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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


死んだ人にはどうやったら会えるのか?

「ねぇ、ヒミコちゃん。どうしても会いたい死んだ人っている?」
「……え? なんですか、いきなり?」
 某ネットカフェでいつも通りゴーストネットOFFに集まってくる情報を眺めていた雫。
 その雫が、唐突に質問を投げかけて来た。
 戸惑うヒミコだが、言われた事を何とか理解し、返答を探す。
「うーん……特にいませんね。昔の偉人、とかならお話を聞いてみるぐらいは良いと思いますけど」
「別に人じゃなくても良いのよ? 例えば、昔飼ってたペットとか」
「そんなのいませんよ」
 ヒミコの淡白な返答に、雫はへの字口で見返した。
「つまんないなぁ」
「……そろそろ質問の主旨を教えてください」
 ヒミコの言葉に、雫はモニターを指差す。
 それを覗いて見ると、とあるページが開かれていた。
「死者と出会える……? もう一度あの人と話がしたい。そんな人に朗報……」
「胡散臭いぐらいベタでしょ?」
 雫は冷やかすように笑っていた。
 今までずっと奇々怪々事件を追いかけてきた雫にとって、この手の話はベタ過ぎて逆におかしいのだ。
「でも、偶にはベタも良いと思わない?」
「そうですかね? こう言うのって、いわゆるイタコとか降霊術でしょう? 間違うと危ないんじゃ?」
「向こうは金取ってやってるのよ? 一応プロなんでしょ」
「詐欺って考え方もありますよ」
「その辺を調べる為に、今回は出張るわけよ。正直これ以外に食指が動くのが無いのよね」
 言いながら雫は手早くPCをシャットダウンする。
 カバンを持ち上げ、肩にかけながら財布を取り出す。
「一回一万円。安いモンじゃない」
「……誰か会いたい人がいるんですか?」
「昔飼ってたザリガニにね。向こうの身体に霊を降ろすとかだったら面白そうでしょ?」
 悪戯っぽく笑った雫に、ヒミコは溜め息をついた。

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「雫ちゃんも、偶にはこう言うベタな物にも手を出すのね」
 偶々ネットカフェに立ち寄ったシュライン・エマが、話を聞いて意外そうに呟いた。
 雫ならこう言う普通に胡散臭い物は最初から斬り捨てる様に思えたのだ。
「初心忘れるべからずってね。偶には良いでしょ、こう言うのも」
「まぁ、悪いとは言わないけど」
 だが話を聞けば聞くほど、ベタ過ぎて怪しい。
 最初から外れっぽさが充満している。これを追いかけても徒労に終わりそうだ。
「でも乗りかかった船だもの。最後まで付き合うわ」
「流石シュラインちゃん! 話がわかるわ!」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
 笑顔を輝かせる雫の隣で、ヒミコが苦笑しながら小さく頭を下げていた。
 ヒミコの保護者っぷりも板に付いている。
「でも、これが仮に嘘の情報……詐欺とかだったとして、なにか自衛の策がないと不安ね」
 暴力沙汰になると、確かにこの三人では心許ない。
 シュラインも自衛の策がないわけではないが、他の二人を完全に守りつつ、安全圏まで逃げきれるかどうか、と問われると断言は出来ない。
 なにか便利な武器になるようなものがあれば……。
「あ」
 その時、雫が何かに気付いて声を出す。
 彼女の視線の先、店の外には黒・冥月の姿が。
「……あ」
 冥月の方も雫の視線に気が付いた様で、なにやらヤバそうな雰囲気を感じ取り、すぐに逃げ出そうとしたのだが、何時の間にか隣に現れた雫に捕獲された。
「冥月ちゃん、一緒に来て」
「どうせまた面倒事だろう。他を当たれ」
「冥月ちゃん、一緒に来て」
「お前は人の話を……」
「一緒に来て」
 壊れたテープの様に繰り返し言う雫に負けて、冥月はため息をこぼした。

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「つまり、降霊術だかなんだかの広告が気になって、それを突ついてみたいから、私を護衛につける、とそういう事か」
「まとめると、そうね」
 親指まで立ててカラッと言う雫。
 予測通り、ただの面倒事だった事について、冥月はまたため息をこぼした。
「もう少し早く逃げられていれば、少しは事態も変わったでしょうにね」
「それがわかってるなら、少しはアイツを止めるなりしてくれ」
 哀れむ様に苦笑するシュラインの言葉に、冥月は恨めしげに返すのだった。

