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鬼ごっこ
◆追う者と追われる者
月光が朽ちた建物を怪しく浮き立たせている。
不気味な静寂を保つ廃墟には昼夜問わず人の気配はほとんどない。
しかし何故か――地元住民ですら近づかないこの区域に、高い靴音が響いていた。
（だから、何でこんなことになっちまったんだよ――！？）
セツカは胸中で絶叫する。
「はぁ、はあ、はっ――！」
セツカは胸中で舌打ちしながら背後を振りかぶる。
ぃいん、と形容しがたい音を発して闇が這うようにセツカへ襲い来るのが見えた。
周囲には街灯の類もなく、頼りになるのは月光ばかりだ。
幻想的な月の光が映し出したそれは、どこか蜘蛛の足を思わせた。
ぞっとしてセツカは走る速度を上げていく。
「はあっ……くそ、」
ジグザグに走り、何度も角を曲がる。
日が落ちると共に『それ』はセツカの前に姿を現した。
あんな煙なんだか影なんだか分からないもんに襲われたら逃げるのが人情というものだ。
形振り構わず走り出して、そして今に至っている。
しかも不気味なことに――周りの人間には、影が見えていないらしい。
逃げる途中、何度か他人にぶつかってしまったが聞こえるのはセツカに対する罵声だけだった。
あんなに大きな影が迫ってきているというのに誰一人気付いた様子もない。
影はセツカの居場所を的確に認知し、ひたりと追ってきていた。
それは影というほかないものだった。伸縮し、膨張し、弾けては闇を滑る。
「何だよ、何なんだよ！俺が何したってんだ、くそ――！」
もう数時間だ。徐々に足がもつれていく。
視界が揺らいだ。
限界が――近い。
『――か？』
ぶれかかった視界の向こう、唐突に響いた声にセツカは我を取り戻した。
「え……、な、何、」
幻聴だろうか。まるですぐ傍で誰かに囁かれたかのようだった。
セツカは走りながら後方を振り返ろうとして……
『助けてやろうか？』
「うわあっ！？」
瞬間、『声』が響いた。
辺りを振り返るが人影はない。
だというのに、まるですぐ隣で語りかけられたような『声』が可笑しそうに笑ったのが気配で分かった。
影は追求の手を止めようとしない。転びかけながらもセツカはジグザグに駆けていく。
『ンだよおまえ、鈍いなー。聞こえてんだろ？』
「なっ、なっ……何なんだ！？隠れてんのか！？出て来いよ！！」
『そんな義理ねえし。おまえ何やってんだこんなところで。マラソン？』
「んなわけあるかああ！？……っおわ！」
『声』に気を取られて危うく影に足を絡め取られそうになり、セツカは形振り構わず影から逃れた。
『危ねえな、ちゃんと集中しろよ』
「誰の所為だよ！！？」
『おまえの所為だろ？』
「何でだ！？つか何なんだよあんた！？ちくしょう、ああもう誰でもいいよ！助けてくれ！！」
こんな訳の分からないものに追われる覚えはない。
セツカ・ミヤギノはごく普通に高校生ライフをエンジョイしていた。
たった数時間前までのことだ。家に帰れば妹が待っている。
裕福ではないかもしれないが食べるのに困っているわけでもない。
なのにこの仕打ちだ。
いつから走っているのかも思い出せなかった。
『さて、どうすっかなぁ――』
からかうような『声』にセツカは苛立って周囲に視線を走らせた。
やはり人影はない。しかし確かに視線を感じる。
どこからか観察しているのだろうか。
そうこうしているうちにも影は追ってくる。
『んじゃ俺の言う事何でも聞くっつうんなら、助けてやるぜ？』
「は！？冗談……っうわぁ！」
不意に忍び寄っていたツタのような影に足を取られ、セツカはがくんと体勢を崩していた。
そのまま為す術も無く無様に地に転がってしまう。
たちまち周囲を這っていた影がセツカへと集中した。
「なっ！？」
それは植物を思わせる動きで音もなくセツカの手足を絡め取ると身動きを封じてしまう。
逃れようともがくとますます拘束はきつくなっていた。
「やめっ……くそ、離せ！離っ――」
「やれやれ、楽しませてくれる」
「っ！？」
涼やかな声に、セツカは驚いて動きを止めていた。
「なかなか骨があるようですね。雪極（ユキギメ）様もお喜びになるでしょう」
驚愕するセツカの前に、唐突に光が集まった。
（……、蛍？）
