コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


BRILLIANT TIME 〜first move〜

────総ては、あなたという時間を取り戻す為に。

【 01 : Tale 】

 厳しかった寒さも徐々に緩みを見せ始め、肌を刺す凍てついた風もいつしか心地良い涼風へと変化を遂げていた。黒々とした枝の先には芽吹く新緑がちらほら、百花が咲き乱れる季節の到来がそう遠くはないことを視覚からも教えてくれる。
 既にそんな時期かと頬を綻ばせ、街を歩いていた通りがかりにふと、昼なお薄暗き特別な店──「アンティークショップ・レン」の扉を開けた。常ならば、奥のカウンターには店主・碧摩蓮が煙管片手に片肘を突き、何の用かいまあ好きにおし、とさして興味引かれた風もない挨拶を寄越してくる、の、だが。
「ああ、いらっしゃいませ。生憎、蓮さんは留守にしておりますよ」
 店主の位置に座していたのは、濡れた様な銀髪と紫電の瞳を持つ美妙なる青年。知る者ならば承知の彼は、「レン」の中で一番美しい人形と自負するヒトガタ・嵯峨野ユキだ。
 彼は高名な人形(ヒトガタ)師・嵯峨野征史朗が世に残した最後の作品である。故あって、彼は亡き生みの親の魂を──それに辿り着くために“この世で一番美しいもの”を探しており、現在、征史朗の知己であった蓮の許で厄介になっている。
「蓮さんが何処に行かれたか、ですか? ……墓参りですよ、“主様”のね」
 それより、と彼は重そうに椅子から腰を上げる。カウンターに広げたのは、何枚かの紙と写真。資料です、と彼は言った。
「実は、つい数時間前に『月刊アトラス』編集長様の訪問を受けました。蓮さんへの言伝、として頼まれたのですが……聞いていただけますか?」

 碇麗香から持ち込まれた話を、ユキはかいつまんで説明した。
 ここ最近、若い女性ばかりを狙った通り魔が出るという。現在のところ被害者は3人、生前の彼女たちに何ら繋がりは無いものの、事件は関連性を疑われているとのこと。
 その根拠は、彼女らを死に至らしめた傷が、胴体を長く鋭利な刃物で一突き、または袈裟懸けと類似。そして全員の死因が、失血死ではなく衰弱死──言い換えれば老衰に近いものであって、まだ三十路にも届かぬ彼女らの遺体がまるで老女の様に干乾びた白髪姿で発見されたというのだ。

「しかもこの話には続きがあります。遡ること15年前から3度、どちらも5人、こういった事件が起きていることが確認されたそうです。間隔は今年も合わせれば丁度5年毎とか」
 敏腕編集長は事件を連続したものとして認識、記事として説明するため様々な仮説を考えた。内のひとつが、
「若い女性を老女に変えてしまうような刃物の存在。そういったモノを『レン』店主は知らないか──ということで、訪ねていらしたそうですよ」
 ユキはそこまで言い、ふう、と嘆息した。常の彼から考えれば、どことなく覇気のない表情。
 彼はちらりと、物憂げな視線を来客に投げ掛ける。
「何と表せば良いのか判じかねるのですがね……率直に申し上げて、気になるんですこの事件。ですから、」

 ────ご一緒に、深入りしてくださいませんか?



 その、同じ頃。
 碧摩蓮はとある寺院の墓地に足を踏み入れていた。
 明日が命日の征史朗は、此の地で祖父母と共に眠っている。此処に来るのも何度目か、思うでもなく蓮は想起する。花束を手にした墓所を訪れた自分は独りで、彼を無条件に慕っているヒトガタも店でまた、独り。
 彼の遺したヒトガタは、彼の言葉に従って熱心にその魂を探している。一方で自分は、彼の骨のみが埋められた墓標へと、毎年その死を確認しに来ている。
 蓮は考える。矛盾、だろうか。
 ────そう、なのかもしれない。
「浮かない顔、ですね」
 と、唐突に、声。
 いつの間にか俯いていた顔をはっと上げる。
 見れば、進むべき道の先、待ち構えるかの様に立っている影がいた。
 影──文字通り黒一色のが女学生服に身を包むその人物は、この季節だというのに夜闇色の日傘を差している。蓮が訝し気に瞳を細めるにつれ、影は傘の縁を徐々に上げていく。
 やがて現れたかんばせは、愛くるしい少女のそれだった。歳は14か15、愛嬌豊かなその少女はふふぅと笑んで、淡雪色の頬を押し上げた。
「初めまして、私はみよこ。鳥辺深夜子(とりべみよこ)、ですよ?」


