバー、『暁闇』のレジスター脇に置いてあるメモ帳に『昨晩の内に書かれていた』手紙らしい。
 筆跡には武彦も見覚えがあった。そしてその手紙を一通り見ると、武彦はすぅと目を細める。
「おい、これ…」
「はい」
 …間島さんです。


『紫藤もしくは真咲へ。
 突然こんな事を記すのを許して欲しい。長くなってもどうかと思うから要点だけを書く。
 この付近での話なんだが、近頃顔見知りの地縛霊や浮遊霊がよく消えている。勿論それだけなら――成仏なり昇天したと言うならむしろまともな話で歓迎すべき事だろうが、どうも事はそう簡単じゃない。彼らが居た筈の場には周囲一帯の『気』を根こそぎ抉り取ったような乱暴な痕跡が残っている。霊能者の類が使う攻撃的な『送る』力とも違う。それもそれで、こちらの感覚では真っ当な救いの光に見えるもんだからな。違いははっきりわかる。が、最近のこれの場合は、ただ『無い』んだ。…救いの光なら相応の痕跡は残る。それとは明らかに違うんだ。
 虫の良い話と承知で頼むが、奴らが消えたその原因を探って、出来たら…どうにかしてやって欲しい。助けてやってくれと言うべきなのかな。とにかく連中の事が心配なんだ。確か真咲やら常連の草間さんは『そちら側』も頼れる人材だったろう? …俺のこの身では何の見返りも出せないが。
 ただ、事によったらこれは何かの前兆と言う可能性も無いとは言えない。俺のこの話を受けないにしろ、そんな意味でなら今書いた事は一応の警告にはなる筈だ。役立ててくれ。 間島』


 …間島――間島崇之。
 真咲の勤めるバー『暁闇』の常連でもある幽霊。そして同時に『暁闇』のオーナー、紫藤暁とは生前からの親友でもある存在。
 現在の属性としてはあくまで単なる浮遊霊、大した力を持つ訳ではないが、騒霊現象の応用でペンを取り文字を記すくらいはできるので――霊能力無しの相手とも筆談ができるくらいの力は持つ。
 つまりはそれでこの手紙を書く事くらいは出来た、と言う事になる。

「これは…他の奴を助けてくれどころか…間島さん本人も充分ヤバそうな話になるだろう…」
 あの人本人だって消えてるって言う幽霊と条件があまり変わらんだろうが。
「紫藤曰く自分の事が後回しなのは間島さんらしいそうですよ」
「…か。勿論これだけでもうちの方でこの依頼は受けるが、お前の方ではどのくらい依頼の形式を整える気がある?」
 何も無ければ助力に集まる人間は限定される。
 興信所への依頼――仕事の形を取り調査員を募る事を望むなら、それなりの報酬も考えなければならない。
「勿論、確りと。…報酬は間島さんの代わりに紫藤が出すと話していますから」
「わかった」
 じゃあその方向で、調査員を募る。



■その後の草間興信所

 …シュライン・エマはじっと自分の掌を眺めている。
 真咲御言が依頼代理人として訪れてから少し後の草間興信所。間島崇之からと言う依頼の話を耳にしたシュラインの反応がまずそれ。…何故かと言えば事は数年前に遡る。それは以前某所――高峰温泉こと蓬莱館で実体化していた間島と握手してもらった事があったから。彼女がじっと眺めていたのは彼と握手したその掌である。
 暫し眺めてからシュラインは、ん、と何か決めたように頷いている。それから話を聞かせてくれた草間武彦を改めて見た。…私も何かお手伝いしていいかしら武彦さん。自分で役立つかどうかは微妙に疑問なので小首を傾げつつもそう申し出てみる。この件は直球で霊に関係する話。となると霊感皆無の身ではまず役に立てない。が、それ以外の補助的な調査か何かなら出来ないかと思うので。
 武彦の反応はと言うと当然のように快諾。と言うかシュラインの申し出は折り込み済みだったらしい。…まぁ元々、間島にはシュラインが何かと世話になっていたり武彦としても間島は放り出せない相手に当たるので、今回は報酬の有無や怪奇系だと言う抵抗度外視で依頼を即受けたと言う事情がある。
 それに加えて依頼人――依頼代理人側ではまともに報酬を出す気もあると言う事で、今回のこの件、ただ頼まれ事で終わらずきちんと仕事として成立しそうではある。…現実として厳しい財政事情の草間興信所としては色々と有難い事ではある。
 とは言え、それでこの依頼の為にと武彦が動いて初めに伝手が付いた相手は――今回に限らず基本的にいつでも報酬度外視な方々だったりした。何故ならその相手は基本的に金銭の概念が違い過ぎる方々――世界的な財閥の総帥様とその部下だったりするので。彼らの場合、依頼を受ける理由は純粋に興味が湧いたからもしくは仲間の力になりたい――と言う理由が殆どになる。興信所の調査員としての報酬など彼らにとってはあってもなくても大差無い。…いや金銭に換算できないような報酬だったなら、それに興味を示す事もあるかもしれないか。
 ちなみに誰なのかと言うとセレスティ・カーニンガムにモーリス・ラジアルの二人。…武彦から話を聞いた時点でセレスティが依頼を引き受ける事を決め、モーリスもそれに付いて来たと言う形。
 色々な意味で心強い人手である。が、彼らと興信所の御家族に当たる皆さんだけでは――純粋に霊感があるか否かと問うならば、武彦の義妹になる零だけしか霊感らしい霊感を持っていない事にもなる。セレスティやモーリスでは――そういったものが全くわからない訳ではないが、持っている異能の性質としてはそれとは若干違って来る。
 なのでそんな意味では――まだ心許無い。
 武彦は他の伝手にも話を振る事を考えてみる。依頼を手伝ってくれた事のある調査員の名前を頭の中から一つ一つ検索する。…適した力を持っていそうな人物。それだけを条件にするなら考えるまでもなくたくさん居る。片っ端から声を掛けてみるか。
 …いや。
 中でも最近金に困って事務所によく顔出して来る奴が居たっけ、と思い出す。いや彼の場合最近では無く金に困っているのはいつもと言えばその通りでその辺は興信所とお揃いとも言えるのだが。とは言えその彼の場合は仕事を選ぶ為に超貧乏だと言う事情もある訳で、その辺は基本閑古鳥な草間興信所とは若干事情が違うかもしれない。…とにかく、興信所にひょこりと顔を出しては――何か…よさそうなお仕事…あったら……ボクにも声掛けて………といつもの通りののんびりペースながらも切々と頼み込んだ上でいつも帰っていく奴が居た。
 と、思っていたらちょうど当のそいつ――燃え立つような赤い長髪に同色の瞳、黒いロングコートを基調としたゴシック系衣裳を纏ったヴィジュアル系青年――が、人懐っこい笑顔を見せつつひょこりと玄関口から顔を覗かせていた。二メートル越えではと言う背丈に…それよりちょっと短い程度のつまりはやたらと長い長刀を一振り背負い、サイズ的には普通の刀もう一振りを腰に差している。
 …彼は入ってくるなり自分の装備しているその刀に器用に足を引っ掛け、転び掛けている。
 今日もまたお仕事求めて来たらしい。



 暫し後。
 一通り話を聞くと、外見的にはヴィジュアル系なのに本質的に和み系っぽい、求職中なその青年――五降臨時雨は依頼代理人をじっと見つめている。
「依頼料は……半分前払いとか……無理…?」
 してもらえると…嬉しい…。
 言いながら時雨は今度は恐る恐る興信所所長を見つめる。
「草間…ピンはねは…やめて…ね」
 あと…必要経費は…別にして…お願い…。
 再び依頼代理人に視線を戻しつつ、時雨はテーブルに突っ伏すように頭を低くして頼み込んでくる。
 依頼代理人はまぁまぁまぁと時雨を宥めつつ苦笑。
「一応手付けとして幾らかは預かってきていますからそれなら今すぐ前払い可能ですよ。必要経費別は勿論当然と思っておりますし。…それより草間さんピンはねって」
 してるんですか。普段から。
「…するか。人聞きの悪い事言うな五降臨…」
「だって…心配だったから…ごめん」
 ぐすん。
 心持ち目が潤んでいる。
 …余程切実であるらしい。
 大丈夫大丈夫そんな事させないから、とシュラインがよしよしとばかりに時雨のその頭を優しく撫でている。そんなシュラインに時雨はこくりと頷いた。
「うん…大丈夫」
 それより依頼。
 健気にも時雨は話を本筋に戻そうと試みる。…受けるならお仕事確りやる。その気持ちが言葉の端々から見えていて好感度アップ。…逆に何やら興信所所長がめっきり悪役である。
 セレスティはにこりと微笑み、そのやりとりをさらりと流した。
 時雨君の言う通り、話の本筋に戻りましょう、と言う事で。
「では…ひとまずは依頼人御本人の間島さんからもう少し詳細を伺ってみたいですね」
 筆記はできるのでしたら。
 このメモのお手紙だけですと詳しいところはまだはっきりしませんし。お手紙にはどんな事件なのかの大まかな概要と、紫藤さん真咲さん草間さんに頼みたい旨が書かれているだけになりますしね。
「消えた場所や時間帯、消えた方々の存在としての強弱について教えて頂ければ、その行為を行っている者の行動範囲が幾らかはわかるのではと思います」
「うん………浮遊霊さんとか………消えてるのに…何か規則性とかないか……気になるよ…ね」
「確かに間島さん御本人にお話伺う事ができればある程度の情報は手に入るのよね…」
 と、セレスティに時雨の科白を受けつつシュラインが事務用の棚からこの付近の地図を用意している。…用意したこの地図は霊消滅の具体的な場所やその分布、日時等を書き込んで法則性があるかないか等、現在状況を確かめる為の用意。取り敢えず草間興信所の住所が載っている部分の地図を開くと、シュラインは零を見た。…現在、零も零でシュラインと武彦の両方から依頼の手伝いを頼まれてその場に同席している。
「零ちゃん、消滅の痕跡状態から…霊が消されてどのくらい日数経っているかとか、判別付くかしら?」
「痕跡状態…霊とか場所の『気』が根こそぎ無くなってるって事ですよね? …そうなると、判別が付けられるかどうかは消えてしまってからどのくらいの期間を置いているかによります。さすがに一日二日の差で区別を付けるのは難しいですね。最低一週間くらいの間が開いているなら一応わかると思いますけど…」
「そう…だね。すぐには変わらない…でも…一週間くらい経てば……根こそぎ…消されたところでも…他のところから少しずつ…減った分を補うみたいに『気』が流れてきたりするから……状態……少し変わってくる」
 うん。と時雨が零に同意する。
「情報…依頼人……の間島……訊くにしても…………今ここに…居ないよね…」
 居るなら……真咲が…代理で来るまでも…ない…だろうし。
 でも…今ある…情報だけ…だと…何とも言えない……。
「となると………やっぱり……幽霊さんたちに…聞き込み…かな」
 と。
 時雨がそう言ったところで――テーブルの真ん中に置かれていた依頼の手紙がひとりでに浮き、誰かが捲って置き直したようにぺらりと裏返しになった。そして武彦のデスクの隅メモと一緒に置いてあるボールペンが不意に浮き上がり飛んで来て、その裏返しにされた手紙の上にさらさらとペン先を走らせる。

