コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


逆松家事件 第一話

□Opening
「私が知りたいのは、誰が祖父を殺したのか、です」
 腰まで届く黒髪の女性、逆松一子は、そう切り出した。
「先日祖父がなくなりました。一族の事業の頂点に立つ祖父です。表向きは病死となっておりますが、実は刺殺でした。あの日の朝、自分の部屋で胸を刺されて死んでいる祖父を、家政婦の鹿島が発見したのです。発見された時にはすでに冷たくなっていたとか。祖父は、逆松三郎太。逆松グループの会長、享年96歳です」
「なるほど、そして、彼らがその日逆松の屋敷に滞在していたと言うわけだな」
 依頼人である一子が広げた人物リストを眺めながら草間武彦は唸る。
 退屈な昼下がり、この依頼人はやってきた。小柄で、お世辞にも血色が良いとは言え無い、病弱そうな印象。しかし、その眼差しは強い。逆松グループと言えば、フードチェーンの大手企業だ。その会長が亡くなった事は、ニュースで知っていたのだが、まさか殺人の疑いが有ったとは驚きだ。
「しかし、警察は? まずは、善良な市民のために働く機関へ通報するのが筋だと思うが」
 武彦はもっともらしい事を言って相手を見る。
 その質問を見越していたかのように、依頼人は首を横に振った。
「逆松家としては、会長が刺殺と言う話題など望んでおりません。先ほども申し上げましたが、私が知りたいのは、誰が祖父を殺したのか、です。現在、祖父の跡取り問題で親族はお互い疑心暗鬼になっております。そうですね、もっと踏み込んだ話をしてしまいますと、”遺産目当てならば、更に殺人が起きるかもしれない”と、お互い監視し合っている状態です」
「犯人に都合の良い相続人が指名されるまで、犯行を繰り返すと?」
 一子は、武彦の言葉にゆっくりと頷く。武彦は、考えをまとめながら、気になっている点を確認する。
「分からないな。逆松グループともなれば、顧問の弁護士も親しくしている興信所だってあるだろう。何故、ウチなんだ?」
 その問いに、一子は淡々と答えた。
「失礼ながら、こちらの興信所は、奇怪な事件を請け負うことが多々有ると伺っています。いえ、逆松の家に奇怪な事など無いのです。ただ、当家は霊的な話を重んじる傾向がありますので、”その筋”の方になら質問に素直に答えると考えています。今の状況では、普通の興信所員に本当の事を話す者などおりません。どうか、親族の者に祖父が亡くなった日の事を聞き出し、何が有ったのか確かめてください」
「えと。つまり、俺に霊媒師か何かに化けて捜査しろとか、そう言う……?」
 何だか、いやぁな予感のする武彦に、依頼人は期待の眼差しを向けた。
 これは厄介な事になりそうだ。武彦の直感がそう告げていた。一両日に解決とはいかないかもしれないなとも。とは言え、まずは、それなりの扮装や演技で、逆松の親族に聞き込む事からはじめなければいけない。
 武彦は、依頼人から依頼を請け負い、助っ人に助けを求めた。

 以下、逆松家の人々(逆松一子による手書き)

 逆松三郎太(享年96歳):逆松グループ会長。刺殺。屋敷に住んでいた。
 逆松一美(63歳):三郎太の娘。実質的には逆松グループの運営全般を担っている。屋敷在住。
 逆松博信(68歳):一美の婿。肩書きは専務。屋敷在住。
 逆松一子(33歳):一美・博信の娘。武彦の依頼人。病弱。屋敷在住。独身。
 逆松二郎(33歳):一美・博信の息子。腹違いと噂され家出。事件当日、金の無心に屋敷を訪れていた。独身。
 川崎三和(31歳):一美・博信の娘。家族の反対を押し切って好きな相手と結婚。事件当日夫と実家へ帰省していた。
 川崎論太(28歳):三和の夫。自称ミュージシャン。逆松系列銀行に多額の負債有り。事件当日妻と逆松家へ帰省していた。
 鹿島案子(56歳):逆松家住み込みの家政婦。独身。最近のメイドブームに乗って自分の肩書きをメイドにしたいと周囲に漏らしていた。