【 02 : Trial 】

 汲み上げた井戸水の飛沫が手の甲にかかり、その冷たい雫を蓮巳零樹は微笑と共に見つめた。
 春の足音近しい今日この日、桶と柄杓を携え墓地の石畳を歩くのは、ひとえに祖父を弔うためだ。薊を抱いて歩く道すがら、膨らみ始めた桜の蕾を見かけ、やがて訪れるべき季節を思う。ああもうそんな時期。
 祖父の寝所へと懇ろに水をかけ、香を焚いて花を活ける。両手を合わせて黙祷暫し、さてゆるりと帰ろうかと踵を返したところで、立ち並ぶ墓石の向こうに見知った顔を見つけて驚いた。
「蓮さん」
 呼びかけというよりは思わず口をついた彼女の名。さして大きな声ではなかったが、辺りに人影も無い静けさだったので耳に届いたらしい。いつもの扇情的な服装よりは幾分か落ち着いたワンピース姿の彼女が、こちらを見留める。
「ああ、あんた。何だい、こんなところで」
「それはこちらの台詞。……そちらは?」
 落ち合ったところで彼女に連れがいることに気がついた。黒い学生服に同じ色の日傘を差す少女は、蓮の紹介を待たず自ら優雅に一礼した。
「お初にお目にかかりますわ。私は鳥辺深夜子と申します。碧摩さんのお知り合い、ですよ? ただ、一方的、ですけど?」
「それはご丁寧にありがとう。僕は蓮巳零樹。蓮さんの、双方向の知人、かな」
 にこやかに不思議な身分を明かした少女と対照的に、蓮は居心地の悪そうな視線を投げ掛けてくる。常に不遜な態度を崩さない店主の珍しい表情に興味惹かれ、重ねて来訪の目的を問いかけてみた。
「……墓参りだよ。ちょっとした、知り合いの」
「嵯峨野征史朗という人の、ですね?」
 言葉を継いだ深夜子に蓮が軽く瞠目する。一方の自分はその名に心当たりがあった。
「嵯峨野征史朗って、あの、人形師の?」
 “人形”と書いて、“ヒトガタ”とわざわざ読ませるモノを作るという人形師。ヒトに比すれば人形に近いが、人形としてはヒトに限りなく近いという、人の手によるヒト。
 嵯峨野征史朗は、そのヒトガタ師として高名であり、またその死をもってヒトガタ師自体が途絶えたと聞く。つまり、文字通り最後のヒトガタ師だった男だ、はずだ。
「ああ、あんたは仕事がそうだったね。そう、そいつの墓が此処にあるのさ」
「へえ、驚いた。高名な人形師の墓が、祖父のと同じ場所にあっただなんてね」
 不思議な縁もあるものだ。思い、零樹は切り出した。
「蓮さん、良ければ僕もご一緒させてもらっていいかな。一度挨拶してみたいんだけど」
「あら、それは賑やかしくて素敵だわ。碧摩さん、よろしい、ですよね?」
 横から攫う様な強引さを、深夜子は笑顔で口にする。蓮は、恐らく断りの言葉を考えて逡巡していたようだが、やがてそれを諦めたのか。
「好きにしとくれ」
 先に歩き出した蓮の背中と、それにぴたりとついていく深夜子を見比べて、零樹は興味深そうに目を細めた。



 靄が、在った。
 存在としての概念があやふやなために見えず掴めず形を成さない。だからそれは、靄、としか呼びようのない存在だ。
 靄はふわりふわりと街を漂い、気づいたらそこはとある店の中だった。まだ昼間だというのに薄暗い店内、陳列されていると思しきは埃を被った古物ばかり。棚に居並ぶ西洋人形の硝子の目と目が会って、その無表情な微笑、靄は──梶浦濱路はぎょえっと声無き声を上げた。
「5年ごとに5人の若い女性が犠牲になるのは……一度に蓄えることが出来る容量が、5年分の生気なのでしょうか」
 と、心臓(主観)をばっくんばっくんさせた濱路の耳に、透き通る声が飛び込んできた。
 見れば眼下、カウンターを挟んで3人の人物が向かい合って何か話している。先ほどの発言は杖を突いて椅子に座るスーツ姿の男性……いや女性か? あやっぱ男? きっれーな顔してんなぁ。
「1年に一人分の命が必要なのね、キリが良いこと」
 そう言って肩を竦めて見せたのは、隣の若い(今度こそ間違いなく)女性。意志の強そうな眼差しは、カウンターの内側にいる銀髪のチャイナ服……まー、男でも女でもどっちでもいいよなこれいい加減。とにかくその銀髪に向けられていた。
「つまり、傷を付けられることで……何と言うか、生命力のようなものを奪われた、と仰るのですね?」
「衰弱死っていうのを、単純に考えればそういうことでしょ?」
「私も同意します。とすると、考えられる犯人像は……若い女性の生気を必要とする人物」
「あら、人とは限らないんじゃなくて?」
 女の意味ありげな目配せに、スーツの男が瞬きを一つ。つまり、と女は続ける。
「生気は、刃物そのものが欲しているんじゃないかしら。作られた存在が命を宿すことは、ねえユキ、貴方が一番知ってるわよね?」
 つくられた。その言葉が濱路の漂う意識に引っかかった、ような気がした。ふわりふわりと形の無い身の儚き思考だから、気のせいだったかもしれない。
 ──けど。そだなあ、あいつ、あのチャイナ服。ユキていうの? 雪? 幸? あいつ、あれ、貌の左右が整い過ぎてて、人っぽくない、なんかそれこそ、作り物みてー。
「それは、」
 その作り物めいた唇が、慎重に言葉を選び、載せた。
「女性を傷つけた凶器そのものが、犯人であると?」
「そ。その刃が、生きるために犯行を重ねているって、私は思ってるのだけど?」
 女が腕を組み、ちらと横目に男を見る。男は人の良さそうなアルカイックスマイルを浮かべて、ふむ、と顎に手を遣った。
「私は違う犯人像を描きました。行っている人物と、生気を必要としている人物は別なのではと思います。刀が奪い、その生気を誰かに与えているのでは、と」
「じゃあ、その誰かさんは何を必要としているのかしら? 命? それとも、」
「美しさを」
 断言した男その人自身が、深森の奥に隠された湖面の様に静かで澄んだ、美貌をもつせいなのか。美しさ、そんなありふれた単語が、妙に重みを持って薄暗がりの室内に木霊した。
「例えば、美しい女性がいて。彼女が衰えゆく容姿を嘆き、鏡に映る己が美貌をいつまでもと願ったのならば。若いままの姿を維持出来るよう、様々な手段を講じてきたことでしょうね。年を重ねれば、さすがに誤魔化しきれませんから。────普通の人間は、時間には勝てません」
 男と女がそれぞれにユキを見る。ユキは下唇を指先でなぞり、少し思案する表情を見せて。
「どちらも魅力ある仮説ですね。訪ねて来てくださったのがお二人で良かった、実に、心強いですよ」
「ふふ。その言い方、もうすっかり私たちを深入りさせる気ね? 嫌だと言っても、本気じゃありませんよね? なぁんて、返されそう」
「違いありません」
 女がカウンターに肘を突いて身を乗り出し、男は楽しそうな表情で膝の上の指を組み変えた。