 ――…五降臨君だっけ、霊に聞き込みしてもらえるのは有難いし調べるのに必要だとは思うけど、その時は周囲の状況も確認してからやるようにしてね? それで変に思われるような事があったら俺の方が申し訳無い。

 紙の上に一同の視線が向く。
 が、時雨の視線だけが少し方向が違った。テーブルの脇。…彼の目にはカジュアル系な服装の上に黒いハーフコートを羽織った人が居るのが当然のように『視』えている。誰だか判別が付かないくらい――顔立ちの判別どころか人肌の色すら見出せない紫がかった黒い斑模様の顔と手をした人が。
 ちなみにその人がボールペンを握り手紙の裏に文字を書いていた。
 なので時雨は書かれた文字についての反応を当然のように直接本人に返してみる。
「え…? 変に思われる…? なんで…?」
 普通の人は幽霊見えないから。
「なんで…普通の人は…見えないの」
 …。うーん。見えないから、としか言いようがないような。それより普通の人の前で普通の人が見えない幽霊と不用意に話をしてると、きみまでそういう普通の人から話しかけられなくなったり避けられたりしちゃうかもしれないよ。そうなると、きみが嫌な目に合うかも――例えばきみが普通の人のところで働いてるんだったらバイトを首になっちゃったりする事もあるかも。そうなったら困るよね?
「話しかけられなく……無視…される…!? バイト…できない…お金手に入らない…!?」
 変な人だと思われたらそうなる可能性はある。草間興信所絡みの連中はあくまで例外だと思った方が無難だよ。霊への聞き込みはあまり人目に付かないように気を付けてやってね。
「わかった……幽霊さんたちに…聞き込みする時は…………気を付ける」
 神妙に頷きつつ、時雨は答えている。
 と、今度は文字が書かれた紙の上では無く時雨に一同の視線が向いていた。
 その事に気付き時雨はきょとん。
「…え…皆…何…どうし…たの…」
「お前…今」
「ひょっとして間島さんと話してた?」
「…間島……依頼人……この黒い幽霊さんがそうなの?」
 そう。
 黒い幽霊さんな間島本人は時雨の疑問に対して筆記では無く直接即答。
 それから再びボールペンを走らせた。

 ――…真咲がこっち来てくれてるのに気付いたから追って来た。頼む側としては持ってる限りの情報は渡しとくのが筋だろうと思っていたんだが来るのが遅れた。済まない。

 …そんな訳で何処から話そう。続けてそう書かれた時には――手紙の裏と言う紙面の残りが気になったのかボールペンが一旦止まって浮いている。気付いた一同は裏面が白な新聞の折り込みチラシやらデスクの上のメモ用紙やら大学ノートやら適当に掻き集めてテーブルの上に持って来た。ただ、セレスティだけちょっと考えて、持参していたモバイルコンピュータを開いてテーブルの上、手紙の隣に置いてみている。
「…こういったものはどうでしょう」
 言いながら、言ったのと同じ言葉をモバイル上に打ってみる。するとボールペンがぱたんとテーブル上に置かれた。そしてモバイルの方のキーが打たれる。…が、非常に遅い。
 ローマ字入力で何とか三文字打ったところで、またボールペンが浮いた。

 ――…すみませんやっぱりパソコン難しいですね。直接書いた方が早いみたいです。

「そうですか。失礼しました」

 ――…いえいえ。出来るならその方が早いだろうとは思いますよ。量が増えても嵩張りませんし、紙の無駄にもならないし。単に俺がパソコンアレルギーな世代の人間なので慣れてないってだけです。

 書きながら間島は今度はちょっと考える風に間を置いてから、ノートを開いて続きを書き出す。

 ――…まずは霊が消えてる場所は具体的に何処か、ってところかな。

「はい。それと――」
 出来れば消えた日時。
 消えた順番。
 それと、消された幽霊の存在としての強弱。
 一同に指折り挙げられたそれらの情報を、俺の知ってる限りだけど、と間島は断りを入れつつさらさらさらと書いて行く。場所の話になるとシュラインの用意した地図の方にもちょんと小さくマークを付ける事をした。元々居た霊が知り合いで、それが消えてしまった、とはっきり言い切れるのは五ヶ所。元々の状態はあまり気にしていなかったが現状として不自然かつ乱暴に根こそぎそれらしい『気』が消えている場所もまた別に八ヶ所。元は気にしないでいられた以上、それまではそれらしい違和感は無かった筈だから今回の件の範疇に入れておく。この辺とこの辺。間島の知っている限り、確実と言える場所だけを書き入れる。
 それからノートに戻って再び書き連ねる。

 ――…消えた日時って言うと、この事に気付いたのは一週間くらい前からになる。一週間前くらいから目立つようになったって事かもしれない。それ以前からあったのかもしれない。ただ、そこまで細かくは俺にはよくわからない。俺が気付いた順番は今地図の方に番号振った通り。消されてる霊の存在としての強弱と言われると…俺の知ってる限りでは、だいたい俺とか谷中と大して変わらないと思う。五降臨君、きみなら俺見てその辺の事見当付く?

「ん…何となく…わかる。…この辺………いっぱい…いるよね」

 ――…ひょっとして五降臨君て普段から幽霊と普通に話をしてたりする?

「ああっ…確かに…そうかも………いつも普通に…話してる……かもしれない…あんまり気にしてないから………じゃあバイト…首になる…!?」

 ――…だったらさっき俺の言った事気にしないで。普段からそれで受け入れられてるようなら今更改めて云々言われるような事もないと思うから。そんな悲壮な顔しない。

「…気にしない…大丈夫…うん…わかった…」
 時雨は素直に頷く。
 ペン先がまた走る。

 ――…消された細かい時間帯まではちょっとわからない。ごめん。ただ俺の知ってる限り、一番最近に居なくなったような気がするのがここ。

 そこまでノートに書かれたところでペン先が地図に戻り、先程一番最後に印を付けた、13とも併記してある位置をちょんちょんと指し示す。

 ――…ここに居た子が居なくなったって俺が気付いたのは昨日の夜『暁闇』で手紙書くほんのちょっと前の事になる。居たのは話しかけても殆どの場合で単調な反応しか返って来ないような凄く弱い地縛霊。多分元は小さな女の子なんじゃないかと思う。でもこの子が霊としてそこに居る年数は何となく俺よりずっと長そうなんだけど。

「…興信所出てすぐそこね」
 今示された場所を確認しつつシュラインがぽつりと呟く。
 モーリスがそれに続いた。
「何でしたら、そこに居たと言う幽霊さんを元に戻してみる、と言う事も可能ですよ」
 私の力を使うなら。
 例えば、一番最近に消されたその方を元に戻して、状況を覚えているのなら教えて頂く、と言う事もできるかと。その方が――その辺りの事が不明のまま消されてしまった方であったなら、更に遡って消された方々を戻していけばいずれ有力な証言が得られるとは思いますが…。
「…どうするべきでしょうか」
 セレスティ様、間島さん。
 と、モーリスはそこまで説明してから二人に話を振る。
 モーリスとしては今提案したのは有効な方法だとは思っている。ただ同時に、消された方をこちらの都合で元に戻すのはさすがに弄び過ぎだとも思う訳で――どうするべきかを自らの主と依頼人に訊いてみる。
 そうですね、とセレスティは少し考える風を見せた。
「モーリスの能力は――究極的には対象を本来在るべき姿に戻すと言う事になりますよね。なら実行しても構わないんじゃないかと思いますけれど」
 むしろこの場合、いきなり消されている方が不自然に思えますし。それを元に戻す訳ですから。
 どうでしょう? とそこまで言ったセレスティは間島に振ってみる。
 すぐにまたペン先が走った。

 ――…俺もそう思う。そりゃ俺含め幽霊は基本的に居ない方が真っ当なんだろうが…でもこの場合はカーニンガムさんの言う通りなんじゃないかって思いたい。それに何となく俺たちみたいなのって…その意識のあるなしに拘らず往く道を選ぶ猶予くらいは欲しくて幽霊になってるような気もしてる。
 だからこの場合は――元に戻したからって弄んでる事にはならないと思う。

 モーリスは静かに頷いた。
「わかりました。でしたらやってみる事にしましょう」
 …主が良いと言うのなら、モーリスとしては特に構う事はない。
 それよりまずは、今間島から提示された情報の方。モーリス含め、一同は間島が書いたノートの情報と印を付けられた地図を皆で覗き込んでいる。
 シュラインは間島が書いたノートの情報と地図に付けられた印の位置関係をじっくりと見ながら考え込んでいる。合計十三ヶ所。この時点でそれなりの情報と言える。…当現象が神出鬼没なのか特定の進路があるのか、位置を繋ぐと呪術的文様になったりする事はないか。何らかの法則性が見出せないか確かめている。
「呪術的文様…は無いか。本当にこの近所で手当たり次第、ってだけな感じね。飲み屋街の方から賑やかな表通りの方まであるとなると…別に人目を避けてるようでも無い…」
「間島さんは一週間くらい前からこの現象に気付いたと仰ってましたよね? 今教えて頂いた9番目から一番最近の13番目で既に六日経っていますが…9番目以前は殆ど一日そこらでの出来事と言う事になりますか?」

 ――…9以前は数えておくのが精一杯で、時間帯まではっきり覚えてられなかった。9に気付いた前の日とその前の日の二日間は少し歩けば消えた現場に当たるような感じだったからね。あんまり連続してあったから単にそれまで俺が気付いてなかっただけのようにも感じたんで…9以前だけじゃなく9以降の現場についても今書いて伝えた順番とか時間帯についてはあまり鵜呑みにしない方が良いと思う。

「それでも、この件を依頼する程気にしてらっしゃる間島さんが気付いた順番になるんですから、充分考慮する材料にはなります」
 うーん、と悩みつつセレスティは間島が居るのだろうと思しき方向を見る。
「…遭遇して運良く逃れられた方は居られないのでしょうか」
 居られたら、対峙した相手は何者であるのか――人となり――いや人じゃないかもしれませんが――がわかるのですけれど。
 そう問うとまたペン先が走る。

