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夢狩人 〜始まりの夢〜
1.
奇妙な依頼が多いことはこの探偵事務所──草間興信所にとっては日常茶飯事だが、いま目の前にいる学生がその話をしたとき、草間の眉が寄せられたのには理由がある。
「最近、夢を見ないんです」
「悪いんだが、その夢っていうのは寝ているときのもののことで合ってるか?」
「はぁ、そうですけど……」
話の途中でそう尋ねられた学生は草間の問いに眠っている夢程度のことで依頼に来るなと言われるとでも思ったのか申し訳なさそうな表情になったが、それに気付いた草間は誤解を解くためか軽く手を振って先を促した。
「いや、夢の話でもこちらは聞くさ。詳しい話を聞かせてくれ」
「はぁ……」
その学生の話では、夢を見なくなったのはここ最近のことのようだった。
この場合の夢とは、先ほど草間が尋ねたように眠っているときに見る夢だ。その程度のことは普通ならば気にするようなものはほとんどいない。
しかし、その学生が言うには、夢は見られない、覚えていないのではなく夢自体を見ることが自分にはできなくなってしまっているような気がするというのだ。それも、何ものかの手によって。
「おかしなことを言ってるっていうのは、そりゃ自分でもわかってんです。でも、なんだか気になって。まるで誰かが夢を見るのを邪魔してるっていうか……」
「あるいは、夢を見ているかもしれないがそれを奪われているような気がする?」
「そう、それです」
草間の言葉に学生は我が意を得たといわんばかりに頷いてみせる。
「わかった、こっちで調べてみよう」
「え、ほんとに調べてくれるんですか?」
どうやら自分から依頼に来はしたものの、こんな荒唐無稽な話を信じてくれることもまして調査を引き受けてくれるとも思っていなかったらしい学生が素直に驚いた声を上げたのには流石に草間も苦笑してみせる。
「あのな、調べて欲しいから此処に来たんだろ?」
「は、はぁ……そりゃ、そうなんですけど」
「じゃあ、何かわかったり気になって聞きたいことがあった場合の連絡先を教えてもらっておいても良いかな」
草間の言葉に学生は携帯電話を取り出すとその番号を口にしようとしたが、何かを思い出したように草間がそれを制した。
「あぁ、いや。俺じゃなくて──あいつに教えておいてくれ」
その学生が振り返れば、そこには依頼してきた学生と同い年らしい男がひとりいつからいたのだろう草間が指差した場所に立っていた。
「ここのバイトだ。年も近いから俺より気軽に話せるだろ」
「濱路ってんだ。よろしく」
元気な笑顔を見せてそう名乗った濱路に対し、学生のほうも警戒した様子も見せず「じゃあ」と自分の連絡先を濱路に教え、よろしくお願いしますと頼んだ後事務所を出て行った。
その姿を見送った後、草間はやれやれと息を吐いて口を開いた。
「夢を奪われる、か。普段の俺なら寝直せとでも言うだけなんだけどな」
「でも草間さん、そうも言ってられないっしょ」
だって、と濱路は間を置かず言葉を続けた。
「同じ依頼がこんだけ続いてんだから」
2.
夢が見られない、夢を奪われているのではないか、そんなことを訴える依頼がここ最近草間興信所には立て続けにやってきていた。
依頼される内容はいままでいた学生が言ったものとほとんど同様だ。
ひとり目が依頼に来たときはさほど気に留めていなかった草間も、いまではこの件に関して疑念を持ち調べ始めている。
そして濱路にとっては、興信所のバイトとしてだけではなく彼自身の深刻な理由からこの事件に関して調査を行う必要がある。
いま目に映っている濱路は先程の学生と同じ年頃の何処にでもいる男性に見えるが、それは草間がその姿を思い浮かべたからだ。
濱路の正体は夢の産物、夢人だが、それがいったい誰が見ている夢なのか肝心の部分がわからないまま現実世界にやってきてしまっている状態なのだ。
精神体のときは特定の姿もなく靄のような存在だが、いまのように誰か(この場合は草間が)姿を想像してくれればその通りの姿を一時は持つことができるが、それもかりそめのものに過ぎない。
そのため、もしいま起こっている事件に夢を見ているものが巻き込まれ、噂の域をいまだ出ないとしても夢が奪われたり夢を見ることができなくなったとき濱路の存在自体も危ういことになる。
「っていうか、最近同じ依頼が来るの多くなってない? これって結構やばいってことなんじゃねぇの?」
夢を見られないという依頼が来る間隔が徐々に短くなり、その数も増えている。調べてみたところ、どうやら一部ではこの現象は噂としてかなり広がっているようだ。
わかっていることを整理しようと濱路はいままで興信所に訪れた依頼人の情報を見返してみた。
「えーと、いまんとこうちに来てるのは学生ばっかり。男も女もいるから性別とかは関係ねぇのかも」
「年が近いっていうのは何か関係があるのかもしれないな。他に共通点はないのか」
草間の言葉に、濱路はうーんと考えながらいままでにメールなどで尋ねた依頼人からの情報を見て回る。