 嵯峨野家之墓、と刻まれた墓石は、他家のものに交じってひっそりと墓地の端に立っていた。石自体はさほど古く無さそうだが、所々黒ずみ、雑草も無遠慮に丈を伸ばしている。手入れする者がいないのだろうか。
 蓮は無言のまま墓標の前に屈みこむと、携えてきた花束を二つに分け、竹を模した花活けへ気だるい手つきで投げ込んだ。
 常の彼女らしくない憂い──いや困惑、もしくは苛立ちにすら見える複雑な表情。風除けのない小さな燭台に白い蝋燭を立て、燐寸を擦って──そこに微風。ああ火が消えてしまう。
「蓮さん」
 後ろに立つ自分が片手で囲いを作ってやる。彼女はちらと自分を見上げ、ありがとよ、そんな短い礼を述べると再び燐を擦り合わせた。
 朝焼けにも似た小さな明かりが蝋燭に移され、ゆらり、揺れる焔は頼りない。だが彼女は気にせずに目を閉じ両手を合わせ、見れば隣の深夜子もで、自分も似通った生業の男へと弔いの黙祷を捧げた。
「お久しぶりですよ。征史朗、さん?」
 クセのある語尾に目を開けた。蓮も同様に、不審そうに眉を寄せて見ていた。
 深夜子は、くすり、と唇の端で微笑った。



 その店には以前より度々足を運んでいた。
 というのも、都会のただ中にありながら不思議と静謐さを保っているその薄暗い店内には、自分の創作意欲を刺激する商品が多数陳列されているからだ。
 なのでバイトが休みだったその日、花鳶梅丸が偶々「アンティークショップ・レン」に立ち寄ったのは何も特別なことではなかった。怪しい何がしかが入荷されていれば拾いもの、と扉を開けて店内に足を踏み入れ、真っ直ぐ進んで店主の指定席であるカウンターに突き当たるまでは日常の範囲内だったのだ。
 ────予想外の闖入者の突撃を、背中に受けるまでは。

「えー。梅ちゃん先輩紛らわしいッスよぉ。ソワソワ店に入ってったら、フツーそっち系のアレでソレって思うッしょ? 俺に内緒で秘密のえろい店に行こうとしてっ、て慌てて追いかけて来たんスよ?」
「……勝手に後つけてきたんだろうが」
 梅丸は米神をかすかに引き攣らせた。
 バイト先の後輩である江口藍蔵が自分の前に現れたのはつい先ほどのことだ。「レン」に入り、店長不在の店番だという銀髪の青年に声をかけられた、ところへ急に「梅ちゃん先輩!」と背中をドーンと景気よく押された(むしろ突き飛ばされた)のだから、驚くな怒るなというほうが無理である。
 第一、こういう店で知人と出くわすのは正直好ましくない。自分の趣味を否定するつもりはないが、他人に知られると、つまり、ややっこしいのだ。
「で、」
 横でぶうぶうと下唇を突き出している藍蔵を放っておいて、梅丸は目の前の青年に向き直る。常ならば店主・碧摩蓮が煙管の煙をくゆらせているカウンターに腰掛けている青年は、思い返せば確かに店で何度か見かけた覚えがある。店員か何かかとあまり気に留めたことはなかったが、先刻名乗られたその名は、
「嵯峨野くん、だったっけ?」
「ユキで結構ですよ。嵯峨野ユキ、以後お見知りおきを」
 右手を前に、まるで貴族の様に嫌味な……いや優雅に一礼したユキは、濡れて見える艶やかな銀髪と陶器の様に滑らかな肌、そして硝子細工が如く透き通った紫の瞳が印象的だ。
「それより、梅ちゃん先輩。こンなトコに何しに来たんスかぁ? 先輩は違ぇっつったけど、んー……なーんかあ・や・し・い?」
 藍蔵は薄暗い天井を180度見渡して、視線が辿り着いたのは真正面のユキの顔の上。
「もしかして、新手のソープ? イメクラ?」
 突拍子も無いことを真顔で言ってのけた藍蔵に、梅丸は頭を抱え込みたくなった。何処の世界にこんなアンティーク取り揃えた風俗店があるんだっ!
「面白いことを仰いますね」
「あの、ユキくん。あまり気にしなくていいから」
「私は食わず嫌いはしない主義なんです」
「「は?」」
 ユキが組んでいた腕を解き、右手の人差し指を藍蔵の顎の下に添える。それをくい、と持ち上げて──自然、上向かされた藍蔵をユキが下から覗き込む姿勢となる。しかも、上目遣いで。
 呆気に取られている藍蔵を凝視すること暫し。やがてユキは手を離し、くすくすと口許を隠して含み笑いを浮かべ。
「まあ、いいでしょう。可愛い方に相違ありませんしね、ひとつ、巻き込んでみたくなりました。ええと、」
「あ? ああ、僕は花鳶梅丸。こっちは、バイト先の後輩の江口藍蔵で、」
「梅ちゃん先輩」
 紹介した矢先に、ちょいちょいと藍蔵に袖を引かれる。何だよ、と横を向けば、彼は虫でも飲み込んだかの至極嫌っそうな表情で。
「俺、男とかムリ。触られるのもかーなーり無理ッスよぉ。きしょい!」
 ────あ、なんか今、ユキくん辺りの空気がピシッて軋んだ。
「……ま、まあ、私は身体が男性の形に作ってありますからね。けれども、そういう性差を超えたものとしてヒトガタの美しさはあるわけで。第一私は主様の最高傑作なのですから、美しくて、人から愛される存在であって当たり前で、というかそうでなければ主様に申し訳が立ちませんからっ! きしょいとか言われるわけにはいかないのですよっ!」
 バンッ! 一息に、しかも青筋を立ててカウンターを掌で殴打つきでまくし立てたユキに、自分だけでなく藍蔵もぽかんと口を開けた。
「……あの、すまないがユキくん。怒ってることはわかるが、話が見えない」
「一を聞いて百を理解してください」
「んな無理だっつーのっ!」
 藍蔵の容赦ない裏手ツッコミが炸裂する。
 ユキは大仰に肩を落として息を吐き出し、
「仕方ありませんね。事件のあらましの前に、まずは私のお話を聞いていただきましょう。というか、正座して清聴賜らなければ貴方達極刑です」
 眼光鋭いユキの本気と書いてマジ! の視線に、藍蔵がひえええぇぇぇぇと情けない悲鳴を上げた。