 ――…うーん。そこまでは俺には確認出来てない。居るか居ないかはわからない。

「ですか」
 ふむ、とセレスティはまた考え込む。
 相変わらずノートと地図とにらめっこしたままで、シュラインがぽつりと呟いた。
「間島さんの証言によれば六日以上前の方が消滅する間隔が短かった…じゃあその頃の方が特に痕跡の乱暴さが目立ってた…とかあるのかしら。乱暴さが真新しいもの程薄れてるなら成長する対象とも取れると思うんだけど。…もしくは六日前の時点で飢えが凌げて来た…とか。うぅん…」
 色々可能性は思い付くが、決定打は無い。
 そうなると。
 …これ以上は実際に外に出て調べてみた方が良さそうである。



■気になる話

 …ラン・ファーは扇子を広げ、ぱたぱたと自分を扇ぎながら一人歩いている。
 心持ち神妙な顔つきをしている。
 どうやら何か、気になる事があるらしい。
 時折立ち止まっては、辺りを見渡している。
 暫し見渡しては、また歩き始めている。
 周辺の『何か』を窺っているような、そんな風でもある。
「やはり同じだな…ここもか」
 …確かここは――前にはなんかそれっぽいのがふよふよしてた気がするのだが、それが無い。
 幽霊が消えている。
 と言うか、その幽霊が居た場所の『気』ごと『幽霊っぽいふよふよしてた奴』が消えている。
 何かに抉り取られたようにきれいさっぱり。
 ランは不機嫌そうに眉を顰める。
「さて…どうしたものか」
 ぼやきつつもランは扇子をぱたぱた扇いでいる。
 暫くそのまま立ち止まっている。
 …暫しの後、はぁ、と思い切り派手に嘆息した。
「無惨だ…無惨だぞこれは。『気』ごと持って行かれては地脈竜脈レイライン呼び方は色々あるがその辺の大切な力の流れが狂いかねん。この派手な虫食い具合はバランスも何もかも完全無視の手当たり次第では無いか…何をする気だ全く。ただでさえ昨今の東京は色々とその辺の霊的な事情が微妙だと言うのに駄目押しするつもりか止めを刺したいのか全く。…そもそも何故持って行かれるのが幽霊だ。肉体あっての精神だろうに。幽霊って言うのは残像みたいなもんだ。それを集めてどうするのかはサッパリだが…………気ごと持って行くのであればまだ存在…と言うのもおかしい気もするが、まぁまだ消えていない可能性もあるか」
 …さて、幽霊をコレクションするのが趣味なんて奴がここいらに居たかな?
 と、ひとりごちつつランはまた歩き出す。
 少し歩いては辺りの様子を窺い立ち止まり、また歩き出すと言う行動を繰り返す。嘆息。ランがうろうろしているその場所、住所としては草間興信所と丁目や番地違い程度の差しかない地域に当たる。その事が頭に浮かぶと、こんな現象が起きていれば草間も気にしたりしてはいないだろうか――と言うかむしろ気にしていなければ怠慢だろう怪奇探偵、と軽く憤ったりもしてしまう。…周辺を見る限りこれでは何だか当たりどころがはっきりしないので、つい。
 気が付けばそろそろ当の草間興信所が入っている雑居ビルのすぐ近くに来てしまった。と、そこの前の道端でもまた『気』が抉り取られたように消えている場所があった。立ち止まり、その場所をじっと睨み付ける。
「これ程近くでか。…これで気付いておらんとなれば本当に怠慢だぞ草間」
 ランはぱたんと扇子を閉じつつちらりと雑居ビル――そこに入っている草間興信所をびしりと指す。
 と。
 扇子でびしりと指されたその時、ちょうど雑居ビルの一階出入り口辺りでドアの開くような音がした。
 そして、その雑居ビルから前の道にぞろぞろと人――草間興信所絡みである時点で本性が人とは限らないかもしれないが――取り敢えず人型の連中が五人出て来た。…二本長い棒――と言うかはっきり言って隠しもしてない刀二振り――を当然のように装備している長身ヴィジュアル系な見た目なのに癒し系オーラが出ている青年に、さりげなくも上等なスーツを纏った人当たり良さそうな金髪碧眼の美青年。そしてカジュアルな風体に黒のハーフコートを羽織った三十代後半程度の男――動きは軽いが顔立ちが判別出来ない程の顔色の異常さからしてこれは死んでる奴――実体が無い奴かもしれない。…その三人と、ランにも見覚えのある興信所の人が二人。シュライン・エマと草間零。
 出て来た彼らを見るなり、おう、とランは気安く声を掛ける――特に張らずとも軽々声が届く距離である。
「言われて早々に出てくるとは良い心がけでは無いかシュラインに零。…それといかにも草間興信所らしく何だか統一性の無い他三人よ。私はラン・ファーと言う。ただの学生アルバイトから万屋、人外までありとあらゆる人材を需要に合わせて人から人へと斡旋する事を崇高な趣味としている者だ。見知りおけ。ところで察するに…これから何ぞ調査に赴くところだな?」
「…って、ランさん?」
 どうしたの…とシュラインが続けようとするが、それより前に自分の名を呼ばれた時点でランは、うむ、とばかりに大きく頷く。
「そうだ私がラン・ファーだ。取り敢えず初対面が三人居たので名乗りはしたが私はシュラインと零以外のそちらの三人は何者なのか全く知らん。改めて名を聞こう。…構わんだろ?」
「って、三人と言う事は…」
「違うのか? そこの真っ黒な男――派手な音楽をバックに悩ましく歌い出しそうもしくは何処ぞのゲームの中でゾンビか何か化物を狩りまくってるのが似合いそうな格好の奴『じゃない方』だ――は勘定に入れない方が良いのなら入れないが。他の場合ならくっついて回ってる背後霊か何かだろう、と思い気にもしないところだが草間興信所から出て来たとなれば普通に関係者なのだろうと思ったのだが…」
 と、ランは殆ど一方的に捲し立てたと思うと、一人考え込んでしまう。
 そんなランの姿を見、初対面の三人の内ヴィジュアル系な刀青年がたった今何かに気付いたとばかりに――得意げにぽむと手を合わせた。
「あ…キミも幽霊さん…見えるんだ…ね」
「ん? 確かに私は俗に幽霊と言われるような連中を見る事が出来るし触る事も出来るぞ。…だが一つ言っておく。私の肌は確かにつるつるなたまご肌であるかもしれないが、私は断じて黄身ではない。勿論白身でもない。名乗った通りに私の名前はラン・ファーだ。まさかその目に私が卵に見えている訳でもなかろうが人を呼ぶ時は気を付けろ。…ん? いやもしやまさか私が卵に見えているのであるならそれはそれで面白いぞ。何者だ。是非とも正体を聞かせてくれ!」
 と、再び一気に捲し立てるラン。自分の事をキミと呼んだヴィジュアル系な刀青年――五降臨時雨にずいと詰め寄り、期待に満ちた眼差しできらきらと目を輝かせつつその顔を見上げている。…ランとて背の低い方ではないが如何せん時雨の背が高過ぎるので見上げる形になってしまう。…時雨の背丈はひょっとすると人類の限界レベルに近い。
 時雨の方はと言うと、草間興信所を出て早々――初対面の相手からいきなり捲し立てられた上に詰め寄られた事それ自体に面食らってきょとんとしている。
 …何だか良くわからない。
「別に…キミの事…卵…に見えたりしてない…けど…? 正体…………ボクは…五降臨…時雨って言うんだけど……一応仕事は殺し屋で…でもいい仕事がなくて……最近はもうあんまり殺してなくて…今はベビーシッターとか、スーパーでのバイトとか、バーのスタッフとか、道路工事の日雇い人足とか、飼主さんの代わりにペットの散歩したりとか、怪奇系の…厄介事……解決するお手伝いを『お金もらって』やってたりするのが…殆どだったり………するんだ…けど…ええと…ボクの正体って………何だろう……?」
「ぬ。私が卵に見えている訳ではないのか。ならいいかげん黄身などと呼ぶのは止めて私の事はランと呼べ。…まぁそれはそれとしてな。今語った分でも充分だと思うがそれでもまだお前の正体は知れんと言うのか五降臨時雨。そこまで裏が隠されているとなると更に興味深いな。…最近はもう殺しておらん殺し屋…その時点で仕事になってないじゃないか名前負けしているぞ。他に挙げた職種からしてむしろ今時何処にでも居る単なるフリーターとでも言うべきだな。…それで今草間興信所の連中と共に居る訳か」
 うんうんと何か納得したように頷きつつランは時雨を見上げている。
 と、そのすぐ脇からクスクス笑う声が聞こえて来た。
 ランと時雨がそちらを向くと、人当たり良さそうな金髪碧眼の青年――モーリス・ラジアルが控えめに笑っている。二人の視線を集めてしまった事に気付くと、これは失礼をと卒無く返していた。
 その上で、口を開く。
「…何だか興信所から出てきたらいきなり賑やかになりましたね。ランさんでしたか。私はモーリス・ラジアルと申します。初めまして」
 ランは重々しく頷いた。
「うむ。こちらこそ初めましてだ。モーリス・ラジアルだな。了解した。で、残りのもう一人は幽霊のようだが…」
「彼は間島さんと仰いまして、興信所に依頼に見えた方になります」
 それで今、我々は調査に出ようとしたところで。
「依頼? 幽霊が依頼に来るのか。それもまた一興だな。…ああ、幽霊と言えばこの近辺の『気』があちこち酷い虫食い状態になっているのは気付いているか? このまま放っておいたら地脈に悪影響を及ぼし兼ねん…怪奇探偵が売りの草間興信所で気付いていないとなると怠慢もいいところだぞ?」
「あ…それちょうど……間島の……依頼の話と…重なる…かも」
「なに?」
「そう。ちょうどランさんの言うその件なのよ」
 今私たちが調査しようとしている案件は。
 幽霊が周辺の『気』ごと消えていると言うその現象について、何とかしてくれないだろうかと言う依頼。シュラインはランにその事を簡単に説明する。
 …どうやら草間興信所は間島の依頼で幽霊から、ランは通りすがりに場の『気』が抉り取られたようになっているのが気になって、と視点が違うだけで現象自体については同じものを調査対象にするつもりだったらしい。
 おお、とランは感嘆の声を上げた。
「そうだったか。ならば怠慢と言う汚名はぎりぎり免れるな草間興信所。…折角だ。事前にわかってる限りの詳しい話を聞かせろ。私も今まで見て来た現場の情報を聞かせてやる。…私一人では無く他に調べる奴が居るのならそれに乗じるのも悪くはない。ここは共に調べて何とかしてやろうではないか」
 ランは当然のようにそう提案しつつ、にやり。
 別に、悪い話ではない筈だ。