■03
「ん……と、そうね、屋敷に行く前に会長の映像か声を録音した物をチェックしたいわ」
 シュライン・エマは、そう言ってにこりと微笑んだ。
「故人のか? 今屋敷にいる面々の、じゃなくて?」
 武彦は、シュラインの提案を不思議そうに聞き返す。容疑者の情報をあらかじめ頭に入れておくのなら、分かる。よりスムーズな聞き込みができるし、イニシアチブを取る事もできるからだ。
 シュラインは、武彦の言葉に小さく首を振る。
「ふふふ。ちょっとね、霊媒師を装おうと思うの。会長の声で一言二言話し掛けるって言うのはどうかしら、武彦さん?」
「あ、ああ。そう言うことか」
 なるほどな、と、武彦は頷いた。
 彼女の声帯模写は、とにかく凄い。元を聞く事ができるのなら、きっと本人と寸分たがわぬ声を作る事ができるだろう。それを、霊媒に見せかけようとは、考えたものだと思う。ましてや、霊的な話を重んじる者達ならば、尚更効果がある事だろう。
 武彦とシュラインは早速一子に連絡をつけ、故人の映像関係の有無を確認する。
 一子からは、すぐに社員向けに製作した年始の訓示映像が届いた。
 映像資料を何度も確認し、シュラインは会長の特徴を観察する。机や椅子、本棚など映っている物から彼の背丈や体つきを確認し、全て頭に入れる。その姿は、信楽焼きの狸を思わせるのだが、眼光だけが妙に鋭い。96とは思えぬほど背筋が伸び、威厳が有った。ただ、やはり肉体的に衰えが隠せないのか、15分の映像中何度も喉を鳴らす音が聞こえる。一人称は私。話す言葉は端的で、難しい単語は殆ど混じらない。
「私はどうしたのか、……混乱しているのだよ」
 練習のためシュラインが喉に手をあてそう言うと、武彦は隣できょろきょろと辺りを見回してしまった。
 本当に、故人が耳元で語りかけたような気がした。

□04
 その日、一同は一子と屋敷近前で落ち合った。
「と言うわけで、よろしく頼む。俺は、お前達霊関係者の仲介人、として潜りこむ」
 武彦は、一同を見回し、手早く説明をする。
「お互い知り得た情報は、後から興信所で報告だ、以上何かあるか?」
 ゆったりとした黒のワンピースを身に纏い黒のヴェールで顔を隠した黒・冥月は、依存無いと静かに頷いた。その手には、球体の黒曜石が乗っている。
 衣装のせいか、それとも演技に入っているのか、いつもと雰囲気が違うと武彦は思った。
「占い師ってところか。しかし、あれだな、随分と優しい感じ……」
 そして、最後まで言葉を聞かずに、冥月は裏拳を武彦に叩きこむ。
「ふざけた事を言うな。殴るぞ?」
「殴ってから言うなー!!」
 くるくると綺麗に三回転半して道に倒れ込んだ武彦は、果敢に立ち上がり急いで元の位置に戻った。
 その様子を見ながら、きらりと眼鏡を光らせたのは三葉・トヨミチ。
 普段の柔和な面持ちを引っ込めて、今は神経質そうな目つきで眼鏡の縁に手をやっている。ぴしりとしたスーツに黒い手袋が少し大げさに主張をしていた。彼は、サイコメトラーとしてここに居た。
「俺も、特には無いかな」
 その言葉に、シュラインも頷く。
 シュラインは普段と変わらない様子だったが、それが逆に何らかの策を思わせた。
「それでは、皆様、よろしくお願いいたします」
 一子は、そんな一同へ丁寧に頭を下げる。
「このような事態ですから、あの日屋敷にいた人間は今も屋敷に留まっておりますので」
 そして、屋敷の扉は開かれた。