「知り合いってことはねぇみたいだけどなぁ。いま来た依頼人の名前も他の依頼人に心当たりねぇかって聞いてみたけど知らないってさ」
被害者(と呼ぶべきなのだろうか)自身には交流がないらしいことはすでに草間たちも調べていることだった。
「ここに来ていない被害者や噂の情報で共通点は?」
「えー、それも俺が調べるの?」
「バイトなんだからそのくらいしろよ」
そう言われ、「わっかりました」と答えながらネットを見て回った濱路は次第にひとつのことに気付いて首をかしげてから口を開いた。
「草間さん、さっきの依頼人さ、……って遊園地行ったことあるかな」
「遊園地? そんな話は聞いてないな」
「なんかさ、夢が見れなくなる前に行ったところ教えてくれって頼んだら、みんな遊園地行ってるみたいなんだよね」
ほら、と受け取ったメールを草間に見せれば、そこに記されていた夢が見れなくなる前後の行動には全員同じ遊園地の名前がある。
「気になるな。確認してみてくれ」
「了解っと」
威勢良く答えてから早速濱路は先程聞いたばかりの依頼人の連絡先に気さくな文面でメールを送り、しばらく経った後にやってきた返信には確かにその名前の遊園地には行ったことがあるというものだった。
「……その遊園地に何かある可能性は高いな」
返事を聞いた草間は真剣な表情のまましばらく考え込み、「よし」と濱路のほうを見た。
「お前、ちょっとその遊園地を調べてみてくれ」
「え、俺が行くの?」
「当たり前だろ、お前ここのバイトなんだから」
「はーいはい。わっかりましたぁ」
人使い荒いよなぁと零しながらも、そのまま濱路は指示された通りの遊園地へと向かうことになった。
3.
目的の遊園地は、平日のためかさほど人の姿もないものだったが、聞いてみたところ休みのときはなかなか盛況らしい。
「こんなところで何か関係があるのかねぇ」
草間が想像した姿を保ったまま濱路は普通の客にまぎれてきょろきょろと周囲を見渡しながら遊園地の中を歩き回っていた。
置いてあるものも他の遊園地と変わらない、最近何か変わったイベントがあったということも特にないらしい。
「他にも共通点があって、そっちが実は関係ありました……なんてことねぇかなぁ」
もしそうだったら新たな共通点を見つけなければいけなくなるが、いまのところそれらしいものは見つかっていない。
手がかりらしいものもないままうろうろと遊園地を歩き回り、そろそろいったん帰るかなと思っていたところ、その声が聞こえてきた。
「キミ、そこのキミ」
聞き覚えのない声に周囲を見渡してみるが声をかけられそうな相手は自分以外にその場にはいない。
「聞き間違いじゃない、キミだよ」
そんな濱路の反応にくつくつと笑いながら再びそんな声がかかり、そちらを振り返ってみても濱路にはまったく見覚えのない男がひとりそこにはいた。
年は30過ぎだろうか、全身黒尽くめの姿はどう見てもこの遊園地の客としては不似合いであり、そもそもこんな場所へ好き好んで遊びに来そうなタイプには濱路にはまったく見えない。
振り返って顔を見てもやはり知らないその男は、笑みを浮かべてはいたがその笑みも何処か意地が悪く見え、なんとなく油断ができない相手のように濱路には感じられた。
「……えーと、俺になんか用? っていうか、どっかで会ったっけ?」
「いや、僕が知る限りこれが初対面だね」
じゃあ会ったことないってことじゃんと心の中で濱路が突っ込んだことに気付いているのかもわからないまま、男はくつくつと何が愉快なのかやはり何処か好感の持てない笑みを浮かべている。
「じゃあ、えーと、なんで俺に声をかけたわけ?」
「キミもどうやら遊ぶためにここを訪れたのではないように見えたからね。ひょっとしたら目的が同じなんじゃないかと思って声をかけてみたんだ」
「目的?」
男の言葉に濱路はますます警戒して尋ね返すと、男は笑みを浮かべたまま言葉を返した。
「夢だよ、眠るときに見る夢さ。どうやら最近、それが見れないと言う人が多いらしい」
「あー、なんか噂で俺もそれ聞いたような気がするなぁ」
噂自体を知っているものは少なくないが、関連があるかもしれない場所でその話題を出してきた男にとぼけるように濱路はそう言ったが、男のほうは不意に真剣な表情になり言葉を続けた。
「少しまじめに話そう。実は、その事件のことを調べているところなんだ。そして、どうやらキミもそれを調べているらしい。ひとつお互いの情報を交換したいと思っているんだがどうだろう」
「調べてるってことは、そういうのが仕事で頼まれたとか?」
「いや、個人的に調べているだけだ。そしてそれではあまりに集まる情報も少なくてね、ひとりでの調べものに限界を感じていたところなんだ。何か情報を持っていれば教えて欲しい」
先程までの何処か人を馬鹿にしたような態度とは打って変わった真剣な口調に、警戒こそ解いていないものの何か知っているかもしれないと感じた濱路は男の提案に頷いた。
「俺のほうも情報はほしかったところだったんだ。俺は濱路。で、えーと」
「あぁ、僕は黒川だ」
「じゃあ、えーと、どうも俺が調べたところなんかこの遊園地が関わってるみたいなんだけど、黒川さんもここにいるってことはやっぱりここが怪しいってこと?」
