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<東京怪談「雪姫の戯れ」・雪姫と戯れノベル>


雪ん子とんとん

「暖房器具が壊れた!?」
 草間興信所では、所長の草間が妹の言葉に嘆き声を上げていた。
「冗談じゃない! この寒さの中暖房なしか……!?」
「来年買い換えるつもりだったのよ兄さん。まさかこの時期にまだいるとは思わなかったから」
 零は申し訳なさそうに言う。
 と――
 ひゅう、と隙間風が興信所内を駆け抜け、草間はぶるっと体を震わせた。
「さささ、寒すぎる……何なんだこの異常気象は」
 あやかし荘に来ている雪の姫のことを知らない彼は、ただひたすら己の体を抱きしめていた。
「兄さん」
「何だ零。……ああジッポ、寒い、せめて小さな暖を」
「兄さん……お客様」
「は? こんな時に依頼に来る変わり者がどこに――」
 言いかけて、草間は客用ソファにちょこんと座る、7歳ほどの和服少女を見つけた。
「……どちら様?」
 おかっぱの白い髪。深い紅色の瞳に問いかけると、少女はにこりとして、
「ここ、あったかくないのー」
 と間延びした声で言った。
「そそそそりゃ暖房がないからななな。そそそそれよりお前さんははは」
「あたし雪ん子なのー」
「雪……っ!?」
「遊びに来ちゃったー。てへ」
 頭に手をやって、かわいらしく舌を出す。
「ここねーここねーすごく居心地いいのー」
 全然嬉しくない。
「さ、さっさと元の場所に帰りなさい」
「えーやだよー」
 それにさそれにさ、と少女は言う。

「大事なリボンー、なくしちゃったのー。捜してー」
「リボン……?」
「髪結ぶリボンー。赤いのー」
「そんなもん自分で捜せ!」
 子供相手に少々大人気なく草間は言いつける。
 自称雪ん子はぷうっとむくれた。
「だってだって、あのリボンー、あたしの手から離れるとー、魔物寄せちゃうんだもんー」
「………。はああああ!?」
「今頃色んな魔物にくわえられてるかも。あは」
「もうそんなもんあきらめろ!」
「やだやだーあれがないと帰れないー」
 雪ん子は駄々をこねた。
 心なしか、事務所内の寒さがいっそうひどくなった。
「捜してくれないとー、ここ凍らせちゃうよー」
「分かった! 分かったから!」
 草間は慌てて言った。
 まったく、暖房がなくて震えてる隙にとんでもないものが入り込んでしまった……