■調査開始

 四人+幽霊一人を調査に送り出した草間興信所には現在興信所所長と依頼代理人、そしてあまり動き回るのには向かないセレスティ・カーニンガムの三人が残っている。
 三人は手分けして興信所に置いてある限りの資料や興信所の過去の依頼、ネットの情報などから今回の現象と似たようなものはないかどうか探していた。…幽霊が消えている。一言でそうは言ってもその目的、もしくは原因がわからなければこの現象は続いてしまうだろうから。
 霊の存在を使う呪などありましたか。思いながらセレスティはモバイルコンピュータから情報を探る。一応可能性に入れておいて良さそうな術式が幾つか。書き出しておく。
 と、電子音が鳴り響いた。興信所の黒電話ではない――依頼代理人な真咲の携帯だった。真咲は武彦とセレスティに断りを入れつつ通話に出る。
「…はい。間島さんはこちらにいらっしゃいましたよ。ええ――…って谷中さん草間興信所知ってましたっけ? …やっぱり。はい。了解しました。戻ります」
 ぴ。
 通話を切る。
「…紫藤さんですか?」
「はい。谷中さんと連絡が付いたそうで――谷中さんがこっちに来るって話なんですが…」
 とにかく一旦『暁闇』に戻ります。
 すぐ戻っては来るつもりですが――何か状況の変化があったら連絡下さい。真咲はそう残すとソファから立つ。

 真咲が場を辞した後、応接間には所長とセレスティの二人が残された。
「…時雨君、いっぱい居るって仰ってましたよね」
 この辺りで、間島さんと同じ程度の力を持つ霊になる方――つまりは消されてる方々と条件的に合致する方々は。
「だな。…全然そんな気はしてなかったが。幽霊ってそんっなに何処にでも居るようなものなのか…」
「間島さんのように理性を持って『こちら側』に語りかけて来るような方は珍しいのかもしれませんけれどね」
「ああ…確かに普通に対話…と言うか生きてる奴と同じように意志の疎通が出来る霊ってのは少ないのかもしれないな…」
「…この際ですからこの現象が解決するまで保護しておく必要がありますよね」
 条件に合う方々は。
 それは場に縛られている方は難しいかも知れませんが、そうでない方は一時的に集まって頂く、とかして…。
「まぁ…そうですね」
「ここ、お借りしますよ」
 その間は興信所、表向きには暫くお休みって事にしてやって下されば大丈夫でしょう。霊鬼兵と言う素性の零嬢が住んでらっしゃる場所でもありますし、何より怪奇探偵な草間さんの元、と言う事になりますからそんな方々も安心できるでしょうしね。きっと。
「………………なに?」



「間島さんの情報にランさんの情報を合わせると…三件増えて十六件、か」
 間島側の情報が三件、ラン側の情報が三件、間島側とラン側で重複した情報が十件。それら今の時点で得ている現場の情報を、ランを含めた六人(五人+幽霊一人)は共有する。
 これからの行動予定。取り敢えずモーリスと時雨と間島、シュラインと零とランの二手に分かれて聞き込み、現在得ている情報の検証及び新しい情報の入手を考える。
 モーリス&時雨&間島組はまず一番近い霊消滅の現場――つまり目の前のここ――を『元に戻し』、以降有力な情報が得られるまで最近消された者から順に聞き込み。シュライン&零&ラン組はそれ以外のまだ消されていない霊や気に対して――それと間島とランの両方で情報が重複した、特に確度が高そうな現場周辺へと人間・霊の別に拘らず聞き込みを試みる事にする。

 …シュライン&零&ラン組はもう一方の組とは逆に、古い方――早い内に消されたと思しき現場から行ってみる事にした。
 取り敢えず地図上で見るに飲み屋街の方、連続で三件は該当している。ちなみにこの情報が間島側からのみでランとの重複はしていなかった消滅現場になる。
「…『暁闇』に近い方なのよね」
「依頼人な幽霊が常連やってると言う酒場か」
「ええ。…改めて考えると…間島さん本当に危ない橋渡ってた事になるみたいね…」
 実際に現場を歩いてみると、『暁闇』に立ち寄るなら思いっきり行動半径内になりそうだもの。
「あ、ここですね」
 零が指摘する。…消滅現場。
「確かに一週間くらいは経っていそうな『気』の状態です」
「…うむ。ここもまた他の場所と同じだな…。ならば周囲に目撃していそうな奴は居るか………お」
 と、ランの視界に今まさにその道を通り過ぎようとしている幽霊と思しきものが入ってくる。おい! とすかさず語気強く呼び止めた。呼び止められたその幽霊は一瞬途惑う。自分の事かどうか自信が持てないらしい。そうだそこのお前だとランが続けると、その幽霊はいきなり派手に泣き出した。い、生きてる人に気付いてもらえた事なんか初めてだ…とばかりに感動して号泣している。そうかそうかよかったな、とランがその幽霊の肩を扇子の先でぽむ。と、その幽霊はぴくりと停止。直後――触ってもらえた事も初めてだああああ…と今度は道の真ん中で土下座するように丸くなって更に号泣。…いきなりのその様子を見て零は目を瞬かせている。
 ランは苦笑した。
「…どうもいちいち感動屋な奴だな。まぁこの私に呼ばれ触られた事で泣く程感動すると言うのは幽霊にしては良い心がけだが…時にお前、ここの状態はわかるな?」
 確認しつつ、おもむろに消滅現場を扇子の先で指し示す。
 するとその幽霊はびくりと慄いた。
「どうした? 何か知っているのか?」
 と。
 畳みかけるなり――し、知らねえ…勘弁してくれ俺はまだ消えたくねぇんだ――!! と今度はランに向かって丸くなったまま――と言うか土下座したままぺこぺこと叩頭、何度も拝み倒して来る。
 ランはそんな幽霊をさておき、零とシュラインを見た。
「…こいつはここの現場の事については特に知らんようだぞ。ただここで起きた事が我が身にも降りかかるのでは、と慄いているだけのようだ。さて――ならば他にこの辺りで変わった事や気になる事はなかったか?」
 科白の後半で再び幽霊に向き直り、ランは問う。
 と、今度は――最近この辺で誰か捜している様子の大柄な男が居た、と言う。霊ではなく人間で。
 そのくらいしか思い当たらないらしい。
 零からその旨通訳され、シュラインは少し考える。
「人捜し…霊の立場で見ても気になる感じの、って事かしら?」
 いやそうではなくて、そこら中で手当たり次第訊いて回ってるって感じだったから。
 と、シュラインの確認に幽霊は直接返す。が、シュラインは聞こえないのでまた零が通訳。曰く、普通の一般人の範疇で、ここ最近この辺りで人捜しをしていた人間が居る、と言う事らしい。
 声を掛ける相手に霊が居るでもなく、普通の範疇の捜索と言うような感じで。…その幽霊さん曰く、最近この辺りであった普段と違う事は霊消滅現象とその人捜しの件くらいになると言う。
 その情報を得た事で、シュラインはランと零に霊的な相手への聞き込みを頼むだけではなく自分でも聞き込みを始める。最近この辺りで人捜しをしている人が居たと言う事を聞いたんですがどんな人でしたか、その方はどんな方を捜していたんでしょうか。通りすがる人、近くの店の人、最寄の派出所等で聞いてみる。
 が。
 仕事関係のようないつもそこを通りすがるような人や近くの大抵の店の人からは初めの幽霊同様そんな人が居たと言う証言が取れたのだが、人捜しとなれば肝心要である筈の派出所では――何故かそんな情報は無かった。おまわりさん曰く、最近特に人捜しに来た大柄な男など居ないとの事。
 それから、同じ件を聞く為『暁闇』に赴いた時も、紫藤からは――最近、大柄な男性がここに人捜しに来たような事はありませんでしたが、と言う証言が取れた。
 …ちょっと引っ掛かる。
「警察には知らせたくない相手を捜してるって事…? もしくは自分の素性を警察に知らせたくないとか…それと捜すのに当たって避けてる場所――もしくは避けてる人が居るって事でもあるのかしら」
「…でも『暁闇』の場合は人捜ししている方に店自体が見逃された、って可能性もあるかと思うんですが…」
 バー『暁闇』は、常連さんや特定の人しか存在に気付き難い店でもありますから…。
「うん…零ちゃんの言う通りその可能性もあるのよね。だから勘繰り過ぎかなとは思うんだけど…」
「だが確かに少し妙だぞ…霊的なものが関係無い世界で本気で人を捜していると言うのなら警察を頼らん手は無いだろう。それは勿論私とて数多居る家出人や失踪届けについて警察が一つ一つ丁寧に真っ当に綿密に捜査しているとは思わないが――この近辺で手当たり次第に捜しているとなればかなり場所を限定して捜している事にもなるだろう? ならば最寄の派出所に詰めているような連中はそれなりに利用のし甲斐はある筈だ。シュラインの言う通り特に理由が無ければわざわざ避ける必要は無い」
 そこまで告げるとまたランは通りすがりに見付けた浮遊霊をすかさず呼び止めている。そして初めの幽霊に聞いたのと同じ事を訊く――消滅現象を目撃していないか心当たりはないか。この近辺で何か変わった事や気付いた事はないか。聞いてみるが――まともに答えが帰って来ない。たすけて、と無感動にぽつりと呟かれる。もう一度訊く。やっぱりたすけてと同じように呟かれる。
 そこでランはシュラインと零を振り返り肩を竦めて見せた。今度はランではなく零がその浮遊霊に話しかけてみる。たすけて。もう一度。同じ。根気よくもう何度か訊いてみるが――やっぱり同じ。
「…怨霊までは行きませんが近い感じです。この方との意志の疎通は無理っぽいですね」
「これこそ私が幽霊を残像と言う所以だ…幽霊は死に際ごく一時の感情を写しただけ、と言う輩が多いからな」
 むしろさっきの土下座男や依頼人のような輩の方が珍しい。
 と、ランは盛大に溜息と吐いている。

 …そんな感じであちこち聞き込みに回ってみるが、どうも幽霊側から探っても人間側から探っても消滅事件以外で『変わった事』として確実なのは――この近辺で人捜しをしていた大柄な男、が居たと言う事だけらしい。消滅事件そのものの方は、殆ど間島とランから得た情報の補強で終わっている。即ち、特に目新しい情報は得られていない。
 うーむ。特に目立った特徴は無い大柄な年齢不詳の男か…ランが考えるようにひとりごちていると、何処からともなく電子音が鳴り響く。シュラインの携帯。着信相手は――…。
 確認したところで、通話に出た。



 …モーリス&時雨&間島組は、モーリスの能力に頼みひとまず草間興信所の一番近くに当たる消滅現場を『元に戻して』みた。
 するとそこには霊視可能な身であっても殆ど姿がぼやけて見える小さな女の子らしい地縛霊がちょこんと立っている。その姿を見るなり、時雨がその地縛霊な女の子に目線を合わせるように身体を屈めた。
「……怖かったでしょ…これで…もう大丈夫だよ…」
 大丈夫だよ…。
「うん…大丈夫…」
 大丈夫…。
「ボクがいるから…怖くない…もしまた…怖い事…あっても…キミの事……守るから…」
 守るから…。
「だから…ね…キミに……訊きたい事……ある…んだけど」
 あるんだけど…。
 …と、そんな感じでじっくりと二人(?)の会話は続く。…何だか女の子の幽霊側の反応は既に最後に言った言葉だけをそのまま返す木霊のようでしかないが、全然気にしていない時雨の様子を見るにそれでも一応会話は成り立っている…らしい。
 不意にモーリスの手許のメモ帳――間島との会話用――がはためいた。

 ――…あのまま続けてるとキリが無くないのかな?