■05:逆松二郎
 冥月が部屋に入ると、逆松二郎は怯えたように視線を忙しなく動かし、落ち着きなく机を叩いた。
「何だお前は?! 言っておくが、お、俺はカンケー無いからな! お袋の差し金か? くそ、あの女……!」
 しかし、冥月は彼の悪態を笑顔で受け流し、ずいと一歩近づく。
「御覧なさい。これは、精霊です。貴方にも、見えるでしょう?」
 そう言いながら、手にした黒曜石を顔の位置まで持ち上げた。すると、黒曜石から黒い煙が噴出す。やがて黒い煙は羽の生えた人型を作り上げた。それは、冥月の影だったけれど、力のないものが見たのなら黒曜石から現れた”何か”だと信じただろう。
 実際、影で作った精霊を見た瞬間、二郎の顔色は青ざめた。
「私は精霊と対話するしか能力はありません。ですから、貴方の言葉を、精霊に伝えましょう。嘘をつけば、……お分かりになりますね? きっと、罰が下るでしょう」
 彼の様子を両目で捉え、冥月は静かに微笑んだ。
 昔は潜入や変装の仕事もしていたため、これくらいの演技ならば自然にこなせてしまうのだ。
「……、な、何。……お、俺に何を話せと?」
 先ほどまでの勢いは全く無い。二郎は、床に視線を落とし、小さな声であえぐ様にそれだけを吐き出す。
「それでは、お聞きします。いいえ、そんなに緊張なさらないでください。精霊は、正しい人間の味方ですよ? そうですね、誰なら事件を犯しそうでしょうか?」
「……」
 冥月は、優しく諭すように言葉を選び、二郎に問いかけた。
 しばしの沈黙。
 しかし、冥月が精霊を動かすと、二郎は慌てたように話し始める。
「そ、そうだ。あいつだよ! 論太だっ。あいつなら、事件を起こしそうだぜ」
「それは、何故?」
「……あ、あいつは、いつもギターを持ち歩いている変人さ……。ミュージシャンと言うが、CDが売れてる話はきかねぇよ! 爺に結構な借金も有ったようだし。今屋敷にいるのも、きっと金を借りに来たんだろうさ……。爺は、逆松の姓を持つ俺に、貸す金は無いと言いやがったしな……。くそっ、何で今回は駄目なんだよ! い、いや、き、きっとあいつだって借金を断られただろうさ!」
 一気にまくし立てた後、二郎は大きく息を吐き出した。
 冥月は彼の態度に、少し違和感を抱く。
 ”誰が事件をおかしそうだと思うのか”その答えに、嘘は無い。嘘は無いけれど……?