 ともあれ、一応最低限の準備は整った。
「さて、第一回『嘘臭い広告の真偽を追え!』会議〜」
 雫のタイトルコールと共に始まった会議。
 と言っても、やる事は情報まとめと、更なる情報収集だ。
「まずはその広告の確認からしてみましょうか」
 シュラインの言葉を聞き、ヒミコがテキパキと件のページを開く。
 覗いてみたが、オカルトらしくない白背景のページに、淡白な文字で宣伝文、連絡先なんかが書いてあるだけだ。
 フォントサイズは変えてあり、ページタイトルや煽り文句なんかは強調している様だが……。
「これで詐欺のページならお粗末よね」
「誰かを釣る気があまりなさそうだな」
 リンクは全くなし。メールフォームすらない。
 嘘のリンクを張り、ワンクリック詐欺にはめるような仕掛けも出来そうにはない。
 このページに飛んできた時点でワンクリック詐欺が始まっているような様子もない。
 それに、もしそうであれば、ゴーストネットOFFの記事に、本文であれレスであれ、なにかしら忠告文が書かれているはずだ。
 それすらなかったところを見ると、やはりその手の詐欺ではなさそうだ。
 続いて、連絡先。
 連絡先はどうやら携帯電話の番号らしい。
 手軽かつ足もつきにくい携帯電話は詐欺をするには便利な印象だが……。
「これだけレベルの低い造りにして、こっちの油断を誘う、とか言う作戦かしら?」
「その点でいけば、効果は覿面かつ絶大だな」
 このページを見て、冥月も大分やる気をそがれつつある。最初からあまりないが。
「この広告について、他の人からの情報はないのかしら? 例えば『成功した』とか、『騙された』とか」
「それがないのよねぇ。ゴーストネットOFFのページにはもちろん、他の掲示板にも検索かけてみたんだけど、信憑性のありそうなのは一件も出ないのよ」
「このページに関する憶測や誹謗中傷なんかは良く見かけるんですが、結果を明記した物は一切ないんです」
「いまいち判断材料に欠くな……」
 普通なら試してみた人間が体験談なり何なりを、レスとしてくれそうなモノだが、これに関してはそう言うレスが一件もないらしい。
「口止め、かしらね?」
「案外、依頼主を片っ端から物言わぬ姿にしているとかな」
「怖い事言わないでよ、冥月ちゃん」
「冗談だ。もし私が言うのが本当だったとしたら、むしろレスは残すはずだしな」
 一件も結果に関する文面がないと言うのは、流石に怪しまれる原因になる。
 殺人を犯すような人間なら、怪しまれる種は出来るだけ少なくしておくだろう。
 自演だろうがなんだろうが、何かしらのレスを残すはずだ。
「関係者乙、の一言で終わりそうだけどね」
「雫さん、ネットスラング出てますから……」
 ヒミコが苦笑するのにも、雫は特に気にしたような素振りは見せなかった。
「とにかく、これ以上の情報を仕入れるには、実際に向こうに連絡を取ってみないとダメかもね」
「諦めるって選択肢はないのか」
「なに言ってるのよ冥月ちゃん! 出された情報の真相究明もゴーストネットOFFに課せられた使命よ!」
 妙な使命感に燃える雫を止める術は、見当たらなかった。

