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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


アリアとお花見
●オープニング【0】
「お花見なんぞ、やる気はあるかい?」
 4月に入ってすぐのこと、アンティークショップ・レンを訪れていたら、店主の碧摩蓮から唐突にそんな風に声をかけられた。
 時期も時期、桜は見所だ。この週末など、お花見をするのならいい機会かもしれない。しかし、何故に蓮がそのようなことを聞いてくるのだろうか?
「なーに、暇だったらちょっと連れてってもらえないかと思ってさ」
 と言って、フッと笑う蓮。その視線の先には、せっせと商品の埃を払っている居候のアリアの姿があった。
「ま、色々と体験させてやった方がいいだろうしねえ。上野とかじゃなくて、近場の公園でもいいさ。場所とか諸々任せるから、土曜日辺りどうだい? あたしは店があるからパスだけどね」
 ……ほんと、つくづくアリアのことを気にかけてますね、蓮さん。
 しかしながら、別段その申し出を断る理由もない。さあ、ちょっくらお花見にでも出かけますか?

●場所は何と……【1】
「はー、よく考えたものねー」
 大量の荷物を抱え、感心したように隠岐明日菜はつぶやいた。
 目の前には枝振りも咲きっぷりも見事な1本の桜の樹が立っていた。周囲に自分たち以外の者は居らず、お花見をするにはまさにもってこいの場所であろう。
「ここなら人も少ないし、落ち着いた場所……よね、何事もなければ」
 明日菜はくるっと振り返り、荷物を持ってやってくるシュライン・エマに話しかけた。
 場所決めは他の者に任せていた明日菜であるが、出来る限り人が少ない落ち着いた所という希望を出していた。この場所はその明日菜の希望に沿った場所であった。
「でしょう? 昨今、飲食伴うようなお花見が許可されている場所も限られているし。その点、ここなら私有地だしゆっくりお花見も可能だもの。電気ガス水道と揃っているし。普通に見て回るだけなら、新宿御苑や小金井公園もよかったんだけど……桜の種類も多いし」
 その言葉からして、場所の選択をしたのはシュラインであるようだ。しかしながら、都心部にこのような人が来ないお花見スポットなどあっただろうか……?
「うむ、お主たち来たのぢゃな」
 と、そこに別の声が割り込んできた。
「あら嬉璃ちゃん、と恵美さんも。今回は無理言ってごめんなさい。どうもありがとうね」
 シュラインが割り込んできた声の主――嬉璃とその後ろに居た因幡恵美に挨拶をする。嬉璃と恵美が居ることからして、ここがどこであるかは容易に想像がつくことだろう。そう、ここはあやかし荘の敷地内なのだ。
「いえいえ、歓迎します」
 にこっと微笑む恵美。その前ではうんうんと嬉璃が頷いている。
「見る者があってこその桜ぢゃ。少しでも多くの者に見てもらえるなら、この桜も喜んでいるぢゃろう」
 桜の美しさは人を魅了する。だがしかし、それは見る人があってこそ魅了するほどの美しさを発揮出来るのである。人の住まない山奥などに行けば、きっとここよりもとても美しい桜も存在しているやもしれぬが、それはただそこに存在している桜にしか過ぎない。見る者が居なければ、美しさも何も意味は持たないのだから。
「ありあしゃん連れてきたでぇすよ♪」
 その時、元気のよい声がこの場に響き渡った。見れば右手に荷物を持ったアリアの頭上にちょこんと乗った露樹八重の姿があった。『連れてきた』というか……『連れてきてもらった』といった感じが強い光景ではあるが、八重が道案内をしてきたのだからここはやはり『連れてきた』で合っている訳で。
「今日はどうもありがとうございます」
 頭を下げて挨拶をしようとしたが、頭上に八重が居ることを思い出して下げかけた頭をまたすぐに元に戻した。
「ありあしゃんどうもありがとうでぇした♪」
 それに気付いた八重は、ぴょこぴょこんとアリアの肩を経由してから地面へと降り立った。
「荷物も持ってくれてどうもありがとうでぇすよ♪」
 にこぉと笑って礼を言う八重。……って、アリアの持ってる荷物はあなたのですか。
「はい、いらっしゃい♪ そうそう、今日来たがってたのが居たんだけど、アリアによろしくって言伝とこれ預かってきたから」
 と言ってアリアに荷物を見せつける明日菜。荷物の中身は、その来たがっていた者が作った大量の料理が詰められた重箱である。何でも極度の桜花粉症なのだそうで……そりゃ来れませんわな。
「そうですか。ではどうぞよろしくお伝えください」
 明日菜にぺこんと頭を下げるアリア。相変わらず礼儀はきちんとしている娘である。
「ともあれ、せっかくのお花見なんだから楽しまないとね♪」
「……どうやって楽しむのが正しいんでしょうか?」
 アリアが明日菜にそんな質問をする。明日菜は一瞬考えてから、こう答えた。
「それはおいおい分かるから。とにかく体験してみるのが一番!」
 妥当な答えである。
「ええと、シートはこの辺りに敷いて……」
「あ、お手伝いします」
 シートを敷く場所を決めようとしていたシュラインに、恵美が駆け寄ってゆく。お花見の準備は着々と進んでいた――。