淡い光はいくつも集まり、辺りを幻想的に染め上げていく。
その光はやがて人の形を作り上げ、ぱちん、と弾ける。
光の中央、青年は突然姿を現した。
月光で織り上げたような髪、青銀の瞳――およそ人間の持ち得ない色で構成されたその男は微笑する。
「残念でしたね。これにて投了といったところでしょうか……鬼ごっこはこれまでのようです」
柔らかな声音であるにも関わらず、セツカは肌が泡立つのを感じた。
時代錯誤な衣装に、不自然に優しげな笑み――そしてその背後からは影が迫る。
逃げられない。
「っだよ……！」
青年はす、と片手を上げる。
影が今にも身動きの出来ないセツカを襲おうと蠢いていた。
「何なんだよ――あんた、何なんだよ！？俺に何の恨みがあるってんだ！さっきからずっと――！」
「恨み？そんなものはありませんよ」
青年の唇が弧を描く。
「ただ大人しくして下さればそれで良いのです。なに、悪いようには致しません」
信じられるわけがなかった。助けると言ったり襲ってきたり訳が分からない。
混乱してセツカは唇を噛んだ。どうにか逃げなければ――
『おいおい、いつまで意地張ってるつもりだ？』
「！？」
またも先程の声だった。
目の前の青年の唇は動いていない。
（な、なにッ……別人、なのか？）
『そーだよ。おまえまだ気付いてなかったのかよ？』
「……っ！！？」
心の呟きに返事を返されて、セツカは咄嗟に目前の青年の存在を忘れかけた。
『んで？どうするよ。俺はいいんだぜー、別に』
からかうような響きに怒りが込み上げる。
こっちがこんなに必死になってるというのに何を言うのだろうか。
しかし他に助かる術がないのも確かだった。
「ここまでですね――」
いつのまにか男の靴先がすぐ目の前に迫っていた。もう指一本動かせそうにない。
「さて、私と一緒に来て頂きましょうか……」
月を背に男が笑う。影が伸縮するのを音で聞いた。
影は矢のように無数に空間に浮かび上がり、一つ一つがセツカに狙いを定めていく。
「――――っ！！！！」
もうダメだ。これまでの人生が走馬灯のようにセツカの脳裏を過ぎり――
「っくそ！分かったよ、何でも言うこと聞けばいいんだろ！いいからさっさと助けろ――っ！！！」
「……そう来なくちゃな！」
瞬間、振って湧いた新たな声と共に、鋭く風を切る音がした。
「……何！？」
不意に嵐のような激しい風が巻き起こり、セツカは思わず目を閉じていた。
◆宴のはじまり
「おい、いつまで寝てんだよ」
声に、セツカはばっと起き上がった。
いつのまにか影の拘束は解けていた。慌てて立ち上がる。
先程の影使いは後方に佇んでいた。そして、セツカの目の前には一人の少年がいる。
見たことのない顔だった。見に纏う装束もどこか浮世離れしている。
「なっ……あんた、今、どこから――！？」
「――これはこれは。お見事ですね」
セツカの問いを遮るように、ぱちぱちと場違いな拍手が上がった。
視線を動かすとそこには先程の影使いがいる。あからさまにふざけた態度だった。
少年――天波・慎霰（あまは・しんざん）が僅かに眉を寄せる。
男は慎霰とは対照的に、全身白の平安時代を思わせるような時代錯誤な装束を纏っていた。
顔だけは笑みを作ったまま、影使いは楽しげに続ける。
「お客人ですか。我が宴にようこそ、歓迎しますよ」
「おまえみたいな悪趣味野郎なんか知らねえけどな、俺は」
言うや否や、慎霰はいきなり片手を掲げた。
同時に、いくつもの白い羽が青年目掛けて襲いかかる。
「おい、行くぞ！！走れ！！！」
「えっ！？あ――」
慎霰は呆けているセツカの腕を取ると駆け出した。
瓦礫だらけの廃墟を駆けていった。
唐突に、チリチリと肌が焼かれるような感覚が熱波のように慎霰とセツカを襲ってくる。
セツカ達には知る術がないが、影使いは無数に飛んできたもの――天狗の羽を影を使って防ぎ、或いは叩き落していた。
「ひどいなあ。私はただ、一緒に来て頂ければそれでいいというのに」
影使いが呟く。
気配を感じ慎霰が背後に視線を走らせると、新たに地を這うような影がいくつも出現していた。
「……ちッ」
慎霰は走るスピードを上げる。
「お、おい……あんた、」
「黙って走れ！捕まりたいのか！？」
慎霰の叫びと共に、背後から忍び寄っていた影は再び一斉に空間を疾った。
