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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible 2nd ―巽―



 難しい顔をしているフェイを、嘉手那蒼衣は見つめた。
 また敵が現れたのだけは確かだが、フェイは眉間に皺を寄せて視線を伏せ、腕組みして突っ立っている。
 先月の彼の言った言葉が思い出された。
 恐ろしいものが……いる。この町に。
 死の恐怖に背筋が冷える。その恐怖を紛らわせるのはフェイへの気持ちだ。
 これは恋、なのだろうか。よくわからない。ただ……彼と一緒に居たい。そして自分を殺すのは確実に彼だろう。これだけは安心できた。
(こんなことで安心しちゃうあたしも、変だけど)
 敵と戦うフェイを心配する必要はない。自分は、彼においていかれないように懸命に走ればいいのだ。
 でも。
(フェイを怯えさせる何かが……いる)
 それがもしダイスなら、本を狙ってくる……。破壊するために。
(破壊って……本が破壊されたらフェイはどうなるの?)
 本人に訊くのは、怖い。
 本は隠しておきべきだろうか。どうしよう。
「ご主人」
 声をかけられて、蒼衣は軽く瞬きした。
 フェイは視線をあげてこちらを見てくる。
「行くか」
「つれていってくれるの?」
「当たり前じゃないか」
 さらりと言われて、嬉しくなった。
「うん」
 精一杯明るく言う蒼衣とは違い、フェイの表情は沈んだままだった。



 フェイに背負われたままの蒼衣は、尋ねる。腕には本を抱えていた。
「ねえ、本を隠したほうがいいのかしら?」
「ん?」
「今日は持ってきたけど……」
 もしも。
 ぞくっとして、蒼衣は口をつぐむ。
(もしも、フェイが別のダイス……ううん、ワカラナイ何かに負けたら…………)
 やだ……怖い。
 口元が引きつった。
「隠す必要はないだろう。隠しても見つかる時は、見つかる。いつも持っていてくれたほうが自分は嬉しいが」
「えっ」
 今度はドキッとしてしまう。フェイの顔は見えない。
「本は自分の分身だからな」
「そ、うなの?」
「そうだ。だが戦闘時以外は持ち歩かないほうが賢明だろうな」
 そう言ってから、フェイは何かを見つけたようにハッとした。
「ご主人、降ろすからそのままそこで待つんだ」
「フェイ?」
「……鳥だ。鳥が感染している。空中から攻撃されては守れない」



 フェイに置いていかれた蒼衣は、心配して何度も空を見上げた。
 こんなひと気のない場所に一人ぼっちにされて、心細くないといえば嘘になる。それでも、フェイのほうが心配だった。
 彼の言う……敵ではないナニかが現れなければいいけれど。
 寂しいビルとビルの間。その隙間から見える空は濁った夜の色をしている。
「嘉手那……さん、だよね。こんなところで何をしてるの?」
 背後から声がした。
 黒いシャツと黒のジーンズを着た少年がこちらに向けて歩いてくる。見覚えのある茶色の髪は柔らかく、優しそうな表情と合っている。
 ――だれ、だっけ?
 そう思ったのは一瞬で、よく見れば彼は蒼衣のクラスメートだった。確か名前は……。
「湯川……君」
 湯川キラ。確か祖父母のどちらかが外国の人だとか。
「危ないよ、女の子がこんなところで」
「なんで……?」
「なんでって……。あぁ、そっか。学校では僕、優等生ってことになってたっけ」
 少し照れ臭そうに笑うキラは頬を掻いた。
「僕を見たこと、ナイショにしてくれる? 嘉手那さんがいたことも黙っててあげるからサ」
「…………」
 こんな、人だっただろうか? 学校で見かけるキラは異性、同性に関係なく人気がある。人当たりもよく、教師たちからの信頼も厚い。
 呆然としている蒼衣を不審そうに見てくるキラは首を傾げる。
「あー……えっと、僕、いないほうがいい……かな」
 苦笑してからキラはきびすを返して歩き出した。ふと、こちらを肩越しに見てきた。
「早く帰ったほうがいいよ。もう深夜だからね。じゃ、また明日学校で」
「あ……湯川、君」
「ん?」
「…………」
 なんだか、変だ。胸の奥がもやもやする。
 蒼衣はクラスメートの彼に興味はなかったし、悪い印象もない。でも……なんだろうこの感覚は。
 違和感、だ。
「湯川君て……そんな黒い服着てた……?」
「えぇ?」
 彼はいたずらっぽく微笑む。
「学校の制服だって黒じゃないか」
「あ……そ、そうだった、ね」
「今まで嘉手那さんと話したことなかったけど、けっこう面白い子なんだね」
 屈託なく笑うキラは「それじゃ」と片手を挙げて去っていった。それを瞬きしながら見つめていた蒼衣は、空を見上げた。
 そうか……こんな風にクラスメートに会うこともあるんだ。そうか……。

 でも――?