 書かれた文字を読み、モーリスはにこりと微笑む。
「時雨さんはああ見えて心得ていますから大丈夫ですよ」
 と。
 モーリスのその科白と前後して、時雨は女の子の幽霊に何か声を掛けながら立ち上がり、二人の元に戻ってきた。そして、モーリスと間島の両方を当然のように見ながら報告する。…間島が普通の人には見えない幽霊だと言う事は既に時雨の頭に無い。そしてモーリスもその事を気にしていない…。
「…あの子…凄くショックだった………みたい。消された時……何かに…丸呑みされちゃった…みたいな…感じで……いきなりで…びっくりしたって………怖くて…怯えてる」
 ………………って今そんな話、してた?
 思わず間島は直接聞き直す。
 うん。と時雨は頷いた。
「ちゃんと…聞き込みしたよ…ボク」
 にこり。
 悪戯っぽく間島に微笑み掛けてから、時雨はうーん、と考え込む。
「誰か……幽霊さん……集めてるの…かな…って思ってた…んだけど………丸呑み…された…って事は…食事になるのかな………? 魂食らいの魔物………霊力補充…? 増強…? それとも魔道兵器みたいな……の…?」
 これじゃ…まだ…わからない…。可能性は……一つずつ…潰すに限る…よね…。
「では…次の現場に行ってみる事にしましょうか?」
 …地縛霊の彼女は時雨さんがお約束した通り一時的に保護しておく事にして。
 と。
 モーリスが時雨に呼びかけたその時、時雨が、あっ…と声を上げていた。その視線は道なりの少し離れた位置に行っている。間島の目にはそちらに一人(?)浮遊霊が歩いているのが見えている。時雨はその浮遊霊を追い掛け、捕まえた。その上で、いきなりごめん…ちょっと…話聞かせて…とその浮遊霊に頼み込んでいる。
 時雨に呼び止められた浮遊霊は仕方なさそうに、だが確りと時雨の問いに受け答えをしている様子。
 それを眺めていた間島は苦笑した。

 ――…余計な事は言わないで任せておいた方が良いみたいだね?

 五降臨君には、と間島はモーリスの手許のメモに書き記す。ええ、と頷くモーリス。時雨は捕まえたその浮遊霊とまた一見噛み合ってないようなそうでもないような会話を続ける。
 そんな感じでモーリス&時雨&間島組は何ヶ所か回り、消された霊を元に戻しつつその霊や通りすがりの他の霊に聞き込みを重ねた。結果、どうやら消された霊は誰も彼もいきなり何かに丸呑みにされた、と言う事だけは確実らしいと判明する。が、いきなりと言うようにそれ以前に霊を『気』ごと丸呑みにするような――丸呑みにできそうな奴がその辺をうろうろしていたと言う目撃証言は無い。
 その代わり、丸呑みにされる少し前、何故か中肉中背の若い男にじーっと見られていた――と言う証言が消されていた被害者な霊の方々から幾つか取れた。それら全て、どうやら同一人物と見て良さそうである。…ちなみにその若い男には特に目立つような特徴は無かったらしい。
 但し、これだけの範囲を丸呑みしている何かと、目立った特徴の無い中肉中背の若い男、となると何だか関連性を考え難い。直接繋がらない気がする。
「…この『中肉中背の若い男』が今回の件を起こしている、と言う事になるんでしょうかねぇ…」
 と、半信半疑でモーリスが呟いたそのタイミングで、モーリスの携帯が鳴り出した。モーリスは相手方の表示も何も確認しない内から、そうするのが当然のように通話に出る。
 …相手は確認せずともわかっているので。



 草間興信所。
 ぴ。と、セレスティが自分の携帯で掛けていた通話を切っている。
「さて。これで調査に出た皆と連絡は付いた事になりますが…」
 と、誰にともなく伝えながら、セレスティはテーブルを挟んだ向かい側のソファに座っている興信所所長の様子を窺ってみる。
 …興信所所長はいつもの如く煙草を燻らせたまま、何だかとっても深刻そうにしている。
 反応が無い。
「…どうしました、草間さん?」
「…」
 どうしましたと聞かれた興信所所長はやっぱり無言のままである。
 セレスティは更に続けてみた。
「そんな顔してらっしゃっては『他の皆さん』も不安になってしまいますよー?」
「…。…それ以前に何でこんな事になってるんですかカーニンガムさん…っ」

 ――…まぁまぁ観念しろ。どうせあんた霊感無ぇんだろ? だったら気にする事ねぇじゃねぇか。な?

 セレスティの代わりに所長に答えたのは文字。テーブル上に置かれた新聞の折り込みチラシの裏にするするすると書き殴るような乱暴な筆跡が残っている。
 今度は間島の筆跡ではない。…そもそも言葉遣いも何だか違う。
 が、それでも当然のようにセレスティはすかさずその文字に同意する。
「そうですよ。谷中さんの仰る通りです。草間さんは霊的な方と一緒に居て体質的に不都合があるような方ではありませんでしたよね?」
 …そうじゃなければ私だってこんな事を提案しはしませんよ。
 にっこり。
 セレスティは艶やかに微笑んでそう言い切る。
 そう、今、所長が深刻そうにしている理由は――今現在の興信所内の状態故である。

 ………………………………雑霊だらけ満員電車一歩手前状態。
 言わば乗車率95パーセント、と言ったところだろうか。…電車ではないが。

 セレスティに電話で頼まれた真咲――と言うか谷中心司が、『暁闇』からここに来るまでの通りすがりで片っ端から手当たり次第にナンパして来た結果である。元々真咲が一時的に草間興信所を辞した理由はこの谷中を『暁闇』から草間興信所まで案内する為で、セレスティはその真咲にこの事を頼み――それを実行できる谷中の方に話が行ったと言う事になる。
 …谷中心司、属性は間島と同様浮遊霊、但し幽霊としての能力的には性格の問題か間島より少々強い。自称間島のライバルで『暁闇』の紫藤曰くつまりは悪友――なんだとの事。ともあれ今回の件、遅れ馳せながらも黙って見てはいられんとばかりに首を突っ込んで来たらしい。逆を言うと、放り出したら被害者候補の一人になってしまうと言う事でもあるのだが。
 何故雑霊を集めたか。それは――ここ草間興信所に事件が解決するまで一時的にでも条件に合う霊的な存在を集めて保護しておこうとのセレスティの発案があった為。先程、モーリスとシュラインに電話を掛けて同じ事を聞き込み組にも頼んでいる。頼みがてらそれぞれの調査の進捗状況も聞き、霊的存在の保護以外に考えていた事もそれぞれに提案、諸々の根回しが済んだところが今。
 その間、興信所所長が口を挟む余地は無い。…まぁセレスティも他の皆も良かれと思ってやっているのだろうし、所長としても怪奇系だと言う抵抗感抜きで客観的に理性の部分で考えるなら悪くは無い方法だと思う。ただそれで――集まる場所がここである必要は無いのでは、と言う気だけはひしひしとする。
「…幾ら霊感無いったってな…それでも何か興信所内の空気が有り得ないくらい妙にどんよりと重い、くらいの事はわかるぞ…」
「おや、でしたら草間さん自ら怪奇探偵として霊的な調査に出向く事もできそうじゃないですか」
 折角ですからそちらの能力、この機会に鍛えてみてはいかがです?
「…」
 セレスティの言いように興信所所長はがくり。
 …全然嬉しくない。
 真咲が苦笑した。
「まぁまぁ。あくまでこの件が解決するまでの一時的な事なんですから」
「…何だかこの依頼が終わったとしても幾つかこのまま居座りそうな気がするぞ…」
「あー…それは草間さんの人徳と言う事で」
「せめてそんな事無いですよとか否定してくれ真咲…」
 所長は再びがくりと項垂れる。
 まぁまぁ、とセレスティも所長を宥めた。
「何はともあれ先の心配をする前にまずこの依頼をどうにかしないとですから。皆さん戻って来られて用意が整いましたら、始めましょう」
 …囮作戦。



■合流

 そんな訳で。
 モーリス&時雨&間島組とシュライン&零&ラン組が聞き込みを終え、セレスティの要請である移動可能及び話の通じる――移動を是とした霊を複数連れた上で草間興信所に帰還して。
 玄関口のドアを開けて早々、満員電車一歩手前状態な幽霊ひしめく姿が見える方々は停止した。
「………うわあ……幽霊さん………いっぱい居る………………」
「…兄さん…これって」
「…おいおいおい幽霊を消して回ってる犯人と言うのはもしやまさか聞き込むまでもなくここの事ではないのか。何だこの暑苦しい満員電車状態は。そうか貴様が幽霊コレクターだったのか草間! ならば観念して奪い取った『気』を元の場所に返せ!! …ってそんな大それた事が出来る奴では無かったなこの怪奇探偵は。…しかしよくこれだけ集めたな。どんな伝手を使ったんだ?」
「…って何故当然のようにランが居る?」
「無論同じ事を調べているからに決まっているだろう。そして外でこいつらと偶然会った。その方が都合がいいと思ったので協力体制を結んだ。…今日の善き出会いについて語るならそれだけだ」
 それより、と武彦の問いをさらりと流し、ランはびしりと扇子でセレスティを指す。
「シュラインから聞いた。…囮作戦とは考えたな。私もなかなか無茶をやる方だと自覚しているがそれを更に上回る無茶振りは天晴れだ。その花も恥じらい項垂れてしまいそうな美しさと言い、さては只者ではないのだろうな――とと、名乗るのを忘れていた。私はラン・ファーと言う。ただの学生アルバイトから万屋、人外までありとあらゆる人材を需要に合わせて人から人へと斡旋する事を崇高な趣味としている者だ。…ちなみに草間興信所とはその趣味の方で付き合いがある」
「存じていますよ。モーリスから聞きました」
「…関係者か?」
 ランはモーリスを振り返る。
「セレスティ様は私の主ですよ」
「ふむ。やはり主の器かセレスティとやら。道理で何処か私と通じるものがあると思った」
 重々しく頷くラン。
 と、気になる話題だったのか時雨も口を挟んで来た。
「主……それ…シュラインも………だと思う」
「ん?」
「うん。…ボクの…飼主………だから…」
「…時雨くん。余計な事は言わなくていいのよ?」
「…わかった」
 こくり。
 溜息混じりにシュラインに諭されるなり、時雨は素直に頷く。
 そのやりとりを見、ランは改めてシュラインに向き直る。
「…よく躾られているな」
「…そうでもないけど出来の悪いコ程可愛いって言うでしょ…じゃなくて。今する必要があるのはそんな話じゃないでしょう」
 その通り。
 シュラインのその一声で本題に戻る。…セレスティが発案した囮作戦。