◆影疾る
「おやおや、これは…。中々に面白そうですね。私も混ぜていただきましょうか」
夜闇に低く、新たな声が染み渡るように響き渡った。
「っ！？なっ……！」
「おい止まるな！走れ！！」
慎霰は構わずにセツカを促すと廃墟を駆けていく。
しかし、その退路を断とうとするかのように、闇から出現したものがあった。
それは黒く巨大な立方体だった。
真上から真っ直ぐにセツカめがけて垂直に落ちてくる。
「っ下がれ！！」
「え……！？」
慎霰は咄嗟に気配を察知し、セツカを引きずり倒すようにして後方へ跳躍した。
つい今しがたまでセツカがいたところに硬質な輝きの立方体が地響きと共に落ちてくる。
「っ！」
ズゥン、と重い音と共にそれは空間を揺るがせた。
「くそ……新手か」
「新手っ！？」
慎霰の低い呟きに応えるように、闇から溶けるように新たな青年が姿を現した。
男は唇を弧に歪めると、口を開く。
「やあこんばんは、諸君。良い夜ですね」
漆黒のコートに銀の長髪が月光を反射して輝いている。
親しげな口調に反して、目はまるで刃のような鋭さだった。
獲物を物色する獣の眼――反射的にセツカはジリと後ずさりした。
「……」
慎霰がセツカを庇うように前に立つ。
その様を見て、男が楽しげに笑った。
「これは面白い。天狗と人間が、こんな夜中に鬼ごっこですか」
「天狗？」
セツカが驚いたように目を瞠り、慎霰を見る。
「……何だ、おまえ？あいつの仲間か？」
慎霰は軽く腰を落とすと、新たな襲撃者に向けて鋭く問うた。
「ああ、これは失礼。申し遅れました、私は九条朧と申します。なに、ただの通りすがりですよ」
「だったらそこをどけ。急いでんだよ」
「おや、つれないですね。さて、どうしましょうか……」
「てめえ……」
朧のふざけた態度に慎霰の眉が寄る。
「これはこれは、九条殿と仰るのですか。足止めして下さってありがとうございます」
「――っ！！？」
背後から飛んできた声に、セツカがぎょっとして振り返った。
そこには先程の影使いが悠然と佇んでいる。
「いえいえ、礼には及びませんよ。ちょうど退屈していたものですから」
「……追いつかれたか」
慎霰はいつでも術を発動出来る様神経を尖らせた。
「おい、走れるようにしとけよ」
「あ……あ、ああ」
囁きに近かったが、セツカには聞こえたらしい。
呆気に取られていたセツカが表情を引き締める。
そうこうしている間にも朧と影使いは楽しげに会話を繰り広げていた。
「それにしても見事な腕前ですね。感心しました」
「それはどうも。あなたの『影』もなかなかですね」
「ありがとうございます。ああ、私の名は祈月（きづき）と申します。以後お見知りおきを」
祈月は優雅に一礼した――同時に、矢を模した影が祈月の頭上へと集まり、影の球に変わっていく。
それは異様な光景だった。影はまるで命ある生物のように伸縮する。
やがてそれは一つの巨大な塊になった。
「では、私も」
朧が片手を掲げると、鎮座していた立方体がパンと弾けた。
その欠片の一つ一つが徐々に変化していく。
朧が闇の粒子で模したのは、蝙蝠だった。無数の蝙蝠が慎霰とセツカを取り囲んでいく。
「祈月さん、せっかくの夜です。ご一緒しても構わないでしょう？」
「ああ、お手伝いして下さいますか。それは助かります」
「……嘘だろ…………！」
セツカは思わず拳を握った。
これで二対一だ。セツカには能力者達に対して為す術がない。
となると、必然的に二人に増えた襲撃者の相手をするのは、今目の前に立っている少年だけだ。
セツカは数瞬迷ったが、やがて何かを決意したように眼光を鋭くして、慎霰に囁いた。
「おい……、あんた、やっぱ逃げたほうがいい。あいつら、俺が狙いみたいだから」
セツカが低く呟くと、慎霰が不愉快そうに眉を上げる。
「……んで？おまえはこいつら相手にどうするつもりなんだ？」
「それは……けど、あんた元々は無関係だろ。これ以上巻き込むわけにはいかない」
言葉に、慎霰が何とも言えず嫌そうな顔をした。
しかし背後にいるセツカにはその表情が伺えない。
「ここまで助けてくれただけでも感謝してるよ。悪かったな」
「…………」
慎霰が何かを言う前に祈月がすっと片手を上げる。
「さて、宴の始まりです」
蝙蝠はジリジリとセツカと慎霰へと迫っていく。