●花より団子【2】
「皆、飲み物はあるのぢゃな? では乾杯なのぢゃ!」
 準備も無事終わり、嬉璃の乾杯の合図でお花見は始まった。ちなみに飲み物はといえば、
シュラインがポットに入れてきた温かいお茶だったり、八重が水筒に用意したココアであったり、はたまた明日菜が持参したドイツビールだったりと見事にバラバラだったりする。
「くーっ、やっぱり桜を見ながらのビールはいいわよね!」
 口元を軽く拭いながら、何ともたまらないといった様子で明日菜が言った。と、嬉璃から突っ込みが入る。
「お主、今、桜は見てなかったぢゃろ」
「目で見てなくても全身で感じてたのよ」
 ……明日菜さん、それ酒飲みの言い訳のような気がしなくもないのですがー。
「ちょっとお料理多くなっちゃったかしら?」
 シュラインが思案顔でつぶやいた。というのも、シュラインも料理を詰めた重箱を持ってきていて、ここに先述の明日菜の持参した重箱も加わっている訳である。この場に居る6人で食べ切れるかどうか、ちと悩ましい。
「大丈夫ですよ。後で柚葉ちゃんたちも来ると思いますし」
 そう恵美が言うと、嬉璃が大きく頷いた。
「うむ。柚葉のみならず、三下の奴が帰ってきおったら、たっぷりと食べさせてやればよいのぢゃ。彼奴も泣いて喜ぶぢゃろう」
 いや、それって別の意味で泣くと思いますが。ああ、この場に居なくても不幸な奴……三下忠雄。
「クッキーもあるでぇすよ♪」
 と言って、八重が自分が焼いてきたクッキーの入った容器をぺしぺしと叩いて示した。
「あら、これ八重ちゃんが焼いたの?」
「はぁいなのでぇす♪ ありあしゃんと食べようと思ってたくさん焼いたのでぇすよ♪」
 シュラインの質問に八重はそう答えたが……たくさんと言う割には、普通くらいの分量に見えるのは目の錯角であろうか。
「ふむ、これはなかなか美味ぢゃのう」
「ほんと、美味しい!」
 さっそくつまんでみた嬉璃と恵美が、クッキーの味を褒める。結構いける味らしい。
「……でも不思議なのでぇすよ」
 首を傾げる八重にシュラインが尋ねた。
「何が不思議なの?」
「焼く前の生地にくらべて、焼いたクッキーの量が半分もないのは何故なんでしょーか……」
 遠い目になる八重。まあ、そうなる答えを言ってしまえば非常に簡単だ。自分で作りながら、『味見』という名のつまみ食いを幾度も繰り返せば当然減ってしまう訳で。しかし気にすることはない、そんなのはよくある話だ……たぶん。
「ん?」
 その時、明日菜はアリアがじーっと自分の手にしているドイツビールの缶に視線を注いでいるのに気付いた。そして、にんまりとして、ビール缶を指差した。
「興味ある?」
「お花見は何を飲んでもいいんですか?」
「もちろん! たっぷり持ってきてあるから、はいはい飲みなさい」
 と言って、明日菜は有無を言わさずアリアにビール缶を握らせた。
「何なら甘口の日本酒でも……」
 日本酒も持ってきてたんですか、明日菜さん。
「アリアちゃん、無理しなくてもいいのよ?」
 横からシュラインが口を挟んだ。プログラムに年齢はないから未成年飲酒ということにはならないのだろうが、アルコールが合う合わないはやはりあるはずで。シュラインが気遣いの言葉をかけるのも無理はなかった。
 だがアリアはふるふると頭を振ると、こう答えたのであった。
「いただきます」
 そして缶を開け、こくりこくりとビールを体内に流し込んでいった。
「ごちそうさまでした」
 ちょっとちょっと、一気飲みですかい、アリアさん?
「……一気に飲まなくていいのよ? ゆっくり、ね?」
 危ないと思ったのだろう、シュラインがアリアにそう注意する。
「そうそう、桜を愛でながら味わって飲みましょ。ゆっくり風景を見て、情景を楽しむ……それがお花見の醍醐味。その合間に、料理をつまんでお酒も飲んで……これもまたお花見の醍醐味♪」
 と言って、2本目のビール缶を手渡す明日菜。……こりゃとことん飲ませるつもりですな。
(酔ったアリアってどうなるのかしらね……)
 明日菜さん、明日菜さん。何か目が輝いてますがー。
「そういえば……ねえ、アリアちゃん」
「はい、何でしょうか?」
 ビールを飲んでいた手を止め、シュラインの方へ向き直るアリア。
「『白銀の姫』でもお花見イベントってあるの? ああ、当時は実装されてなかったかもだけど……」
「花の咲き誇る名所はあったはずです。イベントと言われると記憶にありませんが」
「そうなの。だったら、期間限定で桜で宴会や屋台のイベントとか面白そうよね。モンスターたちも交えて」
 そうシュラインが言うと、アリアはゆっくりこくんと頷いた。
「そうですね。あると、よいかもしれません」
 アリアが頭上の桜を見上げる。
「……この、桜とともに」
 しばしそのまま、アリアは桜を見つめていた……。