 ヒトガタ、とは、人形。
 棚に並べられている、瞬きもしない硝子の瞳の可愛い女の子達と同じだけれども、彼女らに比すれば人間に近い。体温や内臓はもたないが、意思はあるし思考もし感情だってある。
 そのヒトガタを作り出す魔法の使い手が、ヒトガタ師。最後の一人であった嵯峨野征史朗という男が数年前に死去したため、現在はその技が途絶えてしまったらしい。──であるからして、嵯峨野征史朗の遺作こと嵯峨野ユキ、つまり彼が、文字通り最後のヒトガタなのだという。
 最後のヒトガタ師はその臨終に望み、作り上げた人形にこう遺言した。自分の魂は身体を出て、この世で一番美しいものへと生まれ変わる。だからもし自分と再会したかったら、この世の美しいものを探し歩いて、いつか自分に辿り着いてみろ────。
「というわけで、私は主様の魂を探しています。主様は素晴らしい方です、即ち、主様の手による私も讃えられる存在でなければなりません。その点重々ご承知おきください……って、言ってる傍から鼻提灯膨らませないでくださいます!?」
 ユキが、正座して白河夜船を漕ぎ始めていた藍蔵の肩を掴んで揺さぶる。藍蔵は応えることなくふああと欠伸なぞをして、
「俺、小難しいことわっかんねえし」
「〜〜〜〜!」
 長く熱い説明を一蹴されたユキの米神がぷるぷると波打っている。どうやらユキは藍蔵と根本的な何かが合わないらしい。先刻店を出ていった二人とは随分と勝手も態度も違うようだ。──ごしゅーしょーサマ?
 それよりも、と仕切り直したのは梅丸だ。カウンターの上の写真──確か事件の資料だったはず──を指して。
「ユキくん、君の身の上は理解したよ。それはそれで頑張ってほしいんだが、今僕達が話し合うべきは、こっちの、さっき言いかけてた事件についてじゃないかな?」
 梅丸の視線がしきりに写真に投げ掛けられている、ことに傍観者──つまり濱路は気づいた。気にしてないように振舞って、その実気になって仕方がない、というような、小刻みな一瞥だ。
 それが目に入っていたのかいなかったのか、ユキは未だ不機嫌晴れぬといった表情で事件について説明した。若い女性が被害者の連続通り魔事件、過去に類似の事件が確認されていること、そしてそれを解決してほしいというユキの個人的な依頼。
「あー、何かそれ週刊誌で見たことあるっスよ。へえ、これが、」
 藍蔵が写真へと手を伸ばした矢先、横から攫う様にして梅丸がそれを取り上げ、熱心に食い入るように検分しだした。
 斬られ、老化して死に至った女達。ってゆーかシワシワって、水かけたら元に戻るじゃん。あ、でも死んでるのか。些かずれた思考を取り留めなく浮かべているうちに、梅丸がはっと写真から顔を上げる。そして何故か、慌てた様に写真をカウンターに戻して小さくこほんと咳払い。
「あ、いや、無理に見てしまってすまなかった。死体だね、衰弱した死体。若い女性が醜く年老いた……死体」
 ちらっ、とまた隠し切れない一瞥。
 ……なーんかあの人、興味津々って感じ? 死体、好きなのかぁ? 人ってそういうもん?
「と、とにかく。折角頼まれたのだから、出来る限り力になろう。方法も、心当たりがある」
「あ、じゃあ俺も手伝うっスよ梅ちゃん先輩! 可愛い女の子を皺くちゃのババアにするなんて許せねェ! こう、D・Fクラスのたわわに実った乳を、ひなびた干柿にするなんて、くぅー! 俺の聖域を汚すなァ、犯人めぇぇぇ!」
「……言動に多分な不安を禁じえませんが、情熱は買うところですね」
 瞳の中に炎を燃やす藍蔵に、ユキは自分を納得させるように深く頷いた。

 梅丸と藍蔵が出て行った後の静まり返った店内。アンティークの柱時計が時を刻む音だけが響く中で、ユキが不意に天井を見上げた。
 視線が合った──のは気のせいだろう。自分は靄、実体の無い茫漠たる存在。
 しかしユキは、唇の端をかすかに吊り上げて微笑んだ。そしてこちらを“見た”。
「先刻から、何か感じているのですが……私の勘違いでしょうか?」
 おーやおや。どうやら自分は話しかけられたらしい。
 それならば、と自身を生身の男の形に「想像」し──具現化した両脚で以って板張りの床に降り立つ。
 ユキは突然現れた「自分」に驚かず、カウンターからでて手を差し伸べた。握手? と思うより先に彼が勝手に手を取り、シェイクハンズ。白い手はまた、冷たい手でもあった。
「初めまして、私は嵯峨野ユキ。貴方は?」
「梶浦濱路っつーの、ヨロシク。よくわかったなぁ、気づかないってフツー」
「ヒトガタは普通の人間より精神が敏感に出来ていますからね。ああ、ヒトガタというのは」
「うん、知ってる。さっき聞いてた。ちょっと長すぎで正直ウザかったけど」
「梶浦さん、口は災いの元ですよ?」
「目が笑ってないよちょっとちょっと!」
 思わず棚の影に隠れそうになるほどの紫の眼光を引っ込めて、「それで」とユキは仕切り直す。
「貴方はまた特異な方のようですが……どうでしょう、私に巻き込まれてくださいます?」
「巻き込むって、説明してた事件?」
 首肯され、うーんと斜め上を眺めながら考え、たのは一瞬で。
「オッケ。何か、感化されたっぽい」
「感化?」
 鸚鵡返しに頷いた。
「前の二人と後の二人、それからキミね。みんな事件にそれぞれ思うところあるって感じで? それ、俺ン中にキたみたいな?」
「では、手伝っていただける、みたいな?」
 口調を真似たユキに濱路はけらけらと笑った。