 ■□■□■

「武彦さん、はい毛布」
 シュライン・エマは事務机の椅子に座った草間を包むように毛布を渡した。
「ああ、ありがとうシュライン」
 草間はほっとしたように、毛布の中で縮こまった。
「今温かいコーヒー淹れるから、待っていてね」
 と有能な事務員は台所に行く。
 ややあって、薫り高いコーヒーの香りがただよってきた。
 その香りを思い切り吸い込んで、草間は心から安堵した。
「あー、やっぱり寒い日は温かい飲み物に限るな」
「なによーその感覚はー」
 自称雪ん子は唇をとがらせる。「あたしー、冷たい飲み物の方が好きー」
「………」
 想像しただけで体の芯が凍るような気がした。
 草間がぶるぶる震えていると、「お待たせ武彦さん」とシュラインがコーヒーを手に戻ってきた。
 草間の事務机に湯気の立つコーヒーカップを置き、彼の傍らに立って優しくその背中をさする。
 それを見ていた雪ん子が、
「わー、らぶらぶー」
 と茶化した。ばか、と草間は半ば照れて雪ん子をにらみつける。実際シュラインとは婚約者なのだから、恥ずかしがることではないのだが。
「ねえ雪ん子さん。お名前は?」
 シュラインは小首をかしげて尋ねた。
 白い娘はぱたぱた両手を振り、
「あたしはねー、雪ん子ー」
「……つまり、名無しか」
 草間が嘆息する。
 シュラインは草間の背中を撫でさすりながら、続いてリボンの質問に入った。
「リボンの太さは? それと長さは?」
「んっとねー、こんくらいー」
 雪ん子は手を使って、とてもアバウトな表現をする。それでも、形状を知るには充分だ。
「なくした時のこと覚えてる? どこでなくした、とか。何をしてた時なくした、とか」
「んー……」
 雪ん子は大きく首をひんまげる。「歩いてるとちゅうでなくしたー」
「どんな道を歩いていたのかしら」
「はやしのなかー。それから、うらみちー。涼しくて気持ちいいのー。そしたらこのビルが見えてきてー」
 そんな経緯でここまで来たのか。頭を抱えたくなってくる。
 ええと、とシュラインは苦笑いをした。
「じゃあ、その道筋をたどってみましょうか……武彦さんも、動いてる方が体も暖まると思うもの」
「この寒いのにか……?」
 草間は情けない声を上げる。
 不思議なことに、シュラインは草間ほど寒さを感じていない。何か違いがあるのだろうか――シュラインは雪ん子に、思いついたことを言ってみた。
「ひょっとして、今武彦さんに“取り憑いて”いる状態なのかしら?」
 雪ん子は無邪気に大きくうなずいた。
「うん! その人ー、とってもそばにいやすいのー! その人のそばにいるとー、リボンなくてもあたし実体保てるのー」
 ちょうどコーヒーを口に運んだ草間が、うわっと声を上げる。
「コーヒーまで冷たい!」
「え?」
 淹れたてのコーヒーだ。そんなはずはと言いかけたシュラインだったが……雪ん子に取り憑かれている草間には、温かさが感じられないのかもしれない。
「……武彦さん、我慢して」
 背中を優しくさすりながら言うと、草間は諦観の表情でうなずいた。
「ははは……俺はどうせそんな人間さ……」
「やけにならないで」
 シュラインは苦笑した。歩くことで草間の凍え加減を軽減させようとするのは、どうやら無駄なようだ。
「ここはとりあえず……寒さは我慢して、リボン捜索に精を出しましょう?」
 草間は疲れたように首を縦に振った。

 久しぶりに零にも同行を頼み、雪ん子とシュライン、草間と零の4人で外へ出た。
 外は冷たい風が吹きすさび、横殴りに頬を打ってくる。もはや「寒い」ではない。「痛い」だ。
 シュラインも草間もマフラーに首をうずめて、はあと吐息をこぼす。
 1人、雪ん子だけは元気いっぱいだ。
「いーいてんきー! いーいかぜー! これも姫様が外に出られたおかげー!」
「……姫?」
 草間が聞きとがめたが、雪ん子は道路に躍り出して聞いていない。
「くーるくーる、踊っちゃう〜」
「踊ってないで道案内をしてくれ」
 草間が凍えた声で言った。雪ん子は弾んだ足取りで、「えっと〜」と呑気に辺りを歩き回る。
「こっちだっけ? あっちかな。どっちかな」
「おいおい……忘れたとか言うなよ。勘弁してくれ」
「むー。楽しいのにー」
 ふくれると白い頬に赤みが差す。まるで人間のようだ。シュラインは少しだけこの雪ん子に親しみを覚えた。
 しかし今は、微笑ましいなどと思っている場合ではない。
「零ちゃん」
「はい」
 シュラインの助言で厚着をしている零が、雪ん子からシュラインに視線を移す。
「悪いのだけど、零ちゃんの力を借りてもいい?」
 零はにこりと微笑む。了承の意だ。シュラインはうなずいて、
「空から魔物らしい姿や、気配の探索をお願いできる?」
 零は人間ではない。空を飛ぶことぐらい造作ないことだ。
「分かりました」
 零は素直にうなずき、ふわっと足元を浮かばせる。
「気をつけろ、零」
 妹煩悩な草間が心配そうに言った。
「私たちは下から捜索よ、武彦さん」
 シュラインは草間の腕をつつく。草間は、ああ、と吐息とともにつぶやいた。
「……あの雪ん子がまともに俺たちを案内してくれる気になったらな……」