既に退路はないように思えた。
「一人だったら逃げられるよな？ここまでありがとな。俺が行くから、その間に――」
「うるせえ。おまえ、ちょっと黙ってろ」
ぱちんと祈月が指を鳴らすと同時、塊は風船が割れるように弾け飛んだ。
同時に、朧も軽く片手を振る。
次の瞬間、弾丸のような影と蝙蝠が雨のようにセツカへと降りかかる――！
「ナメんな！！」
吼えると、慎霰は片手を上げた。
途端、セツカ達と中心に竜巻が出現した。
「――！？」
地面が揺れ、視界が風に遮られていく。
立っていられないほどの威力だった。風圧に影と蝙蝠が弾き飛ばされる。
影と蝙蝠を巻き込んだ竜巻は徐々に勢いを増していった。
「しっかり俺に捕まってろよ！」
慎霰はセツカを抱えると、ばっと翼を広げた。
そして、竜巻の中心から夜空へと飛翔する。
「う、うわああああああ！？」
「喋んな。舌噛むぞ」
眼下には竜巻の残滓――襲撃者達の顔を確認する間もなく、慎霰は最大速度でビルを飛び越えた。
後に残されたのは、瓦礫だけだった。
「やんちゃですねえ。悪い子には、お仕置きだ」
朧が言うと、弾かれた蝙蝠は刃のような形状に変化した。
そして、夜空へ舞う。
「賛成です」
朧と祈月は闇へと跳躍した。
◆夜空の奥へ
「うわ――飛んでるぞ！？お前飛べるのかよ！？」
「当然だろ」
慎霰がニヤリと笑った。
「……っと、あいうらもそんな甘くねえか」
「え――！！？」
振り返ると、影と闇の粒子で固められた刃が一直線にセツカ達を狙っていた。
「面倒だな……あのビルの影でやり過ごすか」
飛びながらぼやいて、慎霰が視線を落とす。その先には廃ビルがあった。
「闇に紛れちまえば――」
「…………だ、ダメだ！！」
「は？」
慎霰は抱えているセツカを怪訝そうに見やる。
セツカは額を抑えていたが顔を上げる。
「右っ！！避けろ！！！」
「っ！？」
慎霰は反射的に左へ身体をずらした。
瞬間、すぐ真横で何かが小爆発を起こした。あのまま飛んでいたら慎霰に直撃していただろう。
（何だ？今――）
「おや、惜しかったですね」
いつのまにか廃ビルの屋上に朧が立っていた。
朧は大きく腕を振るう。すると、先程まで刃の形状をしていたものが再び蝙蝠へと変化した。
そして、慎霰を狙って襲いかかる。
「右足に影っ！」
セツカの声に慎霰が身を翻した。
見ると、一瞬後に影が出現した。狙いを外して影は霧散する。
ぱちぱちぱち、と場違いな拍手が闇に響いた。
「素晴らしい」
祈月が闇から溶けるように姿を現した。
朧の隣に並ぶような形になる。
「お強いですねお客人。いやはや、愉快愉快」
すいと影使いは目を細める。
「その強さ、是非雪極様のために。――おのおのがた、我らが“斬華（ザンカ）”に加入しませんか？」
奇妙な言葉に、慎霰が眉を顰めた。
「――斬華だと？それがおまえの所属する組織か」
「ええ。そのようなものです」
「そんなに暇じゃねえ。そっちの兄ちゃんと遊んでやがれ！！」
吐き捨てると、慎霰は翼をはためかせた。途端、轟とかまいたちが繰り出される。
祈月と朧が跳躍する。かまいたちはコンクリートを抉り、屋上に悲惨な爪痕を残した。
それを見て、最初から然程期待していなかったのか祈月は苦笑する。
「まことに残念……素晴らしい。実に素晴らしい」
ふとセツカへと視線をずらす。
「セツカ様――それでこそ、ミヤギノ家の正統なる後継の証」
「ミヤギノ…？何なんだ、どういう――」
祈月は応えずに笑みを深める。
「ですが、逃がしませんよ――！」
祈月に応えるよう、朧が無言で蝙蝠を繰り出した。
「くそっ！付き合ってられるか！！」
慎霰はセツカを抱えなおすと、飛翔した。
その後を影と蝙蝠が追尾する。
月光に刃が閃いた。慎霰は風術を繰り出しそれらを一掃すると、夜空を飛んだ。
◆闇の中
「逃げられてしまいましたね――」
朧は苦笑すると、辺りを舞っていた蝙蝠たちを霧散させた。
「まあ、悪くない余興でした。退屈しのぎも出来ましたし、今宵はこれまでと致しましょう」
夜風に漆黒のコートが翻る。
朧は口元を歪めると、そのままその場を後にしようとした。
「お待ちください、九条殿」
その背に声をかけたのは祈月である。
朧は半身で応じた。
「……何か？私がお手伝いするのはここまでです。あとはお一人で――」