「遠い親戚、と申しますのが一番、ですね」
 征史朗との関係を問うと、深夜子はそう答えた。
 立ち上がった蓮と、自分の間に在る黒い日傘。柄に両手を添える楚々として上品な佇まいで、深夜子は墓石を見つめながら一人語りに話していく。
「彼の嵯峨野家と、私の鳥辺家。姓こそ違いますが、遠い昔には血よりも深い繋がりがあったと聞いております。ですから、遠い親戚と申しますのが適当、ですね」
 ふうん、と零樹は相槌を打つ。血よりも深い、という言い方が気になったが今は流すことにする。
「じゃあ、君の家もヒトガタ師なのかな。ああでも、今はもういないそうだから、ヒトガタ師、だった?」
 確か、ヒトガタ師は嵯峨野家のみからしか輩出されていなかったはず。聞いたところによると、血族内での技術相伝を守り通した故に高い品質を保ち、それが故にヒトガタ作りは広まらず今の絶滅を招いたと聞く。
 その嵯峨野家と関係がある家ならば鳥辺家も、と思ったのだが、どうやらその予想は外れたらしい。深夜子はふるると首を横に振って否定の意を示す。
「あれは嵯峨野だけのワザ。征史朗さんで最後、でしたね?」
 深夜子が不意に手を伸ばす。血管が透き通って見えるほどに白い手が墓石に触れ、そっとひと撫でして彼女は言った。
「報い、ですね」
 むくい?
 眉を寄せて鸚鵡返しした零樹に、深夜子はやはり微笑ったまま答えなかった。

 思いの外時間が経ってしまっていたらしい。茜色に染まり始めた西空を遙か眺めて、零樹は言った。
「ねえ、二人とも。何なら、僕が送っていってあげようか?」
「何だい、藪から棒に」
「最近また物騒な事件を耳にしたから。知ってる? 女性ばかり狙われてる通り魔の事件。綺麗な女性が二人して、こんな人気の無い道を通っていくなんて、心配だなぁ」
 墓地のあった寺は駅から少し距離がある。また道中は住宅地であるものの空き地も多い閑散とした場所で、自分の主張には確かに筋が通っていた。
 しかし、それだけではないのは口許に浮かべた笑みから伺えようか。──つまり、もうちょっと話していたいな。
「あたしは別に構わないけど」
 蓮は横目で深夜子を示す。深夜子は眉を寄せて、困った様な微笑を浮かべた。
「申し訳ありません。実はもうすぐ、迎えが来るの、ですよ?」
 深夜子が寺の白壁沿い、一方通行の道の向こうを見遣る。それが合図であったかの様にエンジン音が遠くから響き、ほどなくして深夜子と同じ黒い車体が、丁寧な速度で滑り込んできた。
 運転席のスーツの男が車を降り、無言のまま後部座席の戸を開けて深夜子を迎える。傘を閉じた彼女は車内に入り、パワーウインドウを下げて「それでは」と会釈をした。
「お会いできて光栄でした、蓮巳さん。蓮さんはまた──近いうちに、ですね?」
「近いうち?」
 訝し気に問い返した蓮を置き去りにして、深夜子の車は発進する。走り去った残響が一陣の嵐の余韻として漂い、やがてそれも霧散していった。

 結局蓮を「レン」にまで送り届けた頃には、辺りはすっかり夜の帳に覆われていた。零樹は店の前では別れず、店内に招かれる。道すがら、蓮に頼んだからだ。
 ────ヒトガタを、見せてほしいな。
 嵯峨野征史朗の人形を自分はまだ見たことがないから、と話すと、蓮はそれは当然だと答えた。
「ヒトガタは、店に並べるようなもんじゃないからだよ」
「うん?」
「ヒトガタ師は依頼されて初めて、その主のために人形を製作する。つまり、生まれてくるヒトガタは命を授かるより以前に、自らの“主”が決定しているってことだね。特定の誰かのために生まれ、製作者から主へと手渡される。だから、市場に出回ったりはしないのさ」
 ふうん、と相槌を打ち、薊の髪を撫でる。
「それは残念。この子に新しいお友達を見つけられると思ったんだけど、期待が外れたね」
「……まあ、商ってはいないけど、一体ならうちにいるよ」
 そう言った蓮は何故か、溜息の様に細く長い息を吐き出した。

 帰宅した蓮は奥のカウンターへと進む。時間を問わずに薄暗い店内は静まり返り、誰の気配も感じられない。
「悪いね、留守番してるはずだったんだけど、どうやら出かけちまったみたいだ」
「その、ヒトガタが? ええと確か、ユキくん」
「嵯峨野ユキ。自分を創った男に心底惚れているもんで、わざわざそいつの名字をもらったドラ息子だよ」
「じゃあ、嵯峨野氏……征史朗さんが創ったのかな?」
「ああ、しかも最後の一体だ。要は、遺作ってやつだね」
 それはますます見てみたかった。そう思い暫く待ってみたがユキは帰って来ず、あまり遅くなってはいけないからと自分は腰を上げた。
 蓮に見送られて店を出る。何故だか一度後ろ髪を引かれて振り返ったが、その時にはもう彼女は店の中に戻った後だった。