 ひとしきりくるくる踊り回った後、ふと空を飛んでいる零に興味を持ったのか、雪ん子は上空を見上げて動きを止めた。
「わー、おねーさんがとんでるー」
「間抜けな感想だな……」
「雪ん子さん、早くしないとリボン、魔物に取られちゃうわよ?」
 シュラインは努めて優しく言った。
 とたんに、雪ん子の顔色が変わった。いや、白いままだったが、雰囲気が変わった。
「やだー! やだー! 大切なリボンー!」
 ばたばたと両腕を振り回して暴れ出す。シュラインは慌ててその両腕を押さえ、「だから、早く案内してくれる?」と言い聞かせた。
 むう、と雪ん子は頬を膨らます。
 放っておけばかわいらしいのだが。武彦さんとの子供はこんな元気な子がいいかしら……今はそんなことを考えている場合ではない。
 雪ん子は周囲をぐるりと見渡して、
「んーと。たぶん、こっち」
 と路地裏を指差した。
 風の通る音も寒々しい、ビルの谷間だ。草間が心底嫌そうな顔をした。
「……仕方ない。行くか」
 雪ん子がてってと歩き出すのを見て、彼は盛大にため息をつく。
 吐く息は白く染まっていた。

 零が上空をさまよっているのを時々確認しながら、シュラインは先頭を行く雪ん子に尋ねていた。
「リボンに寄ってくる魔物の傾向とか、分かる?」
 くわえられている、という表現からして、獣系かなと当たりをつけていたら、その通りだったようだ。
「んとね。犬」
「犬?」
「それとね。鳥」
「鳥……」
 ついばまれているところを想像して、シュラインは心配になった。ぼろぼろになっているのではないだろうか。
 ……ぼろぼろになっていたら、この雪ん子は帰れなくなるのだろうか。
 もしそうだったらどうしよう。考えたら急に焦燥感が襲ってきて、「急ぎましょう!」とシュラインは雪ん子をせかした。
 愛らしい少女ではあるが、帰ってくれなければ草間が凍え死んでしまう。そう思って。
 雪ん子はてとてとと歩いていく。ビルの谷間は風の逃げ道がなく、ビルの壁に当たって跳ね返ってくる。
 痛い風を浴びながら、首をすぼめてシュラインと草間は進んだ。
 一本道、ではあった。
 だが、行けども行けども魔物が集まっているような気配はない。
「おい、この道で本当に合っているのか?」
 草間ががくがく震えながら問う。雪ん子は、んーと指を唇に当てた。
「たぶんー」
「多分じゃ困るんだ。おい――」
「だってあたしには、景色が全部同じように見えるんだもんー」
 雪ん子はまたぷっと膨れた。
 滅多に町に出てこない(妖怪だか何だか分からない)彼女。そんな少女にしてみれば、ビル群の間など、見分けはつかないだろう。
「……魔物が集まってくると言っても、悪さをするわけではないのよね?」
 シュラインははふ、と白い息を吐きながらつぶやいた。
「暴力沙汰は避けたいところだわ」
「そうだな……」
 草間の場合は、その気力がないと言った方が正しそうだが。
「悪さするー。あたしのリボンくちゃくちゃにするー!」
 雪ん子がぱたぱたと暴れた。シュラインはくす、と笑った。
「笑わないでよー!」
「ごめんなさい、かわいくて」
「本当のこと言っても何もないよー!」
 ……可愛げがあるんだかないんだか。