■06:逆松一美、逆松博信
 トヨミチが最初に訪れたのは、逆松一美と博信夫妻の部屋だった。自分の本業を知っている可能性のある、二郎、三和、論太を避けた結果だ。
「私が、逆松一美です。彼は、夫の博信。父が亡くなっても社の運営を怠るわけにはいきません。時間が惜しい。それに、最初に申し上げます。逆松家に愚かな者などいません」
 一美は、トヨミチを見て、きっぱりと断言した。霊的なものを重んじるとしても、トヨミチの力を疑っている表情を隠そうともしない。
 しかし、トヨミチは鋭い視線を無表情で受け止め優雅に二人へ歩み寄った。
「お時間は取らせません。本来ならば、俺は貴方達に触れるだけで良いのですからね。言うか言わないかはご自由に。重ねて言いますが、真実を隠し立てしても俺にはすぐに伝わります。その場合、怪しいと思われても仕方が無い事をご理解ください」
 そう言いながら、瞳に冷たい光を宿し、眼鏡をすいと持ち上げた。
 トヨミチの迫真の演技に、夫婦はさっと顔色を変える。そして、慌てたように博信が一美の肩に手をかけた。
「お、おい、お前……、ここは、素直に協力しようじゃないか、な。会社の経営の事は、まだどうにかなる」
「……。分かりました、けれど、私達も皆が知っている以上の情報は有りません」
 青ざめて落ち着きの無くなった博信に比べ、一美は気丈に振舞う。
 夫婦の気質を見極めながら、トヨミチは穏やかに問うた。
「それでは、事件発生当時、それぞれどこにいらっしゃいましたか?」
 アリバイ。
 それが分かったのか、博信はびくりと肩をふるわせ、小さな声で答える。
「発生当時、と、言いますか……僕達夫婦はあの日夕食を終えてからずっとこの部屋に篭っていました。来客ばかりでしたから、……その、貴重品の保管などについて、ですね話し合いを……」
「誤解無きようお願いします。私達はホストファミリーとして、間違いが起こらぬように管理する義務が有ります。今まではそれでも私共、それに父にも自由になるお金もありました。けれど、このご時世、何があるか分かりません。セキュリティを考え、客人がある時には貴重品を移し変えるよう私が提案しました。これは、私達夫婦と父しか知らぬ事ですが」
 二人の話を聞き、トヨミチはさらに質問を重ねた。
「夕食、とおっしゃいましたが、お二人が会長を見たのは、その時が最後と思って良いですね?」
 これには、二人とも迷わず頷く。
「11時に就寝してからは一度も目を覚ましませんでした」
「そうだなぁ。大きな物音がしたら流石に気がつくと思うんだけど……僕も一度も目を覚まさなかったね。二人とも、普段から眠りは深い方なんだ」
 ちなみに、この屋敷の各部屋にはユニットバスが備え付けてあるため、部屋の外へトイレに出る事も無いらしい。
「ふむ。結局、事件を知ったのはいつですか?」
「家政婦の鹿島が、朝早く知らせに来ました。ですから、父の死を知ったのは朝の……5時過ぎ、と言うことになりますね」
 一美はすらすらと答え、博信は深く頷いた。
 トヨミチはもっともらしく腕を組み、二人を観察する。通常、夫婦ではアリバイの証人にはならない。ずっと二人でいたと言うのなら、この二人のアリバイはあやふや、と言う事になるが、それ以上に貴重品の移し替えと言う情報は大きいと言えよう。
「なるほど、貴重な情報を有難うございます」
 最後に、トヨミチは丁寧に頭を下げ、二人を見た。
 それから、扉に向かう前に、ふと振り向き付け足しのように呟く。
「ああ、そう言えば、もしも絶対に発覚しない完全犯罪の方法を知っていたら、あなたには実行したい相手はいますか?」
 その言葉を、博信は理解できなかったように小首を傾げた。きょとんと何秒か言葉を検討し、ようやく意味を理解した途端怯えたように首を横に振った。
「ま、ま、まさか! 何を言うんですか。僕は、そんな……」
 しかし、一美の方は、おかしい言葉を聞いたように笑う。
「当たり前です。経営の仕事に長く携わっていますとね、あの時ライバル社のあの営業がなければもっと事業が広がった。あの時本社の社員の不祥事がなければもっと社の空気が上向きになった。なんて、思っても仕方の無い事ばかり頭に浮かびます。もしもの世界で、自分の思う通りにコマを進められるのなら、一番簡単でしょう? けれど、この世界にもしもは無い。それだけの話ですね」