 「レン」を後にした梅丸と藍蔵は、梅丸の先導により近くのネットカフェに入った。二人掛けのベンチシートへサービスのジュースを持ち込み、キーボードを叩き始めた梅丸に藍蔵はおまけで買ってきたたこ焼きを頬張りながら問いかける。
「何してんスかぁ?」
「調べもの」
 簡潔に答えられては取り付く島も無い。どうやら梅丸は検索サイトやどこぞの巨大掲示板を開いて、何か情報を得ようとしているらしい。
 相手をしてもらえなくなった藍蔵は、雑誌コーナーで掴んできたグラビアを開こう──として、ユキから借りてきた写真を一枚摘み上げた。絶対他人には見せない明日には返す、という誓約を立てさせられた上で持ってきた死体の写真。当然見て気持ちのいいものではない、第一干柿だ。
 ちら、と横目で窺えば梅丸は無言のままページを次々に開いては読破していっている。藍蔵は口をへの字に曲げて、それから眼鏡を取り出した。装着したのは何も近眼だとか老眼だとか、そういう類ではない。写真から人体を透視するためだ。
 気合を入れれば体内まで透かし見れる、ある意味とても藍蔵らしい能力を行使する。ミイラの様に縮んでしまった皮膚への外傷は、確かに斬られたと思しきものしかない。内臓は艶やかな色を失っており、ユキが「死因は老衰」と言った意味がしみじみと理解に染みこんでくるような気がした。
「かわいそうっスよねえ」
 ぽつりと漏れた呟きが、液晶画面に熱中している梅丸の耳にも届いたらしい。場所柄、潜めた声で返される。
「彼女達、今際の際に絶望しただろうな」
「お、梅ちゃん先輩カッコイイこと言う」
「大きな傷を負わされて、どくどくと血が流れ出て、美しい顔が見るも無残に崩れていき、自慢の黒髪が真っ白に変色していくその恐怖……」
「ちょ、ホラー小説!」
 って、あれ? 先輩、ちょっと笑ってる?
 藍蔵は二三度瞬きをする。見直してみれば、梅丸は眉を寄せいっそ厳しい表情をしていた。先刻のは気のせいだったのだろうか。
「……なかなか出てこないな」
 カカッ、と梅丸が中指でキーボードの端を叩く。画面を覗き込んでみればどこかの掲示板、暗めの色使いのページを読もうと身を乗り出すと、何故かとても嫌そうな顔をされたのですごすごと戻る。
「何調べてるんスか?」
「事件が15年前から始まってるってユキくんが言ってただろ? 遡って事件の全貌をって思ってたんだけど……話題は出てるのに、どれもこれも推測と煽りだ。使えない。ここ辺りの住人なら、趣味で情報を蓄えてると踏んだんだが……」
「はー。何かあったんスかねえ、15年前。俺が、3歳? あ、2歳?」
 指を折っている間にも梅丸はリンクを辿って情報を探しているようだ。
 と、マウスをクリックする手が不意に止まる。何ごとかと見る前に、彼が低い声で読み上げた。
「人影を見た……って、本当かこれ? 今から5年前の事件、現場の近くで女子中学生、もしくは女子高生の姿。人が死んだことは次の日の朝し」
「ジョシコーセー! ブレザーよりセーラー服っスよねえやっぱ! あぁ、制服のエロ写真集とかここ置いてねえかな、むふふふぅ!」
「…………」
 と、その時。
 コンコン、と戸がノックされて二人は同時にびくっと跳ね上がった。ネットカフェの個室に訪問を受けるなんてそうそうない、驚いた二人が顔を見合わせていると同じ調子でノックが重ねられた。
「はい」
 梅丸が返事をするが向こう側からの声は無い。
「すいません、うるさかったですか?」
 藍蔵を睨みながら梅丸が言うが、やはり何も返ってこない。────な、何だか気味が悪いぞ。
 焦れた藍蔵は梅丸が止める間もなく一気に戸を開け放ち──そして飛び出しそうになった悲鳴を慌てて飲み込んだ。
 ダブルのスーツに身を包んだ屈強な男が二人、腰を屈めて「Come on」のジェスチャーを示していた。



 凶刃に倒れた女性達は皆、夜も深まった時刻に一人で歩いていた。
 今年の事件が起きた場所は確かに分散しているが、先立つ事件が起こった場所からはあまり離れていない場所で、次の年も誰かが殺されている。つまり長年に渡る一連の事件として見れば、範囲は案外限定されているということだ。碇の資料によればそれは警察やマスコミも気づいているらしく、警告やパトロールの強化などが行われているとこのことが付記されていた。
 しかし万全の対策をしても、悪意をもってすり抜けようとすれば出来ないこともない。事実、今年も既に3人が被害に遭った。夜に徘徊する刃は、女性を殺傷するという明確な目的をもって獲物を探しているのだろう。
 女性達の共通点は、調べた範囲では洗い出せなかった。強いて言えば10〜20代と若いこと、体型が標準以上で見目もそれなりに良いこと。弱い女性ばかり狙うなんて許し難いが、ある意味これは好都合だ。
 ────つまり、若く美しい女ならば狙ってくれやすいってことよね?