 一撃で、粉砕……だ。
 フェイはビルの屋上に立ち、夜風を受けて空を見上げる。都会の空は明るくて嫌いだ。
(また、来るだろうかあの亡霊は……)
 すべての感染した鳥を破壊したフェイは、安堵して主人のところに戻ろうとした。ぎくっとして振り向く。
 黒い神父服の男が立っていた。
「……っ」
 フェイは怖気というものを感じる。
 また、だ。
 ダイスの姿をした、ベツモノ……。
「…………」
 そいつは口を開いた。そして、緩く閉じる。何か言いかけて、やめたように。
(この間の女とは違う……)
 なぜ。なぜ。なぜ、だ?
 柔らかい茶色の髪が風になびいた。優男の印象を受ける。だが、ダイスならば恐るべき戦闘能力を持っているはずだ。そのように、作られたのだから、当然だろう。
(ダイスならば、本の持ち主がいるはずだ……。気配は感じないが……)
 もしも蒼衣が攻撃されれば終わりだ。蒼衣が持っている本はフェイの……。
 男は、わらった。
 歪んだ笑みだ。
「………………」
 おそろしい。
 フェイは咄嗟に逃げ腰になる。こんなモノと戦って意味があるのか? 感染者でもないというのに。
 一歩、そいつはこちらに向けて足を踏み出す。フェイは後ずさりしかけたが踏みとどまった。
 ダイスだというならば……戦闘能力はほぼ互角。差があるとすれば主人の覚悟の違いだ。
(ダイス、なら……)
 黒い衣服はダイスの象徴だ。けれど……ダイスであるならば……。
(この違和感は、なんだ……?)
 心配なのは本だ。蒼衣はここから離れたところに居る。フェイにはわかる。だが、こいつがダイスならば主がいるはず……蒼衣と接触していなければいいが……。
 男の唇が微かに動いた。何かを、囁く。
「?」
 聞き取れなかったフェイは怪訝そうにするが――。



 そっと隠れるように待っていた蒼衣の元に、フェイが戻ってきた。彼は安堵したように微笑む。
「よかった……。無事だったか、ご主人」
「う、うん。フェイは、無事?」
「…………」
 表情を曇らせるフェイは、呟く。
「先月現れたのと似たようなのが、出てきた」
「えっ……!」
 驚いて目を見開く蒼衣に、フェイは素っ気なく言った。
「…………ダイス、だったの?」
「わからない。だが……破壊した」
「破壊……? 勝ったの?」
「勝った、のだろうか……」
 よくわからないという様子で呟くフェイは顔をしかめる。そして蒼衣を見遣り、微笑んだ。
「帰ろうか、ご主人」
「……うん」
 帰るまでに、また学校の知り合いに会わなければいいけれどと些細なことを考えた。
「あのね」
「ん?」
 俯きそうになるが、こらえる。まっすぐにフェイを見上げた。
「あたし、何ができるわけでもないけど……本からも、フェイからも絶対離れない。私はフェイの主なんでしょ?」
「…………あぁ」
 そうだな、とフェイは頷く。
(一緒に居たい……)
 フェイと一緒に居たい。自分の最期の時まで。
(……あたしを殺すまで、死なないで……絶対に)
 もっと……気持ちを伝えられれば。どうしたら、いいんだろう。
「暗いぞ、ご主人」
 きっぱりと、蒼衣の頭の上でフェイが言い放った。表情は明るい。それを見て蒼衣は安堵した。あぁ、フェイ、だ。
「こうして自分は無事だった。だからいいじゃないか」
「そう、ね」
「よし。では帰ろうか!」
 手を引かれた。冷たい手だ。こんなに冷たかっただろうかと蒼衣は驚いてしまう。
 にかっと笑うフェイは、ふいに表情をきりっとさせた。目が真剣だ。
「……何かあるかもしれない。本は、常に持ち歩いたほうがいいかもしれないぞ、ご主人」
「え……? フェイがそう言うなら、そうするけど……」
「ご主人はダイス・バイブルとうまくシンクロできていないからな……。今回はそれが良かったのかもしれない」
「どうして?」
「……シンクロ率があがれば敵に見つかりやすくなる」
「…………」
 ひょいと背中におぶられる。自分とは違った、広い背中だ。温かみはない。
「行くぞ、ご主人」
「うん」
 その呼び方、どうにかならないかな……。
 主人ではあるが……さびしい。
「次の戦いはあたしも一緒に行くから」
「ん? だが殺されても知らないぞ」
「……大丈夫。フェイと一緒だから」
 あたしを殺すのはこの人だから……。
(でも、フェイってにぶそう……)
 人の心の機微には疎そうなイメージがする。こちらの心の動きになど、注意を払ってくれるタイプではないはずだ。
 フェイはタッと音をさせて跳躍した。



 次の日……いつも通りの日常が始まる。
 フェイは戻ってくると再び本の中に消えてしまった。その時は、さびしい。
 まるでフェイのことが嘘みたいに、太陽はのぼった。養母に起こされて、学校に行く支度を始める。
(…………)
 ふと思い出した。そういえば昨日、湯川キラに会ったのだ。……本当に言わないでいてくれるだろうか? 男の彼とは違って、女である自分はかなり体裁を気にしなければならないから……心配だ。
(でも、そうなったら…………家を出たほうが、いいよね)

 蒼衣は不愉快な気分が胸の奥底で揺らめいていることに気づいていた。それは登校中も、そして学校に到着した今もずっと続いている。
 鞄を抱くようにして教室に入る。あぁ、まただ。違和感だ。
「おはよう」
 室内から声をかけられた湯川キラだ。
 彼は蒼衣に気づいて軽く手を振るが、すぐに話していた男友達との会話に戻ってしまう。
 ……なんで、こんなに平和なんだろう。イヤに、なる。
 フェイは、誰にも知られずに戦っているのに。そしてあたしは、彼に殺される運命にあるのに。どうして……。
 こんなにも、ココは平和なんだろう。
(まるで、ニセモノみたい……)
 夜の戦いのほうが、あんなにも現実に満ちている――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】

NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉手那様。ライターのともやいずみです。
 さらに謎が……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。