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 近くにあった公衆電話から、件の連絡先に電話してみる。
「よく公衆電話なんてあったな……」
「最近は見かけないものね」
「十円玉じゃ心許ないから、近くでテレホンカードも買ってきたよ」
「それもよく見つけましたね……」
 雫の溢れるバイタリティに感心しながらも、とりあえずはボタンを押す。
 相手は三コール目に出る。
『はい、もしもし。降霊士バクです』
「えーと、ホームページを見て電話したんですが」
『あー、はいはい。亡くなった方に会いたいんですね。ちょっと待ってください』
 そう言ったバクと名乗る男は、なにやら電話の奥でゴソゴソと動き回っている様だ。
「近くに人はいないのかしらね?」
「一人でページを切り盛りしてるって事か」
 電話から漏れる音を拾って、シュラインが予測する。
 バタバタしているって事は、恐らくなにかを準備しているのだろうが、それを手伝ってくれる人間は近くにいないのだろう。
 自分で準備をするしかない事と単独と言うのはイコールにはならないが、可能性は濃くなる。
『お待たせしました。お名前を伺ってもよろしいですか?』
「ハヤシ メグミです」
 通話していた雫が適当な名前を言う。
 ノータイムで返事が出来た、と言う事は偽名も準備していたのだろう。
『出来れば偽名じゃない方が良いんですが』
 だが、それはすぐに看破された。
「……あ、えっと……」
『ああ、済みません。仕事柄、よくわかっちゃうんですよ。人の感情を読むのが死活問題なので』
 苦笑混じりに言うバク。意外と侮れないかもしれない。
「どーする?」
 受話器を押さえて、雫が振り返る。
「本名を名乗るのは正直心配だけど……私は名乗っちゃっても良いかな、と思う」
「まぁ、嘘をすぐに見抜いた所を見ると、また偽名を名乗ってもばれちゃうでしょうしね」
「じゃあ仕方ないんじゃないか?」
 シュラインと冥月の返事を聞き、雫は受話器を持ちなおす。
「瀬名 雫です」
『あー、はいはい。セナ シズクさんね。わかりましたー』
 今度は素直に受理した。
 やはり嘘は完全に見抜いているようだ。
『では、諸注意なんですが、支払いは現金でお願いします。あと日時と場所はそちらで適当に決めちゃってください』
「そんな適当で良いの?」
『まぁ、別に構わないんじゃないですかね』
 多少素が出た雫に、バクはなにも反応せずに続ける。
『いつ、どこでやります?』
「あ、その前に……人数が増えても良い? 私の他にもいるんだけど」
『別に構いませんよ。お名前さえ教えていただければ』
「だってさ」
 また受話器を押さえて雫が振り返る。
「だってさ、ってお前。私たちがいつ、死んだ人に会いたいなんて言った?」
「折角だもん、みんなで会おうよ」
「と言ってもねぇ……。私はあんまり思い当たる人は……あ、いた」
「シュラインちゃんは決まりね! あと二人!」
「わ、私は良いです」
「えー、ヒミコちゃんノリ悪い〜」
「ご、ごめんなさい」
「……まぁ、私もいないでもないな」
「よーし、じゃああと二人ね」
 また受話器を持ちなおし、雫はバクにシュラインと冥月の名前を言った。

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 日時は一時間後、ネットカフェの中で行われる事になった。
「ちゃんと許可は取ってるの?」
「私がちょちょいと口を聞けば大丈夫よ。なんたってジョーレンだもの」
 自慢気に言う雫だが、店としては降霊の現場にされて良い気分はしないだろう。
「しっかり言っておいた方が良いんじゃない?」
「……わかったわよぅ。ちゃんと許可取れば良いんでしょ」
 渋々ながら、雫は何故かヒミコを連れて店側に交渉に向かっていった。
「さて、私はちょっと用があって席を外すけど……冥月さんも付き合わない?」
「……ここにいても暇だしな」
 と言うわけで、二人で店を出る。

「どこへ行くんだ?」
「この近くの神社。お神酒と清めたお塩があれば分けてもらおうと思って」
「……なるほど」
 まだ信用しきれないバクという男。
 どんな降霊をするかわからない状態だ。お清めの準備をしていてもそんはあるまい。
「あのバクって男……どう思う?」
「私は直接話を聞いたわけじゃないが……なんとなく胡散臭いな」
「そうね。でも、嘘を見抜く術は確か見たい」
 雫の偽名を瞬間的に見破ったのは凄い。
 ただ、当てずっぽうで鎌かけ、と言う可能性も捨てきれない。
 こういう事を頼む側としては、用心深い人間の場合、高確率で偽名を使うものだ。
 だとすれば、『本名です』と言いきれば向こうも納得したかもしれない。
「それも雫が口篭もった時点で、無理だっただろうけどな」
「まぁね」
 偽名だと指摘された瞬間、雫は図星を差されて一瞬口篭もった。
 アレを見抜けないようでは、こう言う商売をしている人間としては失格だろう。
「名前のバクって言うのも気になるわ」
「バクと言えば……夢を食う獏を真っ先に想像するな」
 中国の伝説上の生物と言われるバク。
 人の夢を食べて生きると言われているバクは、実際に存在するバクとは別物だ。
 もしも、バクと言う男がそのバクを意識して名乗っているのなら……。
「何か意味があるのかしら?」
「私たちの夢を食うつもりか? 夢のある話だな」
「茶化さないでよ」
 至極真面目な話なハズなのに、二人とも余裕綽々だ。
 これも場数の賜物だろうか。
 某興信所には感謝すべきか、恨むべきか。
「……もし、本当に死んだ人に会えるとして、冥月さんは誰に会うつもりなの?」
「ユリの母親だ」
 ユリと小太郎の人生に、とてつもなく大きな影響を与えたユリの母親、静。
「確かに、ちょっと会ってみたいわね」
「だろ? ……本当はもう一人会いたい人もいるんだが……下手に呼ぶと怒鳴られそうでな」
「あんまり突っ込んで訊かない方が良いみたいね?」
 冥月の表情を読み、シュラインが優しく笑う。
「ああ、頼む。それより、お前はどうなんだ? 誰に会いたい?」
「私はいつか助けてあげた幽霊の女の子。冥月さんも覚えてるでしょ? 雨の日に三途の川を渡る六文銭を探してた……」
「ああ、いつぞやの」
 雫とヒミコに捕まって……もとい、誘われて助けてあげた幽霊の少女。
「あの娘があの後、本当に川を渡れたのかな、って」
「……それも気になるな」
「じゃあ、終わったらお互いに報告しましょうか?」
「ああ、それは良いな」
 小さく笑い合いながら、二人は神社を目指した。