 コツコツコツ、と自分の歩く足音だけが夜闇に高く響く。折りしも今夜は新月、濃密な闇に塗り込められた景色はいっそ息苦しさすら感じる。まるで深海に溺れたかの様。
 徐々に湧き上がってくる焦燥と不安。通り魔、という得体の知れない存在が脳裏を過ぎり、恐怖に駆られた歩みが自然と速くなる。こんなことならば残業なんてしなければ良かった、早く家の扉を開けて安心したい、早く帰ろう、早く……。
 と、そんな彼女の前に──ゆらり。揺らめく様に角から現れた影があった。
 突然の異物に、彼女はぎくりと身を強張らせる。夜の中でなお黒、と認められるほどに全身闇一色の影。背丈は自分より低いだろうか、体つきは華奢で女性──いっそ少女の様に見える。しかし明かりの届かぬ場所とはいえ、影には手足や顔の色がない、黒しか見えない。怪しい。
 逃げなければ、咄嗟に思うのに、足がアスファルトに吸い付いて動けない。影はこちらに近づいてくる、手を伸ばす──いや、あんな長い手はない。何かとても長い棒の様なものを持って、それを突きつけようとしているのだ。
 彼女は足の裏を無理矢理一歩後ろに退がらせる。黒い人型は徐々に距離を詰めてくる。彼女は目を見開き悲鳴を上げ────。
「なーんて、ね? お芝居はここまでよ」
 突然、闇の中に煌くものが出現した。背後から照らす街灯の微弱な光を、それは何倍にも強めて反射している。
 影は驚いた様に足を止めた。逆に彼女は──蒼凰を手にしたしえるは、優雅に艶笑を浮かべて地を蹴った。
「私に勝てるとか、逃げられるなんて思わないでね」
 横一閃、切先の残像が白く弧を描く。
 それが消えぬ間に剣を構え直し即座に斬り返す。ぎりぎりで避けた影は悲鳴を上げて空中に跳ぶ。それが弾ける様に霧散し、夜の中に同化した。
 見失った? 目を眇め凝らしたしえるに、
「はいちょっとストップですよ! ターイム!」
 思わぬところから、思わず知った声で制止が入って、今度こそ本当に瞠目した。
「ユキ、貴方、何してるの?」
「恐らく、貴女と同じことです。……これって、連絡不足だった私の失点ですかね」
 先ほど影が出てきた角から駆け寄ってきたユキは、腰に手を当ててやれやれと首を振る。そして首を斜め上空に捻ると、「大丈夫ですよ」と声をかけた。
 それに答えるようにして、若い男が中空から現れ、トン、と爪先で降り立った。
「うっあー、マジびびったしィ! もう超カンベン、三枚に下ろされるっつーの」
「失礼ね。やるなら一刀両断、背骨まで絶ってあげるわ」
 驚くことなく言い返すしえるは、蒼凰を消した。出所からして十分過ぎるほど怪しい男だが、ユキの知り合いならば敵ではないだろう。
 お互いの素性が明らかになったところで、しえるは自分がセオリー通り囮捜査を試みようと思った経緯を手短に話した。ユキと男──梶浦濱路というらしい──も、大体同じ目的で捜索していたらしい。
「私達はまず、前回の犯行現場に行ってみました。梶浦さんが先刻の様な姿をとっていたのは、現場の残留思念からイメージを受け取ったのだそうです。詳しい説明は省きますが、被害者が最後に見たものが、あの」
「影?」
「んー、何か、もやもやでふにゃふにゃで……あんま見えなかったのか、つか犯人なんてマジマジ見ないかぁ? どーなのそこんとこ?」
「ま、とにかくですね。犯人っぽい格好でうろついていたら、犯人が釣れないかなと思いまして」
 しえるは苦笑した。
「ユキって、やることが結構大雑把よね。カワイイこと」
「お褒めに預かり光栄です」
 違うって。
「それにしても、お互い思惑が外れてしまいましたね。わかったことといえば、犯人はやはり武器のようなものを持っていたこと、でしょうか」
「ああ、あの長いの? あれ何?」
 象った濱路自身が訊ねるのだから、ユキもしえるも「さあ」と首を傾げるしかない。
「私が見た感じじゃ、やっぱり剣の形に思えたけど。でも随分長かったわよね、1メートル……もっとあったかしら」
「それ振り回して人殺しでしわしわ? おっかねーの」
「そうね。女の命ばかりでなく若さまで奪うなんて、悪趣味にも程が……って、どうしたのユキ?」
 言い差したところで傍らのユキが額を押さえ俯いているのに気がつく。と、そのままがくりと膝を追ったものだからさすがに驚いた。
「ちょっとユキ、ねえ、いきなり何よ」
「申しわ……ありま、せ……急に、苦し、息が……」
 肩を掴む自分の目の前で、屈んだユキが前のめりに倒れる。ユキ! と呼んだ自分の声が、夜の中で木霊した。



「……っていうワケで、通りまで出てタクシーを拾って、ユキを連れて帰ってきたの」
 しえるの話に、セレスティは頷いて納得の意を示した。
「それはお疲れ様でした」
 深夜の、「アンティークショップ・レン」でのことである。
 しえるの後ろでは、濱路がカウンターにつっぷしてへばっている。男手ということで、彼がユキの身体を担いで運んできたらしい。
 売り物の椅子に腰掛けている自分の後ろには、二人の青年が居心地悪そうに立っている。そして全員の視線の先、円卓の上で仰向けに寝かされているのは、気を失ったままのユキだった。
「その、いいかな」
 青年の内の一人、梅丸が挙手をして発言を求める。
「急に息苦しくなったって、彼は持病でも?」
「梅ちゃん先輩、あれ人形っつってたじゃねえっスか。人形ってビョーキしないっしょ?」
「人形ったって……人間みたいじゃないか」
 しえるとセレスティはちらと視線を見交わす。首を横に振ったのは二人同時だった。
「あんなの初めてよ。基本的にあのコ、元気と調子は頗るイイの」
「今日お会いした時も、気分の悪そうな素振りは見せませんでしたしね。医者に診せるのならば手配しますが、人形を診断するのは難しそうです」
「あー……息はしてたみたいだけどぉ?」
 ひらひらと、濱路が重たそうに上げた手を振る。
 状態が案じられるが、今のところ目が覚めるのを待つしかないらしい、との暗黙の了解が広がった。
「じゃあ、話を変えましょ。そっちの二人、どこで拾ってきたの?」
「近くのネットカフェで、うちの車にご招待しました」
 まあ、としえるが大袈裟に眉を上げた。
「財閥の総帥様が、意外なところに行ったわね」
「ふふ。諸事情により」
 梅丸と藍蔵にとっては青天の霹靂だったスーツの男の襲来。有無を言わせない迫力に負けて個室から出てみれば、店の外に高級そうな車が横付けされていた。招かれた後部座席に座っていたのは、目が覚めるほどに美しい外国人らしき男。呆気に取られて誰何も出来ないでいると、彼は微笑みこう言った。
 ────同じものを調べていらっしゃいますね?
「過去の事件の情報を集めるため、ネットも使いました。そうしたら、同じようなサイトに執拗なほどアクセスしている存在を見つけまして。お話だけでも聞いてみようかと」
「だからって、どうしてそんなすぐ場所が特定出来るんだ……」
 セレスティは梅丸に振り向き、人差し指を唇に当てた。
「企業秘密です」
 ともかく、そういった経緯で話をしてみたら、依頼主が同じだと発覚した。お互い得た情報もあったので一度「レン」に持ち込んでみようかとやって来たら。
「店はもぬけの殻、しかし鍵は開いたまま。そこに、貴女がたが到着したというわけです」