 …概要はこうである。
 御近所の移動可能な霊的な方々に草間興信所に一時的に集まってもらう。解決するまで移動しないように頼み、興信所側で保護しておく。
 で、場に縛られている霊的な方々を、申し訳無いながらも犯人を誘き寄せる囮にさせてもらう。…勿論密かに保護はしておく。セレスティの方で密かに人員を配置、モーリス&時雨&間島組が持ってきた情報『特定の霊をじっと見つめて来る、目立った特徴の無い中肉中背の若い男』とシュライン&零&ラン組が持ってきた情報『手当たり次第に人捜しをしている、これまた目立った特徴の無い年齢不詳な大柄な男』が居たら特に注意するようにと言い含めておく。その上で、霊視が普通に可能な零、時雨、ランがそれぞれ周辺に待機し出来るだけ広範囲にアンテナを張っておく。三人は特にモーリスのハルモニアマイスターの能力で『元に戻され』た方々を重点的に注意する――『元に戻す』事で犯人の方から霊的存在や『気』の数や量が減っている事にもなるので、おかしいと思い確認に来る可能性もあるから。
 興信所では所長とシュライン、真咲とセレスティが待機。情報の中継基地及び、間島や谷中はじめ集まってもらった霊的な方々の保護を担当。…そして呼ばれればその場に現れる事ができ、霊的・有機・無機に関わらず視界内のものを閉じ込めるアークの能力を持つモーリスが連絡待ちの為同じ場所で待機。連絡が入れば――直接呼ばれさえすれば、その場に転移して出て彼の能力で犯人を捕まえられる。
 それで、犯人の目的や事情を聞き、その上でどうするか決める。

 一同はその詳細を示し合わせると、実行に移る事にする。



■囮作戦実行→いきなり解決?

 …第一報は囮作戦を実行してすぐ、いきなり入ってきた。
 セレスティの配置した人員から『霊をじっと見ている中肉中背の若い男』についての報告が入る。直接呼んでもらい、すぐにモーリスが転移する。…間違いありません犯人です――いや人かどうかはわかりませんが。ぎりぎりで確保しました。現場に跳んだモーリスからのその報告を受け、他の一同も現場へと向かう。…この時点で草間興信所に集まってもらっていた霊的存在にはもう移動しても構わない旨を告げ解放してある。
 皆がその現場に辿り着いた時、モーリスのアークに閉じ込められ恥も外聞もなくわんわん泣き崩れていたのは――何だか正体不明の巨大な蜥蜴と言うか爬虫類のような存在だった。
「…何処をどう見ても中肉中背の若い男には見えないが?」
「この姿になる直前まではそうだったんですよ。私が転移して来た時、ちょうどこの姿に変化してこちらの地縛霊さんを呑み込もうとしていたところだったんです」
 捕らえる事が出来たのは間一髪で。
「…じゃあ…未遂の…現行犯…だね…」
「ええ…ですからまず間違いはなさそうなんですが…」
 と、困ったようにモーリスは――アーク継続の為、元・若い男の巨大な爬虫類もどきは視界の隅に入れたまま――改めて自らの主に向き直る。…元々この依頼の事を聞き、モーリスは無為に消されてしまった方へのお返しは必要だと考えてはいたのだが…この泣き崩れている様子を見ているとむしろ彼(?)にとってそれらは必要な食事だった可能性も高い訳で…しかも何故かそれでいてそれが悪かった事だと自覚もした上で派手に悔いているようでもあり…どうもどう扱ったらいいのかよくわからない。
 振られたセレスティも少し考え込む。
「…法的にどうこうと言う訳ではありませんから、犯人の方には二度とこういった事はしないとしないとお約束が出来れば良いか、と思っていたんですけれどね…」
 何だかこの様子を見ていると『犯人の方』にそれを言う事自体が気の毒な気もして来ました。
「………うん……この子…もう丸呑みしないって……約束したの…破っちゃって……怒られるって思って…行くところがなくなっちゃって……困ってたら……また…お腹…空いて…どうしようもなくなっちゃって…また同じ事…繰り返しちゃってた…って…言ってる………」
 小首を傾げて様子を見つつ、時雨がその爬虫類もどきの言葉を通訳。…モーリスの持った印象がだいたい合っていた事が確認された。
「……と言う事は、怒られるような事をしなければ行くところはあったって事かしら?」
 それから、丸呑みしないって約束したのは誰と?
「…えっと……約束したのは…うん。そう…誰となのか教えて…………時計屋…さん? …じゃあ……腹時計って…買うものなの…?」
 違う。
 通訳中な時雨の華麗なる天然ボケに誰からともなく速攻で突っ込みが入る。
 思わずシュラインはセレスティを見た。…彼も知っている――彼の方は直接会った事もある筈の『時計屋』の心当たり。
「こんな場合で出て来そうな『時計屋』さんて言うと何だか限定される気がするんだけど…」
「…あの方だったら納得出来そうな気がしますね」
 セレスティは頷きシュラインに同意する。
 む? とランが疑問を挟んだ。
「…何者だその『時計屋』とは。どうも二人の口振りからするに、ただ時計を売ったり買ったり作ったりしている時計屋と言う訳ではないようだが――この爬虫類もどきと関わりがあってもおかしくないようなこちらの業界人と言う事か?」
「そう。異能者や人外が困った時の駆け込み寺みたいな人。その人が『時計屋』って呼ばれてる人で――本業が時計屋さんだからなんだけど――考え方としては自然の理とか調和を重んじていて、そちらに適ってさえいれば人間の法で悪い事と扱われるような事でも気にしない人なのよ」
「ふむ…ならばそんな奴と『丸呑みしない』と約束している以上、こいつは生命活動の一環として丸呑みする事がどうしても必要と言う事では無くなるな。むしろ何かの注意事項…いや待て。こいつが丸呑みすると『気』ごと根こそぎ抉り取ってしまうからこそやるなと約束させられたのかもしれんな」
 元々、私がこの件を調べ始めたのは『気』ごと持っていかれると言う事そのものに危惧を感じたからでな。
「……この子…幾ら丸呑みしても…お腹が空いてしょうがないんだって………」
 時雨が爬虫類もどきの代弁を続ける。
 それを受けセレスティがまた爬虫類もどきの姿を窺う。
「となると、少なくとも今日いきなりお腹が空くようになった訳ではない…モーリスが『元に戻した』からお腹が空くようになった、と言う訳ではないようですよね…。ではこちらの方はそれ程大食いなのでしょうか…いえ。それがこちらの犯人の方にとって生存に当たり必要である行為なら…ラン嬢の仰る通り『時計屋』さんはやるなと禁じたりしないでしょうからね…」
 いえ。
 ひょっとして。
「…丸呑みしてしまっていると言う事は…ちゃんと噛まないで食べるから消化吸収されていない?」
 それで満腹にならない、とか。
「…」
「…」
「…」
「…それか?」
「なら…まだお腹の中に残っているのなら、それを吐き出してもらう事とか…できないかしら?」
「まぁ…何だか気の毒な気もしますが」
「気の毒なものか。こいつだってやってはならんと承知しつつも空腹に負けやってしまったと言う事なのだからその方が却って気が楽になるのではないか? 気の毒だと言うのならこの場で取り敢えずこいつの腹の中に残ってる限りの丸呑みした『気』を吐かせた上で、代わりにもっと別の幾ら食っても問題無いものをたらふく食わせてやればよかろう。都合のいい事にちょうど私もなんか美味いものが食いたかったところだ。…これは興信所の方では確り仕事になっている依頼と言う話だったな? 私はまともに依頼を受けた訳ではなくあくまで協力を申し出た者になるから報酬は要らん。だが折角だ。なんか美味いものを食わせるくらいはしろ」
「美味いもの………………ボクも…食べたい」
「まぁ今はそれはさておき。…吐き出させればいいと言う話になりますと――ひょっとして私が全ての現場にハルモニアマイスターをかけてみれば早い、と言う事にもなりますか?」
 聞き込みした分は既に『元に戻して』ありますから、後はこちらの犯人の方に直接お伺いしてみて、それ以外の現場があるようでしたらそちらを『元に戻せ』ば。
「お願い出来ますか、モーリス?」
「セレスティ様の命であるなら否やはありませんよ。ですがハルモニアマイスターはあくまで『対象を本来在るべき姿に戻す』と言うだけの事ですから――それで全てが『元あった通り』に戻るかどうかはまた別の話になってしまいますが」
「いや。少なくとも『気』の状態は元あった通りが本来在るべき姿になる筈だ。問題無い。幽霊の方まで元に戻るかどうかは…ちとわからんが」
「依頼としてはそれでいいんでしょうか?」
 間島さん。と、モーリスは間島に振ってみる。
 と、筆記では無く時雨から通訳で返事が来た。
「…間島……幽霊…消してる犯人な…その子がわかった時点で…いいって………『元に戻って』ない…場所がまだあるなら…出来れば…『元に戻して』もらいたい……とは思うけど…でも無理なら…その子にこれからは止めてもらえればそれでいいって…言ってる…え…? …相変わらず甘っちょろいって…? うるさい…口挟むな……気にしないで…やかましい……って………。…。…ちょっと…二人とも…一気に言わないで……お願い……」
「…いちいち付き合うな五降臨時雨。面倒臭い。…要は今ここで依頼人な幽霊とその知己らしいおっさん幽霊が言い争っているのだが、依頼人の方はセレスティの言っていたように犯人が判明しこれからは止めてくれればひとまずそれでよし、だがおっさんの方はそれに異論反論あるらしい、と言ったところだ」
「…おっさんって…」
「…谷中さんの事です」
 すかさず零が補足する。
 と。
 シュラインの耳に今までその場に居る者とは違った、けれど何処かで聴き覚えのある人の『音』が近付いて来るのがわかった。思わずその場で見渡して探す――今周辺はセレスティの配下の手でそれなりに人払いがしてある為、不用意に近付いて来るような者は居ない筈なのだが。
 と思ったら、建物の向こう少し離れたところでその『音』を持つ人がセレスティ配下の人員さんと何か軽く揉めていると思しき『音』も聴こえてきた。シュラインは確認する為今居る場から離れそちらに行ってみる。と、『特に目立った特徴の無い、年齢不詳の大柄な男性』が居た。その人が今の『音』の源だと気付く。が、どうも『音』に聴き覚えはあるのだが何故か見覚えの方は無い。ただ、その『音』を持つ人が特に危険な人でもなかった事だけは自分の記憶に照らして間違いないと言えるので、シュラインは取り敢えずそちらに近付いてみる。
 ちょうどセレスティの部下が揉めているその相手の事を主人に連絡入れようとしたところで――シュラインはさりげなく割って入ってその大柄な男性に話し掛けてみた。
「…あの、どうかなさいましたか?」
「わ、びっくりした。…あー、エマちゃんが居るって事は…やっぱりここ止めてるのは草間興信所関係って事だよね」
「…エマちゃん…。あの、失礼ですけれど…何処かでお会いした事ありました…よね?」
「あ、ごめんねこれじゃわからないよね。…じゃ、これでどうかしら。どうもこの格好だと違和感あると思うけど☆」
 と、科白の後半「これじゃわからないよね」と言った直後から、唐突に若干裏声の上、言葉遣いもイントネーションもオネエ口調になる。
 …すぐわかった。
「碧ママさん!?」
「そ。お久しぶりね。エマちゃん☆」
 にこにこと笑って大柄な男性――もといニューハーフバー『MIDNIGHT ANGEL』のママだったりする碧は片手を挙げてひらひら。…主人に連絡を入れようとしていたセレスティの部下が碧のその変わりようを見て軽く凍っている。
「…男装なさる事もあるんですね」
「んー、って言うかね。変装って言う方が正しいかな?」
 この場合。私の場合で一番目立たない格好、って選んだらすっぴんで量販店であるようなジャケットポロシャツスラックスな男装するのが良い訳だから。でもそれで声の出し方とか言葉遣いが元の通りじゃ意味ないでしょ? だから声も地声でなるべく女っぽくならないように話してた訳。
 …やっぱり人の印象に残る格好して人捜ししてたらすぐにこちらが何者なのかバレちゃうものね?
「だからこんな格好して人捜ししてたんだけど…あのさエマちゃん、こんな子この辺で見なかった?」
 と、碧は一枚の写真を見せて来る。
 シュラインにはその人物自体に見覚えは無いのだが――例の『特徴の無い中肉中背の若い男』に該当する。
 その写真を見た途端、凍っていたセレスティの部下がぎょっとした。
「それ…!」
「知ってるの貴方たち!?」
 と、碧に詰め寄られると、セレスティの部下は答える事を躊躇い、助けを求めるようにシュラインを見る。
 …何となく察しが付いた。
「碧ママさん、探してらっしゃるその方についてちょっと事情をお伺いしたいんですけれど…一緒に来て頂けますか?」
「あらエマちゃんも心当たりあるの? だったらこちらこそ願ったりよ行く行く」
 と、碧は快諾。それで碧は足止めされていた方向、シュラインの方に近付いて来る――今度はセレスティの部下も咎めない。
 それで碧を連れたシュラインが元来た道を戻ろうと振り返ったところで、すぐそこの建物脇からモーリス以外の一同がこちらに顔を覗かせていた。不意に何処ぞへ移動したシュラインの様子が気になって見に来たらしい。
 …そこで見た大柄な男の正体を知るなり、一同の反応は極端に分かれた。
 反射的に血の気が引いている武彦とそれを宥めるようにぽむと肩を叩いている真咲とか、逆に興味津々で見ているランとセレスティとか、そもそも何だか良くわかっていない時雨と零とか。
 彼らの反応を見つけると、碧の方もやっほーとばかりに手をぶんぶんと振っている。