■07:川崎三和、川崎論太
 次に冥月は、二郎の口から名前の出た川崎三和、論太夫妻の部屋を訪れた。
「それでは、単刀直入に伺います。誰なら事件を犯しそうでしょうか?」
 二郎の時と同じ要領で質問すると、夫婦は揃って頷き話し始める。
「あの、あたしは、年に何度かしかこの屋敷に来ないんです。だから、詳しい事情は分かりません」
 三和はそう言って目を伏せた。
「お父様とお母様は、会社の経営のお仕事をしていますが、それが上手く行っていない話は無いと思います。実際……夕食だって豪華だったし、きっといつも豪華な食事を楽しんでいるんですね」
「俺は、もっと事情は分からないね。感覚が違うんだよ。話も合わない」
 論太は、美和の話の後に、簡単にそう説明する。気だるそうに髪を掻き揚げる仕草が、独特の雰囲気を醸し出していた。
「一子姉様は……どうかしら? 籠の鳥が息苦しく感じた? ううん、はっきりとは分からない。二郎兄様は、その、どうして今週屋敷に来たのかしら? あなた、聞いている?」
「いや、知らないな。興味が無い」
 二人は、誰なら事件を犯しそうか、と言う問いに当惑の表情を見せている。
「けれど、怖いわ……。もし、その、おじい様を殺した、方が、次に襲ってきたら……」
 三和は、最後にそう言って首を振った。
「全くだ。三郎太さんのカリスマに嫉妬していたとしたのなら、俺の才能にも嫉妬しているのかもしれないしな」
 論太も、そう言って口をゆがめたが、冥月の目にはただ滑稽にしか映らなかった。
 裏世界で鍛えた人を見抜く目で、冥月は屋敷の住人達を具に見ていた。

■08:鹿島案子
 その頃、シュラインは、屋敷のキッチンにいた。屋敷の住人達は、それぞれの部屋へ篭っていたため、十分に観察できなかったのが残念に思う。
 しかし、そんなそぶりを全く見せずに、メイドの鹿島案子に話を聞いていたのだ。
 逆松家のメイドさんですものね、と、話を切り出すと、案子は顔を輝かせいそいそとシュラインにお茶を差し出し、自分も備え付けられたテーブルに腰を落ち着けた。
「いえね。あたくしは、これでも逆松家のメイドです。主人様方の秘密など、話せませんよ、ささ、お茶請けはお煎餅でよろしいかしら」
 シュラインは、差し出されたお茶を一口飲んでから、神妙にうなだれこう切り出した。
「それは、十分承知しています。ですが、迷える会長の言葉を、聞いてしまって」
「え? 迷える、とは一体?」
 シュラインの様子に、案子はごくり、と唾を飲み込む。
「私はどうしたのか、……混乱しているのだよ。何故、死んだ? 何が有った?」
 広いキッチンに、突然、亡き会長の声が響いた。勿論、それはシュラインの作り出した声だったのだけれども、案子は椅子から飛びあがり悲鳴をあげた。
「どうか、恐れないでください。会長は混乱していらっしゃいます。せめて死亡時の状況を説明して冷静になっていただきたいの。そのためには、鹿島さんの協力が必要です」
 会長の声を真似た直後だと言うのに、今度は穏やかな声で案子に助けを求める。
 シュラインの言葉に、案子はがくがくと震えながら、何度も頷いた。
「それでは、会長やお屋敷の皆さんの、予定や行動を聞かせてください」
 こうなってしまえば、後は簡単。案子は何度もどもりながら、事件当日の出来事を話した。
 まずは、客人を迎える立場の逆松一美、博信夫妻。