 犯行現場から立ち去ったらしい女学生の姿。
 影と見紛う漆黒の、長い剣を持つ少女の姿。

「じゃあ、犯人って、女の子? 元気のいい子じゃーん、すっげー」
 冗談なのか本気なのか判然としない濱路のコメントを、セレスティは微笑を浮かべて受け流す。
「もうひとつ、付け加える情報があります。既出のものに繋がりはしませんが……生気を吸い取るモノ、について」
 披露したのは、車中で連絡を受けた蒐集家の話だ。あくまで噂でしか聞いたことがないが、と先方は前置きしてそのモノの名を言った。
「時計です」
 とけい? と全員分の鸚鵡返しが重なる。
「私は耳にしたことがありませんから、極々一部の間でしか流布していない噂でしょう。何でも、人の命を吸い取る時計があるのだとか。詳しくは、お話しくださった方も知らないとのことです」
「それじゃあ意味ナイっスよー。もう、エロ本あげるからとか言って吐かせなきゃダメダメじゃんっ!」
「……頼むから少し黙っていてくれ」
 梅丸が頭を抱えた、その時。

 ────リリリリリリリリリリ。

 けたたましい呼び出し音が静寂に慣れた鼓膜を劈いた。音源を探して見回せば、カウンターの上の電話が身を震わさんほど盛大に鳴っている。
 どうやら商品ではなく実用だったらしいそれが大音量で催促を繰り返す。皆の注視を受けたのは一番近くにいた濱路。仕方なしに受話器を取り上げた。
「あー、もしもしぃ? 出前?」
 ────あ、向こうでなんか絶句したっぽい。
「何言ってるのよ、ここは『レン』! 『アンティークショップ・レン』!」
 噛み付く勢いで訂正を入れたしえるの声が通話口にも届いたのだろう。相手が小さく笑う声が聞こえた。
『良かった、番号間違えたかと思ったよ……ふあ、夜更けに悪いね。僕も眠いんだけど、どうしても気になっちゃって』
「どなたからですか?」
「誰だおまえー? って、訊かれたんだけど」
『僕? 蓮巳零樹。君こそ誰かな、って、まあそんなのはどうでもいいか。蓮さんはいる?』
「れんさん?」
 首を傾げて、聞き耳を立てている一堂を見渡した。はっとした表情を見せたのは、しえるとセレスティ、そして梅丸だった。
『今日、彼女と偶々会って、夜の浅いうちに店に送っていったんだけど。何だろ、今そこにいる? って、どうしても訊きたい気分』
「蓮さんって、あの女店主のことだよな。今日はずっと見てないな、そういえば」
「お墓参りに行ってたはずだけど、でも……」
「現在不在であること自体はいいとしても、鍵が開いていたのが気になりますね」
『ねえ、いるの? いないの? 早く答えてくれないかなぁ?』
 回線の向こうで気だるそうに言う零樹に、濱路はこう答えた。
「しーらない」


(続く)


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ) / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2577 / 蓮巳・零樹(はすみ・れいじゅ) / 男性 / 19歳 / 人形店店主】
【2617 / 嘉神・しえる(かがみ・しえる) / 女性 / 22歳 / 外国語教室講師】
【7483 / 梶浦・濱路(かじうら・はまぢ) / 男性 / 19歳 / 夢人】
【7484 / 江口・藍蔵(えぐち・あくら) / 男性 / 17歳 / 高校生エロハンター】
【7492 / 花鳶・梅丸(はなとび・うめまる) / 男性 / 22歳 / フリーター】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話になっております方、そして今回初めましての方、皆々様こんにちは、辻内弥里です。
この度は当「異界」にご参加くださいましてまことに有難うございます。大変お待たせいたしまして、申し訳ありません。
今回は連続3回の内第1回目ということで、事件への関わりを中心に描写させていただきました。第2回目の募集開始はは5/19を予定しております。OP公開など告知していきますので、懲りずに(…)次回も是非お付き合いくださいませ。宜しくお願いします…。
また今回ですが、PC様によってある場面・無い場面がございます。他の方の文をお読みになられますと、違った側面が見えてくるかもしれません。

>江口藍蔵様
初めまして。お会いできて光栄です。そんな初っ端から遅延でお届けで申し訳ないです…。
今回初めて書かせていただいたので、描写や台詞など違和感ございましたら是非ご指摘ください。また先輩との距離感もこんな感じで宜しいでしょうか?
ちなみに死体には斬られた傷しかなく、抵抗などの打撲は見当たらなかったようです。
次回もお付き合いただけますと幸いでございます。

それでは今回はどうもありがとうございました。
またご縁いただけることを祈りつつ、失礼致します。

辻内弥里 拝