 …モーリスがアークで犯人(?)を捕らえてあるところまで一同が戻ってきて。
 アークに捕らえられている巨大な爬虫類もどきの姿を認めるなり、碧はジョン! と感極まったかのように叫んでその爬虫類もどきの元に駆け寄った。その様子を見、ちょっと考えてモーリスは碧が爬虫類もどき――碧曰くジョン?――の側に到達するより前にアークを解除。碧はそのままひしっとジョン(仮)を抱き締めた――と、その時にはジョン(仮)は目立った特徴の無い中肉中背の若い男の姿に変化して碧をぎゅっと抱き締め返している。うわーん、と子供のように泣きながらごめんなさいごめんなさいと碧に何度も繰り返している。
 …何だか良くわからない。
「もうっ。心配かけさせるんじゃないの! …『時計屋』さんから連絡もらった時は本当にびっくりしたんだからねっ。なんですぐにこっちに来なかったの」
「だって…また丸呑みしちゃったから…怒られるって思ってっ…」
「んもうっ。だからって逃げちゃダメでしょう! やっちゃったならそれこそこれからどうするか考えなきゃならないんだから。…それで草間興信所のお世話になっちゃってた訳なのね」
 はぁ、と嘆息しつつも、碧はぽむぽむとジョン(仮)の頭を安心させるように柔らかく叩いている。
 と、ひと心地着いたらしいそこを見計らって、シュラインが訊いてみる。
「あのぅ…そろそろ事情の方…お伺いしても宜しいですか?」
「あっ、ごめんなさい放っといちゃって」
 と、悪戯っぽくぺろりと舌を出しつつ、改めて碧は事情を話し始めた。

 …曰く。
 碧の店――ニューハーフバー『MIDNIGHT ANGEL』では店ぐるみでちょっとした秘密の裏稼業をしているのだと言う。…ニューハーフバーで裏稼業と言っても風俗営業法に引っ掛かるようなお仕事では無く、何事であるかと言うと異能者や人外――人間社会では色々と問題ある方々を適した場所に送る運び屋と言うか逃がし屋のような仕事であるらしい。…場合によっては人間社会に住まうそんな連中の為の仲介・折衝役のような事もしているのだとか。
 で、取り引き相手の一つとして『時計屋』があり、このジョン(仮)はその『時計屋』の方から『MIDNIGHT ANGEL』に紹介されて来る筈だったコであるらしい。が、紹介されたはいいが――何故かいつまで経っても肝心のこのジョン(仮)は『MIDNIGHT ANGEL』に来ない。どうしたのか少し気になっていたところで、本人が来るより先に『時計屋』の方からジョン(仮)はどうなったかな? と首尾を窺う連絡が来る。…どうなったも何もそもそも来てさえいない。それで初めて何かがあったと気付き、近辺を捜し始めた――と言う事の次第。
 …ちなみにそれが一週間程前からの事。
 この裏稼業は仕事の性質上一応秘密のお仕事にもなるので、ひとまず何処の誰なのかバレないように変装してこのジョン(仮)を捜していたのだと言う。ジョン(仮)は一応は人型でいる筈なので、中肉中背の若い男なその姿の写真を片手にあちこち聞き込んで。
 派出所を避けていたのは草間興信所側の予想通り捜している自分の素性を知られたくなかったから。『暁闇』の方を避けていたのも同様の理由。碧は何だかんだとあって紫藤や間島や谷中の弟分(妹分?)、言わば身内のような者だったりするので――碧が『暁闇』に行ってしまったら幾ら『変装』をしていようとすぐに何者であるかバレてしまう訳で。…碧は店の表向きはともかく裏稼業についてはそちらのお世話にはなるまい、とけじめを付けているつもりだったらしい。どうやら草間興信所を避けていた――避けていたのである――のも同じ理由だったとか。
 と、そこまで話したところで、碧は今度は草間興信所側の一同に訊いてくる。今、草間興信所が動いている理由。
「それは…」
 今回、草間興信所の方が動いたのは――…。
「――…顔見知りの幽霊が消えてるって間島さんからの依頼があって」
 と。
 聞くなり。
 …碧の顔色が青くなったり赤くなったりと面白い事になっていた。
「え、ちょっと待ってタカちゃんから依頼ってええそんな、じゃあ…ちょっと待ってでもそうなるとここに居るって事よねやだちょっと…ジョン貴方なんて事! …ああんどうしましょ私ってば…!!」
 勿論、碧にしてみれば実は最愛の人であるらしいタカちゃん――間島が居るのは嬉しい。
 けれど同時に――ジョン(仮)の件での依頼が間島から来たとなれば、その間島に凄く迷惑を掛けてしまった事にもなる訳で。
 嬉しいのと同時に申し訳無いので混乱してパニックを起こしてしまう。
 ランはそんな碧を興味深げに観察している。
「…何だか見ていてめちゃくちゃ面白いぞこの男…と言うか女と言った方が良いのか凄く迷うが。中間点と見れば良いのかこの場合」
「くすん。…一応女のコと思ってもらえると嬉しいんだけど。…だってタカちゃんノーマルだから私が女のコになるしかないんだもの」
「ふむ。察するに草間興信所に依頼して来た依頼人の幽霊に惚れている訳か」
「あ、わかってくれるのね貴方、ありがと…嬉しいわ」
「…私は貴方ではなくラン・ファーと言う。そうかそうか幽霊に惚れているのか…なかなか奇特な事だな」
「幽霊に、じゃなくてタカちゃんに、よ」
 と。
 碧がむくれて言い返したところで、盛り上がっているところ済みませんが、と不意に真咲が割って入ってくる。そして他の一同や碧の視線を引いたところで、ぽつり。
「…間島さんならとっくに帰られたみたいですよ」
 真咲は言いつつ、持参していたメモ帳を掲げて見せる。
 そこには――すまん真咲、後は任せた。とだけ間島の筆跡で書かれていた…。



 で。
 見逃していた霊消滅の場所も結局モーリスの能力で戻したりと諸々の後始末をしたその後の一同は――何故かとあるファミリーレストランに訪れていた。…やけに喧しいパンクロックな音楽が、喧しくない程度の絞った音量でBGMとして流されている変な店である。
 そして満干全席かと疑いたくなるような大量の料理がテーブル複数に渡りずらりと並べられていた。しかも一皿一皿も異様にデカい。基本的にどの皿も大食いチャレンジメニュー的なノリである。
 そんな状況の中、各自、好きなところに席を取っている。