「どうやらそうらしいね。なら、この遊園地の何処が怪しいかは見当がついてるかい?」
「そう、そこがわからなくてどうすっかなぁと思って困ってたとこに黒川さんが声かけてくれたとこで」
「そうだね、例えば僕が誰かを狙うとする。遊園地なんて場所は人目につきやすい。人気のあるものならばなおさらだね。狙った相手に近付くのはなかなか難しいことは確かだ」
「でも、遊園地で狙われてるってことは間違ってないはずだから?」
「遊園地の中でも人目につかないところ、少数で行動しても怪しまれないところで僕なら待ち構えるね」
まるで自分が犯人であるかのようにそう語った黒川の言葉に、濱路は考えてからひらめいた場所へと向かうことにした。
目的の場所はお化け屋敷。あそこならば人目につきにくいのではないだろうか。
と、向かったところにちょうど「怖かったねぇ」などと言いながら出てきたふたり組の女学生の姿が見えた。
「ねぇねぇ、ちょっとお姉さんたち、ここってそんなに怖い?」
突然そう声をかけた濱路にふたりは驚いた顔をしたが、すぐにナンパか何かと思ったらしく濱路を無視して立ち去ってしまった。
その態度にちょっと話するくらいいいじゃんかと零しつつ、濱路はふたりの特徴を覚えておくことにした。
ふと気付けば、黒川の姿はいつの間にか消えていたが、これ以上この場所で調べることがいまあるようには思えない。
他の部分も調査し、怪しい箇所がないか調べた後、濱路は次に独自の『調査』を行うことに決めた。
4.
その夜、濱路がいたのは現実の世界ではなく濱路には馴染み深い世界──夢の世界にいた。
夢の持ち主はあの遊園地で見かけた学生のひとりだ。いまは姿を想像してくれるものもおらず、現実ではないため濱路の姿は捉えどころのない靄のようなものと化している。
(さぁって、なんか手がかりはーっと)
仮に手がかりがあった場合しかしいま夢を見ている女性が『犯人』に襲われたということになるのだから、手放しには喜べないところだが。
夢の中は濱路の姿同様捉えどころがなく荒唐無稽で突然の場面転換がやってきては現実では見ることができないようなものたちが入れ替わり現れては消えていく、そのどれもに濱路は妙な親近感を覚えてしまう。
「変わったところ、変わったところ……あれ?」
何本もの映画をまとめて見ているような情景を見ているとき、不意にそれが止まった。
「……なんだぁ?」
夢を見ている女性が目を覚まそうとしているからではない、突然、夢が途切れてしまった。まるで、回していた途中で再生を止められたように。
「止められたとしても、いま見ていた夢は何処行ったんだ?」
いままであったものが突然消え去ることなどない。何らかの痕跡は残るはずなのにそれもない。
いったい何が起こっているのか理解する前に、世界全てに靄がかかっていく。
このままでは、夢の中にいる濱路自身も危うい。そう感じた濱路は慌ててその世界から出て行こうとした。
そのとき、全てが靄がかかり消え去ろうとしている世界の中、ひとつだけ濱路の目を強くひきつけるものがあった。
ひとつの何処か不気味な雰囲気を漂わせている小屋だった。
(……お化け、屋敷?)
警戒しながら近付こうとした濱路だが、その耳元でその声が聞こえた。
『恐ろしい目に会いたければどうぞ中へ。けれどどうなっても知りませんよ?』
その声を聞いた途端、濱路は慌てて小屋から離れ夢の中から逃走した。あのままそこにいた場合の自分の身にいっそうの危機感を覚えたからだ。
そんな危機感を覚えるだけの悪意がその声には満ちていた。
「なんなんだよ、マジで何が起こってんだ?」
明日草間にどういま自分が体験したものを報告するべきかを考えながら、濱路は夢の中から脱出したが、後日、その女性が草間興信所の戸を叩くことになることをそのときの濱路にはわからなかった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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7483 / 梶浦・濱路 / 男性 / 19歳 / 夢人
NPC / 草間・武彦
NPC / 黒川夢人
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■ ライター通信 ■
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梶浦・濱路様
初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
濱路様自身が夢より生まれた存在という興味深い設定ということで、夢を奪われることに対して濱路様自身にも危機が及ぶかもしれないということからの参加ということですが如何でしたでしょうか。
黒川との接触は極僅かとなってしまいましたが警戒したままの形とさせていただきました。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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