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「さて、私たちはお店の人にちゃんと許可を取ったし、シュラインちゃんたちも準備できたみたいね」
 ネットカフェにあった大部屋を一部屋借り、雫の前に全員が集まる。
 シュラインと冥月で貰ってきた塩とお神酒もあるし、店側も店長が立ち会うと言う事で許可してくれたらしい。
「なんとまぁ、理解のある店だな」
「これも私の人徳の成せる業よ」
「……人徳、ね」
 あまり深くは突っ込まない事にしよう。
 と、そこへ一人の男が入ってくる。
「皆さんお揃いで? 私がバクです」
 男はバクと名乗った。確かに電話の声と違わない。
 その男は寒くもなくなってきた最近の気温を無視するかのように、ロングコートを羽織ってフードを目深にかぶっている。
 手には小さめの手提げカバンを持ち、手袋をはめていた。
 外見はトップスピードで怪しい。
「よくそんな恰好で町を歩けるね」
「よく言われます」
 雫の歯に布着せぬ物言いにも、バクは笑って答えた。
「さて、あまり時間を取らせるのも悪いので、早速始めたいのですが……」
 バクは店長とヒミコを見て、一つ頷く。
「立ち会い人ですか。まぁ良いでしょう。知られて困る秘密もありませんし」
 そう言ってバクは手提げカバンから香を取り出す。
 それを部屋の真ん中にあるテーブルに置き、参加者にテーブルにつくよう促した。
「……ねぇ、大丈夫なの、これ?」
「今の所、外見意外は特に怪しくはないな。あの香も見る限り普通だと思うし……」
 シュラインの尋ねに冥月が答える。
「そっちは何か変わった事は?」
「大有りよ。心拍音も呼吸音も聞こえない。隠せるようなものではないと思うから、多分……」
「死人か? それともまた別の……」
「妖怪の類だったりして」
 雫的には大当たりだろうが、シュラインと冥月にとっては警戒を強める種となった。
 今は雫に教えない方が良いかもしれない。あまり騒がれてもまた面倒だ。
「お二人とも、警戒しなくて大丈夫ですよ」
 バクの声が聞こえた。
「私は本当に、貴方たちに特に危害を加えようとは思っていません」
「……ええ、そう」
「まぁ、警戒するなと言う方が無理でしょうか……」
 シュラインの微妙な笑みに、バクは苦笑していた。
「やっぱり、読心術には長けてるみたいね」
「こっちの考えは丸分かりって事か。やりづらいな」
 狭い部屋に戦い慣れていない人間が三人ほど。
 懸念している暴力沙汰に発展すると、多少厄介だ。
「さて、では始めましょうか」
「あ、ちょっと待って」
 バクが始めようとした時、シュラインがそれを止める。
「会いたい人って言うのは、あまり交友が深くない人でも大丈夫なの?」
「ええ、そう言う場合はお名前さえ教えていただければ、こちらが何とかします」
 意外と有能なバク。名前を使って霊を呼び出すのだろうか?
 シュラインと冥月は会いたい相手の名前をバクに告げ、バクは『わかりました』と頷いた。
「じゃあ、はい。一万円」
 始まる際になって、雫はバクに一万円札を差し出す。
 だがバクはそれに手を振った。
「いえいえ、お金はいりません」
「え? だって……」
「現金を要求したのはその人の本気さを試したからですよ。と言っても最近は一万円ぐらいホイホイ出しちゃうんでしょうかね」
 バクはそう言って試した事を詫び、香に火を灯す。
「リラックスして、頭の中に会いたい人を思い浮かべてください」
「えー。もっとこう……自分の身体になにか憑依させる! とかじゃないの?」
「ええ、そう言う物とは違いますね。ただ臨場感はバッチリですよ」
 人差し指と親指をくっつけ、丸を作るバク。アクションがなんとなく古い。
 だがその降霊方法はなんとなく胡散臭い。
 それはただ単に、自分の想像力の範囲ではなかろうか?
 金を取るでもなく、何のリスクも無さそうなのはまだ許せる要素だろうが、それでもやはり警戒してしまう。
 それに、この男にとってのメリットはいかほどの物だろうか?
 ただの道楽? ボランティア? また別の理由が?
 こうやって疑っているのもバクには丸わかりなのか、彼は苦笑していた。
「なんなら今からでも、立ち会い人のお二人も参加していただけますが……」
「いえ、私は良いです」
「私も遠慮しておきます」
 ヒミコも店長も手を振り、丁寧に拒否する。
 バクは残念そうに『そうですか』と呟くと、またテーブルに向き直った。
「準備は良いですか? 思い浮かべました?」
「私は良いよ」
「準備できたわ」
「こっちも大丈夫だ」
「ではいきますよ」
 バクは手提げカバンからハンドベルを取り出して、一つ鳴らした。