「…これは?」
 何事なんでしょう。
 セレスティは取り敢えず訊いてみる。
「えっとね、『時計屋』さんがジョンの為に予約取っといたんだって。でも勿論みんなも食べていいわよ迷惑かけちゃったみたいだし。ってゆーかジョンの為にタカちゃんをそんな目に合わせてしまってたなんて…っ…んもう私のバカバカっ!! もしタカちゃんまでジョンに丸呑みされちゃってたらどうするつもりだったのよっ…」
 うわーん、と今度はジョン(仮)ではなく碧がテーブルに突っ伏し嘆いている。
 …そんな碧をセレスティが宥めている。
「まぁまぁ。間島さんは御無事だった訳ですから。碧さんだって頑張ってジョン君を捜していた訳でしょう?」
「でもでもっ…タカちゃんいつの間にか逃げるみたいに帰っちゃったし…きっと怒ってる…」
 ぐすん。と鼻をすすりつつ碧はテーブルの上で『の』の字を書いている。
 まぁまぁ、と今度は真咲がそんな碧を宥めている。
「…間島さんが碧さんから逃げるのは今に始まった事じゃないと思いますが」
 別に怒っていると言う訳では無く。
「それはそうかもしれないけど今回は事が事だし……でもホントなんでいつもタカちゃん私から逃げるのかしら? いつもいつも私の前でそんなに恥ずかしがる事ないのに…あ、そだ。モーリスくんだったらタカちゃんを生きてる時みたいに戻す事って出来たりするのかしら?」
 そうしたら直接聞けるものっ。
 と、ころっと期待に満ちた眼差しで碧はモーリスに訊いてみる。
 うーん、とモーリスは苦笑した。
「…それは…さすがに間島さん御本人に許可を得ないと」
「ですね。幾ら望んでも…勝手にする訳には行かないでしょう」
 愛する方に触れたいと言う気持ちは私にもわかりますけれど。
「そっか。まぁ当然だけど…残念☆ …ん。そ言えばモーリスくんてば随分きれいになっちゃって☆ 素敵な恋してるんでしょ?」
「おや。わかりますか?」
「勿論よ☆ 素敵な恋をしてるコはオーラが出てるわ☆」
 ばちりと片目を閉じつつ碧は即答。
 …そんなこんなでテーブル囲んで歓談しつつも、碧のその眼差しは大食いチャレンジメニュー的な大皿複数(…)を凄い勢いで平らげているジョン(仮)の姿を温かく見守っている。

 一方。
 見守られているジョン(仮)の方は――とにかく食べまくっていた。
 ジョン(仮)は碧が現れてから、爬虫類もどきの姿から変化した若い男の姿のままでいる。その姿で席に着き、がーっと凄い勢いで大皿の上の料理――超大盛りカレーと超大盛り生野菜サラダ――を口の中にかっ込んでいる訳で。
 その様子を横目に、何故かランもまた、彼(?)同様がーっと大皿の上の料理――超大盛り炒飯――を口の中にかっ込んでいる。
 もぐもぐと咀嚼し飲み込みつつ、ジョン(仮)に向け叫ぶ。
「やるな貴様! さすがにあれだけの無茶をやらかせる奴だ…だが負けんぞ!」
 宣言して、ランはまたまた料理をかっ込み始める。…とは言えこればかりは――ランがジョン(仮)に勝つのはどうしても無理っぽいのだが。…気のせいではないと思う。
 ジョン(仮)はランの宣言には無反応。…と言うか食べるので忙しいらしく、返答している余裕がない模様。ランもランでそれに倣って(?)返答が無くとも気にせずがつがつがつと食べている。
 そんな二人の横で、時雨が大皿――超大盛りラーメン――を前に、箸に手も付けないまま、じーん、と感動して震えている。
「こんなの……夢みたい……食べていいの……」
「…おい。感動に浸っているところ横から悪いが、とっとと食わんとこいつに奪われるぞ」
 言って、ランはびしりと箸でジョン(仮)を指す。
 時雨は、はっ、と気が付き慌てて箸を取る――取ろうとして箸を取り落としてまた慌てる。と、いつの間にそこに居たのかウェイトレスさんが現れ新たな箸を時雨の前に置く。置いたと思ったら取り落とした方の箸を拾って、現れた時同様ささっと引っ込んだ。
 その一連の様子を思わず見ていてランはぽつり。
「…素晴らしく心得たウェイトレス魂だな」
「………ウェイトレスさん………有難う……もう行っちゃったけど……聞こえてるかな…?」
 遅れながらもお礼を言いつつ時雨は新たな箸を割る。…今度は取り落とさずちゃんと持てた。
 それで。
 …時雨もまた俄か大食い選手権に加わる事になる。

 そんな俄か大食い選手権な様子を余所に、武彦は一息吐いている。
「…蓋を開けてみれば人騒がせな話だったな…」
 今回の依頼。
 まぁ、深刻な話じゃなくて良かったが…。

 ――…つーか俺、よりによって我妻が出て来るとは思わなかったがね。
 間島も依頼しといて逃げやがるしな(笑)。

 さらさらさらとナフキンに谷中の文字が書かれる。…ちなみに我妻と言うのは碧の本名の名字であり、武彦はじめ草間興信所の方々はその名も承知である。
「…ああ…何だか今更あの時の状況を納得したぞ」
 以前の依頼であの店――『MIDNIGHT ANGEL』――のスタッフ誰もが人外や異能者の類を全く気にしなかった理由。裏の仕事がそっち関係ならそれは気にもするまい。
 と、そんな事をぼやいていると、武彦の隣の席に着いていたシュラインがそろそろと立ち上がった。
「…どうしたシュライン?」
「ん…折角だから一度帰ってお持ち帰り用タッパー持って来ようかなと」
 幾らか長持ちしそうな物は頂いて帰ろうかな…って。
「そうですね。折角ですもんね」
 シュラインの隣の席に着いていた零も同意し、シュラインに続いて席を立つ。
 と。
 そんなシュラインと零の前、見計らったようにテーブル上の隙間にささっと大小様々なタッパーが並べられた。いつの間にそんな物用意して持って来ていたのか、ウェイターさん&ウェイトレスさんがどうぞとばかりにそれらを置くなり、ささっとあっさり下がって姿を消している。
「…あ、有難う御座いますー」
「有難くお借りしますねー」
 興信所の女性陣はウェイターさん&ウェイトレスさんに礼を言いつつ、すとんとそのまま席に腰を下ろす。
「………いや、良いんだがな、何でも」
 何か突っ込みたい気もするが敢えて止めておき、武彦は小皿に取り分けた普段食えないような牛肉のランプステーキ――偶然近くの皿にあったので――など口に運んでいる。
 そのまま何となく視線を巡らせれば、何やら歓談しているセレスティにモーリスと碧に真咲の姿が見えたり、相変わらず大食い選手権と見紛う凄い勢いで食べているジョン(仮)とランと時雨の姿が見える。

 …。

 ともあれ教訓。
 食べ物は丸呑みしないで良く噛んで食べましょう。

 ………………まぁ、あんまりそういう問題でもなかった筈なのだが、今回の件は。

【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■2318/モーリス・ラジアル
 男/527歳/ガードナー・医師・調和者

 ■1564/五降臨・時雨(ごこうりん・しぐれ)
 男/25歳/殺し屋(?)/もはやフリーター

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ※表記は発注の順番になってます

×××××××××××××××××××××××××××

 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 ■間島・崇之/依頼人

 ■真咲・御言/依頼人の代理人
 □草間・武彦/怪奇探偵(…)

 □草間・零/武彦の義妹で探偵見習い(御指名ありで登場)
 ■谷中・心司/依頼人のライバルで悪友で腐れ縁な浮遊霊。

 ■ジョン(仮)/『気』ごと霊的存在を丸呑みしていた謎の怪物さん(未登録)
 ■碧(我妻・正宗)/表は『MIDNIGHT ANGEL』なるニューハーフバーのママで、裏は店ぐるみで人外・異能者の類の運び屋・仲介屋をしている。謎の怪物さんは裏の客。…ちなみに間島に一方的に惚れている。

■名前と存在のみ登場
 ■時計屋/表は時計屋で裏は人外・異能者の類の駆け込み寺的存在。碧の店は裏稼業に於ける下請けの一つに該当。謎の怪物さんは裏の客。
 ■紫藤・暁/依頼人のスポンサー

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          ライター通信
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 皆様、いつも御世話になっております。
 この度は発注有難う御座いました。…ラン・ファー様、セレスティ・カーニンガム様、モーリス・ラジアル様、お渡しが遅れてしまっております。しかも納期が金曜と言うタイミングで納品を遅れてしまった事もあり…作成日数目一杯上乗せした上に大変お待たせしてしまっております…。すみません…。そしてまた文章が長いです…。

 今回は五名様が同時参加で、何やら先に進むにつれほのぼのゆるゆるなコメディ路線となりました。
 皆様のプレイングを拝見した時点で…消えた幽霊さん方は戻って来られそうな気がしましたのでそんな感じになっております。元凶への対処も…皆様、あまり殺伐とした方向で考えられてはいませんでしたしね。何やら和み系な設定を持つ方が二名様参加してらっしゃった、と言うのも大きかったかと思いますが。
 そしてオープニング作った時点ではこんなところで碧の裏稼業出す気、と言うかそもそも碧を出す気は無かったんですが…なんでこうなったんだろう…(おい)
 …まぁとにかくそんな訳で(?)最後は何故か元凶含め(…)皆でメシ食ってます(笑)

 ラン・ファー様以外の四名様が元々相関関係をお持ちのようだったので、皆様で和気藹々としていたところにラン・ファー様が飛び込んできたような感じになりました。…実際のプレイングでも途中合流的な方向でしたがちょうど良かったような。…ちなみに彼女の科白の暴走ぶりは半分以上いやもっと高い率でライターの責になりますので、何か引っ掛かってもPC様の方に苦情を持って行かないようにお願い致します…(汗)
 あと、モーリス・ラジアル様の能力についてなんですが…霊が見えるかどうか、と言う部分に関してひょっとすると設定と違う解釈をしてしまったかと若干の心配があるんですが…どうでしょう? 少なくとも霊の声は聞こえないだろうと判断してしまってたりしてるんですが…。
 それから五降臨時雨様。…お久しぶりです。以前発注頂いたノベル以降…あのノベルと関連すると言っていた話は今に至ってもまだやりかけ放置と言う惨状な訳で(汗)そこで止まっていた以上愛想尽かされてたとばかり思っていたので…再びの発注を頂けた事は有難い限りで御座います。またお気が向かれましたらお付き合い下さると嬉しいです。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