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腹ごしらえをしようじゃないか
●オープニング【0】
雪の中、遊んだりするのは別に構わない。寒いけれども、楽しいことは嫌いではないし。
けれどもだ。
何かしようというのなら、その前にいくばくか準備が必要な訳でして。
まあ……平たく言えばこういうことです。
「まず何か食べよ?」
ああ、昔の人はよく言ったものだ。腹が減っては戦が出来ぬ、と。今ここでそんなことを口にしたのは、どこのどいつだか知らないが。
しかしながら、今この状況にぴったりの食べ物があるのだ。それも大量に。あやかし荘に。
「……まだ餅が残っておったはずぢゃな」
そうぼそっとつぶやいた嬉璃の目が、どことなく遠かったような気がするのはたぶん気のせいではなく。
正月用に買った餅の処理し切れなかった分が、まだあやかし荘に保管されていたのだった。
裏事情はさておき、かまくらを作ってその中で餅を焼いて食べるのも、大変風情があってよろしいのではないだろうか。それに、餅を食べながらこの後は何をして遊ぶか考えてもよい訳だし。
ともあれじっとしてても寒いだけだし、とりあえず動きましょうか。
さて、その頃――。
「ここだわ……。この辺りから強く感じるわ」
あやかし荘に近付きつつある1人の少女の姿があった。その少女は黒髪長髪で、その身を巫女装束に包んでいた。
「きっとあの建物の方か……はっ……はっ……ふぁっくしょーーーーんっ!!」
あやかし荘の方を向いて、盛大にくしゃみをする巫女装束姿の少女。そりゃまあ、そんな格好だと冷えますわな……。
ま、それはそれとしてですね。
――あなた何者ですか?
●何が食べたい?【1】
「で……誰が言ったのぢゃ?」
嬉璃が問う。もちろん『何か食べよ』と言った張本人を問うているのだ。
「はーい! 俺が言いました!」
そこで元気よく答えたのは守崎北斗である。さすがは雑食忍者といった異名を持つだけのことはある。何はなくともまず食べよう、そういうことですね?
「ほう。ならば心行くまで餅を喰らうがよいのぢゃ」
「……ってまた餅ぃ!?」
嬉璃の言葉に目を剥く北斗。その反応はどうも嫌がっているようにも見えなくはなく。
「いや……餅も旨いよ。旨いけどさ……さすがに限度ってもんがあんだし……」
北斗がぐちぐちと文句を言い始める。
「もう俺、夢の中にまで餅やらさんまやらが出てくるんだけど……」
……もしもーし、北斗さん。何かどこか遠くを見つめちゃいませんかー?
そういえば餅の前に、大量のさんまがあったりもしましたね、あやかし荘。
「……や、流石にさんまは食い尽くしたけど……餅は……」
がっくりと肩を落とす北斗。な、何かやけにやられてませんか?
「ほう。ならば食わぬというのぢゃな、お主は?」
嬉璃が冷ややかな視線を北斗に投げかけた。
「や……まあ食うけどさ……」
あんた結局食べるのか! さすがというか何というか……。
「いいじゃん、いいじゃん、やっぱ冬は餅だよね」
そう言って会話に加わってきたのは清水コータであった。
「餅だけに腹持ちもよくってさぁ」
笑いながらそうコータが言うと、何故か北斗がげんなりとなった。
「ん、どしたのさ? そんな顔して」
「最近俺……納豆と餅っつー組み合わせをよく食わされるんだよな……」
コータの問いかけに、北斗がぼそっと答える。
「ああ納豆餅! あれはあれで旨いって聞くな。つきたての餅なら最高ってさ!」
納豆餅に興味を引かれるコータ。だがしかし、北斗が言いたかったのはそういうことではなく。
「どうしてなのぢゃ?」
「何故かって……そりゃあ両方とも腹持ちがいいからじゃねーかと」
尋ねてきた嬉璃に北斗がそう答える。
「ほう。それで合っておるのか?」
北斗の言葉の真偽を、兄である守崎啓斗に確認する嬉璃。啓斗は頷きながら答える。
「……まあそんな所だ」
と啓斗は言ったが、本当にそうなのだろうか?