 しばらく歩くこと、30分。
 空からの探索をしているはずの零の姿はすでに見えなくなっている。シュラインの体はさすがに暖まってきていた。だが、草間は相変わらずがたがた震えていた。
 雪ん子は何を気にするでもなく、てとてとと前に進む。路地裏はこんなにも入り組んでいるのに、不思議と少女の歩みに迷いはない。
 しかし、目的地はなかなか見えてこない。
「どどどうなってるんだ、おい……」
 ぼやく草間は歯の根が合っていなかった。シュラインは彼の腕に触れ、上着の上からでも分かるその冷たさに仰天した。
「雪ん子さん! 武彦さんが危ないわ、本当に急いで……」
「んー。あたしだってがんばってるのよう」
 その時、空から影が落ちてきた。
 零だ。
「見つけました……!」
 その言葉が、草間に春の光並の暖をもたらしたようだ。彼の表情がみるみる明るくなる。
「どこだ!?」
「その道で間違ってないわ兄さん。そのまま、道なりに」
「そうか、分かった」
「零ちゃん、魔物とリボンの状態は?」
 シュラインは重要なことを確かめる。雪ん子もぴょんぴょん飛び跳ねる。
 零は困ったような顔をして、
「その……リボンは、べたべたに……犬型の魔物のよだれとかで」
「やー!」
 雪ん子はぶんぶん頭を振った。「あたしの大切な、リボンー!」
「でも、リボンは傷ついてませんでした。洗えば、何とかなるかと」
「うん、洗いましょう雪ん子さん」
 泣きそうな雪ん子を慰めようと、シュラインは優しく声をかける。「私がしっかり、念入りに洗ってあげるから」
 ふええ、と雪ん子は目を潤ませた。
「リボン……」
「急ぐぞ」
 色々な意味で耐え切れなくなったか、草間が根性で歩みを早くした。

 ■□■□■

 ――犬型の魔物が、5匹。
 地面に落ちている何かに、鼻を寄せ合っている。
 その上空では、犬型たちの隙を狙うかのように、鳥型の魔物が旋回していた。
 犬たちの足の隙間から、赤いリボンが見える。
「近づきましょう」
 シュラインは草間に囁いた。草間はすでに歯をがちがち言わせていて、返事にならない。代わりにこくりとうなずきが返ってくる。
 零には空で見守っていてもらい、シュラインは雪ん子の凍りそうなほど冷たい手を引いて、魔物に近づいた。背後では草間が身を縮めながらついてきている。
 魔物たちは人間が近づいてきた気配に顔を上げた。
 唸り声があがる。威嚇されている。牙がむき出しになり、雪ん子がきゃっと一歩退いた。
 だが、その分シュラインは年季が入っている。
「あのね、話し合いにきたのよ」
 唸り声はやまない。もちろん、簡単に諦めたりはしない。
「そのリボンは、このコのなの。返してもらえないかしら?」
 バウ! と1匹が吠えた。
 牙が普通の犬より何倍も鋭い。魔物であるゆえだろうか。そもそもこんな路地裏に魔物がいるのがおかしいのだが。
 それだけリボンの魔物寄せの気配が強いのだろうか――一体、何のリボンなのだろう?
 シュラインは再度話しかけてみる。
「お願い、返してくれないかしら?」
 グルル、と威嚇の音が次々と湧いた。ダメだ、話し合いは通じない。
「零ちゃん!」
 空に向かって声をかけた。「お願い、鳥の怨霊で――ええと――」
 零はちょうど、リボンにたかろうとしていた鳥型魔物たちに襲われて、逃げて回っているところだった。
 草間が上を向いて声を上げようとしているが、かすれたうなり声しか出ない。
 犬型魔物が、こちらに向かって攻撃姿勢を取っているのが分かった。
 もう猶予はない!
「もう!――乱暴はよしたかったのに……!」
 シュラインは凍えたのどを咳払いで整え、そして超高音域の声を炸裂させた。
 人間の聴覚には訴えかけない音域。しかし耳のいい犬型には、耳元で爆竹を破裂させる程度の破壊力があったようだ。きゃうん、とまさしく犬のような鳴き声を上げてばたばたと倒れていく。
 シュラインは音域を変更させる。今度は鳥の聴覚に爆裂させる音。
 ――ぼとぼとと、零につきまとっていた鳥型が落ちてくる。
 ほう、と息をついて、「ごめんなさいね」と魔物たちに謝った。
「あーん、リボンが〜」
 雪ん子の嘆き声が聞こえる。
 見やると、彼女がしゃがみこんでいる前に赤いリボン。べとべとに濡れているのが、離れていても分かった。
「大丈夫よ、洗うから……」
 シュラインはちり紙を何枚も取り出し、リボンを取り上げた。
 だらり、と布が吸った唾液はしずくとなって落ちるほどだった。
 これはきれいにするのが大変そう、とシュラインはため息をついた。