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 ハンドベルの音が鳴り終わったその瞬間、部屋にはシュライン以外、誰もいなくなっていた。
「あら?」
 驚いて周りを見まわす。
 確かにここはネットカフェの大部屋。
 だが、雫もヒミコも、他の三人も見当たらない。
「どう言う事……?」
 不思議に思っては見たものの、解が出るはずもない。
 判断する材料が少なすぎる。
「……まぁ、なるようにはなるか」
 バクが嘘をついているようには見えなかったし、特に危害は加えてこないだろう。
 だが、こうなると限りなく一般人の雫が気にかかる。
 彼女は大丈夫だろうか……。
 とその時。
「こ、こんにちわ、です」
 部屋に一人の女の子が入ってきた。
 くたびれた服を着て、心配になるほど痩せて、だがその手にはボロの傘を持っている女の子。
「お久しぶりです、そ、その節はどうも」
「ど、どうも」
 妙に礼儀の正しさに磨きがかかったその少女に、ちょっとおかしくなってシュラインは笑いながら返事を返した。
 どう見ても、あの日出会った少女だった。
「私の事、覚えててくれたの?」
「はい。お世話になりましたから……。この傘を見つけてくれて」
 犬を雨から守った傘。彼女の六文銭。
「それって……確か六文銭になったわよね?」
「あ、はい。でもこれが目印だからってバクさんが……」
 どうやら傘はバクが持たせたらしい。
 ……何故傘の事を知っているのか?
 多少謎ではあるが、これも考えていたって答えは出ないだろう。
「ねぇ、お話訊いて良いかしら?」
「あ、はい。私もお話したいです」
 シュラインの申し出に、少女は笑顔を輝かせて答えた
 年頃の少女だと思えば、やはりお喋りはしたいだろうか。
 だが、彼女が行った先が天国なのだとしたら、きっと娯楽にも事欠かないと思うのだが……。
「ちゃんと川は渡れたのかしら?」
「はい。川の向こうでちゃんとお母さんとも会えました」
 どうやら最初の懸念は取り払われた。
 これで川を渡れていなかったりしたら、先日の苦労が水の泡な上に、物凄く後味が悪い。
 シュラインは一つ安堵し、小さく微笑む。
「じゃあ、向こうでもお母さんといっしょに仲良くやってるのね」
「はい、えっと……おかげさまで」
 なれない言葉なのか、少女は言葉を選び選び話していた。
 健気なようには見えるが、無理をしているならその必要はない。
「気を使わなくて良いのよ? 友達と話すようにしてくれれば良いから」
「え、でもお姉さんは年上の人ですし……」
「良いのよ、子供はそんな事気にしなくたって」
 元気の良い笑い声を聞かせてくれた方が、大人にとっては嬉しい物だ。
 子供は笑っているのが一番なのだ。
「えっと、じゃあ……シュラインお姉ちゃんに、訊きたい事があるの」
 砕けた言葉遣いになったのに、シュラインは笑顔で答える。
「お母さんは一緒にいれるのに、どうしてお父さんは一緒にいられないの?」
 だが少女の口から吐き出された言葉は、かなりヘヴィな質問だった。
「え、ええと……」
 正直に言って良いものだろうか? いや、ここは上手くはぐらかす方が……。
「お母さんに訊いても教えてくれなくて……」
「えっと、それはね? きっと遠い所に出張に行ってるんだと思うわ」
「しゅっちょう?」
「そう。だから、貴女が良い子にしていれば、すぐに帰ってくるわよ」
「ホント!? じゃあ、そうする!」
 少女は嬉々とした笑顔を見せ、ピョンピョンと飛び跳ねる。
 子供は笑顔が一番だと言ったばかりだが、これはこれで罪悪感を煽る物だ。
 彼女が死者で、年を取らず、あのまま無垢なままの姿でいるなら、なおさら。
「あー、なんかちょっといけない事した気分だわ」
 シュラインは少女の喜ぶ様を見ながら、多少ブルーな気分に浸っていた。