 彼らは一日をオフにして屋敷の準備に追われていた。用意などは使用人に任せれば良いと進言したのだが、それは受け入れられず、細かい指示をずっと出していたと言う。夫の博信は、それでも何度か夫妻の部屋でパソコンに向かっていた。この夫妻は使用人から見ると変わっている。妻である一美は毎日会社に出勤するのだが、夫は屋敷のパソコンに向かうだけ。ネットで指示を出すだけだと説明を受けた事があるのだが、案子には詳しい事は分からなかった。
「ご夫妻は、普段はとてもお忙しいのです。けれど、二郎様や美和様が帰っていらっしゃる時は必ずお休みを取られます。昼食はサンドイッチを歩きながらお食べになりました。そのうちに、皆様がいらっしゃって……。そう言えば、夕食後はお部屋に篭りっきりで、お二人で何かご相談されていましたよ」
「内容は聞こえましたか?」
「いいえ。お部屋のお掃除もお断りになられて……。けれど、夜の11時にはお部屋の電気は消えていました。お二人とも、いつもそのお時間に就寝されます」
 次に、一子についても話を聞いた。
 とは言え、一子については、ずっと部屋で寝ていた、と言うことだ。夕食はかろうじて皆と同席したが、それが終わるとすぐに部屋に戻ったらしい。
「一子様は、月に何度かそう言う風に寝込まれます。お元気な時には、お買い物に出られる事もありますが……」
 シュラインはメモを取りながら、相槌を打つ。興信所へ依頼に来たくらいだから、元気な時には動けるのだろう。
 さて。
 二郎は、夕食の直前に屋敷に現れたらしい。夕食の最中、両親……一美と博信に不義理を責められ、怒鳴り散らして途中で退席した、と言う。
「鹿島さんも、驚かれたでしょう?」
「ええ。けれど……、二郎様は、小さい頃から感情の起伏が激しくて……。ご両親と顔を合わせるたびに喧嘩をされます。一美様や博信様は、ずっとお心を痛めていらっしゃったと思いますよ。ああ、けれど、二郎様は旦那様、あ、三郎太様ですね、その自分の祖父にあたる三郎太様だけに、会いに来ているようでした。その、きっとお金、だと思います。一美様や博信様、一子様は、二郎様がお金を無心している事を知っていたのかもしれません。それで、余計に喧嘩を……」
 同じく、客の立場の川崎夫妻について。
 三和と論太は、午後3時頃屋敷に到着した。
 屋敷に帰省する時には、二人は決まって三和の部屋に直行する。その後、三和だけが一階の両親に挨拶をすませ、庭で花壇を見て回っていた。
「では、夕食まで論太さんはお一人で?」
「ええ。あの方は、その……ずっと部屋でギターを弾いていらっしゃいました。インスピレーション、と言うんですって。お掃除をしようかと伺いましたが、断られました」
 夕食には、二人揃ってダイニングルームへ現れ黙々と食事をしたらしい。
 その後、一時間ほどリビングで時間を潰し揃って部屋に戻った。
「確認しますが、夕食は午後6時。終了したのが7時ですから、二人が部屋に帰ったのは8時頃、と言うことになりますね」
「はい。それからは、またギターの音が聞こえていました。一美様達の就寝に合わせて音は消えまして……、深夜の一時にお部屋の電気も消えたと深夜番から報告がありました」
 最後は、亡くなった逆松三郎太。
 彼の一日は、普段と全く変わらない。
 朝5時に起床、雑務をネットで済ませ12時に昼食、昼寝は2時間。夕食までは読書を楽しみ、6時に夕食、9時就寝。
 シュラインが死体の有様を訊ねると、案子は顔をしかめ額に手をあててからぽつぽつと様子を語った。