 ■□■□■

 興信所に戻って早速お風呂場へ。シャワーでお湯を出して、石鹸を使いごしごし洗う。
 熱いのイヤ〜、と雪ん子は風呂場には近づいてこなかった。今頃草間にまとわりついているだろう。
 ――赤いリボン。
「あの子の髪に飾ったらよく似合いそう……」
 おかっぱの白い髪。さらさらの髪質に結びつけるのはホネだろうが、やり甲斐はありそうだ。
 それにしても、とシャワーのお湯の温かさにほんのりと安心感を抱きながら、シュラインはぼやいた。
「……事務所内の寒さが尋常じゃなかったのよね。冷蔵庫、電源抜いて開けっ放しにしといたら電気代浮いたかしら……」

 きれいに洗われたリボンを乾かし、雪ん子に見せると、草間にじゃれついていた雪ん子はきゃあきゃあと喜んだ。
「きれいになったー。おねーさんすごいー」
「洗うくらい誰にでもできるわよ」
 シュラインは微苦笑する。
「あたしにはできないよー?」
 無邪気な雪ん子の笑顔に、そうなのかもしれないなと思って、少しだけ世話のかかる子の親気分になった。
「髪に結べばいいかしら? 結んであげる」
「ほんと? ありがとー?」
 雪ん子が大人しくソファに座り込む。その背後に回って、シュラインは少女の白い髪に指をくぐらせた。思った通りのさらさらの指どおり。溶けてなくなりそうな……雪のようだ。
 けれど、髪は雪ではないのだから。
 そっと一部の髪を集め、リボンで結う。
 蝶々結びにすると、零が「かわいい」と両手を合わせて破顔した。
「えへへー。似合うー?」
 雪ん子はぱたぱたと両手を振る。
「……ああ、似合う」
 草間の声がした。シュラインははっと彼を見た。婚約者はようやく取り憑かれたものから解放された様子で、ぐったりと椅子に身を預けていた。
「武彦さん、声が出るのね。もう寒くない?」
「寒いは寒いぞ。お前、そいつの傍にいてどうして平気なんだ」
 言われてみれば。シュラインは間近で寒々しい気配をまとっている少女をじっと見る。
 えへへ、と白い少女は微笑んだ。
「おねーさんはー、あたしとー、相性よかったんだねー」
「相性?」
「もしくはー、あたしに、愛情寄せてくれた?」
「――……」
 自分に子が出来るなら、こんな元気な娘だったらいいな、なんて。
 ちょっとだけ思ったような。
 知らず情が移っていたのだろうか――
 シュラインは、ゆっくりと少女を抱きしめた。
 氷を抱きしめているかのような冷たさだったが、なぜか平気だった。
「……元気でね」
 囁く。
 雪ん子が穏やかに微笑む。
 そして、シュラインの腕の中で。
 溶けるように――
 幼い姿の雪ん子は、消えた。

 両手に残ったのは冷たい感触、それだけが思い出のかけら。
「人のぬくもりで溶けちゃうのかもしれませんね、雪ん子さん……」
 零が感慨深そうにつぶやく。
 溶かしてしまった?
 いや――彼女は帰った、のだ。
 シュラインは笑った。
「大丈夫よ。雪山かどこかで、きっとまた踊り跳ねてるわ」
 さて、と立ち上がり、
「コーヒー、改めて淹れましょうか武彦さん」
「頼んだ」
 草間が片手を挙げた。
 シュラインは台所へと向かった。
 疲れきっている婚約者のために、最高のコーヒーを淹れよう。今度は温かい、ぬくもりを彼に――。


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様
お久しぶりです。笠城夢斗です。
このたびは特別ノベルにご参加ありがとうございました。お届けが遅くなりまして申し訳ございません;
シュラインさんお1人でどうしようかなと考えた末、このようになりました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
よろしければまたお会いできますよう……