●その表情が今日の全てを物語る【3】
 その後、やってきた柚葉や帰ってきた三下も交えてお花見は続けられ、夕方になる頃にはお開きということになった。大量の料理も見事に平らげられ、帰りの荷物も非常に楽になったというものだ。
「……強いわねー」
 明日菜はアリアを見て感嘆の言葉を発していた。というのも、ビールやら日本酒やらをたっぷりと飲んだはずなのに、当のアリアは顔色も変わらずけろりとしていたからである。
 余談だが、三下は嬉璃に命令されて無理矢理飲まされるはめになり、ビール1本で潰れていたりする。……ほんと不幸な奴である。
「お酒、美味しかったです。ごちそうさまでした」
 ぺこんと頭を下げるアリア。……あなた、ざるを越えてわくですね。酒が引っかかりすらしません。
「お茶もココアも美味しかったです。お料理やクッキーも」
 アリアがシュラインや八重の方にも向き直り頭を下げる。……って、何か飲み物が凄いちゃんぽんになってませんか?
 そしてすくっと立ち上がると、アリアは桜の樹に近付いてすっと枝に手を伸ばした。
「あ、ありあしゃん、桜の樹の枝は折っちゃだめでぇすよ?」
 八重が慌てて注意する。が、アリアは桜の枝を折ろうとしているのではなかった。ただ手を伸ばして、桜の感触を身体で味わっていたのだ。
「……いい香りがします」
 アリアはそうつぶやくと、くるりと皆の方に振り返った。
「お花見って、とても楽しいものなんですね」
 桜の樹の下で、アリアが微笑んでいた――。

【アリアとお花見 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
          / 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 2922 / 隠岐・明日菜(おき・あすな)
                  / 女 / 26 / 何でも屋 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変長らくお待たせさせてしまい誠に申し訳ありませんでした。ここにようやく、アリアのお花見初体験の様子をお届けさせていただきます。
・桜はいいものです。宴会などしなくとも、公園でただぼーっと見ているだけでも気持ちがいいものです。ただそこにあるだけでいいのです。桜自身が魅了しているのですから。今度見る桜はどのように魅了してくれるのか、高原は今から楽しみです。
・高原の記憶が間違っていたらあれなのですが、アリアが微笑んだのは今回が初めてなのではないかと思います。それだけ、今回のお花見に対しては思う所があったのかもしれません。
・シュライン・エマさん、141度目のご参加ありがとうございます。桜はただ見て回るのも楽しいですが、こういう時はやっぱりどうしても宴会がセットになっちゃいますよね。アリアの様子からすると、いずれ『白銀の姫』に、とお花見イベントが実装される日が来るのかもしれませんね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。