「いえ、どうも妖怪達の門――『扉』へ逃げ込まれてしまったようです」
「ああ、なるほど。ではもう諦めると？」
「今日のところは。すぐに捕まえてしまっては楽しみも減るでしょう」
祈月は肩を竦めた。
「それよりも、今宵は楽しい宴となりました。礼を申します」
「それは何より」
「そこで九条殿、あなたの腕を見込んで申し上げますが――」
「斬華に加入致しませんか？」
祈月は唇を弧に歪める。月を背にしているせいか、表情は逆光でよく見えなかった。
「……」
朧は思考を巡らせると、すいと目を細める。
「なるほど…確かに、私もこの一件で彼らに興味を持ちました。あの、セツカという少年……予知能力者ですね」
「素晴らしい慧眼の持ち主ですね、九条殿」
度重なる朧と祈月の攻撃を発動前に見切る――天狗の少年にも出来なかったそんな芸当が一般人に出来るはずもない。
セツカの様子から鑑みると、予知能力という答えに行き着くのは難しくなかった。
「我らが雪極様は、あの方の力を欲しているのです」
「ふむ」
朧は祈月へと振り返った。
「ちょうど退屈していたところです。それに、彼を護る者達を狩る方が面白みもあると言うもの……。
よろしい。斬華とやらに、加入いたしましょう」
「ありがとうございます。これで晴れて同志ですね、九条殿」
祈月は笑みを深めると、一振りの小刀を取り出した。
それは禍々しい紅に錆びてしまっている。だが、発せられる只ならぬ妖気に朧は面白そうに眉を上げた。
「我らが新たなる同志に祝福を――」
祈月は呟くと、刀を朧に差し出したのだった――
◆神樹の加護
慎霰が飛び、逃げ込んだ先は樹齢数千年とも言われる神樹のふもとだった。
散発的に続いていた追撃も今はなりを潜めている。
セツカを下ろすと、慎霰は翼を畳んだ。
「諦めた……のか？」
「ああ、どうにか撒けたみたいだな。この辺りは異界への入口だから、磁場が発生して勘が狂うんだよ」
「うん？異界？」
「……あー、何でもねえ。ともかく、ああいう奴らは引きずられるからこの辺りには近づかないってことだ」
「あ、ああ……？」
目を白黒させるセツカに、慎霰が「それより」と会話を区切る。
「おまえ、能力者か」
「……は？」
ぽかんとするセツカには自覚がないらしい。
しかし慎霰は確かに先程の出来事を思い起こしていた。
セツカの只ならぬ『勘』――その正確さは、予知能力に近い。
しかしセツカに自覚がないのならばわざわざ言う必要はないのかもしれなかった。
世の中には知らないほうがいいこともある。
「……いいや。何でもない」
「何なんだよ……？」
首を傾げるセツカに、慎霰はふと笑みを深めた。
「それよりも、おまえもっと大事なことがあるだろ？」
「は？」
「……俺の言うことを、何でも聞くんだよな？」
セツカはきょとんとしたが――やがて、一番最初のやり取りを思い出したのか嫌そうに顔を歪めた。
「本気かよ」
「当然」
「………………何が望みだ」
「さてなあ」
慎霰は楽しげに笑った。
「次までには考えといてやるよ。とびっきりのやつをな」
「勘弁してくれ……」
ぼやきながらも、セツカの脳裏には暗雲が垂れ込めている。
『セツカ様――それでこそ、ミヤギノ家の正統なる後継の証』
脳裏には、祈月と名乗った男が残した言葉だけが重く渦巻いていた。
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◆登場人物
1928 ｜ 天波・慎霰 ｜ 男性 ｜ 15歳 ｜ 天狗／高校生
7515 ｜ 九条・朧 ｜ 男性 ｜ 765歳 ｜ ハイ・デイライトウォーカー
◆ライター通信
初めまして、ライターの蒼牙大樹と申します。
ゲームノベル【鬼ごっこ】にご参加頂きましてありがとうございました。
この度は遅れまして大変申し訳ございませんでした……！！！！
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
まだまだ祈月が諦めていない様子ですので、どこかでセツカを見かけたら
助けてあげて下さると嬉しく思います^^
それでは、またお会い出来ることを心よりお待ちしております。
蒼牙大樹
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