(実際の所、そろそろ餅が少なくなってきたんで、納豆を入れて誤魔化してたんだが……)
ああ、どっちかというと本来の目的はそっちみたいですね。腹持ちうんぬんの方は副次的な効果といいますか。
「そうだ。また2箱ほどもらって帰っていいか?」
ふと思い出したように嬉璃に言う啓斗。食べさせるくらいたっぷり餅がまだあるのなら、またもらって帰っても迷惑などではないだろう。
「うむ、構わぬのぢゃ。3箱でも構わぬぞ、たっぷりあるのぢゃし」
しれっと答える嬉璃。それを聞いた北斗の様子はといえば、思わず天を仰いだように見えた。
「美味いんだけどな……美味いんだけど、何か心が侘しくなっちまうのは気のせいなんかな……」
よっぽど納豆餅に辟易してるんですね、北斗さん……。
「そうか、たっぷりあるのかー。俺は磯辺が好きだな。あとは雑煮にするとか」
自分の好みを口にするコータ。磯辺焼きは醤油の香ばしい匂いが食欲を刺激する。雑煮は雑煮でおすましやら味噌仕立てやら、他にも入れる具材などでがらりと性格が変わってしまうからなかなかに楽しいものである。
「餅、大量にあるなら喧嘩にはなりそうにないけどさ、飽きそうだし、色んな食べ方しようよ」
とコータが提案すると、北斗が真っ先に同意した。
「賛成!!! 納豆餅オンリーはもう結構だよ!!!」
……そんなにか、そんなになのか!
「何を飽きてるんだか……」
そんな北斗を横目に見ながら、呆れ顔の啓斗がぼそりとつぶやいた。
(ある物でやりくりして生活するのは節約の基本じゃないか)
さすが守崎家の家計を預かる身。たいした心構えである。いやまあ、とはいっても程度の問題という言葉もあるんですけどね、世の中には。
「仕方ない」
やれやれといった様子で、啓斗はふうと息を吐いた。そしてこう口にする。
「茹でたサツマイモと餅と砂糖を混ぜて、いも餅にしても甘くていいんじゃないか? こういう所で食うのは、暖かいか甘い方がいいだろうし」
「それいい! 採用!!」
北斗が啓斗をびしっと指差した。……よっぽど他の食べ方に飢えてたんですね、北斗さん。
(電子レンジを買う日が遠くなるか)
啓斗の脳裏に、羽根が生えて飛んでゆく電子レンジの姿が浮かんでいた。
「甘いっていえばさ、和菓子職人の友人が古くなった餅は砂糖で煮て、わらび餅もどきにして食べるとうまいって言ってたんだけど、誰か作り方知らない?」
思い出したようにコータが言った。
「砂糖で煮るのか……ふむ」
おや、興味を示しましたか、啓斗さん?