□Intermission
 その日の午後、一同は持ち帰った情報を興信所で整理した。
 まずは、鹿島案子からの情報を元に、シュラインがそれぞれの行動を表にする。トヨミチもそれを手伝い、情報の補填を行った。

<前日>
 05:00 三郎太、起床
 06:00 一美夫婦、起床
〜12:00 三郎太、部屋で雑務。一美夫婦、屋敷内の指示。博信、数回自室へ。
 12:00 昼食。
〜15:00 三郎太、昼寝。
 15:00 川崎夫婦、屋敷到着。
〜17:00(推定) 三和、庭の花壇を散歩。論太、部屋でギター演奏。
 18:00 二郎、屋敷到着。夕食開始(三郎太、一美、博信、三和、論太、一子、二郎)。
 18:30頃 二郎、両親と喧嘩、途中退席。
 19:00 夕食終了。三郎太、一美、博信、一子、各部屋へ。一美、博信、リビングへ。
 20:00 一美、博信、部屋へ。
 21:00 三郎太、就寝。
〜23:00 論太ギター演奏。
 23:00 一美、博信、就寝。
 ※一子は、夕食以外は部屋で過ごした。

<当日>
 01:00 三和、論太、就寝。
 05:00 遺体発見。
 05:00過ぎ、案子、一美夫婦へ報告。

「案子さんの音は、とても嘘を言っているようには感じられなかったわ」
 シュラインは、最後にそう締めくくった。心音を聞き、興奮していたが、狡猾に嘘をついていたのでは無いと判断したのだ。
「屋敷の見取り図も作ったほうが良いね」
 タイムテーブルを確認しながら、トヨミチもペンを取る。器用に描かれた屋敷の図面は、それぞれの部屋の位置などが示された。
 一階は、リビング、ダイニング、キッチンと使用人部屋があり、二階はずらりと屋敷の住人の部屋が並んでいる。

<2階>
┏━━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃一 ┃二┃三┃四┃五┃六┃七┃八┃
┣━─┻─┻─┻─┻─┻─┻─┻─┫
┃ 廊下

 一:三郎太(二部屋を一部屋分として使用)
 二:空き部屋
 三:一美夫妻
 四:一子
 五:二郎
 六:川崎夫妻
 七:空き部屋
 八:空き部屋

 出来上がった図面は実にシンプルで、面白味はなかった。屋敷の主人である三郎太は一番日辺りのよい角部屋を使用。元々二部屋だったのを、壁を壊し一部屋として使っていたようだ。
 八の部屋の手前に階段がある。
 また、三郎太は部屋に鍵をかけずに過ごしていると言う。
「私が話を聞いた相手も、”言っている事”に嘘はなさそうだったが」
 冥月は、自分の感じた事を、話した。
「何だ? 何か引っかかるのか?」
 武彦は、歯切れの悪い冥月の言葉に眉をひそめる。
「いや、質問に対しての回答に、思った事を口にしたんだろう。そう思った事は嘘じゃない、と、そう言うことだ」
 冥月の答えに、武彦は腕を組んで唸った。
「ともあれ、事件の解決は理詰めで行きたいね」
 特に、屋敷の住人達には、特別な力や怪奇現象があるとも思えなかった。トヨミチの言葉に、シュラインが頷く。
「それから、三郎太氏の遺体についてだけど、正面からアイスピックで胸に一突き、だそうよ」
 シュラインは、案子から遺体についても確認していた。
 ベットの背に寄りかかるように、三郎太は死んでいたと言う。足だけに布団がかぶさっていたらしく、元々ベットに座っていたのかもしれない。
 アイスピックは三郎太の部屋に元から有ったもので、小型の冷蔵庫の上にいつも置かれていた。それは、三郎太の部屋に入った事がある者なら誰でも知っていたそうだ。
「鹿島さんが見つけた時には、アイスピックは刺さったままだったそうよ。血痕は、ベットのシーツにべったり。けれど、飛び散ったわけではなくて、滴り落ちた、と言うほうが良いみたいね」
 シュラインの報告に、武彦がうっと顔をゆがめる。けれど、すぐに表情を引き締め、気になる点を指摘した。
「それぞれの言い分と表を見てると、な、一人気になる事を喋っている奴がいるな。まぁ、情報不足なだけかもしれんが」

 さて、ある程度の情報は出揃った。
 ここで、一子の依頼を思い出す。
 すなわち、『誰が三郎太を殺したのか』
<To be continued>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6205 / 三葉・トヨミチ / 男性 / 27歳 / 脚本・演出家+たまに(本人談)役者】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。
 逆松家への潜入はいかがでしたでしょうか? 短い時間ですので、予定していた情報を全て引き出せたかは定かではありませんが、それでも事件解決の糸口は見えたのではないでしょうか。
 □部分は集合描写、■部分は個別描写になりますが、05〜08までは情報を共有するため集合描写としてノベルに記述しています。
 第二話もすぐに募集を開始しますので、よろしくお願いします。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。さて、事件は解決しそうでしょうか。それぞれがどのように行動したかを知るのに、最も有効な人物の指定を有難うございました。おかげ様で、かなり進展したと思います。
 それでは、二話以降も是非よろしくお願いします。