***********************************

「しゅーりょー」
 バクの声と共に、シュライン、冥月、雫の三人は現実に戻ってくる。
 どうやら今までの対面は、夢か何かの中での出来事だったらしい。
 気が付くと、何もかも対面が始まる前の状態に戻っていた。
 ただテーブルの上を見ると、線香が燃え尽きていたが。
「いかがだったでしょうか?」
「……やはり今のが降霊だったのか?」
「貴重な体験ではあったわね」
 冥月が心持ち晴れやかな顔をしているのに対し、シュラインの方は少し納得のいかないような顔をしていた。
 何があったのかは後々訊く事にしようか、と思ったその時。
「あー、今起こった事はあまり他者に喋らない方が良いですよ」
「どうしてだ?」
「他者に喋るとその分、その時に感じた感情が抜け落ちて、最終的には今起こったことを全て忘れます。その間、平均二時間くらいですかね」
「他の人に喋ると二時間で全部忘れるって事?」
「はい。そして聞いた側もそれをすぐに忘れてしまいます。思い出は自分の中だけにしまっておいた方が良いですよ」
「そんな事、先に言ってなかっただろ」
 確かに電話で言われた諸注意には含まれていなかった。
「ええ、別に誰かに話すのは構いませんよ。忘れても良いなら」
 そう言ってバクはニッコリ笑った。
 止めはしないが、その後どうなろうと知ったこっちゃない、という事か。
「それでは、これにて私のサービスは終了させていただきます。ありがとうございました」
 バクは言いながらテキパキと道具を片付け、部屋の外へ出ていった。
「なんか、見ている私たちとしては随分地味な時間でした」
 何の影響もなかったヒミコと店長は、線香が燃え尽きるまでの時間、ずーっと見ているだけだったそうな。
 その間、バクはただボーっと線香が燃えていくのを見ていただけだという。
 確かに、何の危害も加えなかった。
「あ、でも何かモグモグしてたみたいでした。ガムでも食べてたんでしょうか?」
「……モグモグ?」
 ヒミコが言うには線香が煙を上げている間、バクはモグモグと何かを咀嚼するようにしていたらしい。
 これは本当に、参加者の夢を食べていたのではなかろうか?
 と言っても、確認するにはもう遅い。バクは消えてしまった。
「それで、どうするんですか、雫さん?」
「なにが?」
「今回の報告ですよ。ゴーストネットOFFに上げるんですか?」
 他者に喋ると記憶が飛ぶ、と言われた。
 それは恐らく、ネットに書き込んでも同じなのだろう。
 思い出を大切にしたいからか、感想のレスなどがなかったのは、恐らくその所為。
「私は書くよ」
 だが、雫はキッパリ言い放った。
「だって、ザリガニと一緒にダラダラ過ごした時間なんて、別に忘れたって良いし」
 ザリガニ軽視の発言をして、雫はすぐにパソコンを立ち上げていた。

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「ねえ、どうする? 報告会」
「……そうだな、中止にしないか?」
「私はしてもいいと思うのよね。ホントに記憶が抜けるのか、試してみたいじゃない?」
「遠慮しておく。私はちょっと、忘れたくない記憶かもしれん」
「……ケチねぇ」
「なんとでも言え」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオに参加して下さり、本当にありがとうございます! 『現実か、それとも夢か』ピコかめです。
 信じるか信じないかは貴方次第……なんて、陳腐なセリフにも程がありますね。

 さて、某傘の少女と対面していただきました。
 彼女はちゃんと川を渡り、母親と天国で過ごしているみたいですよ。
 ただ、お父さんが帰って来る事はないと思いますが。
 ではでは、気が向きましたらまたどうぞ〜。