「砂糖……汁粉もいいなあ」
ぼそっとつぶやく北斗。お汁粉も定番といえば定番だ。
「あ、お好み焼きもあるな」
……いや、それは普通に考えると餅がメインじゃなくなってるような。餅をお好み焼き風に調理するという意味でなら、それもありだろう。
「いやいや、薄く切って『餅しゃぶ』にしても暖まって美味いんじゃね?」
あー……あれこれ食べたい物があるのは分かりますが、多少は絞ってくださいな、北斗さん――。
●さあさあ、作って食べましょ【2】
色々と調理の案が出て、何はともあれ必要な材料を揃えてあれこれ作ってみることにした。そのためにコータがこの寒い中をわざわざ買い出しに行ってくれたりもしましたが、ええ。
「そ……遭難するかと思った……」
帰ってきた時にはそう言ってガチガチと震えていたりしたのは、まあお約束。しかしいったいどんなルート通ったんですか、コータさん。
「そういや何か巫女さんらしき娘が居たけど、あんな所で何やってたんだろなー……」
買ってきた材料を啓斗に手渡しながら、コータは首を傾げた。
「巫女ぢゃと? こんな天候で出歩くとは、それはまた物好きぢゃな」
それを聞いた嬉璃も不思議そうに言ったが、それ以上深くは気にしなかった。
「よし焼こう!」
北斗に至っては、巫女よりも食べることの方が大切であった。
そして餅の調理を始める。啓斗が作るのはいも餅とわらび餅もどき、そしてシンプルなおすましの雑煮といったラインナップであった。
一方、北斗やコータはホットプレートを用意して餅を次々に焼いてゆく。といってもただ焼いてゆくのではない。醤油で磯辺焼きにするのがあるかと思えば、ソースと青海苔にかつお節などでお好み焼き風にするのもある。はたまたピザ用チーズや具材を乗せて、とろけさせるなんて芸当もやっていたり。
「あー……餅とチーズコンビ焼きうめー……」
味わいながらしみじみと感想を口にする北斗。もしこれがどこぞの料理アニメだったりすると、きっと今頃は巨大化でもして口から虹色の光を放っていたりすることだろう。
「この、お好み焼き風にするのもいいな。うん、旨い!」
コータもコータでお好み焼き風の餅に舌鼓を打っていた。
「これでまだあと、雑煮とかいも餅もあるんだし、食い終わったら寝ちゃいそうだなー。あ、でもなー、凍死するかな? あ、いや、室内だしそれは大丈夫だよな、うん」
自問自答するコータ。ま、室内なら凍死はないでしょう、たぶん。
「ところで」
調理の合間を縫って、啓斗が嬉璃のそばへやってきた。
「何ぢゃ?」
「……本当に満足したら東京に春を戻してくれるのか?」
と言って啓斗は窓の外に目をやった。そこには嬉璃の姉の雪姫が、他の者たちや冬の妖怪たちと戯れている姿があった。
「うむ、それは間違いないのぢゃ。もっともどれほどで満足するかは分からぬがのう……」
嬉璃としてもこればっかりは、はっきりとした答えは出せなかった。
「いやまあ、約束を守ってくれるんならいいんだ、うん」
そう言ってまた調理へ戻る啓斗であった。
●忘れ去られていた存在【3】
さて――謎の巫女装束の少女であるが。
「にゃー」
「む……むむっ……不吉だわ……!」
その頃、何故か1匹の黒猫と対峙していた。そのまま睨み合うこと1分弱、少女がふっと笑みを浮かべた。
「黒猫が出てくるとは予想外ね。ここはいったん退いて、また日を改めてやってくるわ! それまで待っていなさい!!」
少女はあやかし荘のある方角をびしっと指差すと、くるっと黒猫に背を向けて一目散に走り去ったのであった。
ま、それはそれとしてですね。
だからいったい――あなた何者なんですか?
【腹ごしらえをしようじゃないか 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 4778 / 清水・コータ(しみず・こーた)
/ 男 / 20 / 便利屋 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談・雪姫の戯れ』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変長らくお待たせさせてしまい誠に申し訳ありませんでした。ここに、ひょっとするとお腹が空いてくるかもしれないお話をお届けいたします。
・お餅の食べ方って、本当にたくさんありますよね。高原は近頃、フライパンにごま油を引いて焼いたりしてお餅を食べたりします。味付けにはかき醤油を使うんですが……これがもうたまりません。機会があればぜひ1度試していただければと思います。
・で、謎の巫女装束の少女ですが、こちらについては高原の本編で再登場させる予定です。『雪姫の戯れ』とは切り離しますが、キャラクターとしての一応のけりはつけさせていただきます、はい。
・守崎北斗さん、ご参加ありがとうございます。納豆餅への辟易っぷりがよーく伝わってきたように思います。美味しいことは美味しいんですけどね。でもさすがに何日も続くと……ですねえ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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